2022/12/26

投資家・赤浦徹から見た、電通のスタートアップ支援の価値

NewsPicks / Brand Design 編集者
 近年、スタートアップ経営を取り巻く状況は、資金調達環境の冷え込みにより、厳しさが増している。
 大々的なプレスリリースを打ち出したスタートアップが、ひっそりとサービスをクローズさせていた、なんてことはよくある話だ。
 調達に頼りづらいとすれば、今スタートアップに求められるのは、成功確率の高い“戦略”と、純粋な“成長力”。
 一方、限られたリソースの中、不確実性の高い新しいビジネスに挑戦する孤独なスタートアップ経営者は、非連続な成長のために何が必要なのか。そして、誰を頼るべきなのか。
 スタートアップのビジネスプロデュースを専門とする、電通スタートアップグロースパートナーズ(以下、SGP)の山本初直氏が、スタートアップの成長に寄り添ってきた、インキュベイトファンド代表パートナーの赤浦徹氏と共に、スタートアップ経営における「伴走者」の重要性を語り合う。

今後、投資環境はより厳しくなる

──現在のスタートアップを取り巻く環境について、どう見られていますか。
赤浦 市況感で言うと、来年以降も非常に厳しい局面が続くのではないかと思っています。
 1991年から新卒でベンチャーキャピタルの会社に入って以来、投資環境の大きな変化を、私は定期的に経験してきました。
 独立してからは、ITバブル崩壊による2000年のリセッションに始まり、2005年以降のライブドアショックやリーマンショック、2011年の震災という具合です。ここ数年は、コロナでリセッションが来るかと思えば、日本に限っては金融緩和による過剰流動性で特殊な状況でした。
 米国の金利引き上げだけでなく、世界的に不安定な状況にありますよね。複合的な要因により、来年4月以降からは何か起こるのではないかと身構えていますが、何も起こらなければそれはそれで良いと思っています。
──不安定な状況下で、スタートアップが取るべき態度とはどのようなものでしょうか。
赤浦 私たちが支援しているスタートアップには、今は少しでもコストを削減し、いかに手元の資金でしっかりランウェイ(資金が尽きるまでの時間)を確保できるかが重要だと伝えています。
 特にディープテック系の会社は、最初にお金が集まらないと事業を立ち上げることができないので、投資家から嫌厭される傾向にあります。そういった面でも、より資金調達が厳しくなると見ていますね。
──なるほど。山本さんはどのように見られていますか。
山本 普段、スタートアップの皆様から支援を求められる領域は大きく2つで、経営事業領域と、広告を中心としたマーケティング領域です。
 前者で感じるのは、事業コンセプトやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の設計といったコンセプト領域にとどまらず、そこからの成長ストーリーを描くところ、事業の成長の可能性を可視化していくことまで求められるケースが増えている点ですね。
 事業の価値を整理し、魅力的にステークホルダーにアピールをするだけでなく、事業にどのような成長の可能性があるのか、左脳的な部分の要素も含めた依頼をいただくことが多くなっています。
 また、マーケティング、広告領域では、より高いクオリティ×低いコスト、これを短期間で提供することを求められていること、さらにはオンライン・オフラインの垣根を問わずよりよい顧客体験を精緻に作っていきたいというご要望が増えてきた印象があります。
 このようなニーズ変化の背景には、赤浦さんのおっしゃるように、資金調達環境の悪化に伴い、経営者や投資家がより慎重になっているのではないか、そう感じることはありますね。
 一方で、近年では様々なスタートアップ支援が強化されていたり、大企業からスタートアップに転職する人も増えているので、中長期的な視点では楽観的に見てもいます。
赤浦 そうしたスタートアップ業界の変化と共に、国内の大企業も危機感を持つべき時が来ているのではないかと思います。
 もちろん今でも、日本の経済システムの中で大企業の存在は、強く安定的です。しかし、世界に目を向けると、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた1990年代前後の面影はありません。この30年間を通して、世界時価総額ランキングTOP100に辛うじて入っているのは、トヨタのみです。
 国内の若い企業は未だに時価総額1兆円を超えることがなかなかできていません。次の30年間をつくるパラダイムシフトとなるような新興企業や、育つ環境を今こそ作っていかなければならないと感じますね。

事業への集中がスタートアップ成功の条件

──日本を変えるには、スタートアップに希望を託すべき、ということでしょうか。
赤浦 スタートアップのみ、では難しいでしょう。
 今申し上げたように、日本において大企業の存在感は大きい。優秀な人材も多くいますし、世の中の様々な仕組みも大企業を中心に設計されていることも多いんです。実際、研究開発の資産からあらゆる事業リソースまで、大企業にある程度集約されているという点は認めなければなりません。
 そのため厳しいことを言うようですが、スタートアップ1社単独で世界で太刀打ちできるかと言えば、それは現実的ではないでしょう。
──では、どうするべきですか。
赤浦 スタートアップと大企業との連携が重要になってくると考えます。
 イーロン・マスク率いる「テスラ」や「スペースX」も、大企業や政府と連携して売上があがる受託事業や契約を結び、とんでもない規模の企業に成長していますよね。
 日本では未だ、スタートアップと大企業には、事業面だけでなくコミュニケーション面でも溝が存在している感覚があります。そこを打ち壊すことができれば、新たなチャンスが生まれてくるのではないでしょうか。
山本 たしかに。スタートアップには大企業の内情、力学を詳しく理解している人は多くない印象があります、また、大企業側もスタートアップとどのように向き合うべきか分からない。それ故に、本当はすごい可能性がある共創プロジェクトなのに、なかなか前に進まないという問題があります。
 結婚相談所ではないですが、良い仲人サービスがあるからこそ、成婚数があがるという因果関係があるように、 双方の事情を理解している人が寄り添うことで、話し合いの道筋をつけていく、といったケースはよくありますね。
赤浦 そう。まさに「伴走者」のような存在が、スタートアップの成長には必要不可欠だと思います。
 私の経験から言えば、成功するスタートアップの条件とは、社長がいかに事業に集中できるか。これが重要です。
 非常にシンプルな話で、社長はやるべき事業を決めたら、諦めない強い意志を持って実行するだけ。あとはそれに対して、いかに優秀な仲間やお金を集められるか。とにかく、応援される力が重要なんです。
 ただでさえスタートアップは少人数で、タスクは無限にあります。知見のある伴走者が近くにいて、サポートしてくれることは、事業の中長期的な成功には非常に有益でしょう。
山本 私自身も2019年6月から21年12月までの2年半の間にデジタルマーケティングの会社に出向し、経営者として企業経営に携わる経験をしました。経営者は常に孤独ともいいますが、その気持ちが少しだけ分かったような気がします。経営者には担当がないので、同じ景色を見えている人が社内に自分以外はいない、ということもその理由の1つだと思います。そして赤浦さんがおっしゃるようにその領域はとても広い。
 私たちはそういった経営者に対して、第三者的な立場として、知見やリソースを提供するだけでなく、最後までやり抜くところまでご一緒できる存在でありたいと思い日々活動をしています。
 第三者だから客観的に話せることや、社外や他の業界の事例をもとにし、複雑に絡み合った経営や事業課題を、まずはこう解いていったらいいのではないですか?と、壁打ち的なディスカッションをすることもまた、価値として感じていただけるとよいなと思っています。

「総合的」な成長支援が価値

──山本さんが今携わっている電通SGP(スタートアップグロースパートナーズ)は、具体的にどのような支援を行っているのでしょうか。
山本 スタートアップにおける企業経営で特にポイントとなるのは「資本市場(資金を調達する)、人材市場(良い人材を集める)、財市場(良い商品・サービスを開発し、販売する)の3つの市場に向き合い成長を目指すこと」だと捉えています。
 電通SGPはこの3つの領域でスタートアップの成長を総合的に支援できる組織でありたいと考えています。
 様々なクライアント企業様に伴走してきた経験を持つ人材によって、広告やマーケティング領域における高度なPDCAを実現することができるという意味では、人材市場と財市場の領域で成長支援することは従来から弊社の強みであります。
 加えて資本市場の領域においても弊社だからこそ可能な成長支援があると考えています。直近では、この世にまだない新しいサービスの価値を可視化し、正しく伝えるコミュニケーションの構築によって、適切な企業価値の評価形成に貢献することや資金調達を支援させていただくケースが生まれてきていますね。
──具体的な事例を教えていただけますか。
赤浦 ぜひ、私から話をさせてください。
 実は今、電通SGPさんには、私たちの投資先の伴走支援をしてもらっています。その中に、「岩谷技研」という、気球を使った民間向け宇宙遊覧ビジネスを計画するスタートアップがあります。
 ゼロから創る宇宙ビジネス。当然、人も資金も必要です。私たちも投資家として支援していますが、事業化を加速させるには、より大きなリソースを持つ企業と組む必要がありました。
 ある日、たまたま山本さんと、数日後に北海道で実証実験をする話をオンラインミーティングでしたんですね。そうしたら、電通SGPの担当の方がすぐに出張を入れて岩谷技研に会いに行ってくださって。「ユーザーの気持ちになってみないと分からない」ということで、その方は実験用の宇宙カプセルに3時間入ったんです。トイレが気になるな、とか言いながら(笑)。
 その後、事業回りのことをさらにグッと調べて、次の資金調達のストーリーになるような事業化の絵を描いてくださったんですよ。宇宙遊覧ビジネスの絵を、まさにビジュアルも含めてしっかり伝わる資料として作ってくれました。
実際の提案資料(電通SGP提供)
 さらに描いて終わりではなく、それをもとに電通のネットワークを使って協業パートナーになり得る企業への提案までしてくれて。その結果、業界最大手企業の一社(ここではA社)との、数億円規模の契約締結に至りました。しかも、業務提携を含んだ契約条件まで両社が納得できるように取り計らってくれたんですよ。
 もちろん私もサポートしましたが、正直あの絵と提案が無ければ、お金は集まらなかったと思いますし、電通SGPのサポートがなければ実現しなかったアライアンスだったとも思いますね。
──短期間でどのように大企業にアプローチしたのでしょうか。
山本 そもそも私たち電通グループには、数千社以上のナショナルクライアント様とネットワークがあるフロント集団が2,000名以上存在しており、彼らを起点として様々なアライアンスや事業成長の機会を提供することができる可能性があります。
 会社は大きくなればなるほど、内部事情が複雑化していきます。大企業と組む場合、どこの部署の、誰に、どのようにアプローチすれば適切に事業アライアンスが組めるのかが難しい問題だとスタートアップからは聞きます。
 大企業との接点が比較的薄いスタートアップがこうした企業と組む際には、ぼう大なコミュニケーションコストが発生しますが、私たちが間に入ることでスピーディに大企業とのアライアンスを組める可能性が高くなるとよいなと思っています。
 そのためには、まずわれわれ自身が、スタートアップ企業のことを経営者の方に負けないくらい理解すべく努めていくことが大事だと考えています。
 その上で、岩谷技研様のケースで電通SGPのスタッフと一緒に動いてくれたのは、電通社内にいる別のプロデューサーのチームにいるA社専属の担当チームでした。そのメンバーが日頃からお付き合いをさせていただいている関係があるからこそ両社にとって納得ができるような内容に調整することができました。
 どのようなアライアンスになれば、スタートアップ企業、そして、私たちの重要な顧客である大企業の成長にとっても良いディールになるのか、そのアイデアを構想すること。またそのためにどのような部署のどのような方とお話をして進めていけば実現できるのかという実行力。
 複合的で長年の関係値があるからこそ可能な我々にしかできないアプローチもあるのではないかと思いますね。

経営は、実行力

赤浦 ネットワークだけでなく、電通グループが得意とする「伝える」力は、スタートアップの成長において非常に重要です。
 基本的にスタートアップは圧倒的な成長を目指すので、途中の過程で上場したりするんですね。で、上場する時というのは今色々な問題があって、金融マーケットも良くないから、適正な評価ではなくアンダーバリューで評価されてしまうことが多いんです。
 市場に適正価値を伝える必要があるんですが、実態価値をつくる努力をしてきたスタートアップは、伝えることに長けているわけではありません。
 そんな時に電通SGPは彼らに伴走し、まさにスタートアップをグロースさせるための、ロードショーマテリアル(投資家向けの会社説明資料)を作ってくれる、そんな存在ですね。
──そもそもなぜ、このような組織を電通内に作ろうと思ったのでしょうか。
山本 私たち電通SGPは、電通グループで初のスタートアップ専門のグロース支援組織として立ち上げられました。今までは、個々のメンバーが個別でナショナルクライアント様の仕事もやりながら、スタートアップクライアント様に向き合ったり、社内の横連携チームとしては存在していたのですが、正式な組織としては存在していませんでした。
 様々な形でスタートアップに携わってきた知見を持つメンバーが40名近く集められて、100%スタートアップクライアント様に向けた支援に特化するということで、質の高いサービスを、スタートアップクライアント様に適した形でご提供できるようになったと思います。
 また、マーケティングや広告領域だけでなく、電通グループのCVCである電通ベンチャーズと連携して出資のご相談・協業アライアンスといったところまで様々なニーズに応えられる体制を構築しています。
 日ごろから懇意にしているスタートアップクライアント様から、「電通って誰に相談するかでアウトプットの切り口や方向性が変わるよね」とか、「案件ごとに窓口が違うから、どこに相談したらいいのかがとても分かりにくい」という声をいただいたので、相談窓口を一元化したという背景もあります。
 私たち電通SGPは全員プロデューサーなので、必要に応じて社内・社外のメンバーとチームを組んで動きます。パートナーの課題解決を実現するクリエイティブを提案することもあれば、スタートアップ企業と組んでジョイントベンチャーを作って、ナショナルクライアント様にセールス同行することもあります。
 その意味では、クライアントワークにとどまらず、スタートアップの課題を突き詰めた上での解決策、実行まで共にできるような、ビジネスプロデューサーとしての役割を求められる集団だと理解しています。
──第三者による伴走者の可能性について、どう思われますか。
赤浦 先ほども触れたように、スタートアップの経営者にとって重要なのは、圧倒的な集中力と強い意志を以ってリスクにチャレンジすることです。また、それと同時に、形にするための「実行力」も必要です。
 実業家のラリー・ボシディの『経営は「実行」』という本がありますが、経営の実行力をバックアップする経験豊富なパートナーの存在は、企業の成長を何倍にも加速させるでしょう。
山本 私たちもそのような存在を目指しています。名前に「パートナー」と銘打っている以上、最後までやりきる、ということが重要だと思っています。
 アイデアを出すだけで終わってしまっては、何もなかったのと同じです。それをビジネスの実態としての価値を実現させるグリッド力、みたいなところは、私たちのカルチャーとして根付いているなと感じますし、常にスタートアップファーストを意識していますね。
──業界活性化を目指す伴走者として、お二人の展望を教えてください。
赤浦 これまで以上に、打席に立つ回数を増やしていかなければならないと感じています。インキュベイトファンドのみならず、日本のベンチャーキャピタル業界全体で仲間をもっと増やしていって、ゼロイチを作る。打席に立つというきっかけがなければ、何も始まりません。
 そうして、大量に生まれたきっかけをもとに、電通SGPのような実行パートナーと連携する。宇宙遊覧ですら形にできてしまうわけだから、色々なきっかけの中でご縁のタネを見つけて、日本経済全体を再興して、再び世界を代表する企業を日本から生み出す。そして、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を再び目指していきたいですね。
山本 今の日本の閉塞感を打ち破れるのは、スタートアップしかないと思っています。
 大手は優秀な人材やリソースが集まっている一方で、スピードや突破力という面では、自由にいかない面もあると思うんです。
 その意味でスタートアップがこれからの社会で担う役割はますます大きくなると思っています。われわれの持っているアセットを有効に使っていただき、様々な形でのスタートアップ支援を通じて社会の発展に少しでも貢献できたらうれしいですね。