2023/1/31

【入門】世界共通の課題。「高レベル放射性廃棄物の処分問題」をやさしく学ぶ

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
電気がなくては生活できない現代人。そんな私たちが、これ以上目をそらすことのできない、人類共通の課題がある。原子力発電に伴い発生する「高レベル放射性廃棄物」の最終処分問題だ。これまで原子力発電を利用してきたことで「廃棄物」が発生している以上、原発稼働の是非にかかわらず、建設的な議論が必要とされる。そもそも「高レベル放射性廃棄物」とは何か。処分方法や処分場所の選定プロセスとは。日本における処分問題の現状を整理したうえで、若者世代と高レベル放射性廃棄物の処分問題を考える活動を行う元東京工業大学ゼロカーボンエネルギー研究所助教 澤田哲生氏に話を聞く。

自分ごととして考えたい最終処分問題

──高レベル放射性廃棄物の最終処分の問題をどのように捉えていますか。
澤田 そうですね。この問題は私自身が明確に正しいといえる答えを持っているわけではありませんし、非常に難しい問題であることは大前提です。
 そのうえで、私として最も課題意識を持っているのは、「最終処分問題と社会の関係性」です。要するに、社会とのコミュニケーションの問題になります。
 世界的に高レベル放射性廃棄物の処分方法は「地層処分」という共通認識は出ているものの、その賛否にかかわらず、思うように議論が進まないのが現状です。
 そもそも原子力発電に対しても、スタンスが大きく分かれている。できれば使わないでほしいと思っている方々も一定数います。一方で、世界的にエネルギーがひっ迫していて、資源の少ない国ではなおさら、原子力発電に頼らざるを得ない。そういう認識も広まってきていますね。
 もちろん原子力発電の賛否に関する議論も重要なのですが、改めてこの最終処分の問題は、すでに存在している高レベル放射性廃棄物についての話になります。
 私たちが日々生活するなかでごみが出るように、高レベル放射性廃棄物もこれまでの原子力発電の利用によりすでに発生してしまっている。処分問題は先延ばしすればするほど、将来世代にこの問題の責任を負わせることになります。そのため一人でも多くの人が当事者意識を持ち、この問題に向き合う必要があるのではないかと私は考えています。
──なぜ議論があまり進まないのでしょうか。
 一つに、この問題を「知る」機会があまりないからではないでしょうか。
 原子力発電所がある地域の方々には、高レベル放射性廃棄物の問題について関心の高い方が多く見受けられます。しかしそれ以外の地域では、その存在すら知らないという方がまだ多いのではないでしょうか。
 そもそも、自分たちが使用する電気がどこからきているのかも知らない人も少なくないと思います。東日本大震災で首都圏が電力不足に陥った際、福島県の原子力発電所から電気が送られてきていたと知って驚いた方も多いでしょう。
 新潟県の柏崎市と刈羽村にある世界最大規模の原子力発電所(※)の電気も、その多くが首都圏に送られていました。そうした事実を知る機会の少なさが、人々の関心や理解が進みにくい一因だと考えています。コンセントの向こう側、その先の発電所に対する想像力が社会に必要なのだと思います。
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「地層処分」が世界的な共通認識に

──改めて、なぜ「地層処分」なのでしょうか。
 そもそも製造直後の高レベル放射性廃棄物は、非常に放射能レベルが高い。
 この放射能は1000年間で99.9%以上減少しますが、以降、数万年以上にわたって残るため、その間は隔離が必要だということになっています。
 こうしたことを踏まえると、地震・津波・台風などの自然災害や、戦争やテロなどのリスクのある地上で、数万年以上安全に保管することは難しいですよね。処分方法については、地上保管を含めてさまざまな方法が世界的に検討されていて、日本では原子力発電所が稼働する前の1962年から検討が始まっています。
 さまざまな方法が検討された結果、人間の生活環境から隔離して閉じ込められる「地層処分」が、世界的な共通認識として現時点で最も適切で実現可能な処分方法とされています。
 どの国も自国で処分できますし、きちんと場所を選べば安全性も非常に高い。そういった理由から、いまは世界中で「地層処分」の実現に向けて取り組みが進められています。
──地層処分は、本当に安全なのでしょうか?
 何事もそうですがリスクを0%にすることは非常に難しいため、さまざまな要因を想定してリスクをゼロに近づけるための対策を行う必要があります。
 地層処分の場合、放射能レベルの高い廃液を溶かしたガラスと混ぜて冷やし固めた「ガラス固化体」に加工のうえ、それを、厚さ約20cmの金属製容器(オーバーパック)と厚さ約70cmのベントナイトと呼ばれる粘土質の緩衝材で覆います。
 この時点で3重の「人工バリア」が施されている状態。さらにそれを「酸素が少なく、ものが変化しにくい」「地下水の流れが遅い」という特徴を有する300m以上深い地下の安定した岩盤に埋めることで「天然バリア」でもカバーする。
 このように「人工バリア」と「天然バリア」を組み合わせて、放射性廃棄物を人間の生活環境から隔離して閉じ込めます。
 ここで不安視されるのは、放射性物質が地下水に染み出さないかどうか。それについては科学的に実験とシミュレーションを組み合わせて判断するしかありませんが、前述の「人工バリア」と「天然バリア」に加え、地下深部は地下水の流れが非常に遅いため、地上の人間に影響が及ぶリスクは非常に低いです。
──地震が多い日本だと、不安に思う方もいると思います。
 日本はたしかに地震が多く、火山も多い国ですが、技術的に可能な土地の候補は決して少なくありません。
 地下深部の揺れは、地表に比べて小さいことが分かっていますが、処分場をつくる際には、地下深くに地震のもとになる断層、つまり活断層がないかを含め、適切な場所かどうかを徹底的に調べます。調査を受け入れてくれた自治体に対して、文献調査・概要調査・精密調査の段階的な調査を、20年程度かけて実施します。
 調査の結果、安全だと判断されたら、ようやく処分場の選定が始まります。
 現在日本では、この最初の調査である「文献調査」を実施している自治体が、北海道の寿都町と神恵内村の2カ所のみ。これ以外の自治体からは手は挙がっていない状況ですが、日本の未来の問題でもあるため、今後他の自治体からも手が挙がることを期待しています。

情報をうのみにしない

──海外ではどのような状況でしょうか。
 世界で最も進んでいるフィンランドでは、実際に処分場の建設が始まっています。スウェーデンも処分場の場所は決定し、建設前の状況です。
──なぜフィンランドでは、いち早く議論が進んだのですか。
 地下資源もないフィンランドでは、長年エネルギー問題に苦心してきました。また歴史的に、第2次世界大戦で隣国のロシア(当時はソ連)に攻め込まれた経験から、エネルギーのセキュリティー問題も考えなければならない。
 電力は生活を脅かす問題なので、原子力を使わなければ仕方がないと、納得している国民が多いんです。そうするとやはり、高レベル放射性廃棄物の問題も解決しなければならないよねと、ある程度のコンセンサスが取れています。
 もちろん政府が時間をかけて説明を続けましたが、もともと国民の合意が得られやすい背景はあったと思います。
 それに、教育のベースが「みんなで自由に考えて答えを出しましょう」というやり方なんです。だから課題に対して自ら考えて、解決策を見出す文化が根付いている。そうすると、結論ありきじゃない対話ができる。
 かたくなに賛成・反対ばかりを主張するのではなく、相手の話を聞いて自らの意見を言うことができますし、そういう場を設けることが自然になっています。
──日本でもこの議論を進めるにあたって、必要なことは何でしょうか。
 まずは高レベル放射性廃棄物の最終処分問題について「知る」機会づくりが大切でしょう。知ることができれば、次は「考える」ことができます。
 その考えを互いに「共有」し、自由な発想で対話ができる場づくりを私自身も創造していきたいと考えています。
 加えて重要なことは、情報をうのみにしないことだと思います。
 いまは新聞やテレビはもちろん、SNSでもさまざまな情報や意見が目に入ります。その中には正しいものもあれば、根拠のないものや、偏った意見もあります。それらをうのみにせず、自ら調べ、科学的根拠や事実から自分の意見を導き出すことが大切だと思います。
 そしてそのうえで、一人でも当事者意識を持ち、自分ごととして考えてくれる人が増えると嬉しく思います。現在はSDGsの文脈などで環境意識も高まっていますが、CO2削減の話には必ず、発電の問題がついてきます。
 カーボンニュートラルに向けて火力発電や再生可能エネルギー、原子力発電などさまざまな選択肢に関する議論がなされています。今後、サステナビリティに向けての取り組みが加速するなか、エネルギー問題がより身近な話題になってくるはずです。
 さまざまな捉え方ができる非常に難しい問題ではありますが、ぜひ多くのビジネスパーソンのみなさんと一緒にこの問題について考えていけるとありがたく思います。
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