M&Aクラウドの及川です。M&Aをアップデートしていきます。
2022年12月27日、日本の大手金融機関である三菱UFJ銀行が、国内のフィンテックスタートアップの買収を発表しました。そのスタートアップが、Visaプリペイドカード「バンドルカード」、Visaクレジットカード「Pool」を提供するカンムです。
三菱UFJ銀行はフリークアウト・ホールディングス、その他株主が保有するカンムの株式の約7割を約160億円で取得する契約を締結しました。カンムは、今春を目処に三菱UFJ銀行の連結子会社になる予定とのことです。
国内の大企業によるスタートアップM&Aの事例としては、2017年に大手通信キャリアのKDDIがIoTプラットフォームを提供するソラコムを買収しています。また、金融業界の大型スタートアップM&Aとしては、2018年にネット証券大手のマネックスグループが仮想通貨取引所を提供するコインチェックを買収したことも話題となりました。こうした流れも踏まえながら、今回は三菱UFJ銀行がカンムを買収した狙いについて分析していきたいと思います。
■案件概要 

買い手:三菱UFJ銀行(日本)

対象会社:カンム(日本)

発表日:2022/12/27

バリュエーション:評価額は250億円(三菱UFJ銀行は株式の約7割を取得)
目次
INDEX

「若年層」をターゲットに事業を拡大してきたカンム

まずは三菱UFJ銀行が買収した、カンムについて説明していきます。カンムは代表の八巻渉さんが2011年に創業したスタートアップです。
もともと、同社はクレジットカードの会員が事前にキャンペーンにエントリーした状態で、加盟店で指定のカードで決済するとキャッシュバックなどの特典が受けられるサービス「カードリンクドオファー」を展開しようとしていましたが、クレジットカード会社が決済データを創業間もないスタートアップに提供することに難色を示したため、事業は頓挫。その後、「自社でカードを発行する」というアイデアに行き着き、結果的に誕生したのが現在の主力サービスであるVisaプリペイドカード「バンドルカード」です。
バンドルカードは、スマホアプリからネット決済に使える「バーチャルカード」を発行し、使う分のお金をチャージすれば、すぐに利用できるというサービス。「リアルカード」を発行すれば街のお店でもお買い物ができます。同サービスの特徴は、審査や年齢制限などはなく、誰でも使える点にあります。
ここ数年で、ネット上でモノを買う行為は一般的なものになりましたが、クレジットカードが保有できない若年層は決済手段が限られているため、ネットショッピングがしづらいという課題がありました。そんな課題に対して、バンドルカードは審査がなく、誰にでもネット決済に使えるプリペイドカードが発行できるため、若年層を中心に支持を集め、ユーザーを獲得してきました。2018年4月には、後払い機能「ぽちっとチャージ」をリリースし、この機能の提供によって、カンムは大きく成長を遂げていきました。2022年9月には、バンドルカードのアプリダウンロード数が累計600万を突破したことを発表しています。
また、2022年6月には年利1%のリターンを期待できる投資と、投資したお金をいつでもECやお店で使えるVisaのクレジットカードがセットになったサービス「Pool」をリリース。こちらはリリースから3カ月で累計投資金額が1億円を突破したことを発表しています。
今回の株式譲渡にあたり、フリークアウトが発表したIR資料によれば、カンムの2021年度12月期の売上は前期比40%増となる約38億8,500万円。当期純利益が8,000万円と黒字に転じていることからも、順調に事業を成長させてきたことが分かります。

三菱UFJ銀行がカンムを買収した狙いは若年層の攻略に?

三菱UFJ銀行が買収を決断した背景には、カンムが抱える若年層ユーザーを獲得したい狙いがあると思います。
三菱UFJ銀行は近年、新たな事業機会の可能性を模索しています。2022年11月には、POSローンを提供するオランダ・Home Credit社の子会社であるインドネシア部門とフィリピン部門の買収を発表しました。さらに、2022年12月にはインドネシアを中心に東南アジアでデジタル金融サービスを提供するAkulakuへの2億ドル(約260億円)の出資を発表しています。
国内でも、若年層/スタートアップをユーザーに持つ金融・フィンテックスタートアップへの投資を重ねており、すでにExitを果たしたスタートアップも出てきています。
三菱UFJ銀行が出資してきた金融・決済スタートアップ
三菱UFJ銀行は、子会社の三菱UFJニコスでクレジットカードサービス、アコムでカードローンサービスと幅広いサービスを提供している一方、未来の事業成長を左右する若年層の獲得に関しては課題感を抱えていたと思われます。BNPL(Buy Now Pay Later、後払い決済)など、若年層の金融ニーズを満たすようなサービスを自社で提供することも検討していたかもしれません。ただ、ゼロベースで立ち上げるには時間がかかりすぎてしまうため、すでに若年層のユーザー基盤を持つサービスの買収へと動いたのでしょう。
若年層のユーザー基盤を持つスタートアップとの事業シナジーを期待し、大企業側がM&Aを実行するのは、M&Aとしては王道のパターンでもあります。ZOZOがyutoriを買収したのも、若年層のユーザーを獲得したかったからでしょう。
一方で、スタートアップ側も大企業のアセットを活用することで、さらに事業をグロースさせていくことが可能になります。特に規制が多い金融業界では、既成の大企業と組むメリットは大きいはずです。その点において、カンムは今後の事業展開を考えた上で、フリークアウトが親会社であるよりも、三菱UFJ銀行が親会社の方が事業シナジーが大きいと判断した結果、今回のM&Aに繋がったと思います。

不況下における、スイングバイIPOが増加する可能性は?

今回のM&Aは、「三菱UFJ銀行がスタートアップを買収した」という点も大きな注目ポイントですが、個人的には海外のBNPLスタートアップはダウンラウンドでの資金調達が続いている中、アップラウンドでのM&Aだったこと、そして「スイングバイIPO(大企業のアセット活用によりIPOを目指すこと)」を想定している点にも注目しています。
今回、カンムがアップラウンドでのM&Aを実現できた理由としては、当期純利益が既に黒字に転じており、ランウェイが比較的長期で確保できていたことで、価格交渉を優位に展開できたことが考えられます。BNPLは多額の運転資金を必要とするビジネスですが、カンムの業績からすれば、おそらく銀行借入も交渉次第では可能であり、事業運営上は資金調達やM&Aに頼る必要はなかったのでしょう。
2~3年前までは「Jカーブを掘りつつも、売上を伸ばす」ことが求められる傾向にありましたが、資金調達環境が悪化した現在では、投資を調整し、キャッシュフローを回すことのできる企業が評価されやすくなっています。この点でも、直近で黒字化を果たしているカンムは、その堅実性をアピールできたと考えられます。
なお、一時期の“資金調達バブル”とも言えるような環境の中で、バリュエーションを高くしすぎた結果、マクロ環境の変化などに対応できず、ダウンラウンドでの資金調達を余儀なくされたスタートアップも多くいました。この点、カンムはバリュエーションが高騰しておらず、この状況下でもアップラウンドでのM&Aを実現できたのだと思います。
さらに、代表の八巻さんがメディアの取材に対して、「IPOは引き続き有力な選択肢だと考えており、三菱UFJ銀行からも『サポートをする』と言ってもらっている」と答えているのが印象的でした。スイングバイIPOというExitのゴールを持っていることで、今回のグループインに際しても、純粋なM&Aバリュエーションではなく、IPO Exitを想定したバリュエーションとなっているものと推測されます。
昨年末、市況の悪化などから多くのスタートアップがダウンラウンドIPOを余儀なくされました。一方で、IPO準備とM&A交渉を並行して進める「デュアル・トラック・プロセス」を実施したり、スイングバイIPOを目指したりするスタートアップも出てきています。現在の市況下でIPOするよりも、M&Aで大企業の傘下に入り、彼らのアセットを活用する形で事業成長を加速しつつ、IPOを目指してチャンスを待つ、というのは有効な手段になるはずです。
不況がトリガーになったとはいえ、IPO以外の選択肢が広がること自体は、スタートアップ業界にとっては非常に良いことだと思っています。今回の三菱UFJ銀行によるカンムの買収が良い成果を生み出せば、三菱UFJ銀行に続くかたちでスタートアップの買収に動く大企業は増えていくのではないでしょうか。
岸田政権が発表した「スタートアップ育成5か年計画」にはM&A買収額の減税策も盛り込まれており、私はこの施策が大企業によるスタートアップM&Aの呼び水となる可能性を秘めているとも思っています。2023年のM&Aは大企業の動きにより一層、注目していきたいと思います。
ココがポイント!
①大手金融機関である三菱UFJ銀行が、フィンテックスタートアップのカンムを買収。ここ数年盛り上がるフィンテックスタートアップのM&Aに、ついに国内の大企業が参戦。
②若年層のユーザー基盤を持つスタートアップとの事業シナジーを期待した買収であること。M&Aにおける王道のパターンであり、今後もこうした大企業によるスタートアップM&Aの事例は増えていくのではないか。
③海外のBNPLスタートアップはダウンラウンドでの資金調達が続いている中、カンムはアップラウンドでのM&Aを実現。当期純利益が既に黒字に転じており、ランウェイが比較的長期で確保できていたことで、価格交渉を優位に展開できたと推測。
④「カンムはスイングバイIPOも想定。今後の展開次第では、スイングバイIPOを目指すスタートアップの増加につながりそう。

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