2022/8/19

「ママ友に見せたくなるミシン」が大ヒット。入荷は3カ月待ち

ライター
山﨑一史(やまざき・かずし)
アックスヤマザキ代表/1978年大阪府生まれ。2002年に近畿大学卒業後、機械工具卸会社入社。2005年、家業のアックスヤマザキに入社。2015年、代表取締役就任。ミシンの市場が縮小する中で「毛糸ミシンHug」「子育てにちょうどいいミシン」「孫につくる、わたしにやさしいミシン」などのヒット商品を連発、新たな需要を生み出した。妻と子ども2人の4人家族。
INDEX
  • 「ミシンを使わない理由」にヒント
  • ママ友に見せたくなるミシン
  • 作り方を教えるレシピ動画を提供

「ミシンを使わない理由」にヒント

「もういっぺん、ミシンに向き合おう。とことん向き合おう」。2019年の夏、山﨑さんは朝礼で社員にこう切り出しました。
かつては家庭に当たり前のようにあったミシンですが、既製服の大量生産や生活スタイルの変化などで使う人が減り、市場は縮小しています。山﨑さんが社外で名刺交換をすると「ミシンって、まだあるんですか」「大変ですね」などと言われることもあったそうです。
「この会社は1946年に祖父が創業し、父が受け継いで、苦労しながらずっとミシンを作り続けてきました。僕自身、この業界で育ててもらったから、ミシンの存在価値を否定されるのはつらい。やっぱり、たくさんの人に『ミシンが欲しい』と言ってもらいたい。ミシン業界を盛り上げたい、変革させたい。そんな思いで新商品開発に挑戦したんです」
「子育てにちょうどいいミシン」。スマホで手順の動画を見ながら手作りを楽しめる
早速取り組んだのは、身近な人へのリサーチ。友達の奥さんや知り合いからの紹介など、たくさんの人に声をかけ、対面でミシンの問題点を聞いて回りました。
返ってきたのは「面倒くさい」「操作が難しい」「重くて出し入れが大変」「見た目がダサい」と、痛烈な意見ばかり。一方で、予想とは少し違った反応もありました。
「『ミシンなんかいらん』と言われることを覚悟してたのですが、子どもの入園グッズなど、何かを作ってみたい気持ちがある人が結構いるとわかったんです」
ミシンの需要はなくなってはいない、問題点を解消して初心者でも使いやすいミシンができれば、きっと欲しいと思ってもらえるはず、山﨑さんはそう確信しました。
大阪市生野区にあるアックスヤマザキ本社。周辺にはモノづくりに関わる企業が多い。

ママ友に見せたくなるミシン

ヒアリングで、山﨑さんが特に衝撃を受けたエピソードがあります。
「生活感が出て恥ずかしいから、ママ友が来るときは隠してる」。
自宅でミシンをよく使っている人の言葉でした。
「そこでビビッと来たんです。『ママ友に見せたくなるミシン』ができないかと。デザイン家電はたくさんあるのに、今までうちにはそういう発想がなかった。おしゃれで部屋のインテリアになじむミシンなら、押し入れにしまい込む必要もなくなります。使いたいときにサッと出せるように、大きさは本棚に収まるくらいコンパクトにして、重さも軽くして、機能はシンプルに、価格も買いやすく。ミシンが敬遠されるハードルを全部下げてみようと決めました」
こうして、今までミシンを使っていなかった人をターゲットに、新商品のコンセプトが固まりました。おしゃれで、初心者でも簡単に、手軽に使えるミシン。“ちょっとやってみよう”と思っていただけるミシンの誕生です。
直線縫い、ジグザグ縫い、まつり縫いなど、よく使う5種類12パターンの機能に絞った。
機能を決めるときに悩んだのは、刺しゅうやいろいろな機能でした。子どものグッズを作る際などに、あったらうれしい機能ですが、それを使うのはこだわりのある人だと割り切り、思い切って削ることに。縫い方は必要最低限の12パターンに絞り込みました。
「子育てにちょうどいいミシン」は2020年度グッドデザイン賞・金賞(経済産業大臣賞)を受賞。

作り方を教えるレシピ動画を提供

最も難しかったのが、ミシンの使い方、グッズの作り方を簡単にすることでした。しかし、上糸と下糸で布を縫うという基本的な構造は変えようがなく、悩み続けました。
そんなある日、山﨑さんは自宅でヒントを見つけました。
「妻がスマホ用スタンドにスマホを置いて、レシピ動画を見ながら料理をしている姿を見て、これや! と。動画があれば、初めてでも気軽に操作できると思ったんです」
普段、ユーザーからの問い合わせに対応している社員が監修し、ミシンの使い方やグッズの作り方を紹介する専用動画サイトを開設。ミシンを使うときに素早くアクセスできるよう、二次元コードシールもつけました。
ミシン本体に貼った二次元コードを読み込むと専用動画サイトにアクセス。ミシンの使い方、いろいろな作品の作り方を視聴できる。
さらにユニークなのは、商品にスマホ用のスタンドまで用意したことです。
「子どもが触ってケガをしないよう、使わないときには針カバーを針部分にはめ込んでおくようにしているのですが、実はこれをはずすとスマホスタンドになるんです。動画を見ながら作業するときに必要ですから」
使う人のことを徹底的に考えたからこそ生まれたアイデアです。
針の部分にはめ込んだ安全針カバーをとり外すと…。
スマホ用のスタンドとして利用できる。
こうして、幅29.4㎝、重さ2.1㎏、スタイリッシュなマットブラックのコンパクトミシンが完成。価格も1万1000円(税込み)を実現しました。2020年3月に販売が始まると、子育て中のお母さんを中心に注文が殺到。一時は3カ月待ちになるほど人気を集めました。コロナ禍のマスク不足やおうち時間が増えたことも追い風となり、1年間で5万台を売り上げる大ヒット商品となったのです。
「うちは業界の中でも最小規模ですが、ミシンに真正面から向き合って、欲しいと思ってもらえる商品を作れば、たくさんの人に喜んでもらえるんやな、という体験ができた。それがありがたかったですね」
ミシンの新たな需要を生み出し地域活性化に貢献したとして「大阪活力グランプリ2020特別賞」(大阪商工会議所主催)を受賞。
Vol.2では、赤字からの復活をかけた「子ども向けミシン」のストーリーをお届けします。