2022/10/21

【久夛良木健】なぜ90年代に「スマホ後の未来」を予見できたのか

NewsPicks, Inc. 公式アカウント
今年10月24日〜25日の2日間、NewsPicksが東京・丸の内エリアの複数会場で開催する大型ビジネスフェスのCHANGE to HOPE 2022
「変化は希望だ」
このテーマを旗印に行うフェスでは、2004年に米タイム誌「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた📌スティーブン・ピンカー氏(ハーバード大学教授)や、ベストセラー本『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング)著者の📌安宅和人氏など、国内外から豪華スピーカーをお招きする。
25日(火)16:15開始のセッションでは、現・近畿大学情報学部長の📌久夛良木健氏が登壇する。
ちまたではよく「プレステの父」と称されるように、久夛良木氏は人気ゲーム機のPlayStationシリーズの歴史とともに語られることが多い。
しかし、取材を通じてたびたび同氏と接してきたテクノロジ・ジャーナリストの本田雅一氏は、「久夛良木氏のすごさは、残してきた実績よりも『イノベーターとしての思考』にある」と話す。
むしろ、「プレステの父」という枕詞が、多くの人に久夛良木氏のイメージを誤認させているのではないかとすらという。
こう話す理由は、どこにあるのか。
25日は、長らく出ていない「日本発の世界的プロダクト」を生み出した頭脳が、未来を担う世代に何を伝えてくれるのか。
CHANGE to HOPE 2022開催直前のこのタイミングで、セッションのモデレーターを務める本田氏による寄稿をお届けする。

あのビル・ゲイツを動かした男

あなたはどんな未来に興奮するだろうか。何を持って成功したと感じるだろうか。
外資系コンサルでパートナーになること?
億り人になってFIREすること?
企業価値1000億円超のユニコーン企業を創ること?
もちろん、どれも悪くはない。誰もが羨む成功に違いない。
だが久夛良木健氏が起こした革命の前では、その全てが霞んでしまう。
The father of PlayStation──プレイステーションの父。久夛良木氏は世界でそう呼ばれ、尊敬を集めている。
称号のゆえんは、ソニーグループでゲームビジネスをゼロイチで生み出し、グループ全体を支える柱として今なお成長している事業を創出したからだ。
PlayStationの累計販売台数は5億台を突破し、ソニーに年間3兆円に迫る売上高をもたらしている。
いまや世界的企業の一つになったソニー・インタラクティブエンタテインメント(iStock / Sundry Photography)
久夛良木氏が創ったものの恩恵に預かったのはソニーだけじゃない。
米マイクロソフトがゲーム市場へと飛び込んだのは、創業者のビル・ゲイツ氏がPlayStationの快進撃に刺激され、ゲーム市場の大きな可能性を察知したからだ。
世界中のゲームクリエイターがチャンスを得たのも、現代のゲーム機ビジネスの基礎を久夛良木氏が作り上げたからこそだ。
今、世界のゲーム市場は30兆円規模に達する。この巨大市場の爆発は、久夛良木氏が着火したのだ。
しかしジャーナリストとしてテクノロジーを追いかけてきた僕は、「プレステの父」という称号は実は過小評価に過ぎるのではないかと感じている。
久多良木氏が捉えていたビジョンを振り返れば、だ。

20年前に見据えていた未来

久夛良木氏の真価とは何だろうか?
1994年に初代PlayStationが発売されてから、形式的な取材でしか久夛良木氏と話していなかった僕が、初めて膝詰めで話したのは2004年。
PlayStation 2が売れに売れていた当時だ。
2000年に行った「PlayStation 2」発表会での久夛良木氏(Photo:時事)
その頃のソニーは業績悪化に伴う急激な株価低迷、いわゆる「ソニーショック」にあえいでいた。久夛良木氏が興したビジネスは、危機に瀕したソニーを救う希望だった。
僕はソニーの苦境をレポートするために、各カンパニー(事業部門)のトップを訪ねて回った。その取材対象の1人が、久夛良木氏だった。
ところが久夛良木氏は、自らが開発を主導しこの世に生み出したPlayStation事業について、足元のビジネス実績も語らなければ、事業の将来像も具体的には語らなかった。
じゃあ何を彼は話したのか?
たとえば、ウォシャウスキー兄弟(現・姉妹)が生み出した映画『マトリックス』について。あるいはジェイムズ・キャメロンによるSFテレビドラマシリーズ『ダーク・エンジェル』について。
インタビューが始まって30分を過ぎた頃になっても、そんな話に彼は終始していた。
1999年の大ヒットSF映画『マトリックス』(Photo:Album/アフロ)
久夛良木氏は決して、限られたインタビューの時間を当たり障りのない雑談で濁そうとしたわけではない。
彼が伝えようとしていたのは、高性能のプロセッサを超高速ネットワークで結び付けたクラスター型コンピューティングが生み出す仮想世界の姿である。
そこで育まれる未来のコンピュータ・エンターテインメントの価値について語っていたのだ。
いくつかのSF作品は、そうしたまだ存在しない技術の「よりしろ」として引用されていた。
仮想世界と現実世界が入り混じったSF作品についてひとしきり話したあと、久多良木氏はこう僕に言った。
「将来のコンピュータ・エンターテインメントは、そのすべてがネットワークに接続されたものになる」
まだスマートフォンも生まれていない時に、すでに2010〜2020年代のトレンドを言い当てていたわけだ。

失笑されるような「大構想」を描け

「究極的なブロードバンドは現実世界。でもネットワークが広帯域化し、共有される演算能力が大きくなっていくと、その表現力と可能性は現実世界に大きく近づいていく」
久夛良木氏はその後も何度となく、このビジョンを語った。
テクノロジーへの理解がたぶん人並み以上にある僕でさえ、彼が本当に意図していたビジョンを感じ取れていたわけではない。いや、そのころは共感しているつもりだった。
しかし、彼ははるかにリアルに「未来を見ていた」のだ。
久夛良木氏はPlayStationに着想したゼロデイから、「これはゲーム機ではなくコンピュータ・エンターテインメントのデバイスだ」と定義してきた。彼が目指すところは、当初から揺らいだことがない。
Photo:iStock / tomos3
だがこんな久夛良木氏の言葉に、ライバル企業は極めて冷ややかに反応したものだ。
「ソニーは『ゲーム機』を作らないんだって?なら、ウチが最高のゲーム機を作るまでだ」。失笑、冷笑、もっと言えば嘲笑を、彼らは久夛良木氏に浴びせていた。
確かに久夛良木氏が生み出してきたハードウェアはどれも、その表層を見る限りは単なるゲーム機だ。しかしシステム全体を見渡すと、あるいは技術的な領域に目線を落とすと、そこには確たる目標と、その目標に辿り着くためのロードマップが透けて見えた。
クラウドコンピューティングも、5Gも、バーチャルリアリティ(VR)も、ブロックチェーンも、メタバースも概念からして存在しなかった。そんな時代に、久夛良木氏はこれらの出現を確かに予言していた。
そのビジョンに基づいて送り出されたのが、PlayStationというゲーム機だったのだ。
Photo:iStock / Dilok Klaisataporn
多くの企業やビジョナリストが語る近未来の世界観に、僕はどうしてもどこか既視感を覚えてしまう。それは久多良木氏の話を聞き続けてきたからだろう。
彼の言葉は予想なんてものではなかった。絶対にその日が来るという確信だった。そして自らの手で未来を手繰り寄せたのだ。
未来を創る。これ以上の革命が、あるだろうか?

8つのテーマ、5000の希望

25日のセッションでは、本田氏が評した「ビジョナリー(未来が見える人)としての久夛良木氏」の思考法に加えて、ビジョン・ドリブンでイノベーションを生み出すためのチーム運営術なども披露してもらう予定だ。
また、その他のセッションでは、下に挙げる8つのテーマを軸にさまざまなスピーカーが登場して「これからの希望」を探っていく
【GreenTech】のような地球規模の課題についてや、【Creative×Technology】【New Capitalism】などを切り口にビジネスの希望を考えるほか、【Future Work】をテーマに働く個人が希望を見いだすためのセッションも展開する。
5000人(想定)の来場者それぞれが抱える閉塞感を打ち破り、希望を見いだす機会を生む参加型のビジネスフェスとなるので、ぜひ下のイベントサイトで詳細をチェックしてほしい。
※登壇者・セッションは都合により、変更する場合がございます。