2022/12/29

ブランド価値は“顧客との共創”で、もっと広がる時代へ

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
SNSの普及や人々の生活様式の変化に伴い、企業のマーケティング戦略は大きな転換を迫られている。

もはや、企業発信の一方的な広告でモノが売れる時代ではなく、多くのマーケターやブランド担当者が、自社商品の訴求やファン獲得に頭を悩ませていることだろう。

そうした課題への一つの解として注目されているのが、顧客と共にブランド価値を高める「価値共創マーケティング」だ。

デジタル技術の発達が可能にした新たな手法のポイントや具体的なアプローチについて、デジタルマーケティングの最前線を知るFacebook Japan、デロイト トーマツ コンサルティング、トライバルメディアハウスの3社が集い、解説する。
INDEX
  • ブランド価値は顧客と共に創る時代へ
  • 顧客が見出した「文脈価値」にメッセージを乗せる
  • 次々と「好き」と「欲しい」が生まれるInstagramの土壌
  • 顧客の声には、圧倒的な価値がある

ブランド価値は顧客と共に創る時代へ

倉迫 吉沢さんは「価値共創マーケティング」をどのように捉えていますか? 特徴や、従来のマーケティング手法との違いを教えてください。
吉沢 最大のポイントは「文脈価値」ですね。
 これまでのように、“モノとお金の交換”だけに主眼を置くのではなく、「実際に購入した顧客が、どのような体験をし、どんな価値を感じているか」という文脈も踏まえて、価値を定義するのです。
 従来のマーケティングは、ブランド側が商品やサービスの価値を定義していました。つまり、「この商品にはこんな価値がありますよ」と、一方通行で訴求していた。
 それに対し、ブランドと顧客が継続的に価値を高め合うような手法が「価値共創マーケティング」です。
倉迫 顧客の体験に注目することが、企業やブランド側のベネフィットになるのですね。
吉沢 そうです。実際に商品を購入した顧客が感じるベネフィットを起点にする価値共創マーケティングは、ブランド側が想定していなかったユーザーインサイトの発見につながる可能性をはらんでいます。
 ユーザーインサイトを正しくつかんだ上でマーケティング活動を行えば、より深く商品を愛してくれるファンが増えるはず。
 ファンが増えればまた新たな顧客体験が生まれ、新たなユーザーインサイトの獲得につながる。
 そうやって企業と顧客の相互コミュニケーションが、お互いの利益につながる点が、価値共創マーケティングの大きなメリットではないでしょうか。
倉迫 ここ数年、価値共創はマーケティングのキーワードになっているように感じます。
吉沢 実は文脈価値自体の重要性は、2010年頃から学術分野で提唱しだされました。
 当時、「モノ消費からコト消費へ」という価値観のシフトが脚光を浴びたように、多くの企業が“消費者の体験”に着目していたんです。
 この考え方がさらに広まる契機となったのは、やはりSNSの普及と進化でしょう。
 ユーザーとブランドがリアルタイムにコミュニケーションをとれるようになり、取得できる情報量も増大しました。
 価値を共創できる場が整い始めたことで、これを積極的にマーケティングに活用しようという流れが生まれてきたのだと思います。
久保 実際に価値共創マーケティングに関心を持つ企業は増えています。
 私たちトライバルメディアハウスは、ソーシャル時代におけるマーケティング支援を得意とする会社です。
 クライアントのマーケティング部や広報部、ブランドマネージャーの方とお話ししていても、「価値共創」や「文脈価値」といった言葉を頻繁に耳にするようになりました。
 ただ、具体的なやり方がわからず、ご相談いただくことが多いですね。
 吉沢さんのお話の通り、今までは「ブランドが持つ価値を伝えたい」という企業側の視点に立ったニーズが主でしたが、それが変わりつつあります。
 徐々に、「ユーザーからどう評価され、どんな価値が見出されているのか」を知り、そこに企業が伝えたい価値を自然に溶け込ませていくべきだと、多くの企業が気づき始めているように感じます。

顧客が見出した「文脈価値」にメッセージを乗せる

久保 今やソーシャルリスニング(※)はマーケティングに欠かせません。従来は顧客のインサイトを探る方法としてユーザーインタビューが主流でしたが、SNSの登場で大きく変わりました。
※SNSやレビューサイト上で発信される消費者の声を収集・分析し、自社製品の理解を深めて、マーケティング戦略に活用する手法
 特にハッシュタグは、ソーシャルリスニングに役立つ情報の宝庫
 Instagramでブランドのハッシュタグを検索するだけで、ユーザーがその商品をどんなシーンでどう使っているのか、ほぼリアルタイムで知ることができます。
 私たちの日々の業務でも、そこからユーザーインサイトや文脈価値を読み取っていくことが多いですね。
倉迫 ハッシュタグの活用法としては、タグが紐づいている投稿の内容から文脈価値を読み取っているのですか?
久保 そうですね。まずはブランド名やサービス名そのもののハッシュタグを対象に、顧客がどんな価値を感じているかを確認していくのが第一ですね。
 弊社が支援するクライアントでも、顧客の楽しみ方をブランド側が受け止めたことで、価値共創の好循環につながった事例があります。
 それが、乳製品の世界的メーカー・ベル社の日本法人ベルジャポンが展開する「Kiri(キリ)」のInstagramアカウントです。
 キリを使った凝った料理やアレンジレシピなどの作り込んだコンテンツを多数投稿し、料理好きな方が集まっていました。
 一方で、キリが幅広い層に親しまれているブランドであることを考えると、いいねやコメントの数はもっと伸ばせるポテンシャルがある状態でもあったのです。
 そこでブランドのハッシュタグからソーシャルリスニングを行ってみると、日本のユーザーたちはキリをトーストに載せたり仕事中の息抜きのおやつにしたりと、とてもシンプルに楽しんでいることがわかりました。
 つまり、ブランド側のInstagram上でのアプローチが、顧客の感じている価値の文脈とズレていたわけです。
 こうしたソーシャルリスニングの分析結果とブランドの目指す方向性をすり合わせて、Instagramでのコミュニケーション戦略を見直し、手軽なレシピやちょい足しアレンジといった「やってみたくなる」「発見がある」コンテンツを強化しました。
 すると、アカウント全体のエンゲージメント向上とともに、「真似してみました」「買いました」とコメントがつき、キリの投稿と同じ構図の写真やレシピを再現した投稿が増加。
 ユーザーとの活発なコミュニケーションにつながっていきました。
倉迫 まさに価値共創マーケティングのお手本のような事例ですね。
 Instagramに限らず、ソーシャルメディアで顧客の声を丁寧に拾っていくと、ブランドの思惑とは異なる部分が魅力になっていたと気づくケースは多々あります。
 購買の先に生まれる文脈価値を、次のマーケティング戦略に生かすフレームワークを繰り返し回していけば、顧客と企業の間でどんどん価値を高め合っていけるのではないでしょうか。
吉沢 ステルスマーケティングが増えたように、企業はマーケティング活動に際して、自分たちの存在を必死に消そうとしてきたように感じます。
 でも本来は、ブランドの立場で堂々と価値を発信していいんですよ
 大切なのは、そこで打ち出している価値が、ファンでいてくれる顧客と本当に共有できるものなのかどうか。それが本質的なマーケティングだと思います。
久保 吉沢さんがおっしゃるように、価値共創マーケティングでは「N1」の声をどれだけ大切にできるかがポイントだと思います。
 熱量の高い投稿は、たった1件でも資産になりますから。

次々と「好き」と「欲しい」が生まれるInstagramの土壌

久保 ソーシャルリスニングはどんなSNSでも可能ですが、Instagramの優位性を倉迫さんはどう捉えていますか?
倉迫 価値共創マーケティングを実践するプラットフォームとして、最適な土壌なのではないかと思います。
 以前、国内の利用者を対象に「新しいブランドや商品、サービスを見つけるのに役立つプラットフォーム」についてアンケートを行ったところ、48%の方がInstagramと回答し、他のデジタルプラットフォームやテレビを上回って、最も人気でした。
 それはつまり、Instagramには自分の好きな商品について投稿しているユーザーが多いことの裏返しです。
 また別の調査では、「商品を好きになり、実際に購入するまでに参考にした投稿」についても聞きました。
 多くの利用者は、ブランドから発信される情報と同じくらい、場合によってはそれ以上に、実際にそれを体験した人や好きな人の発信に信頼を寄せていることが明らかになりました。
 我々が「クリエイター」と呼ぶ有名人やインフルエンサーの影響力も、非常に大きくなってきています。
久保 価値共創マーケティングを後押しするような機能があるのですか?
倉迫 Instagramでは、利用者の「好き」と「欲しい」をつくるさまざまな施策に注力しています。
 なかでも、独自のアルゴリズムが興味関心に基づいた、コンテンツのパーソナライズを可能にしています。
 アルゴリズムに特に大きな影響を与えるのが、利用者のエンゲージメント。私たちはエンゲージメントの深さを可視化するために、500もの指標を設けて、各アカウントをスコア化しています。
 たとえば、「いいね」の数や、投稿が保存された数、コメントの数や内容も重要な指標ですね。
 このエンゲージメントが深まれば深まるほど、「好き」や「欲しい」につながっていくと考えています。
 エンゲージメントを深めるには、たとえばInstagramライブなどを活用してブランドのファンやユーザーとのコミュニケーションをとるなど、積極的に接点を持つことが重要です。
 また、ハッシュタグから利用者のインサイトを分析するツールも、今まさに開発中です。
吉沢 読者投稿欄やファンクラブの会報誌などもありましたが、即時性や双方向性でSNSに勝るものはありません。
 弊社が作成したレポートでも言及した通り、価値共創の空間には、特に「双方向性」「ユースケースの共有可能性」「ポジティブ性の担保」という3つの要件が重要。
 倉迫さんのお話では、Instagramはこれらすべてを満たしていますよね。
 コンテンツの中心がビジュアルであり、かつ拡散性に特化していないことから、他のSNSに比べて炎上しにくいという点も、多様な意見が生まれる心理的安全性につながっている。
 Instagramには、まさに価値共創マーケティングに向いた土壌があると思います。

顧客の声には、圧倒的な価値がある

倉迫 企業が初めて価値共創マーケティングを実践するにあたり、押さえておくべきポイントはありますか?
久保 まずは「顧客がどんなシーンでその商品を使い、そこでどんなベネフィットを求めているか」を探っていくわけですが、着目してほしいのは、製品やサービスそのものによって提供される機能的な価値ではなく、心理的なベネフィットです。
 その商品やサービスを使用している瞬間に、顧客の意識や態度がどのように変容しているかを注意深く探ると、本質的なユーザーインサイトが見えてくると思います。
吉沢 なるべく幅広い声を拾うといいでしょう。同じ商品でも、顧客によって感じ方・楽しみ方は異なります。
 同じ水でも、朝起きた時なのか、あるいは運動後、食事中など、シチュエーションでまるで味わいが違って感じられたりしますから。
久保 ターゲットの属性を細かくセグメントして分析することも重要ですよね。
 たとえば、一口に「キャンプ好き」といってもそのスタイルはさまざま。ソロキャンパーなのか、海派か山派かなど、本当に多種多様な文脈があり、それぞれが必ずしも好意的につながっているとも限りません。
 訴求すべきターゲットを正確に捉え、精度の高いソーシャルリスニングを行うことで、自社の商品との親和性や製品・サービスの文脈価値を見定めた、最適なマーケティングが可能になると思います。
吉沢 顧客の声の重要性について、経営層や他部署の理解が得られるかも重要です。
 せっかくソーシャルリスニングによって精度の高い文脈価値が得られても、全社的な施策に生かせないというパターンに陥りがちです。
久保 それは“マーケティングあるある”の一つですね。特に日本のメーカーは縦割りの組織構造が多い。
 部署ごとに追うべきKPIが異なるので、他部署の取り組みがなかなか自分ごと化されず、協力してもらえないというケースは本当によく耳にします。
倉迫 その壁を突破できずに悩んでいる担当者は多いでしょうね。全社的に取り組むには、どんなアプローチが必要でしょうか?
久保 文脈価値の重要性を粘り強くアピールしていくことが最善策であり、マーケティングに関わる担当者としての重要なミッションではないかと思います。
 部署ごとにKPIが分かれていたとしても、最終的に目指すゴールは同じはず。そこに到達するにあたって、ユーザーインサイトの深掘りから見えてくる文脈価値は、まったく嘘のない有益な情報です。
 そういった“顧客が感じる価値”の最大化を目指す価値共創は、これからの企業間競争においても重要な思想だと言えます。
 各企業のマーケターの方々には、“圧倒的なリアリティを持った事実”であることに自信を持っていただきたいですね。
倉迫 たとえ経営層が文脈価値の重要性を理解していても、会社全体の売上を追うことが優先され、特にSNSを使った広告施策は、CPA(顧客獲得単価)やCPM(インプレッション単価)のような細かな数値にとらわれてしまいがちだと感じます。
 定量的な結果はもちろん大切ですが、「感情がどう動いたか」という定性的な部分まで深掘りできれば、より効果的なマーケティング戦略につなげられるはずです。
 Instagramでいえば、企業の広告やキャンペーンの効果をアンケートなどで可視化する「ブランドリフト」というサービスがあります。
 キャンペーンごとのユーザーの感情や 態度の変容、さらにキャンペーン後の顧客が発信してくれているかなど、定点観測に役立ててもらえたらと思います。
 さまざまな企業さんとのお取り組みを通じて、私たちもInstagram上での価値共創マーケティングの勝ちパターンを、もっと増やしていきたいですね。