2022/10/25

【新潟】地元小学校に体験入学、季節別に移住体験

株式会社ソトエ代表、フリー編集者・ライター
親が仕事している間、子どもが地方ならではの体験を楽しむ、家族で築く新しいワーケーションの形。新潟県糸魚川(いといがわ)市が推進する、そんな取り組みを取材しました。

糸魚川市は関係人口の創出や移住・定住の促進に向け、3つのタイプのワーケーションを推進。そのうちの1つが、子どもが自然体験の中で学び、親がテレワークする「親子ワーケーション」です。

親子ワーケーションでは、子どもが現地の小学校に通う「体験入学」を組み合わせることで、子どもの成長を促す機会の創出を狙い、家族で現地へのリピート訪問を誘導します。地元との結びつきも強まり、移住への意欲も高まる体験入学の取り組みを追いました。
INDEX
  • 全校生徒約30人の学校に山村留学
  • 年3回のリピート訪問を条件にした理由
  • 課題だったワーク環境も徐々に解消

全校生徒約30人の学校に山村留学

自然あふれる新潟県糸魚川市は、四季それぞれの違いが楽しめる(写真提供:糸魚川市)
新潟県糸魚川市が取り組んでいるのは、3タイプのワーケーション事業です。
1つ目は、ジオパークと呼ばれる自然環境を満喫し、日本海を望みながらテレワークする「日本海シーサイドテレワーク」。2つ目は自然災害のリスクを学びながら仕事も手掛ける「防災ワーケーション」。そして3つ目がこの「親子ワーケーション」です。
糸魚川市が、こうした3つのワーケーションに取り組むのは短期的には認知度向上、長期的には移住促進が目的です。
2022年6月、首都圏などから3家族7人が糸魚川市を訪れ、7月2日までの1週間、糸魚川市が実施する「親子ワーケーション体験入学」に参加しました。1年生から4年生までの児童4人が、同市の公立小学校に「体験入学」して、地元の小学生と机を並べて学習したり、放課後に一緒に遊んだりできるのです。
全校生徒約30人ほどの小規模な学校なので、地元の小学生にとっても「体験入学」は一大イベント。1・2年生、3・4年生、5・6年生と2学年がひとつのクラスで勉強する“複式学級”である同校の生徒は、同学年に同性の友達がいないことに寂しさを抱いていたといいます。
「たとえ1週間であっても、新しい児童を迎え入れることの教育現場での負担は少なくありません。でも、こうした施策が実現できたのは、地元の子どもたちの『お友だちが欲しい』という要望があったからなのです」
と語るのは、「親子ワーケーション体験入学」の放課後のアクティビティや宿泊手段などの手配を担当した、地元の旅行・まちづくり会社イールー代表の伊藤薫さん。
地元の旅行・まちづくり会社、株式会社イールー代表の伊藤薫さん(写真提供:伊藤さん)
「1週間の“転校生”となる首都圏からの子どもたちはもちろん、受け入れ側の子どもたちも初めは緊張していました。でも、初日の帰宅後に首都圏からの子どもたちに『どうだった?』と聞くと、『めっちゃ楽しい〜』という大きな返事でした。
放課後に、さっそく地元の子どもたちと一緒に、道端の桑の実やグミの実を食べたり、虫捕りをしたりしながら帰ってきたと聞きました。参加者募集時に、お子さんの意向を重視してください、とお願いしたこともあって、参加してくれた子どもたちは、『新しいお友だちを作りたい、新しい学校に通いたい、自然の中で遊びたい』と意欲的だったことも、楽しんでもらえている一因だと思います」(伊藤さん)

年3回のリピート訪問を条件にした理由

糸魚川市が実施した「体験入学」が特徴的なのは、1度きりではなく、複数回のイベントとしたこと。具体的には1学期(6月)、2学期(9月)、3学期(1月)にそれぞれ1週間ずつ、同じ小学校に通学。参加者も同じ顔ぶれで、3回いずれも参加できる親子を公募しました。
糸魚川市の雪深い冬。一面の銀世界が都会の子には新鮮(写真提供:糸魚川市)
プログラムを企画した糸魚川市企画定住課の宮路省平さんは、「糸魚川市としても継続的な関係づくりにつながるのは嬉しいことです。糸魚川市としては、参加者の第2、第3のふるさとになったらさらに嬉しいという思いがありました。
驚いたのは、教育関係者から、せっかく1週間も一緒に過ごすのであれば、『さよなら』と別れるのではなく『また会おうね』と別れる関係性を築けないか、という声が上がったことでした。1度だけではなく、何度も来訪してもらう方が、地元の子どもたちにとって良い刺激になると言われました」と振り返ります。
いち早くワーケーションの可能性に着目した糸魚川市企画定住課の宮路省平さん(写真提供:糸魚川市)
そこで、「シー・ユー・アゲイン・プロジェクト」と命名し、学期毎に計3回実施することが決定。加えて、年に3回訪れるメリットを宮路さんは次のように語ります。
「1学期は新緑の時期で田植えの時期です。2学期は稲刈りの時期。自分の鍬(くわ)を持って稲刈りをして新米を食べてもらいたい。そして、3学期の冬は白銀の世界となります。スキーの授業もありますので、雪国生活を楽しんでもらいたいですね。1週間ずつでも年3回来訪してもらうことで、四季を通して糸魚川を知ってもらえる。それが、このプログラムのもう1つの魅力だと思います」(宮路さん)
初夏の糸魚川の風景。山々に囲まれた田んぼの先には日本海を望める(写真提供:児玉真悠子)
糸魚川市は北アルプスの山々や日本海に囲まれた自然豊かな場所。日本で初めて、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界ジオパークに登録された街でもあります。
また、日本列島の誕生の経緯など、大地(ジオ)の営みを学べるのも特徴。大地の裂け目である「フォッサマグナ」見学、海岸での石拾い、化石発掘のほか、天然の宝石である「翡翠(ひすい)」探しを楽しむことができます。
大地の豊かさを全身で堪能でき、実際の自然環境から理科の知識も学ぶことができる。図鑑好きな子どもにはたまらない魅力が詰まっています。
冬の糸魚川。一面、真っ白の風景になる(写真提供:児玉真悠子)
こうした課外体験プログラムを、一手に引き受けるのは前述の地元の旅行・まちづくり会社イールー。代表の伊藤さんは、高校までを糸魚川市で過ごし、2020年、家族と共にUターンしました。
「いつか糸魚川市で事業を興したい」と願っていた伊藤さんは、自治体と連携しながら、自然豊かな糸魚川市を舞台に新しい観光体験コンテンツを生み出しています。
親子ワーケーションにおいても、夏でも雪が見られる「権現岳の万年雪」や、「奥の細道」の松尾芭蕉も歩いた断崖絶壁の「親不知海岸を訪れるプログラム」が人気です。
真夏でも溶けない万年雪に不思議がる子ども(写真提供:児玉真悠子)
冬の時期には、稲わらを編んで加工する「わら細工」体験、スノーシューを履いて山道を散歩する「雪山さんぽ」、樹液から煮詰めるメープルシロップ作りなど、多彩なプログラムを地域団体や事業者と連携して提供しています。
スノーシューを履いて、雪山さんぽを体験する親子(写真提供:児玉真悠子)
イールーは、体験入学の期間以外の長期休暇期間中にも、糸魚川駅すぐの多目的施設「駅北広場キターレ」で、子どもだけで参加できるサマースクールを開校。科学や工学、アートなどさまざまな分野の専門家を招き、学びの機会を提供しています。
2022年夏には累計50人以上の子どもが参加し、約半数は首都圏など県外から参加。子どもがサマースクールに通学している間、親はホテルやコワーキングスペースでテレワークを実施。民間の立場から、特に長期休暇中の「親子ワーケーション」の普及を後押ししています。
サマースクールでは、縄文時代の暮らしを学んだ(写真提供:伊藤さん)

課題だったワーク環境も徐々に解消

親子ワーケーション目的地として、参加者を誘致するには、子どもが体験入学をしている間、親がテレワークできる施設が欠かせません。
糸魚川市には、前述の多目的施設「駅北広場キターレ」やWi-Fi完備の公共レストランなど、いくつかワークスペースがあったものの、数は不足気味でした。そこで、市は地元の宿泊事業者と連携。各々の宿泊施設内に机と椅子を用意し、Wi-Fi環境を整備するなど、ワークスペースとして活用できる宿泊施設への衣替えを促しました。
窓際にオフィス用のデスクとチェアを配置し、Wi-Fiも強化した(写真提供:児玉真悠子)
一般的な旅行より滞在期間が長いため、宿泊施設側は素泊まりでの安価な宿泊プランも用意。官民で連携し、首都圏から希望者を募ってモニターツアーを実施し、ワーケーションで長期滞在する際の過ごし方を提案した「モデルプラン」も作成しました。
糸魚川市のワーケーションポータルサイトでは、そうしたモデルプランや宿泊施設、ワークスペースの情報などを掲載。「あえて、糸魚川」のキャッチフレーズを掲げ、糸魚川で実施するワーケーションの魅力を訴求しています。
宿泊施設に加え、最近では官民ともにワークスペースの拡充に動き出しています。地元のレストランが窓側にカウンター席を設けてワークしやすくしたり、駅前の旅行会社が2階を改修してワークスペースにしたり、多目的集会施設の1階を内閣府の地方創生テレワーク交付金を活用して改修してワークスペースにリニューアルしたりするなど、ワーケーション目的の来訪者を地域全体で迎え入れようとする動きが広まりつつあります。
山々を見渡しながら、仕事ができる「クラブハウス美山」(写真提供:児玉真悠子)
糸魚川市は、同じ県内の妙高市や長野県の白馬村、富山県の黒部ダムといった観光地の近隣。著名な観光地にはない糸魚川ならではの魅力を、県外の人にどのように訴求し、来訪してもらうかが課題でした。
目下実践中の親子ワーケーションは、親は自然に囲まれた環境でテレワークでき、子どもは地元の小学校生活を体験できるという、観光とは一味違う取り組み。親だけでなく子どもの関係人口増加にもつながることから、新たな地方活性化策としての期待が集まっています。