(ブルームバーグ): 岸田文雄政権がたびたび用いる「GX(グリーントランスフォーメーション)」は、英語で伝わりにくいという難点がある。政府が検討する新たな債券の名前にもGXが付いているが、特に海外勢にとっては資金使途などがイメージしにくく、見せかけの環境配慮を指す「グリーンウォッシュ」を警戒する向きさえある。

「GXという言葉は極めて日本特有で、日本以外の場所では聞いたことがない」。こう話すのは、英国やスイスに拠点を置く投資助言会社サセックス・パートナーズの共同創設者兼マネージングパートナー、パトリック・ガーリ氏だ。

GXではなくグリーントランスフォーメーションと伝えられても、対象が広範過ぎて曖昧な印象を受けるという。ガーリ氏は、投資家がグリーンウォッシュを懸念し始めている中、GXが具体的に何を指すのかといった明確なメッセージが欠かせないと指摘する。

「はっきりした目的を持たない緩やかに定義されたイニシアチブに、投資家は興味を持たないだろう」と語る。

英語でGXが伝わりにくい理由の一つは、トランスフォーメーションをXで表記していることだ。経済産業省の担当者は、英語圏ではトランスという接頭語をXで代用することがあるためだと話すが、「トランスフォーメーション=X」との図式は日本以外でそれほど浸透していない可能性がある。

ガーリ氏のほか、海外に拠点を置く複数の英語のネーティブスピーカーに尋ねたが、GXが何の略かを言い当てた人はいなかった。

ブルームバーグを含む海外メディアの英語記事でも、GXをそのまま使用した例は少ない。岸田首相が脱炭素社会の実現に向けて「GX経済移行債」の構想を表明した5月以降の記事では、「グリーン・エコノミー・トランスフォーメーション・ボンド」(ブルームバーグやフィナンシャル・タイムズ)、「グリーン・トランジション・ボンド」(ロイター)などの表現が見られる。

グリーンかトランジションか

GXのアルファベットが伝わりにくいことに加え、もう一つ課題がある。GX経済移行債は現段階では仮称だが、この名称の中に「グリーン」と「移行(トランジション)」の二つが同時に含まれている点だ。

市場では、資金使途が環境改善効果のある事業に限られるグリーンボンドと、現状グリーンとは呼べないものの脱炭素への移行を促進する事業に資金を充当するトランジションボンドは、全く別の商品として認知されている。

多くの発行体が参照する国際資本市場協会(ICMA)も、グリーンとトランジションにそれぞれ別の指針などを設けている。

GX債で調達した資金の使い道は決まっていない。ただ、政府が想定する官民の投資分野を見ると、再生エネルギー導入や蓄電池、火力発電への水素・アンモニア活用まで幅広い事業が含まれており、GX債がグリーンボンドなのかトランジションボンドなのかは定かではない。

SMBC日興証券の浅野達シニアESG(環境・社会・企業統治)アナリストはGX債について、仮称としつつも「グリーンとトランジションという、似て非なるものが混在した名称のままでは、投資家のグリーンウォッシュに対する警戒感を高める可能性がある」と指摘する。

主要7カ国では日米を除く5カ国がグリーンボンドを発行しているが、各国政府の公表資料によれば、いずれもICMAの指針にのっとったものだ。グリーンとトランジションにまたがる指針が存在しない中で、双方の特徴を持ち得るGX債が商品としての質をどう担保していくかも課題となりそうだ。

GX債の名称が不明瞭との指摘について経済産業省の担当者にブルームバーグはコメントを要請したが、今のところ返答は得られていない。 

「脱炭素国債」の提案も

GX債の名称はもともと首相官邸が主導して決めたもので、グリーンか否かで見解が分かれ得る原子力分野などへの支援をあらかじめ排除せず、幅広い資金使途を確保したいとの狙いがあった。

それから約半年がたつが、名称に関する議論はほとんど見られない。今でも「仮称」は取れず、政府が脱炭素戦略の司令塔と位置付ける「GX実行会議」では、債券発行の裏付けとなる財源論などが議論の中心となる。

過去の会議で唯一、名称変更を提案したことがあるのは山口壮環境相(当時)だ。議事録によると「分かりやすさの観点からは、漢字を使って脱炭素国債とするのが望ましい」と発言している。

山口氏はブルームバーグの取材に対し、「脱炭素ドミノを起こそうとしているのだから、そこをストレートに言わなければならない」と指摘。その上で、巨額とされる世界のESGマネーを引き付けるには「ディカーボナイゼーション・ボンドの方が英語にしても簡単で分かりやすい」と話した。

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