2023/1/26

【石山アンジュ訪問】謎の大企業、京セラ。若手の研究者が躍動する理由

NewsPicks, Inc Brand Design
1959年設立のグローバル企業であり、年商は約1兆8389億円、従業員数は約8万3000人(2022年3月時点)の大手企業でもある「京セラ」。社名や、創業者である稲盛和夫氏の名前は頻繁に耳にするが、その業容を理解している学生やビジネスパーソンは多くはないだろう。
 日常の生活では、スマートフォンやセラミック製のキッチンツール程度しか京セラのプロダクトやテクノロジーに触れる機会はないかもしれないが、実は幅広い領域で京セラの技術は利用されており、社会を支えている。
 そして、その裏にはベテラン社員やミドル層だけでなく、入社数年しか経っていなくても第一線で活躍する若手の京セラ社員の存在がある。
 今回、その実態を探るべく、ミレニアル世代のシンクタンク、一般社団法人PublicMeetsInnovationの代表理事を務めるなど、若手ビジネスパーソンの思考や働き方に精通する石山アンジュさんが京セラのみなとみらいリサーチセンターを訪問。
 多様な分野の中からモビリティとカメラの技術を体験するとともに、研究開発部門に籍を置く若手社員の竹村志帆さんと菅原俊さんと意見を交わした。
 京セラとはどんな会社なのか。技術体験とインタビューを終え、石山さんが口にしたのは、「京セラ=ジャパン・イノベーション」だった。

Part 1 Experience

 技術力の高さはなんとなくわかるものの、見えない部分で活躍していることが多いため、それがどのように使われているかがつかみにくい京セラの技術力。
 今回は、神奈川県・みなとみらいにある研究開発拠点「京セラみなとみらいリサーチセンター」を石山アンジュさんが訪問。京セラ社員2人とともに受けたインタビューの前に、この2人が開発しているモビリティとカメラの2つの技術を体験してみた。
Technology 1 路車協調システム
 京セラはモビリティ分野の開発において「路車協調型自動運転社会の実現」を目指している。
「インフラ(路)」と「自動車(車)」の協調によって、見通せない物体情報を事前に通知。運転席から「死角」となる歩行者や自動車、障害物などを路側センシングシステムで検知し、無線路側機を介してドライバーへ事前に危険を知らせる。
 まだ実用化はされていないものの、注目を集めている京セラのシステムで、この開発に竹村さんが携わっている。
 今回、この路車協調システムを擬似体験できるドライブシミュレーターの簡易版を体験。石山さんに自ら“運転”してもらった。路車協調システムが作動している場合としていない場合の違いを体感。その有用性を感じてもらった。
Anju’s Voice
自動車免許を持っておらず、原動機付自転車しか運転しないのですが(苦笑)、このシステムがある場合とない場合では、見えない人や障害物を避ける確率が違いましたね。モビリティは今後有望な分野だと思いますし、市場もグローバル。とても可能性を感じる技術だと思います。
Technology 2 距離を測れるカメラ
続いて石山さんが体験したのは、カメラを活用した食事管理システムという一風変わったもの。
 食事している風景を撮影し、食べ物の量の変化を解析。食べる順番や食事の速さも計算して、適切な食事方法をリアルタイムでアドバイスするソリューションだ。
 小型光学測距カメラがこれを実現するカギとなっている。最大のポイントは映し出しているモノとカメラの距離が測れるということ。これによって高い精度でモノの状態を把握することができるという。他に類似のカメラはあるが、画角と測距精度を両立するために、カメラ筐体に反射鏡を内蔵した構造は世界初だ(*)。
*Optica Publishing Group の資料より(https://opg.optica.org/abstract.cfm?uri=AOA-2022-JW2A.55)。
 体験してもらったのは、食事管理のためのデモだったが、開発者の菅原さんによればさまざまな分野で応用が利くという。リアルタイムでの解析が可能だからこそ、モビリティ分野における自動運転、製造業における生産プロセス管理などでも活用できるため、応用できる範囲は広い。
Anju’s Voice
食事管理アプリはいくつもあると思いますが、距離を測ることで精度がより高くなるという発想は画期的だなと思いました。映像の精度の高さだけでなくAIを使った分析など、ソフトウェア面での技術力の高さもあるのではないかと思います。ハードとソフトの両方で高い技術力を持つ京セラならではのソリューションだと思います。

Part 2 Interview

若手ビジネスパーソンの思考や行動に詳しい石山さんと、京セラで主にモビリティ関連の研究開発に従事している入社3年目と7年目の社員(2023年1月時点)にインタビューを実施。京セラ入社のきっかけ、やりがい、入社前とのギャップなどその実態に迫った。
京セラ? 名前は知っていたけれど……
──お二方の現在の仕事内容と経歴について教えてください。
竹村 私は2020年入社の3年目です。最初の2年は先ほどご紹介した路車協調システムのうち路側で使用するセンサーのソフト開発を担当していましたが、3年目になって車側のソフト開発を担当するようになりました。
 大学院は今の研究とまったく関係ない機械系で、金属3Dプリンターを研究していました。主に金属が吹き出るノズルの設計などです。
 関東地方に住んでいたこともあって、正直にお話しすると、京セラのことは社名こそ知っていたものの、具体的な事業内容はあまり知らなかったですし、説明会も強い関心を持って参加したわけではありませんでした。
 ただ、ファインセラミックスだけでなく幅広い事業があることを知って、何でも興味があり、やりたいことを絞りきれない性格の私には合っているような気がしました。
 さらに詳しく調べていくと、今後の社会において進化が必要不可欠なモビリティの研究開発を手がけていることを知りました。漠然とですが、私は誰かのために、社会のために必要な技術を生み出したいという思いがあったので、興味を持つようになりました。
 3Dプリンターとは分野が違うので入社当初はとても心配でしたが、実際にモビリティ担当の方と話すうちに、研究で試行錯誤してきた経験があれば頑張れそうだなと思えたので、チャレンジすることにしました。
──菅原さんはいかがですか。
菅原 2016年に大学院を修了後、京セラに入社しました。私も竹村さん同様に新卒入社で、入社からこれまで7年間、ずっと画像認識技術とAI技術を研究しています。
石山 大学院では何を研究していたんですか。
菅原 AIを使い、文字の書き方で人を特定する研究をしていました。銀行には生体認証でセキュリティ強度を高めたATMがありますが、もしペン入力で本人を確認できれば、大切な指紋や静脈の情報を提供する必要がなくなると思い、かなりニッチな領域ですが、研究に没頭していました。
 卒業後の進路は、AIを使った分析の研究を続けたいと考えていた中、AIにおけるハードの重要性が増していることを認識するようになり、ハードとソフトの組み合わせに注目し、そのどちらも持ち合わせている京セラに関心を抱くようになったのです。
 京セラは素材やハードの企業という印象がありましたが、ソフト専門の研究所をつくるタイミングで、声を掛けられたのがきっかけでした。
石山 先ほど見せていただいたのは、日本にとどまらず世界で必要とされる技術ですよね。その研究開発において若い世代のお二人が第一線でリードしていることに少し驚きました。若い人材にどんどんチャンスを与えていて、大企業では珍しいな、と。
若手人材を獲得し生かせる企業とは
──働き方について若い世代と対話する機会が多い石山さんは、今の若手人材が働く場として企業に求めることや価値観の変化をどのように捉えていますか。
石山 少し前は、働き方の柔軟性や自由度に高い優先度を置いている人が多かったのですが、それが当たり前になりつつある今、なぜそこで働くのかという「WHY」やパーパスに重きを置くようになっていると感じています。
 人手不足で売り手市場なので、優秀ならどこにでも採用されやすく、オファーの条件も高くなってきている中では、「なぜここにいなきゃいけないのか」をグリップできている企業が強いのではないでしょうか。
 ただ、自社のビジョンやパーパスを発信しても、今の学生はいろんな情報にリーチしてそれを体現している企業かどうか、実態が伴っているかをしっかりと見極めているので、企業にとってはミッションやビジョン、パーパスを定めて発信しているだけでもダメ。しっかりと行動しているかが、大事になっています。
──聞こえのいいことを言っていても、実態とかけ離れているのはバレてしまう。
石山 そういう意味では、いい方向へ行っていますよね。お互いがしっかりとリアルを追求していて、入社前と入社後に認識の齟齬が生まれないようになっているとも言えると思います。
 もう一つ、企業側の立場でコメントするなら、これからは企業内のチャレンジをサポートするだけでなく、社会へのチャレンジを応援できる会社へと昇華することが求められていくでしょう。
 社員を社内の縦型の評価軸で見るのではなく、社会の価値で捉えてどういう活躍ができるのかという目線で社員を応援し、機会を提供できるか。そんなことをできる企業が、今後優秀な人材をしっかりホールドできるんだろうと思います。
京セラフィロソフィの「チャレンジ精神をもつ」は本当か?
──石山さんから、会社が発信しているメッセージと実態が一致していることが大切だというお話がありました。
創業者の稲盛和夫さんが大事にしていた経営哲学の一つに「チャレンジ精神をもつ」があります。率直にお聞きして、京セラにはチャレンジ精神をもつ社員はいますか。またそれをサポートする会社の文化はありますか。
菅原 一つ体験談をお話しさせてください。3年目の頃、以前から考案していた新しいカメラを開発したいと思い、上司にそのカメラの可能性を話したり、自分で試作品を何度かつくりチェックしてもらっていたりしたら、周りの人たちがみんな応援してくれて、研究開発の本部長や事業部長も盛り上げてくれて、実際にプロジェクトが立ち上がった経験があります。
 しかも、開発できる環境をすぐに整えてくれました。入社前は、チャレンジを応援すると言いながら、組織が大きいからそうはいかないだろうなと思っていましたが、本当にチャレンジしたいと思って手を挙げたらできちゃう会社なんだと、その時、実感しました。
 良い意味で、私のイメージを覆してくれ、それ以降は臆することなく、どんどんやりたいことに手を挙げています。
 それと、少し話はそれるかもしれませんが、京セラは起業家精神のあるリーダー人材、リーダーを支えるフォロワー人材、組織をまとめるマネジメント人材が揃っているのが特徴です。
 チャレンジと一口で言っても、みんながみんな新しいアイデアをもってリーダーとしてチャレンジしたいわけではないと思うんです。フォロワーとしての挑戦、マネジメントとしての挑戦もあるはず。ですので、新しいアイデアや発想をもっている人を歓迎し、応援する文化ができているのかもしれません。
──リーダーシップをとるのは苦手だけどチャレンジしたい人もいる。
菅原 なので、京セラはチャレンジする人だけでなく、チャレンジをサポートしたい人にとっても活躍できる会社だと思います。
石山 素晴らしいですね。大企業で人材が豊富だからこその特徴だと思います。私もかなり京セラのイメージがかわりました。
竹村 私はあまり表に立つタイプではないので、どこか不安を抱きながら就職活動していました。そのメッセージを早くに聞いていたらもっとリラックスして就活できていたはずなので、もっと早くに教えてほしかったです(笑)。
 これまで、意識はしていませんでしたが、菅原さんの話を聞いていて、確かに応援する雰囲気は京セラに根付いているかもしれません。
──ミッションやビジョン、パーパスの体現についてはいかがでしょうか。
菅原 京セラの経営理念は「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」です。
 私は研究開発は社会のために行う側面が大きいと考えているので、最後の「人類、社会の進歩発展に貢献すること」に真摯に向き合いたいと思っています。だから研究開発の段階からこの考え方を大事にしていますね。
 人間なので、研究で思ったような結果が出ず、弱気になって心が折れてしまいそうになることもあります。しかし、京セラには経営理念があり、それが企業の目的であり私たちのベースだからこそ、常に立ち返って正しい方向へ行けると思っています。
──先ほど竹村さんは、誰かのために生活の中で必要とされるものを研究開発したかったとおっしゃっていました。京セラには社会の誰かのために貢献しようという意識が浸透しているのですか。
竹村 手がけている製品は部品や素材などが多く、一般の生活者は直接手にすることがないものが多いですよね。はっきり言って映えません。
 でもそれって、きっと目立ちたいとか楽しんでもらいたいというより、社会を下支えしたい、誰かのためになりたいという想いを大事にしてきたからのように思います。
 地味だし、目に見えない。それって何?って簡単に説明できないものが多い。でもどの事業も社会にとって必要不可欠。それが京セラなんだと思います。
石山 企業の役割が変わってきて、個社の利益ばかりを追求するのではなく、いかに公共的な役割を社員も意識しながら果たせるかが求められています。すでにお二人が京セラだけの指標にとらわれることなく、社会性の視点を持っていらっしゃるのは素晴らしいですね。
入社して気づいた京セラの意外な側面
──先ほど、企業が発信するメッセージと実態にギャップがあってはいけないという話がありましたが、お二人は入社前と入社後でギャップを感じたことはありますか。
菅原 日本の大きな会社なので、部署や立場が厳密に区切られていて、コミュニケーションもあまりないのかなと思っていたんです。フラットなコミュニケーションがあると聞いていたものの、あまり信じていませんでした。
 ところが、実際には、私たちの執務スペースに理事や事業部長、研究開発本部長がいたって普通に座っていることは日常。他の部署にもスッと行って話を聞けてしまう。フラットとは聞いていたけど、あまりにもフラットすぎるので驚きました。
竹村 そうですね。私も上の人は上の人、若手は若手としか話せないのかなと思っていたんですが、部長にも普通に話しかけるし、逆に話してくださる。縦の感じがあまりなくフラットだったのは意外だし、よかったなと思えることです。「竹村さん、思っていることが顔に出ているよ」「本当ですか!?」なんてやり取りもよくしています。
京セラにハッシュタグを付けるとしたら
──最後に、京セラの特徴をひと言で表すとどんな会社か、ハッシュタグをつけるとしたら最適な言葉は何でしょうか。
竹村 「#ファインセラミックスだけじゃない」でしょうか。
菅原 「#幕の内弁当」ですね。
石山 予想外のハッシュタグ!
菅原 京セラにはいろんな技術があるのにバラバラだったので、それを全部集約して価値を作ろうっていうことになり、そのときの研究開発のキーワードが「幕の内弁当」だったんです。
──石山さんはどんなハッシュタグを付けますか。
石山 「#ジャパン・イノベーション」ですかね。京セラと言えば創業者の稲盛さんでありアメーバ経営という印象でしたが、それに加えて今日技術に触れ、そしてお二人の話を聞いてみて、日本にはまだまだ可能性があるのだと強く感じました。
菅原 おもしろい技術がようやく形になってきたので、早く社会実装して、日本の技術はすごいんだぞ!ってみんなに言ってもらいたいですね。そして人々の役に立って、心から創ってよかったなと思いたいです。
竹村 私も路車協調システムをいろんな人に知ってもらいたいですし、早く実現できるようにどんどん技術を開発していきたいですね。世界の誰かの役に立つ、未来の社会に貢献する仕事が京セラにはあると思っていますから。