[ベンガルール 15日 ロイター] - 1980年代後半、ハリシュ・プラノールさんは、インドの大都市ベンガルールの東端に位置するイェマルアーと呼ばれる地域で週末を過ごした。そのあたりの湿地帯や池の周囲を歩き回り、従兄弟たちと一緒に小さな淡水魚を取ったりしたものだ。

かつては庭園や湖沼、冷涼な気候に恵まれた優雅な都市だったベンガルールは、1990年代に急速な変貌を遂げて「インドのシリコンバレー」と呼ばれるようになり、何百万人もの労働者と世界最大級のIT企業の地域本社を引き寄せた。

だが、その野放図な拡大には大きな代償が伴っていた。

緑地はコンクリートで覆われ、湖畔の開発により、湖の間を結ぶ運河はふさがれた。これによって、降水を吸収・放出する機能は低下してしまった。

ベンガルールは先週、過去数十年で最も激しい雨に見舞われた。市内各地と同様に、イェマルアー一帯も腰の高さまで浸水した。インド南部に位置する大都市のIT産業は混乱に陥り、その評判は地に落ちてしまった。

交通渋滞と乾季の水不足を嫌というほど味わってきた住民は、以前からベンガルールのインフラについて不満を口にしていた。

だが、雨季(モンスーン期)に洪水が発生したことによって、急速な都市開発の持続可能性をめぐって、新たな疑問が浮上してきた。気象パターンの不安定化や過激化が気候変動によるものだとすれば、なおさらのことだ。

「本当に、とても悲しいことだ」とプラノールさんは言う。イェマルアーの近くで生まれたプラノールさんは、現在はインド西部の都市ムンバイで暮らしている。そのムンバイでも、一部の地域は他の多くのインドの都市と同様に散発的な洪水に見舞われている。

「木々は消えてしまった。公園もほとんどなくなってしまった。交通渋滞もひどい」

大企業各社も混乱の深刻化に不満の声を上げている。損害は1日数千万ドルにも登りかねないという。

ベンガルールには3500社以上のIT企業と、79カ所の「テックパーク」が集まっている。テックパークとは、オフィスやIT企業社員向けの娯楽施設が入居する先端的な区域だ。

先週、IT企業社員らは水浸しになった幹線道路を苦労して通って、イェマルアー内外にあるガラス張りの近代的な複合ビルにやっとの思いでたどり着いた。同地区には、大規模なインドのスタートアップ企業とJPモルガンやデロイトといった多国籍企業が軒を並べている。

浸水した居間や寝室からトラクターの荷台に乗って脱出せざるを得なかった人々の中には、巨万の富を稼いだ起業家たちの姿もあった。

保険各社では財産の損害額を当初百万ルピー単位になると試算していたが、今後数日でさらに増大することが予想されると話している。

<「世界的な影響」も>

1940億ドルもの規模を誇るインドのITサービス産業はベンガルール市周辺に集中しており、今回の混乱は新たな懸念を引き起こすきっかけとなった。

インドIT産業の業界団体である全国ソフトウェア・サービス企業協会(NASSCOM、ナスコム)のK.S.ビスワナサン副総裁は、「インドはグローバル企業にとってのテクノロジー・ハブであり、この国で混乱が生じれば世界的な影響を及ぼす。ITの中心地であるバンガロールもその例外ではない」と語る。

バンガロールは2014年にベンガルールに改称された。

ビスワナサン副総裁によれば、NASSCOMは現在、新たなソフトウェア輸出拠点となり得る15の都市を選定する作業を行っており、同氏自ら、その推進に当たっているという。

ビスワナサン副総裁はロイターの取材に対し、「これは都市間の競争という話ではない」と語った。「国家的な観点から、インフラの欠如のために収益やビジネス機会を逃してしまうことは望ましくない」

洪水発生前から、インテル やゴールドマン・サックス、マイクロソフト 、ウィプロ の幹部が主導するアウターリングロード企業協会(ORRCA)など複数の業界団体は、ベンガルールのインフラは不十分であり、企業の撤退を促しかねないと警告していた。

ORRCAでゼネラルマネジャーを務めるクリシュナ・クマール氏は、「我々はこうした問題について何年も前から話し合ってきた」と語る。「われわれは今、大きなポイントにさしかかっており、全ての企業が共通の立場に置かれている」

トムソン・ロイター も、ベンガルールに主要な事業拠点を設けている。

トムソン・ロイターは声明で、「全従業員の安全は、常に私たちの最優先事項だ」とした上で、「バンガロールで働くトムソン・ロイターの従業員は、今般の洪水に際してリモートワークを続けており、業務への影響は出ていない」と述べた。

1970年代初頭、ベンガルールの面積の68%以上が植物に覆われていた。

だが、ベンガルールのインド理科大学院(IISC)に所属するT.V.ラマチャンドラ氏の分析によれば、同市の総面積741平方キロメートルのうち、緑地は1990年代後半に45%程度に減少し、2021年には3%未満になってしまったという。

緑地は豪雨による降水を吸収し、一時的に蓄える機能を持つため、市街地の保護に役立つ。

IISC生態学センターに所属するラマチャンドラ氏は、「この傾向が続くならば、2025年には、(市総面積の)98.5%がコンクリートに覆われてしまうだろう」と言う。

<衰退する都市>

専門家によれば、建築許可を得ない違法建築物も多く含まれる急速な都市拡大によって、ベンガルールの200近い湖と、湖を相互に結びつけていた運河のネットワークに影響が生じたという。

そのため、先週のような豪雨が都市を襲うと、特にイェマルアーのような低地では下水システムが追いつかなくなる。

ベンガルールを擁するカルナータカ州政府は先週、洪水への対応を支援するため30億インドルピー(3780万ドル)を投じると発表した。対策としては、無許可で開発された建築物の撤去や下水システムの改善、湖の水位管理などが含まれる。

「違法物件はすべて容赦なく撤去する。私は自ら視察に行くつもりだ」と、カルナータカ州のボンマイ首相は記者会見で語った。

当局はすでに、ベンガルール市内で違法に開発された地域を約50カ所特定している。市当局チーフコミッショナーのトゥシャル・ギリナス氏によれば、その中には高級別荘やマンションも含まれる。

州政府も先週、ベンガルールの交通管理を担当する機関を設置し、主要幹線道路沿いの新しい雨水排水プロジェクトについての協議を開始すると発表した。

こうした取組みについて、その場しのぎのものにすぎないという批判もある。

「洪水が起きると、その時だけ議論する」と、IISCのラマチャンドラ氏は語る。「ベンガルールは衰えつつある。その先で待っているのは街の死だ」

(Devjyot Ghoshal記者、Nivedita Bhattacharjee記者、翻訳:エァクレーレン)