2022/11/22

いまこそ、気軽に「プロトタイピング」できる場が必要だ

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
いま、「ハッカソン」が再注目されている。

ハッカソン(Hackathon)とは、プログラムの解析などを意味する「ハック(Hack)」と「マラソン(Marathon)」を組み合わせた造語。主にエンジニアやデザイナーがチームとなり、短期間でサービス開発した成果を競い合うイベントだ。

昨年、都庁が東京都のオープンデータを活用したハッカソンイベントを開催するなど、新しい価値創出や日本のデジタル化を加速する手段として再び注目を集めるようになった。

なぜ、いまハッカソンが期待されるのか。エンジニアやデザイナーの創造性を解放するために必要な環境や仕組みとは何か。

一般社団法人コード・フォー・ジャパンで毎月ハッカソンを開催する関治之氏と、国内最大級のハッカソンイベント「Hack Day」のプロデューサーを務める善積正伍氏が、ハッカソンの価値と創造性を解放する「場」の在り方を語り合った。

気軽にプロトタイピングできる場が必要に

──1日から数日でサービス開発を競うハッカソンが再注目されているとのことですが、そもそもこれまでハッカソンはどのように活用されてきたのでしょうか。
関 ハッカソンそのものは2000年前後にアメリカで生まれ、日本ではオープンイノベーションが注目され始めた2010年ごろから開催されるようになりました。
 プロモーションを兼ねて、高額の賞金を用意したハッカソンイベントを開催する企業が相次ぎ、一時期は大きな盛り上がりを見せていました。
 しかし、ハッカソンは1日から長くて数日という短期間でサービス開発をするので、実用化に耐え得るプロダクトを生み出すのが難しい。そのため、だんだんと下火になっていったという経緯があります。
1975年生まれ。20歳よりSEとしてシステム開発に従事。2011年3月、東日本大震災発生のわずか4時間後に震災情報収集サイト「sinsai.info」を立ち上げる。被災地での情報ボランティア活動をきっかけに、2013年10月に一般社団法人コード・フォー・ジャパンを設立。コロナ禍では東京都「新型コロナウイルス感染症対策サイト」の開発を指揮し、当時のオードリー・タン台湾デジタル担当大臣が「日本の注目すべきシビックハッカー(政府による公開データを活用してサービスを開発するプログラマー)」として名前を挙げた。内閣官房のオープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー、総務省地域IoT実装推進タスクフォース構成員、神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサーなども歴任。
 ところが最近になって、再びハッカソンを開催しようとする動きが活発化しています。企業だけでなく、自治体が積極的なのが最近の特徴でしょう。
 昨年、東京都がオープンデータを活用し、行政課題の解決に向けたサービスの提案を行う「都知事杯オープンデータ・ハッカソン」を開催したことは話題を集めました。
──成果を疑問視されて一度は下火になったハッカソンが、再び注目を集めるようになったのはなぜでしょうか。
関 大きく2つの要因があると考えています。コロナ禍の影響と、web3やメタバースなど新しいテクノロジーの潮流が到来したことです。
 コロナ禍により、遊び感覚で実験的なプロジェクトにトライしたり、自由にアイデアについて意見を交わしたりする場が失われてしまいました。
 イベントを実施するだけで成果が上がるわけではないけれど、きっかけすらない状態を放置すれば何も生まれません。そこでハッカソンのように組織の垣根を越え、自由にアイデアを出し合える場の重要性が見直されるようになりました。
 またweb3など新しいテクノロジーの台頭や、スマートシティやオープンデータなどを推進する気運が出てきたことで、一企業や自治体の枠組みを超えた価値創造が必要になってきました。
 その結果、気軽にプロトタイピングできる場が求められ、ハッカソンの価値が再認識されるようになったと感じます。
──具体的には、どのようなハッカソンが開催されているのですか。
善積 有名なのは、台湾政府が2018年から毎年開催している「総統杯ハッカソン」です。
 デジタル担当相を務めたオードリー・タン氏も関わるイベントとしても知られていますが、解決すべき社会課題を国民から募り、政府が開放しているオープンデータを活用して解決策を提案するイベントになります。
 民間の投票で決定した受賞チームに対しては、サービスの社会実装に向けて行政がフォローしていく点が特徴です。
1987年生まれ。20歳でヤフー株式会社にエンジニアとして新卒入社し、その後プロダクトマネージャーとして「Yahoo! Sonomy」や「ワイキュー」といった新規事業の立ち上げに携わる。全社のモバイル戦略をリードするボードメンバーなど、さまざまな役割を経て、新卒の頃から出場していたHack Dayのプロデューサーを拝命。デジタルの日の創設に合わせて、Digital Hack Dayを立ち上げる。
 また米国航空宇宙局(NASA)が主催する「Space Apps Challenge」も、世界中で同時開催される大規模なハッカソンとして知られています。
 NASAが公開する宇宙や衛星関連のデータを活用して、地球規模の課題解決に貢献するサービスを開発するのが狙いで、個人でもチームでも参加できます。
 特にコロナ禍では、NASAやWHO(世界保健機関)、EUなど公的機関がコロナ対策を募るハッカソンが世界中で開催され、さまざまなアプリやサービスが誕生しました。
──ヤフーは2013年より毎年、ハッカソンイベント「Hack Day」の開催を続けていますが、ハッカソンにどのような価値を期待しているのでしょうか。
善積 今年は“日本のデジタル化”をテーマに、「Digital Hack Day 2022」として開催しました。その根本にあるのは「ものづくりの楽しさ」を知ってほしい、再認識してほしいという思いです。
 採算や市場性よりも、「遊び心」を軸に仲間とものづくりに没頭できる時間を大事にしています。ここから新たなビジネスを生み出すというよりは、まずは参加するエンジニアやデザイナーに、普段の仕事では触れていないテクノロジーや手法へのトライを楽しんでもらいたい。
 同時に、ハッカソンの過程で生まれる彼らの熱量やアイデアが、参加していない人や社会を巻き込み、ものづくりの楽しさを世に広めることで、日本のデジタル化を前進させたいという期待もあります。

良いプロダクトは、チームの“信頼関係”から生まれる

──ハッカソンの主な参加者となるエンジニアやデザイナーが、サービス開発を主導することにはどのような可能性を感じていますか。
関 エンジニアやデザイナーは、頭の中にあるアイデアを具現化することができます。まずは試作品をつくり、実際に見える、触れることで、一気にサービスのイメージを共有することができる。
 組織が大きくなるほど、他部門の協力を仰いだり、外部リソースを活用したりするための説明に時間をとられることになりますが、プロトタイピングはこうしたプロセスを省略することができる力になります。
善積 最近はweb3をテーマにしたハッカソンも増えていますが、大企業ではweb3に注目していてもこうしたテーマをすぐに事業化する意思決定は難しいでしょう。
 その一方で、エンジニアやデザイナーは、新しいテクノロジーが世の中に出たタイミングで、好奇心さえあれば、すぐに技術を触り、ものづくりができる。好奇心をベースに創造的なことができるのが、作り手の強みだと思います。
──エンジニアやデザイナーの創造性をより解放するためにも、どのような場や環境を用意する必要があると考えますか。
関 そうですね。ハッカソンを例に考えてみると、開催する側の主な狙いは2通りに分かれると思います。
 ひとつは、ある程度投資をして、「新しいビジネスにつなげようとするハッカソン」です。そしてもうひとつは、「コミュニティ活動としてのハッカソン」です。
 ハッカソンで生まれたサービスそのものが大成功した例というのは、実はあまり多くありません。それよりも、そこで生まれた関係性や信頼関係がその後のビジネスに良い影響を及ぼすケースが圧倒的に多く、その方がずっと再現性が高いんです。
 集中してともに何かをつくり上げる経験は、ゴルフや飲み会をするよりはるかに「チームの関係性を改善する」効果があります。
 ハッカソンで新規事業を生もうとすると挫折につながりやすいのですが、「関係性の改善」を目的とすることで、最終的には別の場で生まれた新規事業の成功にもつなげられると思います。
善積 良いものづくりには、良い関係性が欠かせませんよね。
 ヤフーでもLINEやZOZO、アスクルなどのグループ会社間で、社内ハッカソン「Internal Hack Day」を開催しています。
 テーマは自由、2日間かけて動くプロトタイプをつくるというシンプルなルールです。いくつもの特許がここから生まれています。
 一方で、勢いからつくられた謎の作品や、開発した本人も用途を説明できない不可思議な作品もあって、もちろんそれもOKなんです。
 このイベントの何がいいかというと、とにかくみんながものづくりを楽しんで、大いに盛り上がっていること。エンジニアやデザイナーの創造性を解放するためにも、「関係性を育むための受け皿」をまずは増やすことが大切だと考えています。

ハッカソンを「甲子園」のような場へ

──現状のハッカソンには、どんな課題意識をお持ちですか。実現していきたい未来についても教えてください。
善積 総統杯ハッカソンを見ていても、出場者にどんなテーマを提供できるかが重要だと考えています。たとえば「水道管の劣化をAIで分析しよう」といった課題のスケール感が、私たちのハッカソンには足りていないと感じています。
 社会課題の解決にテクノロジーの力は不可欠であり、エンジニアと社会課題をどうマッチングするかは、しっかりと考えていきたい。
 たとえば雪の多い地域の雪害問題は、地元の人にとっては切実ですが、東京にいるとわからないですよね。エンジニアがそれに気づくことができれば、技術的な視点から面白い解決方法が見えてくるかもしれません。
関 確かに、自治体を巻き込んで社会実装につなげられるプロセスがあるといいですね。
 実際、昨年「Digital Hack Day」の審査員を務めたときは、公共性の高い作品が多かった。日本のオープンデータがいまひとつ使いにくいということもあって、こうした点をカバーして活用範囲を広げようとした作品が目立ちましたよね。
 デジタル庁のオープンデータ担当者が、すぐにでも使いたいと身を乗り出していたのも印象的でした。
善積 この秋に開催した「Digital Hack Day 2022」では、エンジニアやデザイナー以外のみなさんにも楽しんでいただけるよう、プロモーションや動画配信にも力を入れました。
 とはいえ、ハッカソンは良くも悪くも刹那的です。その場がどんなに盛り上がっても、その成果や熱量を継続していくことは難しい。イベント後の支援を求める参加者も多いので、ここも課題として考慮し、次回以降に活かしていきたいですね。
関 ハッカソンの主催者や参加者は、常に燃え尽き症候群と近しい問題を抱えやすいとも感じます。
 本家のアメリカでも「ハッカソン後の月曜日問題」が指摘されるほどで、あんなに楽しかった土日のハッカソンが終わって急に現実に引き戻されると、言いようのないギャップを感じてしまう点は共通しています。
 でも、ハッカソンで生まれた熱量が続かないのは、当たり前だと認識する必要があります。その場で生まれた100の熱量をすべて残すのは不可能で、10ぐらい残せれば十分なんです。
 そうした燃え尽き症候群にならないためのケアも考えていきたいテーマです。
善積 私はその場が盛り上がること自体にも大きな価値を感じていて、Digital Hack Dayを「甲子園」のような場にしたいと考えています。
 高校野球を観て心を動かされた子どもたちが野球部に入って甲子園を目指すように、白熱したDigital Hack Dayの様子を多くの人に知ってもらうことでエンジニアやデザイナーを目指す人を増やしたい。
 そして、作り手が増え、彼らの創造性が解放される受け皿をつくることで、ヤフーとして日本のデジタル化に貢献していきたいと考えています。
 現在も新たな試みを模索しているところではあるので、ぜひ来年のDigital Hack Dayも楽しみにしていただけると嬉しく思います。