2022/10/21

【藤井保文×キヤノン】エンタメ、ビジネス、都市開発。未来を拡張するエッジテクノロジーとは

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ここ数年、どのビジネスシーンでも当たり前になったデジタルテクノロジーを使った「変革」。その歩の遅さを指摘する声もあるが、さまざまな業種・業界が着実にデジタル変革を遂げている。
そんな中で、私たちの社会や都市全体はこのデジタル変革の波でどのように変化していくのか。
書籍『アフターデジタル』シリーズの著者でDXに精通するビービットの藤井保文CCOと、DX時代のキーテクノロジーと目される「イメージング」に強みを持つキヤノンにおいて、イメージング事業を統括する山田昌敬専務執行役員の対談から読み解く。

日本のDXへの危機意識の薄さが筆を握った理由

──藤井さんが著書『アフターデジタル』を出版したのは2019年。いまだに反響は大きく、その後も続編を毎年発行しています。「アフターデジタル」を通して何を訴えたかったのか、教えてください。
藤井 2017年前後の中国は、1年でまったく異なる国に見えるほど劇的に進化していました。
 私が所属するビービットでは、日本国内だけでなく中国でもビジネスしていますので、頻繁に日本の顧客を中国に案内して現地企業の方とディスカッションしてもらう機会を設けているのですが、当時そこで感じたのは、デジタルやインターネットに対する捉え方が、日本と中国のビジネスパーソンではまったく異なることでした。
──どのような違いがあったのでしょうか。
藤井 「前提が違う」んですよね。日本では、あくまでリアルが中心でデジタルがおまけのように考えます。私は「いやいや違うよ、もう全部オンライン(デジタル)でつながっているのが当たり前で、その前提に立てばリアルの価値も変わって見えてくるのに……」と感じていましたし、中国の企業はそう考えている場合がほとんどでした。
 なので、このままでは日本のDXがうまくいかないだろう、本質的な成功につながらないだろうという課題意識から、半ば衝動的に生まれた書籍が『アフターデジタル』でした。
出典:藤井保文, 尾原和啓『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(日経BP, 2019)
──デジタル化されていることが大前提の場合、何が違うのでしょうか。
藤井 デジタルが前提になればなるほど、競争原理が変わってきます。それまでは製品を出して流通させればよかったので、バリューチェーンも効率を追求していました。ところがデジタルによって、買い物客の属性はもちろん、購入のタイミングやその背景のようなものまで分かるようになって、顧客理解の解像度が高められるようになった。
 そこで必要なのが、顧客と定常的に接点を持てる関係を築いていることです。アプリ、店頭、そして街全体まで広がったカスタマージャーニーの重要性を認識した施策を打たなければDXは成功しない。
 それなのに日本企業は目先の業務効率化を目的にしたデジタル化ばかりに目が向いてしまっており、このままでは顧客体験の向上を中心とする本質的なDXが進まないのではないかと感じたのです。
 最初の『アフターデジタル』の反応を見てみると、なかなか伝えたい本質が伝え切れていなかったようで、より具体的なテーマをタイトルにして続編を出してきたという経緯があります。

映像が持つ価値を解放する取り組み

山田 今日お会いする前に書籍を拝読し、顧客接点の考え方にはとても共感しました。
 例えば、キヤノンの主要製品である複写機は、まさに顧客接点重視のビジネスです。製品を設置して終わりではなく、その後も継続的にサービスを提供しながら、顧客から良かった点や悪かった点のフィードバックをいただき、製品開発やサービス向上に活用しています。
 また、カメラについても、プロフェッショナル会員向けのサポートサービス制度があります。サービス拠点で機材の点検・清掃・修理受付/代替機材貸出を行いながらご要望を伺うなど、私たちの大切なコミュニケーションの場となっています。
 国際的なスポーツイベントなどでは、報道関係者など会員以外にもサービス提供して、より多くの顧客視点に接する機会を頂いています。
 このようなベースがあったため、サービス・サポート体制を作りながらフィードバックを受ける関係は顧客との間に構築できていました。
 しかし、藤井さんのおっしゃる「カスタマージャーニー」と呼べるような、製品販売・サービス・サポートなどを含んだ顧客のワークフロー全体をサポートしていこうという考えは、不十分であったという反省もあります。
これが我々のこれからの課題であり、顧客に提供する価値を向上させるために何が必要かを考えるうえで、とても参考になりました。
藤井 書籍で伝えたかった本質を捉えていただいて、うれしく思います。
 顧客が何を求めているか。そのインサイトを徹底的に追求することが大事だと思います。
 カメラを例にしても、人が求めているのは「きれいな写真が撮れる」という単一のアクションのように見えて、深掘りしていくと本質的には「映える写真をInstagramに上げて、自分をよく見られたい」だったり、「最後に写真をアルバム化してみんなで振り返りたい」だったりするわけです。こうした一連の流れをすべて支えようとするのは容易なことではありません。
山田 難しいことだとは思いますが、そうした本質的な要求に細かく応えたいですね。キヤノンはイメージング技術によって、人間の眼と脳の処理能力を超えて情報を獲得し、それを解析して理解することで、次のアクションにつなげられるような環境を用意したいと考えています。
 映像そのものを使うだけではなくて、映像を起点に今までにない価値を提供したい。そう思っています。
 その一例として、キヤノンが提供している「ボリュメトリック映像」の活用事例があります。米国のプロスポーツや日本の野球で撮影を行っていますが、試合会場内に約100台のカメラを設置して、映像内で視点を自由に移動させられるコンテンツを制作するとともに、選手の動きを情報として抽出します。
 これにより、例えばシュートやホームランの瞬間など決定的なシーンにフォーカスをあて、さまざまな角度で見返すことができます。さらに、将来的にはその映像の中にスポンサー企業などがバーチャル広告を出すことも可能です。
 一方で、チームに対して、選手のパフォーマンス分析データや、それをもとにしたケガを未然に防ぐアラート機能を提供することも可能になると考えられます。映像による感動だけではなく、今までにない形でさまざまなレイヤーの方々に価値が生まれるわけです。
映像内でカメラアングルを自由に設定できる「ボリュメトリック映像」を編集している様子。さまざまなスポーツに応用が可能だ。(写真提供:キヤノン)
藤井 おっしゃるように、スポーツ観戦の手法として新しい体験を提供しファンエコノミーに貢献するだけではなく、スポーツの運営側がデータを抽出して作戦や育成にも使えるようになると、新たなビジネス展開につながる可能性がありますね。
 例えば、観客の中に指名手配犯がいるのを見つけられれば、防犯の観点から行政にも役立ちます。映像が持っている価値をどれだけ解放できるか、それが今キヤノンの取り組んでいることなのだと理解しました。

街づくりで起こる「構造の逆転」

──お話をうかがっていると、イメージングテクノロジーはビジネス、人々の生活、その延長線には街づくりをも変えていくのだろうという可能性を感じました。藤井さんは、日本の街や社会は今後どのように変化していくとお考えですか。
藤井 街づくりでは「構造の逆転」が起こるだろうと考えています。
──詳しく教えてください。
 今まではインフラがあって、その上に経済活動が乗っている状況でした。これからはその逆で、経済活動で生まれたデータによって街の構造を変えることができるはずです。
 中国の例をご紹介します。中国にはアリババグループ(以下、アリババ)が展開する「盒馬鮮生(フーマフレッシュ)」というスーパーマーケットがあります。メインターゲットは、価格よりも品質や鮮度を重視する人なのですが、もともとアリババはECのプレーヤーなので、どこにどんな属性の買い物客が住んでいるのかを知っているため最適な出店計画が可能なのです。
 このような経済活動をベースにした街づくりが進むと、音楽が好きな人が多く住むエリアには楽器店が、本が好きな人が多く住むエリアには本屋が、というように、それぞれ歩いて5分圏内でそのニーズを満たせるような街が作れるかもしれません。
そのときイメージングというキーテクノロジーを持つキヤノンは、良質なカスタマージャーニーの実現のためのテクノロジーエッジな企業になっているでしょう。
──もし「構造の逆転」により、都市開発が行われた場合、キヤノンはどのような役割を果たすのでしょうか。
山田 先程ご紹介したスポーツ分野のエンターテインメントとしての映像活用以外でも、キヤノンはイメージング技術でネットワークカメラを軸に「美しいだけではない映像価値」を届けたいと考えています。具体的にいえば、映像の中にある情報を取り出して提供することなどです。
 例えば、海水浴場では、ドローンに載せたカメラでビーチを撮影し、その映像をAIで解析することで人の混雑状況を確認・発信したり、街中では、ネットワークカメラで撮影された映像を解析して、右折禁止の場所で違反した車を自動的に見つける、といった使い方もしています。
 要するに、監視だけが目的ではなく、社会のさまざまな現場で利便性向上や安全性確保に役立てられているということです。
  こうした技術はインフラの構築だけでなく、産業界のさまざまなシーンでもご活用いただいています。製造業では、製品の製造工程において部品や完成品をカメラで撮り、AIを活用すると、自動的に検品が可能になります。
 これにより、人による検査で発生しがちな見落としや基準のばらつきなどを解消し、一定の検査基準により、品質を担保します。このように、応用範囲は広がっています。
 これらはまだ単発的なユースケースですが、今後は、各シーンにおけるさまざまな技術やソリューションなどが連携してケースバイケースで役割を果たすようになると考えています。
 キヤノンには、数千台のカメラを一括でコントロールできるビデオマネジメントシステムもありますので、街全体の映像を1か所に集約し、企業や行政、市民が望む情報を映像から取り出し、望む形で提供することが可能になると思います。
これからも我々の持つ商材で、スマートな街づくりに貢献したいと思っています。
iStock/metamorworks

──一方で、新しいものを作るだけでなく、老朽化したインフラにも目を向けなければならない状況かと思います。
山田 おっしゃるとおり、現在の橋梁やトンネル、ビルなどの社会インフラ構造物は、高度経済成長期に建設されたものが多く、点検の強化が必要です。
その多くはプロが目視で検査していますが、検査対象が増えていくと、人手が追いつかなくなる恐れがあり、コスト面の課題もあります。
 今は高精細画像での検査も認められるようになっており、キヤノンでもインフラ構造物の点検サービスを提供しています。
 まず、EOSシリーズに代表されるキヤノンの高性能カメラとレンズ群を自動雲台やドローンと組み合わせ、対象となる構造物の高精細画像を撮影します。その後、撮影した複数の画像を自動的につなぎ合わせるなど画像処理を行います。そして、AIでひび割れやサビを見つけ出します。
建物のひび割れを検知した画像の一例。場所だけでなく割れ幅までわかる。(写真提供:キヤノン)
インフラ点検に用いられる高解像度カメラ(写真提供:キヤノン)
 このようなサービスによって、道路の管理会社や鉄道会社などのインフラ企業、そして点検する人の負担を減らせますし、人々の安全確保にも寄与します。
藤井 山田さんの話を聞いていると、イメージングの活用範囲の広さを感じますし、協業したい企業も多いように感じます。さまざまなイメージングに関する機能、つまり道具を提供することで「やりたいけど技術がない」というビジネスプレイヤーたちが、自分たちが描くジャーニーを形にできるようになるでしょうね。
山田 都市や社会を作るために必要な機能はイメージングだけではありませんから、機能提供者の仲間づくりも重要だと思っています。そこで最近、一つの取り組みとして森ビルなど11社のコンソーシアムで始動する「クリエイティブエコシステム構築に向けた共同プロジェクト」に参画することとしました。
 日常生活や企業活動がデジタルによる大きな転換期を迎える中、キヤノンとしても、このプロジェクトの舞台である虎ノ門ヒルズエリアに拠点を設け、新たな仲間と共にキヤノンだけではできないクリエイティブな創作活動や、街と一体となった情報発信に貢献したいと考えています。キヤノンのボリュメトリックやXRなどの映像技術の活躍を期待しています。
藤井 街づくりは、プロジェクトのスケールが大きいので1社単独でできるものではありませんから、業種を超えた連携は理想的ですね。

キヤノンの強さ。それは「技術力」と「一気通貫」

──イメージング技術を持つ企業は無数に存在しますが、キヤノンの強みや独自性は何だと考えていますか。
山田 イメージングにおけるキーデバイスを一気通貫で提供できるキヤノンのような存在はとても珍しいのではないでしょうか。
 例えば、レンズやイメージセンサーは自分たちで設計から生産まで一貫して手がけます。そのセンサーにも特色があり、最近では、世界最高画素数(*)である、320万画素のSPADセンサーの開発に成功しています。
*SPADセンサーにおいて。2021年12月14日現在。(キヤノン調べ)
 SPADセンサーとは従来のCMOSセンサーのように光を溜めて量を測るのではなく、光子の個数を数えるものです。電気的なノイズが発生しにくく、クリアな画像を得られます。
  人の眼の能力をはるかに超えた情報を獲得できる撮像装置により、人の眼では正確に把握できない暗い場所や、高速な動きまでとらえることができるようになります。
 自社で作っているレンズやセンサーの特性を踏まえたキヤノンだからできる映像処理技術で、さらなる高画質化を図ることで、航空機・船舶等の安全運航、鉄道や発電所等、重要インフラの安全運営に貢献できると考えています。また、ARやVR、自動運転のキーデバイスとしても期待されています。
 一方、外から先進の技術を取り込み、新しいものを生み出すことにも積極的です。キヤノンの「イメージング」をさらに発展させるために、映像管理ソフトウエアを持つデンマークの会社「マイルストーンシステムズ」や、イスラエルの映像解析の会社「ブリーフカム」をM&Aでキヤノングループに迎え入れています。
 これにより、イメージング技術の面では、カスタマージャーニーにおいて求められる要素をキヤノンから一貫して提供することができます。
 一つひとつの技術力にも自信はありますが、こうした総合力を持つ企業はないと自負しています。この総合力に加え、事務機のビジネスなどを通し長年にわたり培ってきた顧客接点を生かし、顧客ニーズを取りこむことで、キヤノンのイメージングビジネスを進化させています。
藤井 そのとおりだと思います。先程も話したように、まちづくり、都市開発といった観点でイメージングは重要なテクノロジーであり応用範囲も広い。キヤノンはBtoC、BtoB、BtoGなど幅広い人々に価値を提供できる会社だと思います。この分野でキヤノンのように総合力を持つ企業はグローバルでみても多くありません。
新しい社会の実現、企業と顧客の良質な関係づくり、進化したカスタマージャーニーを実現するために、キヤノンはとても重要な役割を果たすでしょうし、ぜひその力を示してもらいたいと思います。