2022/12/2

激変のたばこ業界。「変化を超える変化」に挑む老舗企業の進む道

NewsPicks, Inc Brand Design Head of Creative
あらゆる業種・業界が「変化の波」にさらされ、先行き不透明な現在。なかでも、たばこ業界の変化の波はひときわ激しい。加熱式たばこなど、紙巻たばこに代わるニュープロダクトを次々と生み出している一方で、紙巻たばこの縮小や喫煙率の低下も目の当たりにしている。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン(BATジャパン)もその一社だ。

 加熱式たばこやオーラルたばこなど新たな選択肢を消費者に提供し、事業が健康や環境に与える影響の低減を目指す同社だが、激しい変化の渦中でトップは何を思うのか。BATジャパン 代表執行役員社長のジェームズ山中氏に素直な質問をぶつけた。

変化の渦中だから、新しい挑戦ができる

──日本ではあまり馴染みのない人が多いと思うのですが、BATは、どんな歴史を持つ会社なのでしょうか。
山中 BATは1902年に設立された歴史の長い会社です。
 今年で120周年を迎えたBATは現在、世界175以上の国と地域で事業を展開しており、今ではたばこ製品を含むマルチカテゴリの世界的企業へと成長しました。
 日本では、2001年からBATジャパンとしてビジネスを展開しており、約100銘柄のたばこ製品を海外の拠点から輸入・販売しています。紙巻たばこの「ラッキー・ストライク」や「ケント」が有名なブランドですが、紙巻たばこに加えて、加熱式たばこ「グロー」やオーラルたばこ「ベロ」なども展開しています。
1967年米国カリフォルニア州生まれ。ロンドン・ビジネス・スクール卒業。2003年BATのシニア戦略アナリストに就任。その後、ドイツ 戦略ヘッド、アジア太平洋地域 戦略・プログラムマネジャー、北ヨーロッパ地域 エリアディレクターなどを務め、2019年より現職。
──率直に言って、たばこ業界を取り巻く環境は年々厳しさを増している印象を受けます。経営トップとして、今の市場環境をどのように感じていますか。
とてもエキサイティングです。
──「エキサイティング」、ですか。
たばこ業界を取り巻く環境は、5〜6年前から大きく変化しています。ただ、私はこの状況を厳しいと思っていません。むしろダイナミックな変化を起こしやすいと感じており、それ以前よりも大いにやりがいを感じています。
 社会のたばこの見方、消費者がたばこに求めることが、最近になって大きく変化してきました。そんな中でもそれに順応、遵守してこれまでビジネスをしてきました。「変化に強い」、「変化に慣れている」と私は思っています。
 喫煙率は下がり、従来の紙巻たばこの販売数量は減少しています。その反面、消費者のニーズが変化する中で、加熱式たばこやオーラルたばこなど新しいカテゴリのプロダクトを生み出してきました。
 その結果、加熱式たばこは日本においてはわずか5年で市場全体の30%まで成長。たばこの味わいや満足感を楽しみたい成人消費者に、紙巻たばこに代わる新しい選択肢を提供しました。加熱式たばこは、その一例です。こうした新しい動きは、業界全体の大きな変化の渦中でなければ加速しなかったでしょう。
 今、BATが注力しているのは「健康リスク低減の可能性があるたばこ」です。
 確かに、たばこは健康リスクがありますが、たばこという嗜好品を楽しむ時間をもつことで、人生が豊かになっている消費者もいます。私たちは、たばこを愛する消費者に、健康リスク低減の可能性があるたばこを提供し、選択肢を増やしたいと思っています。
──つまり、BATも紙巻たばこから加熱式たばこに完全に移行しようと考えているのでしょうか。
申し上げたように、私たちは消費者の選択肢を広げることを中心に考えています。お選びになるのはあくまでお客様。なので、私たちは1つのカテゴリに絞るような考えはありません。

 ESGではなく「H+ESG」にした思いと覚悟

──たばこ会社でありながら、事業の健康リスクを低減するという非常に難易度の高いチャレンジを進められていると思います。どのような戦略を推進しているのでしょうか。
私たちのパーパスは「A Better Tomorrow™(より良い明日)」を築くこと。それを支える重要なサステナビリティ戦略として、「H+ESG」に力を入れています。
ESGはもう一般的になりましたが、環境保全(E: Environment)、社会への貢献(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)。それに私たちは、独自に「健康(H: Health)」を加えることで、「事業が健康に与える影響を低減する」という点を中核に据えたのです。
──改めてお伝えしますが、たばこと健康は相反するようにも思います。そのような指摘があることも承知の上で、敢えてHを入れたと推測しております。その覚悟をお聞かせください。
私たちは、紙巻たばこが深刻な健康リスクをもたらすこと、またそうした健康リスクを回避する唯一の方法は、禁煙することもしくは喫煙をはじめないことだと理解しています。
それと同時に、多くの成人消費者が喫煙を選択していることも事実です。変化には時間を要することを念頭に置き、現在は紙巻たばこの収益を、健康リスク低減の可能性がある加熱式たばこなどの新しいカテゴリに投資し、ビジネス展開しています。
 事業が健康リスクを可能な限り減らしながら、消費者が楽しめる多様な選択肢を消費者に提供していくことが、我々の目指す未来であり、これまでもやってきましたし、今後もこの未来に向けたアクションをさらに加速させていきます。その意思を示すために、矛盾と感じられるかもしれませんが、あえてESGではなくH+ESGとしているのです。

ESG、D&I推進はBATのDNA

──ESGにおけるBATのオリジナリティは何ですか。
私たちは、世の中でESGが叫ばれるずっと前から、さまざまなことに取り組んできました。たばこの葉を栽培する際も、水や電気などエネルギーを使うため、環境への配慮は欠かせません。
 次世代のために、2030年までにBAT全体で、2050年までにはバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを目指す目標を掲げて取り組んでいます。
 他にも、使い捨てのプラスチックをなくして、再生可能もしくは堆肥化可能なパッケージも使用していこうと考えていますし、営業車は5年前の2017年からハイブリッド車を採用して現在は約9割をハイブリッド車に置き換えています。オフィス内の使い捨てのカップも撤去しました。
 また、Sの部分として「働きやすい職場」に力を入れているのも特徴の一つ。とくにフォーカスしているのが、ダイバーシティ&インクルージョンです。
 実際、BATジャパンはかなり国際的で多様性に富んでいます。約25カ国のさまざまなバックグラウンドや価値観を持つ社員が集まっていますし、女性の管理職は27%います。今後はこれよりも高い数字を目指しています。
 これは、日本企業に比べるとかなり高い数字だと思います。BATジャパンは日本法人ではありますが、インターナショナルなマインドセットを持った企業であることが、そこに寄与しているのだと思います。
 一人ひとりの役割やライフスタイルに合わせて、柔軟な働き方もできるため、2022年7月にGPTWジャパンが実施している「働きがいのある会社」に認定され、10月には「Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2022」の企業総合部門、従業員規模101名以上1000名以下の部で3位になりました。
──ESGやダイバーシティ&インクルージョン(D&I)がある意味ブームになる前から、BATはそのカルチャーを築いてきた、と。
そうですね。グローバルな視点で見ても、BATグループ全体がかなり多様性に富んでいると言えます。そもそもBATは、イギリスのインペリアル・タバコ(現:インペリアル・ブランズ)と、アメリカのアメリカン・タバコ・カンパニーの異なる2社が統合し、徐々に各国に展開していった歴史があるため、最初から多様性を受け入れる土壌があったのかもしれません。
 多様性があると、ビジネスのアイデアだけでなく、マネジメントやリーダーシップに関してもいろんなアイデアが出てくるので、それが会社を成長させるエンジンになっています。
 実は、私はBATに入社して約20年が経ちます。外資系企業で20年も同じ会社に身を置くのは少し異色かもしれません。この過程の中でいくつかの選択肢がありましたが、それでもBATにずっといる理由は、多様性を重んじるカルチャーが好きだからなんです。
──グローバルの戦略として、「より良い明日」を築くために、将来的にはたばこ以外の領域にチャレンジをする可能性もあるのでしょうか。
もともと、紙巻たばこしかなかったのが、現在は複数のカテゴリの製品を展開したことで、企業としてもさまざまな力がついてきたと思っています。
 短期的には加熱式たばこやオーラルたばこなど、新しいカテゴリに注力しますが、将来的には真のマルチカテゴリ消費財メーカーとして、世界中の成人を対象にした「感覚を刺激する」プロダクトのビジネスにも進出するつもりです。
 企業戦略上、まだ詳しくはお話しできませんが、キーワードは「刺激」。変化し続ける消費者のニーズに沿って、ムードやシーンに合った刺激を楽しんでもらえるようなプロダクトを提供すべく邁進していきます。
──今は大きな変革の最中だと思いますが、社長として何を成し遂げたら安心して後任に譲れるとお考えですか。
いつ退任するのか、という質問ですか?(笑)
いくつかあって、一つ目は会社を大きく変革させることです。現在、BATジャパンの売り上げの半分程度を加熱式たばこが占めていますが、ゆくゆくはさらに多くの売り上げを加熱式たばこやオーラルたばこなどの新しいカテゴリが占めるようにしたいと考えています。
 二つ目は、ケイパビリティを高めること。デジタルマーケティングやテクノロジーなど、あらゆる面を世界で通用するレベルに持っていきたいです。
 三つ目は、BATには素晴らしい環境と文化がある、BATで働きたいと、多くの人に思ってもらえる会社にすること。BATで働くと他社から求められる人材になれると認識されるような会社にしたいと思っています。
 最後は、午後3時になると社長の仕事は何もない状態にすること。つまり、全てのチームが自律して動けるようになれば、私は社長という役割を後任者に任せたいと思っています。この状態になるまで、変化を楽しみながら会社を成長させ、社会に貢献していく挑戦は続きます。