2022/9/16

投資家50人に断られた資金調達が「決裁者マッチング」で即決した話

NewsPicks Brand Design Editor
 50人以上の投資家から断られ、資金調達をあきらめていたスタートアップが、一発逆転で1.8億円の調達に成功。
 このドラマのようなストーリーの舞台になったのが、オンリーストーリーが運営する決裁者マッチングプラットフォーム「チラCEO」だ。
 社長や役員といった決裁者が6000人以上登録。決裁者同士でのダイレクトなメッセージのやりとりやイベントを通じたマッチングが可能で、オンリーストーリーのカスタマーサクセスが自社にマッチする決裁者を紹介してくれることも。現在、B2Bセールスの領域で注目が高まっているサービスだ。
 しかし、ここで得られる価値は「新規顧客の開拓」だけにとどまらない。
 データ分析SaaS「Sales Rush Board」を提供する株式会社Srushは2022年7月4日にプレシリーズAの資金調達を発表。代表の樋口海氏は、「『チラCEO』での予想外の出会いが資金調達につながった」と話す。
 樋口氏はどのように「チラCEO」を活用し、資金調達が実現したのか。当時を振り返ってもらった。

最短で契約を取るために「チラCEO」は最適だった

 2021年2月。Srushでは、この2カ月前にとある営業効率化ツールをローンチしたものの、ユーザーに思うように使ってもらえない状態に陥っていた。
 このままだと6月には資金がショートする──。樋口氏は5000万円かけて開発したプロダクトを捨て、ピボットを決意した。
 背水の陣の覚悟で次に着想したのが、企業内で分断されたデータをノーコードで集計・分析するSaaS「Sales Rush Board」。
 CTOの山崎康久氏が突貫で開発したプロトタイプを見て、樋口氏は「これは絶対に売れる」と直感したものの、先の失敗もあり、他の社員たちはまだ半信半疑。
 樋口氏は早急にこのプロトタイプを導入してくれる企業を探し、目先の資金リスクを回避する必要があった。
 最初の商談から契約までの期間が長くなると資金ショートのリスクが高くなる。そのため、少ない人数で効率良く、最速で結果を出すことが最重要指標だったSrushにとって、決裁者と直接話せる「チラCEO」はニーズに合っていた。
 ここからSrushとオンリーストーリーの関係が始まる。
「オンリーストーリーさんはコミュニティ内で“Giver”であることを推奨していますが、私たちのようなお金のないスタートアップは“Taker”にしかなれないのでは、と最初は懸念していました。
 そう正直にオンリーストーリーさんに相談したら、『売ろうと考えることがTakerなわけではない。自分たちが受注することを念頭に置いて使ってみてください』と言ってくれて。
 そこからは振り切れて、『チラCEO』上で商談をたくさんこなしてみたところ、使い始めて1、2カ月のうちに契約が2社決まりました。正直、それでもう元は取れちゃいましたね。
 あと、カスタマーサクセスが手厚いのも魅力でした。アプローチしたい企業の方とつないでもらったり、自社のプロダクトと相性がいいSalesforceを使っている企業が会員にどのくらいいるか教えてもらったり。細かいところまで支援していただき、助かりました」(樋口氏)
 商談の場としてだけでなく、自社プロダクトの改善にも「チラCEO」を活用。プロダクトに対するフィードバックを会員から集め、改善につなげていった。
「UIの細かいアドバイスから、『こういうデータを取りたい』といった要望まで、たくさんフィードバックをもらいました。そのおかげもあって高速で改善ができ、リリースから3カ月で収益化できたのだと思います」(樋口氏)

資金調達に失敗。あきらめた矢先の突然の出会い

 売上は伸び、MRR(月次経常収益)も数百万円程度になった。エンタープライズ企業への導入も済んだ。
 次のステップとして樋口氏はプロダクト開発の強化を目論んだが、売上が伸びたとはいえ、まだ懐に余裕があるとは言えない状態。そこで、2021年8月からプレシリーズAラウンドの資金調達を目指すことに。
「私はSrushが2社目の起業で、シードのタイミングでもかなりの数の投資家とお会いしたので、知り合いは結構いたんです。紹介された方も含め、最終的に50人以上の投資家にアプローチしました。
 しかし、どこからも良い返事はもらえませんでした。
 2021年夏は、SaaSが大流行していた時期。当時、私たちのプロダクトはまだ一人歩きしておらず、人力で回している部分も多かった。そこが投資家としてはマイナスに判断されたのかもしれません。
 足元の数字はしっかり上がっていたので、調達はうまくいくだろうと楽観視していたのですが」(樋口氏)
 幸いなことに、この間にも売上は伸び続け、10月には損益分岐に到達。資金ショートの悩みがなくなったことで、当面は自己資金でプロダクトの開発と営業を行い、時期を改めて資金調達しようと腹を決めた。
 一度は資金調達をあきらめた樋口氏。しかし、すぐに大きな転機が訪れた。
「オンリーストーリーさんから、スマートキャンプさんが『チラCEO』の会員になったという話を聞き、『ぜひ、紹介してもらいたい』とお願いしました。この時はもう資金調達は完全にあきらめていたので、プロダクトの営業が目的でした。
 すぐにスマートキャンプの阿部慎平さん(同社・取締役執行役員COO)と面談することになり、双方のプロダクトを紹介し合いました。その中で、阿部さんから『スマートキャンプでの導入も検討できたらと思いますが、セールス領域のダッシュボードはとても可能性がありますよね』と言っていただいて。
 スマートキャンプの会長で、「HIRAC FUND」を運営するマネーフォワードベンチャーパートナーズの代表でもある古橋智史さんが興味を持ちそうだからと、阿部さんから古橋さんに当社のプロダクトを紹介していただけることになりました」(樋口氏)
 “同い年の天才企業家”として、その活躍を眺めていたが、樋口氏がアプローチした50人の投資家に古橋氏は含まれていなかった。
「今後のお付き合いにつながるかも」といった軽い気持ちで、「紹介していただけるのであれば、ぜひ」と伝え、スマートキャンプ阿部氏との面談は終了。
 当日に再び阿部氏から連絡が入り、「古橋が話したいそうです」と伝えられた。
 突然の思いがけない出会いに驚くとともに、面談することには迷いもあったという。
「すでに社内では、このタイミングで資金調達はしないと話がまとまっていました。
 仮に投資の話になっても、また断られるのかと思ったら、気が重くなってきて……。さんざん断られた後だったので、まったく希望を持てなかったんです」(樋口氏)

30分の面談を経て、資金調達の道が開く

 古橋氏との面談はオンラインでわずか30分ほどだった。しかし、樋口氏はこれまでになかった大きな手応えを感じたという。
「阿部さんからのご紹介だったのが大きな理由だと思いますが、かなり良い感触でした。
 人の手が介在し、泥臭い部分がまだ多いプロダクトではあるものの、実際に使ってくれている顧客からは高い評価をいただいている点をふまえ、ここに原石が眠っていると感じ取ってくれたのかなと。
 30分の面談で、古橋氏は出資に向けて動くと言ってくれました。即決です。驚きました。
 突然過ぎて、どうしようかと迷っていたら、後日、古橋さんはわざわざ私に会いにきてくれたんです。そこまでしてくれる投資家の方は初めてで。もう、古橋さんについていこうと決めました」(樋口氏)
 その後、話はとんとん拍子に進んでいく。
 古橋氏経由でニッセイ・キャピタルと金融機関を紹介してもらい、2022年7月にはHIRAC FUNDとニッセイ・キャピタルを引受先とした第三者割当増資と金融機関からの借り入れを合わせて、総額1.8億円の資金調達を実施。
 調達をあきらめた1カ月後に思いがけない出会いから出資が決定するという大逆転劇が起きたのだ。
 決裁者同士がつながる「チラCEO」というプラットフォームを通して出会い、そこからさらに、より強い興味を持ってくれそうな次の人物へと紹介がつながっていく。
 決裁者同士の、信頼を軸にしたコミュニティならではの意思決定の早さが、ビジネスを加速させるためにいかに重要かが垣間見える。
 また、樋口氏は決裁者同士が会合することで、「思わぬ事業の展開につながることがある」と語る。
「『Sales Rush Board』は自社内のデータ分析に使ってもらうことを想定していたのですが、コンサルティングを営む企業に、自社の顧客企業のデータ分析・レポーティングに利用したいと、『チラCEO』経由で契約いただいたんです。
 レポーティングに『Sales Rush Board』をご利用いただくと、その企業が10社のレポーティングをすれば一気に10の案件が立ち上がる。
 これは私がまったく私が予想していなかった景色で、新たな事業が立ち上がったくらいのインパクトがありました」(樋口)

長期的に関係を築き、お互いがGiverになれれば

 調達した資金は、「Sales Rush Board」の開発強化、販路拡大にあてている。
「今のお客様は数十社ですが、来年には数百社に利用いただくことを目指しています。
 SFAやCRMを導入している企業は顧客データを分析するためにさまざまなツールを活用しています。しかし、データが分断されていて、管理や分析が複雑になっている企業は多い。
 結果として、マーケティングや営業の現場にいる方々は使い慣れたエクセルで、収集したデータを整理したり、手動で更新作業をしたり、データ分析にかかる作業時間は月20時間から30時間にもなります。驚くべきことに、これらの作業時間は、金額に換算すると年間約10兆円もの経済損失を生み出しています。
 データ分析の無駄をなくすことで、経済損失をなくし、企業の売上向上につなげていく。エクセルの複雑で無駄な作業から解放してスマートな分析体験を提供することが当社のミッションです」(樋口氏)
「チラCEO」を使い始めたばかりの頃、樋口氏は「お金のない自分たちはTakerにしかなれない」と思っていた。たくさんのアプローチをして、最短ルートで契約を獲得することをまず考えた。
 しかし、「チラCEO」を1年以上活用し、自社サービスが成長を続け資金調達も実現できた今、その見方は少し変わってきたという。
「短期的な視点で1回1回の商談だけを捉えると、自社のプロダクトを使ってもらいたい気持ちが前面に出てしまい、結果的にTakerになることもあると思います。
 けれど、大事なのは長期的な視点。長い目でいい関係を築き、双方がGiverになれるといいのかなと、今は理解しています」(樋口氏)
 では、今のSrushの場合、何をGiveすることができるのか。
「1つは、商談相手のサービスを利用すること。ただ、これは自分たちが使いたいと思ったサービスを利用しているだけなので、果たしてGiveと言っていいかは迷うところです。
 他には、そのサービスや企業に興味を持ちそうな方を紹介することもGiveと言えるかもしれません。
 私たちが接点を持った『チラCEO』の会員さん同士を紹介して、商談がまとまったケースがありました。そして、今はその企業さんが私たちに案件を紹介してくださっています。
 今できるGiveをしていくことで、結果的には長い目で見たときに多くのTakeを受け取ることにつながるのでしょうね。 
 スマートキャンプの阿部さんが古橋さんを紹介してくれたように、私たちも出会いや関係をつなげていければと思います」(樋口氏)