2023/3/3

“おいしい”の裏側を支える、知られざる「食のインフラ」の未来

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
ビジョン・ミッションの刷新、M&A、人事改革……。
企業が変わるための手段は多様にあるが、抜本的な改革に向けた取り組みの一つとして「外部人材の積極登用」を打ち出しているのがパナソニックだ。
2016年にトップアナリストとして知られていた片山栄一氏が、パナソニックの執行役員に就任したことは“異色の転身”として当時大きな話題となった。
「ビジネスや社会をつくる“当事者”でありたい」
そう語る片山氏に、パナソニックにジョインしてからの7年間を振り返ってもらいつつ、昨年から率いる食品流通事業、コールドチェーンソリューションズ社(以下、CCS社)を通じて目指す「食のインフラ」の未来を聞いた。

“評価する立場”から“当事者”へ

──入社前、アナリストとしてパナソニックをどのように見ていたのでしょうか。
片山 あくまで外から見た景色ですが、プラス面とマイナス面、それぞれ3つのイメージを持っていました。
 プラス面でいうと「安心・安全」「信頼」「規律」。アナリストとして、消費者としてもパナソニックの事業や製品、社風にはそんなイメージがありました。
 一方、マイナス面を率直に申し上げると、「ザ・日本」。真面目だけれども、保守的でチャレンジに及び腰。また、スピード感に欠ける。事業ポートフォリオを見ても、何がビジネスの芯なのかがわかりませんでした。
──ではパナソニックにジョインされた理由は何だったのでしょうか?
 いまお話しした景色は、入社前の“評価する立場”としてのコメントです。
 しかし当時は、自身の歩んできた道を振り返り、このまま評価する側にいていいのか、そんな疑問が大きくなっていた頃でした。
 アナリストは事業会社に対してさまざまな評価をする仕事であり、その評価が事業会社の株価などに大きな影響をもたらすことがあります。しかし、それにもかかわらず、直接的な自分の責任の所在の曖昧さを率直に感じていました。
 このまま事業や社会をつくる「当事者」にならずに、自分のキャリアを全うできるのか。そう考えるようになっていたのです。
 そんなことを思いめぐらしていた頃、パナソニックとの出会いがありました。今度こそ、自ら考えた仮説が成果に結びつくことにコミットしてみたい。当事者として挑戦してみたい、そのように整理することができました。
 そしてこれまでの日本を支え、また今後の日本の未来をリードしようとするパナソニックの変革に貢献することは、やりがいがあるチャレンジだと考え、入社したのです。
──入社後、どのような変革に取り組んできたのでしょうか?
 最初は本社の戦略担当として、M&Aの担当役員を務めました。しかし最初の9カ月ほどで「事業の解像度を上げる必要がある」と感じて、当時の社長である津賀さんに、どういう形でもいいので事業部門に挑戦させてほしいと相談しました。
 本社は各事業会社を支えるのが仕事であるにもかかわらず、外部から来た人間が事業の真の姿を深く知らなければ、変革への貢献はできないと改めて強く感じていたからです。
 その後、社内分社のライフソリューションズ(現エレクトリックワークス)社に異動、自転車事業を運営するパナソニックサイクルテック、介護事業を行うパナソニックエイジフリー、この2社で2年間チャレンジする機会をもらいました。この2年がなければ、これだけ長く当社で働くことはできなかったと思います。
 その後は、本社に戻りパナソニックのホールディングス化に取り組み、持ち株会社制への移行を進めました。
──パナソニックで「当事者」となった片山さんが、変革を推進するうえで大切にされてきたことはありますか。
 「仮説はブラッシュアップが前提」になるという考え方です。
 事業は10年後、20年後を見据えて作るものなのに、ゼロから出口まで見えている100点のプランはそもそも怪しい。もちろん成功の可能性が見えない決断は無責任だと思いますが、100点を目指してスピード感が失われてしまっては望む成果は得られません。
 であれば、「60点以上の成果が出そう」という見通しが立ったら、まずは素早く行動してみる。実行したら、100点に近づけるために改善を繰り返す。
 仮説は本来、ブラッシュアップを前提に検証され、変わるもの。コールドチェーン事業の経営においても、素早い決断と実行を繰り返し、チャレンジの回数を重ねることを大切にしています。

「食のインフラ」を支えるコールドチェーン

──昨年から片山さんが率いるコールドチェーン事業についても教えてください。
 一言でいうのであれば、コールドチェーンは「食のインフラ」を支えるビジネスです。
 いま生活のなかには食のシーンとして、家で食べる「内食(中食含む)」、家の外で食べる「外食」があります。前者においては、大手スーパーやコンビニで使われるショーケースの販売やその整備・保守を行っています。
(画像提供:パナソニック)
 後者においては、外食産業であるレストランやホテルで使用する業務用冷蔵・冷凍庫などの販売と修理・保守のサービスを提供しています。なかでも、二酸化炭素(CO2)を冷媒とすることで環境負荷を低減するノンフロン冷凍機は、2010年の発売以来、国内外への出荷実績を着実に伸ばしています。
──社長就任後、どのような変革に取り組まれましたか。
 すでにさまざまな施策が動いていますが、そのうちの一つが2015年末に買収したアメリカの業務用冷凍・冷蔵ショーケースメーカー大手・ハスマン社との連携の強化です。
 同社は1906年設立、業務用冷凍・冷蔵ショーケース市場において、アメリカでトップシェアを誇っています。省エネ性能、設計力、北米でのサービス網などいずれにおいても北米市場での信用は絶大です。
 彼らはまさに、北米の「食のインフラ」を長年支えてきた存在と言えます。
 ところが買収からCCS社発足までの6年間、パナソニックと同社の連携は進んでいるとは言い難い状態でした。これはパナソニックが、ハスマン社を北米にある一拠点と考え、パナソニックの製品を売らせる、そういう目で見ていたからだと思います。
 現在は、同社の強みをどう活かすかという視点に切り替え、パナソニックより歴史の長い彼らからむしろたくさんの学びを得ようとしています。
 すでに新たな連携事例として、アメリカの大手流通企業でパナソニックのノンフロン冷凍機のフィールドテストも始めています。ハスマン社買収の意義をもう一度見直し、グローバルで勝つためのシナジーを生み出したいと考えています。

“食”を通じて顧客接点を最大化する

──今後の事業成長のカギはどこにあると考えていますか。
 世の中の動きを見ると、これから大きく成長するのは「川上」と「川下」、つまり「生産者」と「消費者」との接点に近い領域だと考えています。
 たとえば、川上の一つである漁業者の経営はいま非常に厳しい状況にあります。鮮度の高い魚の需給のマッチングが難しいために、獲れすぎた魚を廃棄せざるを得ない状況が関東圏の漁港でも起きているのです。
 しかし、優れた冷凍技術や加工技術があれば、魚を無駄にするケースは大幅に減らせる。鮮度の高いまま品質を維持し、1カ月後、あるいは数カ月後に多くの人に届けることも可能になるでしょう。
 一方、川下の消費のニーズは無限大です。地球規模で見れば人口は増え続けていますし、食には無限大の量的・質的ニーズがあります。
 特に現代でいうと、忙しい現代人はよりスピーディーに、自宅でおいしいものを食べたいと願っています。こうしたお金を払ってでもおいしいものを食べたいと考える人に、新鮮な食品をすぐに届けることが求められます。
 実際、アメリカでは食料品の即日配送サービスを展開するInstacart(インスタカート)社が急激な成長を見せている。川下にはまだまだ大きなビジネスチャンスが眠っていると実感しています。
元アマゾンのエンジニアが2012年に創業、食料品や日用品に特化した即日配達の買い物代行サービス。早い場合は注文してから1時間後に配送されるなど、配送までの時間の短さがユーザーに支持され急成長している。(istock:JHVEPhoto)
 このように私たちにも、川上と川下というサプライチェーンの両サイドを、いままで以上にカバーするビジネスモデルが必要だと考えています。
 特に、顧客とのタッチポイントを増やせるビジネスモデルが必須だと思います。これは、私がパナソニックに入って一番チャレンジしてみたかったことでもあります。
 近年のパナソニックは顧客とのタッチポイント、顧客からのフィードバックはかなり少なくなっています。パナソニックに家電のイメージを持たれる方は多いと思いますが、いまや全体における家電事業の売上は2、3割ほど。残りは、家電以外のBtoBの事業です。
 BtoCの家電にしても更新需要は数年に1回。もしくは一生に一度の商品もあるでしょう。顧客の声を聞ける機会は決して多いとは言えません。パナソニックがもっと人々の生活に浸透し、なくてはならない存在になるためには、最終消費者との接点を最大化する必要があります。
 それには、私たちの領域ではより新鮮でおいしい食を届けることに直接貢献するなど、未来の定番となり得るようなサービスを生み出す必要があるのではないか、そう考えています。
──具体的にはどのようなサービスやプロダクトがイメージできますか。
 たとえば、テイクアウト需要の増加に応える「スマートショーケース」というプロダクトがあります。現時点ではハードウェアビジネスの域を脱していませんが、消費者の「好きな時間においしいものを自宅で食べたい」というニーズや、飲食店の人手不足などの課題を解決することができるサービスへの進化を狙っていきたいと思います。
 カギは「食のタイムシフト」にあるのだと思います。
 地域の名産品を自宅があるマンションのスマートショーケースから受け取ることができる、そんな未来も近い将来やってくるのではないでしょうか。
 「食」の領域は、無限大の量的・質的ニーズがあると考えています。重要なのは、どのような食材を、どこから、どれだけ届けるかということ。
 私たちにとって、冷凍機能や解凍機能の進化というのは、そうした新しいビジネスモデルを探る人たちのチャンスを広げるための一つの武器にもなると考えています。
 こうした新しいサービスや技術を起点に、パナソニック全体の顧客接点を増やすことにも貢献したいと考えています。

組織の「インテグリティ」を育む

──パナソニックは2022年に新たなアクションワード「Make New」を掲げました。最後に、片山さんにとっての「Make New」を教えてください。
“未来の定番”を生み出すためのアクションワード「Make New」。組織のカルチャーやマインドセットを変えるための変革の意志も込められている。
「Make New Integrity(インテグリティ)」ですね。
──耳慣れない言葉です。どんな意味でしょうか。
 日本語で私なりに訳すなら、最もしっくりくるのは「高潔さ」です。
 パナソニックには理想とする未来があり、それを実現する素晴らしい技術もある。だからこそ誠実さと品格、そして“誇り”を持ち、チャレンジできる社員になってほしい。そんな意味が込められています。
 そのためには顧客からフィードバックをもらえる会社になれるかどうか。それが社員の誇りを取り戻すことにつながりますし、私たちの最大のミッションはそこに貢献することです。
 また社員がチャレンジを続けられる環境、小さくてもいいから成功体験を一つでも多く積み重ねられる環境をつくることができれば、インテグリティは自然と育まれていくはず。
 社員一人ひとりが誇りを持つことができるようになれば、私たちはきっと新たなステージに辿り着けると思います。そんな未来を目指し、今後もより一層多くのチャレンジを重ねていきます。