2023/2/21

エネルギー新時代。電気はどこからやってくる?

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
「グローバルで競争力を持つ企業をつくろうと思った」
 東京電力と中部電力が事業統合して生まれた火力発電事業者・JERAを設立したキーパーソンの1人、可児行夫氏の言葉だ。
 彼は東京電力入社後、1996年から98年まで海外発電事業者などのプロジェクトファイナンス組成に携わり、電力インフラを維持するための「設備投資の重要性」を嫌というほど思い知った。
高度経済成長期の電力供給を支えた JERA 姉崎火力発電所の旧設備
 電源設備の計画を練り、プロジェクトファイナンスのスキームを導入し、必死に資金を集めて建設する。一方で、グローバルの市場からガスや石炭などの燃料も調達しなければならない。
 様々な途上国を見てきたが、資金力がなければ発電設備を建て替えられず、結果、電力インフラが老朽化して頻繁に停電が起こるようになる。
 そうなると、グローバル企業や投資家は外に出ていく。電力インフラが安定しない国では産業が育たないのだ。
INDEX
  • 世界と渡り合える企業が必要だった
  • 世界のエネルギー問題にチャレンジする
  • 再エネとアンモニアのバリューチェーン
  • 不確実な未来への選択肢をつくる

世界と渡り合える企業が必要だった

 可児氏はその後、海外からの燃料調達を担当するが、2000年以降、世界的に「原子力ルネッサンス」が叫ばれ、日本でも火力発電への投資が止まっていた。
「日本の火力発電は、そのコストの8〜9割がグローバル市場から調達する燃料費です。
 当時の東京電力は世界一のLNGバイヤーでしたが、日本国内の需要が縮小していく一方で、中国やインドなどの新興国ではLNG需要が増え、競争が激しくなっていました。
 何か手を打たないと国際競争力が失われ、電力の安定供給ができなくなる。こういう危惧は、2000年には明確に意識していました」(可児氏)
 2011年3月11日、可児氏はオーストラリア西岸のパースにいた。スーパーメジャーのChevronと大規模なLNG権益取得の商談をまとめ、帰国する空港で東日本大震災のニュースが流れた。
「ラウンジに並んだテレビが、次々と津波の映像に切り替わっていく。2年がかりの交渉を終えて、やっと資源を確保できるという安堵も吹き飛びました。
 飛行機のなかで、この先何が起こるかを考えました。どうすれば発電設備や資源開発への投資を継続し、かつ、特にLNGをグローバル市場で買い負けないようにできるか、と。
 帰国してすぐにJERA設立のもとになった構想を練り、有志を集めて電力業界を再構築するための提案書をつくり始めました」(可児氏)
 東日本大震災は、日本のエネルギー政策の転換点だった。福島第一原子力発電所の事故を発端に、全国の原子力発電所が稼働を停止し、長期にわたって火力発電に依存することになった。
 可児氏が提案したのは、東京電力から資源開発や燃料調達、輸送事業や火力発電事業を切り離し、すでに老朽化している火力発電設備のリプレースを進めること。
 同時に、エネルギー供給基盤を固めるために、バリューチェーン全域にわたってグローバルで渡り合える強い企業体をつくることだった。
「こうして、2015年にJERAを設立し、2019年に発電部門が合流してバリューチェーンが全て統合し、今の形に至りました。
 全て統合して4年にも満たないジョイントベンチャーですが、自分たちのミッションやビジョンをものすごく大事にしている。この原点を忘れずに、脱炭素社会をドライブし、成長したいと思っています」(可児氏)

世界のエネルギー問題にチャレンジする

 JERAのミッションは、「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供する」こと。可児氏が考えるエネルギー問題は、次の3点に分解できる。
サステナブル(Sustainable)
:環境面での持続可能性

アフォーダブル(Affordable)
:手頃な価格で入手できること

ステイブル(Stable)
:安定供給
 わかりやすく言い換えると、サステナブルは「CO2排出量を下げられるか」、アフォーダブルは「安価な料金で提供できるか」、ステイブルは「地政学的なリスクを分散して安定供給できるか」。世界のエネルギー問題とは、この3つを同時に達成すること。
 この3つの問題を同時に解くために、3つのことに取り組んでいる。LNG、再生可能エネルギー、水素・アンモニアだ。
「国内だけを見て競争していてもいけません。LNGをただ買ってくるだけでなく、ガス田を押さえ、LNGの液化基地にも投資し、船団を持って輸送やトレーディング、発電までを担う。
 上流から下流まで、LNGバリューチェーンの全てにかかわっていることがJERAのユニークなところであり、資源のない日本にとっては、安価で安定的な調達をするうえで、保険のようなものです」(可児氏)
 JERAは現在、5つのLNG上流事業、19隻のLNG輸送船団、11のLNG基地、そして6600万kWのガス火力発電所を抱え、世界16カ国からLNGを調達している。
 1社でのLNG取扱量は、世界最大規模。LNGの輸送やトレーディングは、可児氏が東京電力の燃料部にいた頃、売主との交渉力を高めるために始めたことだ。
 それまでLNGは、石炭や石油などの燃料に比べると供給元が限られていて、一部のオイルメジャーや国営企業が半ば独占的に扱っていた。
 配船スケジュールや納入のタイミングは売り手である資源国がコントロールし、バリューチェーンの下流にいるアジアの国々は立場が弱かった。価格を上乗せされ、「極東プレミアム」などと言われたこともあったという。
「2000年頃までは、日本がLNGを輸入するには売主側のタンカーで届けてもらう取引(DES)しかできませんでした。しかも、限られた相手からしか買えないとなると、言いなりになるしかありません。
 そこで最初は大変でしたが、船を自前で手配して、売り手の港に取りに行くというオプション(FOB)を増やしました。
 そうすると、取りに来てくれるなら売りたいという調達先も増えるし、輸送のコスト構造も見えてきて、DESで調達するときにも『運賃を盛りすぎじゃないか』とわかってくる。こうなってようやく交渉ができるのです」(可児氏)
 それをさらに進めたのが、ガス田や液化プラントの上流開発プロジェクトへの投資だ。
 現在、豪州と米国で合計5つの大規模上流開発プロジェクトにオイルメジャーと共にかかわっている。バリューチェーンのところどころにあるブラックボックスの中身を理解し、対等なパートナーを増やしてリスクを分散させることにもなる。
 同じことが、現在JERAが推進しているアンモニアや水素などの次世代燃料の領域でも起こっている。
「JERAゼロエミッション2050」日本版ロードマップの中核を担う「ゼロエミッション火力」を実現するには、アンモニア混焼技術の開発と、燃料アンモニアの調達が鍵になる。
 JERAはアンモニアや水素の製造にも投資し、新しいバリューチェーンを上流から開発しようとしている。
「現在、アンモニアは主に肥料として使われていて、食料生産に欠かせない資源です。
 そこに影響を与えないよう、アンモニア混焼を本格運用する際には、LNGと同様、燃料アンモニアの新たなバリューチェーンをつくる必要があります」(可児氏)

再エネとアンモニアのバリューチェーン

 JERAでは火力発電事業の統合に先がけて、2016年から再エネ開発にも取り組んできた。
 太陽光にせよ風力にせよ、天候次第で供給量が変動する再エネを使うには、バックアップ電源が必要だ。
 将来的に技術が進歩すれば蓄電池のコストが下がる可能性はあるが、今のところは見通しが立っていない。調整を担うのは火力。特に、ガス火力の調整力は重要で、将来、LNGから水素に切り替えていきたいが、先ずは、石炭火力からだ。
 現在は石炭火力発電へのアンモニア混焼率を上げる実証に取り組んでいるが、ゼロエミッションには、燃料アンモニアの製造時にもCO2を排出しないクリーン電力を使う必要がある。
「製造方法にもいくつか種類があります。
 再エネを用いて製造するのがグリーンアンモニア。ブルーアンモニアは天然ガスから水素を取り出し、発生するCO2を回収し地中に貯留するCCSなどを使って相殺します。
 どちらも、JERAが再生エネルギー事業やLNGのバリューチェーン事業で築いた人脈やノウハウを活かせます」(可児氏)
 2022年9月、JERAはドイツの発電事業会社Uniper社との間で、LNGとクリーンアンモニアの調達・販売にかかわる協業を発表した。ここでアンモニア製造を担うのは、アメリカのオイルメジャーの1社、ConocoPhillips社だ。
「ConocoPhillipsは、1969年に東京電力が世界で初めてLNG火力発電を行ったときの売主でした。同社が横浜の基地にLNGを納入し、新しい燃料として広まった。その縁があり、定期的に連絡を取り合っているんです。
 実は、洋上風力やアンモニア・水素などの大型開発のプレイヤーは、LNGと同じオイルメジャーです。彼らには資金力があり、資源開発や輸送などのノウハウも持っている。脱炭素などの課題は世界共通なので、顔ぶれが変わらないんです。
 誰と会っても『俺たち、10年前はLNGの話だけをしていればよかったよな』という話になります。今は先ずLNGの話をして、その後で再エネの話をして、最後に水素やアンモニアの協力について話をしています」(可児氏)

不確実な未来への選択肢をつくる

 2020年の「JERAゼロエミッション2050」の宣言でアンモニア混焼による火力発電を発表したときには、水素をアンモニアとして大量に輸送する考えはなく、海外の反応は冷ややかだった。
 しかしJERAは、碧南火力発電所で石炭とアンモニアの混焼実験を開始し、日本郵船や商船三井と大型アンモニア輸送船の開発を始め、国内の電力会社とコンソーシアムを組んで水素・アンモニア導入の協業検討も発表した。
 さらに、Uniperとのアンモニア協業に続いて、2023年1月のダボス会議初日に2つの大型アンモニア上流プロジェクトを発表した。その1つがノルウェーのYARA社との米国での協業案件だ。
「ダボス会議では、ノルウェーの世界最大のアンモニア事業者YARAのSvein Tore Holsether CEOと、今後の事業展開について深い議論ができました。
 Svein CEOは世界経済フォーラムのCEO気候変動リーダーパネルのメンバーでもあり、協力の輪はさらに広がりそうです」(可児氏)
「今の燃料アンモニアは、50年前のLNGと似た状況ですよね。
 海外からの引き合いは確実に増えているけれど、アンモニア混焼火力に取り組む事業者は、世界を見渡してもまだJERAしかいません。
 今後、国内で小規模な地産地消のケースは出てくるかもしれませんが、この新しい燃料を安価で安定的に調達するには、海外の大規模な設備で製造し、輸送してこないといけないでしょう。
 今は売り手、買い手ともにアンモニアのバリューチェーンに加わるプレーヤーを増やすことが近道です。
 JERAが先行してリスクを取り、パートナーと共に世界に新しいソリューションを提供することが、不確実な未来に選択肢を増やし、電力の安定供給へとつながるのです」(可児氏)