2022/11/2

“青いマック”の秘話。マクドナルドの募金箱が、23年間支えてきたもの

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 マクドナルドの店頭で、こんな募金箱を見たことはあるだろうか?
 では、見たことがある人や釣り銭を入れたことがある人は、そのお金の行き先を知っているだろうか?
 答えは「ドナルド・マクドナルド・ハウス」。自宅から離れた病院に入院・通院する子どもに付き添う家族のために作られた滞在施設だ。
 かつては“不治の病”ともいわれた難病には、医学の進歩とともに治療可能になったものもあり、助かる命が増えつつある。
 一方で、病気と長く向き合うには、専門病院での長期、または定期的な入院や検査が不可欠だ。それに付き添う家族は経済的・精神的負担を強いられることも少なくない。
 そういった病気の子どもと家族のために“もう一つのマクドナルド”──「ドナルド・マクドナルド・ハウス」はある。
 病院に隣接する“第二のわが家”は、全世界に約380カ所、日本国内には12カ所。その運営はすべて、寄付や募金、地域のボランティアで成り立っている。
 なぜマクドナルドは全世界でこのような支援活動を続けているのだろうか。また、その運営の実態とは。
 ハウスを運営する財団理事と、長年ボランティア活動に携わってきたマクドナルドのフランチャイズ店舗オーナーに、それぞれ話を聞いた。
INDEX
  • 国立病院の敷地内に“招かれた”日本第1号ハウス
  • 100%寄付と募金で成り立つビジネス
  • 23年の積み重ねが文化を醸成する
  • 食事の時間さえ惜しんで付き添う家族たち
  • 病棟訪問は、支援する側にも貴重な機会
  • 「ピープルビジネス」にできること

国立病院の敷地内に“招かれた”日本第1号ハウス

──ドナルド・マクドナルド・ハウス(以下DMH)は全国に12カ所設けられ、病気と向き合う子どもたちとその家族を支援しています。そもそも、なぜマクドナルドがこのような活動を始めたのでしょうか?
飯野 日本のDMHは、医療の現場からの呼びかけに応える形で始まったのです。
 そもそもドナルド・マクドナルド・ハウスは、1974年に米国・フィラデルフィアで誕生しました。
 娘が白血病を患った地元チームのアメフト選手が、子どもを看病する家族が安らげる滞在施設を作ろうと働きかけ、これに医師や近隣のマクドナルドフランチャイズのオーナーが協力したのが始まりです。
 2001年に日本第1号の「せたがやハウス」ができたのも、1人の医師の「日本にもDMHを作りたい」という熱意がきっかけでした。
 東京都世田谷区に、国立成育医療研究センターという施設があります。日本で唯一、小児医療を専門とする病院と研究所からなるナショナルセンターであり、設立時は全国から患者とその家族が集まることが予想されました。
 そこで、センターの前身である大蔵病院の開原院長が、当時の日本マクドナルドの藤田田社長に援助を呼びかけ、公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン(以下、財団)を設立し、日本初のDMHがセンターの敷地内に誕生したのです。
──病院や地域からの誘致があったということでしょうか?
飯野 そうです。すべてのDMHは、医療機関や自治体などからのオファーを受けて作られています。
 たとえば、2022年10月にオープンした「にいがたハウス」は、新潟大学医歯学総合病院から誘致を受けたものです。病院長が都内のDMHを見学され、こうした拠点の必要性を強く感じたと聞いています。
日本第1号のDMH「せたがやハウス」(画像提供:日本マクドナルド)
 小児医療の充実は県の課題でもあり、新潟県も全面的にバックアップしています。
 コロナ禍という逆風の中でも、建設費のために立ち上げた募金委員会には、想定を上回る寄付金が今なお集まっています。「地域のために、目指す医療を実現したい」という地元の方々の熱意を強く感じました。
 DMHは、開所がゴールではありません。運営には、医療や自治体との連携、そして何よりも地域の熱意が必要不可欠です。
 これらがすべて揃ってこそ、病気の子どもたちやそのご家族への支援が持続可能になると考えています。

100%寄付と募金で成り立つビジネス

──日本の財団は、マクドナルドとどのような関係にあるのでしょうか?
飯野 マクドナルドとは、互いに「ミッションパートナー」という位置づけになります。これは全世界の財団も同様です。
──寄付や募金に頼るのではなく、マクドナルドのCSR活動の一環として位置づける道もあったのでは?
飯野 たしかにその選択肢もあったかもしれません。ですが、営利目的の事業を母体とすれば、その業績に良くも悪くも影響を受けてしまうでしょう。
 また、私たちはマクドナルドだけではなく、さまざまな企業や個人の皆様から寄付やご支援をいただいています。
 公益財団法人であることによって、純粋に「病気と向き合う子どもたちとその家族を支援する」という趣旨に賛同していただきやすくなる面もあるのです。
 ミッションパートナーという関係は、フィラデルフィアでDMHが誕生した半世紀も前から続くもの。
 両社が独立し、非常に良いバランスを保っているからこそ、チャリティ活動をここまで継続してこられたのだと思います。
──日本で財団が設立されて23年が経ちました。これまでの運営状況について教えてください。
飯野 当財団は100%寄付と募金だけで成り立っています。
 DMHの数が増えれば、それだけ運営費は上がります。ハウスの建設や土地の取得に伴う費用だけでなく、設備メンテナンスや人件費などの資金が必要です。
 必要な資金の額が増えているなか、ミッションパートナーであるマクドナルドをはじめ、多くの方に支えていただきながら運営を続けているのが現状です。
──コロナ禍はDMHの運営にも影響しましたか?
飯野 チャリティイベントを開催できなかったり、募金活動を縮小せざるを得なかったりと、収入面に少なからず影響が出ました。
 オペレーションの面でも、試行錯誤が続きました。この約2年半の間、家族の面会時間は厳しく制限され、ボランティアスタッフはほとんどDMHの中に入れなかったんです。
 子どもたちも病棟から出られず、家族とも満足に会えない日々が続き、強いストレスを抱えていました。
 何か私たちにできる支援はないかと考え、新たに導入したのが「ハートフルカート」です。
 これは、おもちゃやおむつなどの子どもたちが使う日用品、付き添い家族のためのマスクやハンドクリームなどをカートに載せて無償配布する取り組みです。
ワクワクするようなデザインが施されたハートフルカート。マクドナルドが寄付するハッピーセットのおもちゃが好評で、自由に外出できない子どもたちが買い物を擬似体験する機会にもなっているという。「前面の大きなドアの絵を、トントンとノックした子がいたそうですよ」と飯野さんは微笑む。
 面会の制限下では、私たちがカートを準備し、病院スタッフの方々が代わりに病棟を回ってくれました。医療現場との連携で実現した支援です。

23年の積み重ねが文化を醸成する

──病気のお子さんとそのご家族のサポートを長年続ける上で、課題はいったい何でしょうか?
飯野 最も大きな課題は、日本での「ボランティア文化の醸成」です。
 私たち財団のミッションと、その達成に向けた3つの施策を下支えする基盤となるからです。
 日本第1号のDMHを作るとき、「日本にはチャリティや寄付のようなボランティア文化は根づきにくいだろう」といわれていたそうです。
 それから23年。私たちの支援事業は二千数百名のボランティアスタッフの方々に支えられるまでに広がりました。
──チャリティ文化の醸成に「マクドナルド」というブランドは寄与していますか?
飯野 ボランティア文化の醸成、さらにはチャリティに対する意識を高めていく上で、「マクドナルド」というブランドによって支えられている面は大きいです。
 たとえば今年から「青いマックの日」として展開される「マックハッピーデー」のような大規模なチャリティ活動は、非常に盛り上がりますから。
年に一度、マクドナルド全店で展開されるチャリティ活動「マックハッピーデー」。当日は、ハッピーセット®を購入すると、1つにつき50円が財団へ寄付される。
 日本マクドナルドでは、レジ前の募金箱の設置以外にも、募金付きクーポンやモバイルオーダーから募金ができるシステムを迅速に組み込むなど、積極的にチャリティに取り組んでくれています。
 一方で、DMHに来て初めて「あのレジの募金箱は、この施設のためのものだったんですね」という声もいただきます。まだまだ認知が足りません。
 今年は11月6日に「青いマックの日」が実施されます。普段からのみなさんの募金と、この特別な日のハッピーセットのご購入を通じたマクドナルドの寄付が、病気の子どもたちと家族を支えてくれています。その事実を、より広く知ってもらう機会になれば嬉しいです。

食事の時間さえ惜しんで付き添う家族たち

日本では2017年からスタートした、マクドナルドの「マックハッピーデー」。

DMHのテーマカラーである青で店舗を染め、年に一度のチャリティ活動を盛り上げるフランチャイズオーナーは、どんな思いでこの日を迎えているのだろうか?

マクドナルドのビジネスにとって、ボランティアが持つ意味を聞いた。
──マクドナルドのフランチャイズ店舗を運営するドリームでは、DMHをどのように支援しているのでしょうか?
竹内 店頭での募金活動のほか、一緒に働くクルーたちは、自分の意志でDMHでのボランティア活動にも参加しています。
 私たちも「せたがやハウス」を支援して、この11月で20年になります。
 DMHでのボランティア活動は月2回、年間行事予定に沿って行います。11月なので、もうすぐクリスマスツリーの飾り付けがありますね。
 他にも、清掃や倉庫の整理など、DMH側からリクエストを受けたり、草むしりのような私たちで気づいたことに取り組んでみたりもしています。
 また月1回、ハウスの利用者ご家族にお食事を提供する「ミールプログラム」も実施しています。
 DMHの利用者には、シビアな状況のご家族もいます。食事の時間すら惜しんでお子さんに付き添い、不安を抱えながら、ふらふらになってハウスに帰ってきたり。
 調理可能なキッチンはあっても、自炊をする気力すらない。
せたがやハウスのダイニングスペース。開所以来、ハウスの利用料は1泊1,000円を維持。遠方からも多くの付き添い家族が訪れ、常に満室に近い状態だという。
 そんなとき、DMHでは手軽なカップラーメンが重宝されるそうです。一方で長期間そういった食事が続けば、栄養面が気になったり、家庭的な食事が恋しくなったりもするでしょう。
 我々がお食事を用意することで、「帰ればご飯がある」という安心感や休息にあてられる時間を増やしていただければ、と思っています。

病棟訪問は、支援する側にも貴重な機会

──マクドナルドのフランチャイズオーナーにとって、DMHでのボランティアは任意の活動ですよね。
竹内 そうです。当社の場合は、2002年11月に狛江マルシェ店の営業を始めたとき、せたがやハウスが近くにあることを知り、「何かできないか」と思ったのがきっかけです。
 私はもともと田舎育ちで、おせっかい焼きなんですよ。地元の長野は、みんなで田植えや稲刈りをする運命共同体でした。
 だからか、ボランティアとか寄付とか以前に、困っている人を助けるのは普通のことなんです。
ハウスの各部屋に置かれるノートには、病気の子どもに付き添う家族の思いが、誰に宛てるともなく綴られている。「あとは、生命力にかけるのみ。少しだけ気持ちも前向きになった」
──マクドナルドで働くクルーのみなさんは、ボランティアにどのように関わられているのでしょうか?
竹内 本人の「参加したい」という意志に任せています。強制するのは本望ではないですし、長続きしませんから。
 今では毎回10人ほど参加してくれていますが、始めた当初は私含めて2人だけでした。たぶんクルーたちは「ボランティアをやるなんて、オーナーは暇なのかな」と思っていたんじゃないでしょうか(笑)。
 そんな空気が変わったのが、2008年。ドナルドが、成育医療センターを訪れて入院中のお子さんと交流するというイベントを実施してからです。
 当時は「マクドナルドがいったい何をしに来るんですか?」といった様子で、ドナルドが病棟を訪問できるようになるまで、長い時間を交渉に費やしました。
 DMHは病気と向き合うお子さんを持つご家族が利用する施設なので、ハウスのボランティアに参加しても、闘病中のお子さん本人に会うことは基本的にありません。
 病棟訪問で、病気と向き合うお子さんの姿を目の当たりにして初めて、DMHやボランティアの存在意義をその身で実感できる。
 日々のボランティアや寄付は大切ですが、DMHがどんな施設で、なんのためにあるのか、何よりも現場を知ってもらうことは、活動を続ける上での大きな一歩だと思っています。

「ピープルビジネス」にできること

──DMHの支援を続けるなかで、課題に感じられることはありますか?
竹内 継続的な支援の仕組みづくりです。
 たとえば最近はキャッシュレス化が進んだ結果、店頭での募金額が大幅に減ってしまっているんです。お釣りを募金箱へ「チャリーン」と入れる機会がないですよね。
 さらにコロナ禍や物価高は企業にも影響を与えています。業績が悪化すれば、チャリティに参加する余裕もなくなるでしょう。
 だからといって「儲かるから寄付する」「儲からないからやめる」というのは、私は違うと思うのです。途中で打ち切ることは、支援を待つ人を裏切ってしまうことになりますから。
 私はボランティアで「継続できないことは約束しない」をルールにしてきました。環境に左右されず、自分たちに続けられる支援のあり方を考えるべきでしょう。
 11月6日の「青いマックの日(マックハッピーデー)」も、その“続けられる支援”のあり方の一つだと思います。
今年は、DMH支援を表すブルーにちなんだ「青いマックの日」と題して、店内装飾や限定パッケージで盛り上げる。竹内オーナーは「多摩堤通り喜多見店では、独自に寄せ書き企画なども検討中」と語る。
──財団の飯野理事からは「DMHの運営には、地域の熱意や理解が不可欠」と伺いました。フランチャイズ店舗オーナーとして、地域とのつながりをどのように考えられていますか?
竹内 地域貢献は、そこで商売をさせていただく以上、必要なことだと考えています。
 貢献と言うと、大げさかもしれませんね。
「おはようございます。寒くなりましたね」といった何気ない会話や、「大変お待たせして申し訳ありません」といったちょっとした気配り、そうした小さなつながりが本質だと思うのです。
 それはお客様だけでなく、クルーとのコミュニケーションにも言えるでしょう。
 マクドナルドは創業時から「ピープルビジネス」を謳ってきました。
 単にハンバーガーを作って売るのではなく、そこには“人”がいて、人を大事にすることが自分たちのビジネスだ、と。
 DMHの支援も、ピープルビジネスを体現する一つかもしれません。お困りの方に声をかける。そこがすべての始まりですから。