2022/12/15

ローコード革命。人と機械の共通言語が、新しいチームをつくる

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 社内の情報伝達から顧客情報の管理まで、現在の業務プロセスはそのほとんどがクラウド上に設計され、いかにデジタルを活用するかがビジネスのポテンシャルを決める。
 今求められるのは、さまざまなデジタルツールを連結し、自社のビジネスや組織に合わせてカスタマイズできるプラットフォームと、より多くの人がデジタルを活用するための「共通言語」だ。
 DXの領域を広げるローコードとエンジニアリング組織の潮流を、多くの企業でCTOを務める広木大地氏と、ローコードツール「Microsoft Power Platform」のマーケター・平井亜咲美氏にに聞く。

コンピュータに仕事を頼めるか

──最近、エンジニアの採用が大変だという話をあちこちで聞きます。IT人材やDX人材の育成が必要だとも言われていますよね。
広木大地 僕は「DX人材」という呼び方に縛られず、より長い目で見たほうが今の状況を把握しやすいと思います。
 今、社会で起こっている変化のポイントは、コンピュータリソースや半導体がどんどん安くなり、高速化していること。それによって、人よりもコンピュータを動かすほうが速く、精度の高い仕事をできる領域が増えていることです。
 これまでは、人が人に対して仕事をお願いするスキルセットが重要でした。話し言葉であれ書き言葉であれ、ロジカルに、いつまでに何をやってほしいかを指示する能力はもともと必要だったんです。
 その相手が人間からコンピュータに変わったら、どうなるでしょうか。
──話し言葉ではなく、プログラム言語で仕事を指示するようになる。つまり、今はコンピュータに仕事を頼める人材が求められているわけですか。
広木 そのとおりです。たとえば古代エジプトでは、「文字を扱えること」はとても価値のある技術でした。
 技術者である書記官は、最初は会議などの記録を残す役割でしたが、やがてさまざまな領域で情報伝達や指令も担うようになりました。
 当時の記録には、「文字を書ける人が不足していて忙しい」なんてことが書かれているそうです。現代のプログラマーと似ていますよね。
 これまでの文字は書物や文献として、時代を超えて知識を伝承してきました。これからは、ソフトウェアという「動作する書物」が、かつてないほど正確で再現性高く、知恵や情報を伝えていきます。
 いわば、今は“新しい機能を持った言語”が普及する過渡期です。そこで自然言語しか使わない人と、プログラミング言語を用いる人の間をどう埋めるかが問われています。
平井亜咲美 おもしろいですね。かつては一部の人しか使えなかった文字も、今では当たり前のものになっています。コンピュータ言語やソフトウェアも同じように普及していくんだなと思って聞いていました。
 マイクロソフトは、かつて一部の人しか使えなかったコンピュータを、Windows OSのGUI(Graphical User Interface)で視覚的に扱えるようにしたところから大きくなった会社です。
「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」というミッションのもと、最新のテクノロジーを、あらゆる人が使えるようにしようとしています。
 たとえば表計算ソフトのExcelや、プレゼンテーション資料をつくるPowerPointは、コンピュータ言語を知らない人でも当たり前のように使っています。そういったツールができる前は、人が計算や資料づくりをやっていたんですよね。
 少し前まではエンジニアにしか扱えなかったようなプログラムを、ローコードなどのツールを使って一般のビジネスユーザーがカスタマイズしたり、簡単なアプリケーションをつくったりできるようにもなっています。
 こういったツールは、人と機械の間を埋めるものになるかもしれません。

テクノロジーの“手ざわり感”

──そんななかで、エンジニアの役割は変化していると思いますか。
広木 僕がソフトウェアエンジニアとして働き始めたのは2008年ですが、当時と比べると、大体の技術がダウンサイズして簡単になってきています。
 たとえば昔はWebサーバが貧弱でスケーラブルでもなかったから、エンジニアはより低レイヤーのハードウェアの構造を理解したうえで、機能要件を満たすためにどうすればよいかを考えないといけなかった。
 ソフトウェアの技術を習熟させるためにも、機械と向き合う時間が今よりずっと多かったんです。
 今では低レイヤーの細々とした作業は埋め立てられ、自前で考えなくてもよくなりました。それぞれのレイヤーに使えるパーツが豊富にあるので、これまでは業務を分担して何人ものチームでやっていたことを、1人のエンジニアに任せられます。
 ソフトウェアの中身をエンジニア自身が設計し、実装し、組み合わせて保守運用まで行う。そうなると、エンジニアの役割はより上流へ行く。
「How(どう実装するか)」を考えることから、「What(なにを)」や「Why(なんのために)」を考えることにシフトしていると感じます。
──使えるパーツが増えているというのは、ローコードやノーコードの流れにも近い気がします。
広木 そうですね。コードを書かなくても機能を使えるのは、簡略化のわかりやすい例だと思います。
 ただ、エンジニアは技術の中身を知っているので、ある種の“手ざわり感”を持ってシステムや作業の全貌を見渡せます。
 実際にコードを書いて開発を手がけたことのある人は、その技術を使って何がどこまでできるか、目的を達成するためにどれくらいの手間や期間がかかり、どの程度のコストで実装できるかと、肌感覚を伴った意思決定ができます。
 この手ざわり感がないと、すでに一般に普及した技術を使うにもとんでもない研究開発費が必要だと思い込んでしまったり、最先端の研究者を雇わないといけないと考えてしまったりします。技術を使うハードルが上がってしまうんですよね。
──どんな例がありますか。
広木 もっとも顕著な例がAIです。ディープラーニングが世に出始めた2012年頃は革新的な技術だったので、実証的な研究開発が必要でした。
 今でも最先端の領域はありますが、いわゆる“AI的なもの”、機械学習のモデルを取り入れたアプリケーションは、当たり前のものになっています。
 すでに民主化された技術があり、使えるパーツを組み合わせれば問題解決できるはずなのに、その技術に触れたことがなければ実態にそぐわない意思決定をしてしまいかねない。
 手ざわり感を持つ人材は、今後ますます重要になっていくでしょう。

ローコードは何を民主化する?

平井 私たちも「民主化」という言葉をよく使います。Wordでタイピングしているときに、スペルミスがあると波線を引いて直してくれる。PowerPointでは、スライド上に複数の画像を貼り付けると、自動でレイアウトしてくれる。誰もが使っているこれらの機能も、機械学習から生まれたものです。
 今私が担当している「Microsoft Power Platform」というローコードツールは、その民主化をさらに発展させます。
 あらかじめフォームや画像を認識するAIモデルが用意してあって、たとえば請求書を5種類読み込ませて学習させると、請求書のなかから会社名や名前を自動で引っ張ってきてくれます。
 エンジニアではないビジネスユーザーの方でも、こうしたツールや機能を組み合わせてできることはたくさんあります。感覚的には、Excelの関数やAccess、PowerPointを使うくらいの難度で、プログラムやアプリケーションをつくれる。
 開発リソースの不足によってDXが進まないのであれば、Power Platformのようなツールがサポートできることは多いと思います。
平井 これらに共通した特徴として、アプリや自動化のワークフローにAI機能を実装できる「AI Builder」、Power Platform全体を統合管理するデータベースの「Dataverse」を搭載しています。
 これらはローコードで誰もが自由に開発できるプラットフォームですが、同時に、組織の管理も助けてくれます。データやアクセス権限を一元管理でき、セキュリティリスクにも備えています。
広木 なるほど。一つひとつの単機能を取り出すと、どこかで使ったことがある。それがすべて統合されているところが、マイクロソフトの強いところですよね。
 僕がいいなと思ったのは、このローコードツールを使うことで、コンピュータを使って物事を解決するためのロジックや思考が身につくこと。これは特定の言語によらないリテラシーのようなものです。
 たとえばビジネスでExcelを使いこなしている方は、データの部分と、操作する部分、その結果を表示させる部分を使いやすいように分けてつくりますよね。
 機械が実行しやすいように業務を分割し、人が使いやすいようにアウトプットやインターフェースを整える。これは要するに、コンピュータに業務を指示するときの基本的なやり方なんです。
 そうやって使い込んでいくと、簡単なコードを書かないといけなくなったり、ローコードだけでは実現できない壁が見えてきたりします。
 プログラムでできることとできないことを切り分けられれば、専門のエンジニアに「この部分をつくってほしい」と頼むことができ、コミュニケーションがスムーズになると思います。

チームはどう変わるか

──Power Platformやローコードツールによって、エンジニアとビジネスサイドのチームワークはどう変わるでしょうか。
平井 Power Platformの一部機能は、会社でMicrosoft 365を使っていただいている方ならすぐに使えるものです。当社では学生インターンがチュートリアルの動画を見ながら1週間ほどで、簡単な日報アプリやeラーニング研修アプリをつくっていました。
 アプリにログインした社員の所属データと、研修の受講状況のデータをひも付けて、研修に参加したらスタンプが付く。その程度のものでも、スマホから簡単に使えたり、スタンプラリーのようなゲーム性を持たせたりしたことでみんなが使い、盛り上がっていました。
 コーディングの経験がない人でも、ゼロから調べて実務に使えるアプリをつくり、会社に貢献できるのはローコード開発ならではだと思います。
広木 システムやプログラムを開発する側の視点で言うと、ちょっとした改善要望や修正依頼、集計処理などが積もって日々の業務を圧迫する。これはどこの組織でもよく聞く“エンジニアあるある”です。
 逆にビジネスサイドからすると、簡単な集計を頼んだだけなのに、情報システム部門から外部のベンダーに回り、担当者が休みで翌日以降の対応に……と、リードタイムがかかりすぎるという不満がある。そちらの立場もわかります。
 サイトの文章の修正や設定を、プログラミングの知識がなくても行えるように「できる化」することは、顧客の要望に対応するリードタイムを短くし、エンジニアとビジネスサイド双方の生産性を上げる大事なポイントです。
平井 そうですね。私たちは「ローコードはチームスポーツだ」と言っています。
 ビジネス部門のお客さまからも、「IT担当者と共通言語で話せるようになった」というフィードバックをたくさんいただきます。双方のストレスがすごく減るツールなのかなと思っています。
──組織がプログラム思考やローコードをうまく使うためのアドバイスはありますか。
広木 なによりも、まずは触ってみることです。
 いきなり業務に役立てようなんて気負わないで、先ほど平井さんがおっしゃっていたインターンの方のように、触れて楽しいくらいでいい。プログラミングには、試行錯誤しながらおもしろいと思ってもらえる過程が必要だと思っています。
平井 本当にそうですね。Power Platformを活用するお客さまの話を聞いていても、興味を持って触ってみて「おもしろいかも!」というところからスタートしています。
 使っていくうちに社内のユーザーコミュニティが広がり、結果的に使い勝手のいいアプリが量産されてデジタル化が進んだ事例もあります。やはりきっかけは、「楽しい!」っていうところなんですよね。
広木 なにか新しいことをはじめるときはうまくいかないこともありますが、それを自分の手で試しながら、感触を得る。
「Fail Fast(早く失敗しろ)」のように失敗をちゃんと生み出していくことはエンジニア特有の文化でしたが、今のビジネスには馴染みやすいと思います。
 これからは、コンピュータに仕事を任せるための方法がどんどん広まっていく。それはコードだけでなく、ビジネスの仕組みや組織の構造にも言えることだと思います。