みなさんの質問に答えます・第1回

私が他国籍バイトで得た「忍耐力」

2015/1/13
昨年末に本連載の著者・本村由希氏のインタビューを掲載して質問を募集したところ、多くの質問がコメント欄に寄せられた。まず取り上げるのは「スポンサーセールスの仕事をやる際に必要だと感じるスキルは?」という質問。2回にわたって本村氏が回答する。

根性とは異なる忍耐力

今回は、皆さんからのコメントの中の「スポンサーセールスの仕事をやる際に必要だと感じるスキルは?」についてお答えしたいと思います。ちょっとサッカーと関係なくなるかもしれませんが、海外で働きたいという方には参考になるかもしれないので書かせていただきました。

必要だと思うスキルは「忍耐力」だと思います。

ここで言う「忍耐力」とは、なにも日本でよく言われる「努力」や「根性」とセットで出てくる忍耐力ではありません。私が思う忍耐力は残念ながら体育会系特有の価値観から出てくるものではないと思います。

私はスポーツ業界で働いていますが、いわゆる部活というものに属したことがありません。実は私の通っていた中学は部活に強制的に入らなければならないという規則があったのですが、完全無視。いや、一応バトミントン部には仮入部したのですが、顧問から「キミは優秀な選手になれるよ! 頑張れっ!」という熱い言葉をかけられた瞬間に、嫌悪感を覚えたのでした。

「なぜに私が選手に? 別に選手とかなりたくないんですけど…」

とんでもなく生意気な中学生だったと思いますが、性格ですから仕方がありません。それでも頑張ったんです、3日だけ。部活って仲間と好きなスポーツをして楽しく体を動かすことだけを求めてはいけないのでしょうか。そんな私がまさかスポーツ業界で働き、忍耐力について語っているのですから、人生何が起こるかわかりません。

飲食店のバイトで気がついたこと

ということで私が言う忍耐力とは「多様性を持った忍耐力」です。

私が本格的に外国に出てきたのは20代前半でしたが、少なくともコネも実力も無いただの日本人が外国で暮らし、現地のいわゆるホワイトカラーと分類される人と働けるようになるためにはそれなりの経験と忍耐力が必要でした。

最初に学生としてこの国に出てきた頃は、語学学生でも週20時間のアルバイトが常時許されていました(今はこの辺の法律が変わってます、念のため)。

前にも連載に書きましたが、「外国のスタバで働くの、なんかカッコイイ!」という理由で、語学学校で一通り英語をやったら、スタバで働くことが目標でした。結果的に辞退したのですが、その後はセルフサービスの飲食店のカウンターで働いていました。

正直、今の私があるのはここで培った「多様性を持った忍耐力」のお陰だと思っています。

出稼ぎの人達とのバトル

当時、私が働いていた店の同僚は、ロンドンへ出稼ぎに来ている東欧や南米の人達ばかりでした。東欧の人たちはEU連合加盟国から来ているため労働ビザの制約がなく働けるし、南米というかほぼブラジル人だったのですが、彼らはヨーロッパ系移民の子孫にあたるためブラジルとポルトガル、イタリアなどの二重国籍保持者。見事にEU加盟国の恩恵を受け、ロンドンに出稼ぎに来ていました(EU加盟国の国籍保持者は基本的にEU内で労働ビザ無しで働けます)。

そんな中で何回彼らから言葉の先制パンチを食らったかわかりません。そしてそれ以上に気づいたのが自分の甘さと根性の無さ。

まず出稼ぎで働きに来ている彼らに、最初から語学学校で英語を学ぶなんていう考えはありませんでした。

ロンドンへの片道チケットを握りしめ、最初はバックパッカー同然の姿で入国し、カタコト英語で面接を切り抜け、キッチンで働くのです。そうやって実践で英語を覚えていって、それでも不完全なまま接客を始めるのですよ。彼らの人生にたくさんの選択肢はありません。貧乏な祖国で一生安い賃金で働くか、労働者として出稼ぎに来てお金を貯めて祖国に帰るか、はたまた将来的には移民として落ち着くか。

それに対して私はどうでしょうか。世界有数の経済大国に生まれ、親に大学まで出してもらい、自分の人生経験を豊かにするためとか言って遊学。日本に帰れば、仕事も人生も選択肢がそれなりにあるわけです。出稼ぎ組にとって、祖国を出て働くことはより良い生活を求めてのこと。彼らにとってロンドンとは労働の場。できればこんなところから逃げ出したいっていうのに、この平和ボケした日本人はロンドンに好んで出てきて、さらに自ら好んでレストランで働くというのです。あっぱれ。

とにかく彼らの貪欲さには非常に刺激を受けましたし、良くも悪くも彼らとの交流により色々な価値観や考え方を学びました。

「(人差し指を目の横において両目をピーンと伸ばしながら)アジア人の顔ってさぁ、目がこーんなに細くって、みんな同じ顔してて全然見分けつかないんだけどぉ」

「みんな、ロンドンの生活なんて早く抜け出して、祖国に帰りたいと思ってる。当たり前でしょう? え? アンタ、違うの? ハハァーン、やっぱり。アジア人女性が西洋人男性好きなのって本当なのね!!」(私が西洋人の男欲しさに働きに来ていると勘違いしている)

「間違いが無いように最初から言っておくよ。実は僕、友達からアジア人には気をつけるように言われているんだ。ほら、アジアの女性ってヨーロッパのパスポート欲しさに結婚を迫るらしいじゃないか」(日本人の私が二重国籍を許されないことを知らない。というかアンタに結婚どころか交際も迫らないから心配するな)

以上のような、嬉しくない言葉なんて日常茶飯事。女性だからこそ言われてしまった言葉もあるでしょう。

でも、これが現実。外国でマイノリティになるということは楽しいことばかりではありません。もちろん、日本人同士で固まっていればこういったことを避けることはいくらでもできますよ。でもそれでは、外国に住んだ経験をしただけで、本当の意味で外国を経験したということにはならないのではないでしょうか。

大学院進学への拒絶反応

英語もたくさんバカにされました。ネイティブじゃない同僚に英語の発音をバカにされるのは非常に屈辱でしたが、伝わらないなら仕方がない。

何よりも語学学校で必死に勉強してきたはずなのに、実践するとなると口から英語が出てこない。悔しい思いをしながら改善していきました。英語ってちゃんと習得するだけでは不十分なんですね。相手がわかるように話して初めて機能するものなんです。それ以来、TOEICのスコアは何点だとか気にするのやめました。資格を持っているだけじゃ生きていけないことがわかったから。

ある日、同僚に私が大学院に行って勉強したいと話していた時のことです。その同僚が私に向かってある言葉を言い放ちました。

「いい歳した君が大学院に行くって? バッカじゃないの?」

当然、カチーンときましたが、彼の言い分はこんなものでした。

「僕の町では誰も大学なんて行かないよ。義務教育の高校を卒業したらイギリスかドイツに行って働いて、欲しい物を自由に買って、帰省した時に家族や友達に見せるんだ!」

日本や他の先進国では、生涯学習ってメジャーですよね。

義務教育を終えてさらに学校に行くことも普通だし、働き始めてもさらなるキャリアアップのために新たな教育を受けることも良く聞く話です。でも彼の価値観だとこれは違うわけです。出稼ぎに来て、自分の国では到底手に入らない服やアクセサリーを買って、めいいっぱい着飾って年に一回帰省するのが彼の目指すところなわけです。「僕はもう、故郷のヒーローさ!」とドヤ顔で言っていました。

多国籍の環境で芽生えた決意

またこの彼は私に「こんなに物がたくさんあるロンドンで買い物をしないなんて、頭がおかしいとしか思えない!」と憤慨しておりました。私の経験からすると日本の方が物で溢れてます。彼はヨーロッパの外へ出たことが無いので、わからないんですね。これには他の同僚も彼の意見に賛成してました。一気に私はおかしい人扱いです。

大学院で勉強することがバカだと言われるとは、予想外のこと。正直、この平和ボケした日本人はこの出来事でやっとエンジンがかかりました。今思えばこれが次のステップへ行くきっかけだったのかもしれません。

私はここにずっといてはダメだ…。

私はせっかく日本という外国と比べてずーっと平和な先進国で、経済も文化も成熟した国から来たんだ。

私には自分のキャリアも人生も自分の好きなように選択できる国に生まれたんだから、それを生かさなきゃ。せっかく上を目指そうと思えば自分次第でいくらでも上を目指せる人生を授かったんだから。

それと同時に、「いつか日本人である私がこの国で、自分にしかできない何かをする」という目標を立てました。

何を指して成功というのかはわからないけど、とにかくこの国で絶対に成功してやるとも思いました。そして、「この日本人は国際結婚して無制限に働けるビザ欲しさにヨーロッパにいる、なんて言っているヤツらをギャフンと言わせてやる!」と心に誓いました。「男なんかに頼らず、自力で労働ビザとったるわい!」ってね。

「私を、日本を、日本人をバカにするな!」って。それと同時に実は私、日本が結構好きなことに気づきました。来る前はあれだけ外国に憧れてたのに(笑)。

結果的に色んな人の価値観がわかった

世の中には自分で思っている以上に本当にたくさんの価値観があります。

日本人からしたら憧れの海外で働くことが、ある人達にとっては仕方なくしなければいけない労働だったり、自分にとってはものすごく失礼で差別的なことだと感じることが、その人にとってはただ思ったことを言っただけだったり。

そして、自分がいかに恵まれた環境に生まれたかも思い知りました。

もう私にとってイギリスは、白人の英国紳士が優雅に紅茶なんぞをチビチビ飲んでいるような美しい場所ではないのです。無理やり欧州連合になった貧しいヨーロッパの国の人達や二重国籍でEUの恩恵を受けた人達が、ため息とともに出稼ぎに来る超多文化社会。

そんな中で、失礼なことを言われても言い返す強さを身につけるうちに、根性無しの自分に相当な忍耐力がついたし、相手に伝わらないからと言って気を落とすだけじゃなく「じゃあ、こういう風に伝えてみよう」とやり方を変えてわかってもらえるよう工夫しているうちに、自然に色んな人の考えや価値観を知ることができるようになったと思います。

とにかく、この飲食店でバイトをした経験が私の今の仕事にも繋がっていると信じています。

次回はなぜこういう経験がスポンサーセールスに役立ったのか、その理由について書きたいと思います。

(次回に続く)

*本連載は毎週火曜日に掲載する予定です。