北海道・上川町とNewsPicksの共創コミュニティ「KAMIKAWA GX LAB」。その魅力と可能性について、2022年12月に書籍『ジャーニーシフト』を上梓したビービットCCOの藤井保文氏と、上川町東京事務所の三谷航平氏が対談を行いました。

藤井氏は、企業や自治体の提供価値が、人々の「こうなりたい」と「なかなかなれない」のギャップを埋める「行動支援」にシフトしていると話します。

上川町では共創コミュニティがうまく機能し、町の「ありたい姿」を実現するための「行動支援」が生まれ、新たな町づくりのあり方が実現しつつあります。

町内外の「個人」が、自治体にどのような働きかけができるのか──。上川町の、「魅力を伝えたくなる町づくり」に迫ります。
この記事は「KAMIKAWA GX LAB事務局」が企画・制作しています。
「KAMIKAWA GX LAB」は、北海道・上川町と法人向けマーケティング支援事業 NewsPicks Creations が運営する「感動人口、一億人へ」をミッションに掲げる共創コミュニティです。

町内外の80人で、町づくりを考える

三谷 そもそもユーザー体験や、体験価値のプロフェッショナルである藤井さんが、上川町に興味を持ったきっかけは何だったんですか?
藤井 2022年10月末に行われたイベントで、チームメンバーから上川町の取り組みを紹介したチラシを見せてもらったんですよ。
そのとき、今回出版した新著『ジャーニーシフト』の内容に通じるなと感じて。それでどうしても三谷さんと話してみたいと思ったんです。
上川町の共創コミュニティ「KAMIKAWA GX LAB」ではどんな活動をしていますか。
三谷 KAMIKAWA GX LABは、NewsPicksとともに上川町役場の担当者が運営する共創コミュニティで、町民はもちろんのこと、町外の方々も多く参加しています。今では80人ほどの大きなコミュニティになっているんです。
コミュニティでは、上川町にどんな課題があるか、どうすればより良くなっていくのかについて、メンバーのみなさんと一緒に考えています。
そんな多様でインクルーシブなコミュニティの中で、ワークショップ形式で意見をぶつけ合うのがいいところですね。
藤井 ちなみに今回「GX」という言葉を初めて聞いたのですが、どういう意味なんですか?
三谷 「Government Experience(行政サービスを通じて得られる体験)」のことを指します。
少子高齢化が進み、地域の人口減少が著しい中、自治体が生き残るには「世の中の人々にどう体験価値を提供するか」、すなわち藤井さんのおっしゃるUXが問われると思うのです。
自治体が、社会のみなさんにどんな体験を提供できるのか。そこを私たち自治体職員だけで閉じてしまわず、町内外のみなさんと一緒になって真剣にディスカッションすることが大切だと思っています。
藤井 町民のみなさんと町外の方々が分け隔てなく、町のこれからについて議論しているのがユニークですね。

人が人を呼ぶ、共創コミュニティ

三谷 町外の方にも、上川町という「ちょっと離れた自治体」の変化に、ダイレクトに関わる醍醐味を感じてもらっています。
もともとは町内の方と、町外のみなさんの力を混ぜ合わせて、上川町の魅力を再発見しようというところからスタートしたんですよ。
頻繁にオンラインでディスカッションしているんですが、その中で「自分の意見で町がこんなに動くんだ」という手応えが感じられてうれしい、という声をよくいただきます。
その結果、実際に上川町に来てくださったり、上川町の取り組みをSNSなどで積極的に発信したりしてくださったりするコミュニティメンバーが増えました。いまではオンライン・オフラインともに自然とファンが広がり、上川町へ「人が人を呼ぶ」ことにつながっています。
藤井 普通、テクノロジーをどう入れ込むかを考えてしまいそうなところを、デジタル空間が前提になった社会で何ができるか、という考え方から始まっているのが、まさに『アフターデジタル』的な世界観ですね。
三谷 いまは町外のコミュニティメンバーが7割なので、もっと町の人にも参加をうながしたくて。
すでにコミュニティの活動で、町の魅力や潜在的な可能性を客観的な目線で教えていただき、町の人の肯定感が上がったり、若手職員がやる気になったりしています。
「自分の意見で、自分の住む町を変えられる、より良くしていける」ということを、町内の方とも一緒に感じられたら楽しいな、と思っています。
藤井 企業変革も地方創生もそうですが、成功事例が出てくるとうまくいくことがあります。せっかくの機会ですから、上川町のみなさんも何らかの成功体験を実感できるといいですよね。
三谷 コミュニティに参加する町民の熱量や成功体験が、他の方にもうまく伝わればいいなと思います。

コミュニティの「行動支援」でわかった町の魅力

三谷 ちなみに、藤井さんが今回出版された『ジャーニーシフト』という書籍は、どのようなテーマなのですか?
藤井 一番伝えたいのは、「顧客提供価値が変わってきた」ということです。2019年に『アフターデジタル』という書籍を出してからこの3年で、顧客提供価値が大きく変わったという実感があります。
以前は企業や行政の顧客提供価値は、形ある製品やいわゆる「箱モノ」も含めた「モノ」、そして行政サービスだったと思うんですよ。でも、今は違う。
人々の「こうなりたい」という思いと、「なかなかなれない」というギャップを埋めるための「行動支援」そのものが顧客提供価値になっています。
三谷 まさに、KAMIKAWA GX LABで私たちが感じていることです。人口3,000人のこの町を、町内外の共創コミュニティのみなさんが「どうしたらより良くなるんだろう」と、共に考え、共に悩み、そして真剣に議論してくださる。
その結果、実際に親子で上川町の大自然を体験するモニターツアーの実施といった取り組みが生まれています。それは、コミュニティメンバーによる上川町に対する「行動支援」だったのではないかと思います。
藤井 共創コミュニティによる、町への「行動支援」ですね。これまでにない町づくりのアプローチだと思います。
KAMIKAWA GX LABの1stプロジェクトで実施した都心の親子を対象にしたモニターツアー。大自然の循環をテーマとしてグランピング、登山、ラフティングなどを体験し、最後は上川町の大雪森のガーデンでエッセンシャルウォーターづくり

上川町に感動する人たちに集まってほしい

藤井 もう一つ、KAMIKAWA GX LABでユニークだと思うのが「感動人口、一億人へ」というミッションです。
町づくりにおいて「関係人口」という言葉はよく聞きますが、どんな思いが込められているんですか。
三谷 共創コミュニティをつくるにあたって、何よりも自分たちが熱量をもって走れるテーマを設定したいと思ったんです。
関係人口という言葉がありますが、これまでただ関係するだけでいいのかという葛藤がありました。
それ以上に、心から感動して自然と動いてくれる人を少しでも増やしたい。その思いが強くなり、「感動人口、一億人へ」というミッションを決めました。
関係することで誰かに言いたくなり、気付けば他の人にも伝わっていく。友だちや家族を連れてくる、SNSなどで広がっていく。その結果、町の外にも、上川町に感動してくださる人がどんどん増える。そんなことを目指しています。
藤井 人づてに感動がどんどん広まるという形ですね。まさに実現しつつあると思いますが、熱量をもって語ってくれる人を増やしたいということでしょうか。
三谷 ええ。人が人を呼ぶ循環が生まれたらいいなと思います。僕たち町の職員ではない人たちが、感動人口を増やしてくれるような行動を自然と取りたくなるのが理想です。
上川町が目指すのはサードプレイスです。故郷でもありません。例えば居酒屋みたいに、そこで出会った人たちがつながって、上川町の面白いことを話してくれたらうれしいですね。
藤井 実際に、感動人口が増えていく兆しは見られますか。
三谷 例えば、KAMIKAWA GX LABのプロジェクトパートナーで、岐阜県の「三星グループ」代表の岩田真吾さんは、いろんなところで上川町について話してくれています。
全力で取り組んでいる僕らを、夢中になって全力で応援してくれているんですよね。もはや、上川町エバンジェリストみたいな感覚です。
あるウェブメディアから「岩田さんから紹介を受けて、上川町のことを知った」と問い合わせがあったぐらいです。岐阜県にお住まいの岩田さんの関わり方は、新しい関係人口のあり方であり、新しい地域の盛り上げ方の表れだと思っています。
おかげさまでこの1年でたくさんの方と出会うことができ、実際に官民連携につながった例も生まれています。

感動人口を増やす、町づくりのUX

藤井 UXデザインの世界では一般的ですが「UXピラミッド」という考え方があります。UXのクオリティを測る際に用いられるものです。
UX(ユーザー体験)を高める「UXピラミッド」(書籍『ジャーニーシフト』よりNewsPicks Creations作成)
藤井 UXピラミッドでは、一番底部にFUNCTIONAL(機能である)、その上にRELIABLE(安心・安全)があり、上の方にPLEASURABLE(楽しい)などがあります。
機能や安心・安全がしっかり担保された上で利便性が満たされると、その先に体験の楽しさや、体験の意義・意味を感じられるということを示しています。
こうした考え方は、上川町の「行動支援」に応用できるかもしれませんね。
三谷 メンバーが熱量を伝播させてくれた結果、何だかわからないけれど信用してもらえて、コミュニティに入る方が増えることがあります。それを考えると、今のところは僕らの人間性を信頼してもらえている(RELIABLE)段階にあるのではないでしょうか。
UXピラミッドの図を見ていると、上川町にまだ関心のない方に参加してもらう方法にはもっといろんなパターンがありそうですね。

オープンさと深さの両立

藤井 体験価値には「利便性」と「意味性」の側面があります。「利便性」は文字通り便利さのことで、「意味性」とは、どんな人がどんな思いで場に集まり、どのような唯一無二の価値が生まれているか、そこにいかに貢献できているかということが重要となります。
コミュニティにおける「利便性」って、誰もがアクセスできるようオープンさを保ち、発信がなされており、そしてネットワーク効果が生まれるものです。
一方「意味性」は突き詰めていくと、参加者の熱量や会話の純度がどんどん上がっていき、コミュニティがクローズドになっていきます。
これらを両立させるのは、容易なことではありません。
KAMIKAWA GX LABでは一部の人の熱量だけをどんどん高めていく、いわば「意味性ドリブン」もやりながらも、同時に情報を外へ向けてしっかり発信していったのが面白いですよね。
今後もコミュニティの「利便性」をオープンな形で裾野を一気に広げた上で、だんだん純度を上げて「意味性」を育み、深く関わっていく仲間を作っていくという設計が望ましいのだと思います。
藤井 どうしてNewsPicksと一緒にやろうと思ったんですか?
三谷 ちょうど1年ほど前、連携企業を増やそうと動いていたんです。当時から新型コロナの感染拡大の影響で、人の価値観やモノの潮流、働き方などが全部変わったと感じていました。
恐らく、コロナ後にそうした価値観が元に戻るとか、再生するのは難しいと考え、町として、新しい価値を創造する必要がありました。
それでリテラシーがあって、変化にも敏感なメディアと組み、新しい価値や需要を創造する過程を発信したいと思った。
その時、東京事務所のメンバーの1人が、NewsPicks側に「上川町はいいよ」といろいろな角度から「意味性」を伝えてくれて。メンバーにまさに「行動支援」してもらう形でNewsPicksとの取り組みが実現したんです。
藤井 「ジャーニーシフト」の観点で考えると「行動支援」の対象は、東京でバリバリ働く人も含められますし、その人たちが上川町を通して自己実現していくことも含まれます。それを、メンバーの方が自律的に実現されたわけですね。
「行動支援」によって上川町の方が自分の町に自信を持てたり、もっとこんなことができるという発想につなげられたりすることが「行動支援」の役割だと思います。
これからのKAMIKAWA GX LABの動きが楽しみなので、いつか実際に町を訪ねてみたいですね。
企画:KAMIKAWA GX LAB事務局/撮影:丹野雄二/デザイン:椵山大樹/編集・執筆:西村昌樹(NewsPicks Creations)/編集:石川香苗子(NewsPicks for Business)