2022/8/26

日本のスタートアップが、いま本当に「活躍」できる場所はどこだ

NewsPicks Brand Design Editor
 人口増や経済発展が予想される「途上国」は、日本企業、とりわけ非連続的な成長が求められるスタートアップにとって、無限のポテンシャルを秘めたフィールドだ。
 とりわけ、エネルギー、教育、環境などの分野は、今なお課題が山積しており、ビジネスによる解決が待たれている。
 そこで今回は、コロナ禍の影響もあり、課題が浮き彫りになった「医療分野」に着目。
 同分野は、超高齢社会を控えた日本の指折りの成長産業で、その技術や経験は、途上国においても十分活用の可能性がある。
 では、日本で活躍する医療スタートアップは、途上国を含めた国外でどんな成長戦略を見据えているのか。
 進出にあたってどんな障壁を感じ、どう乗り越えようとしているのか。
 途上国でのテストマーケティングを経て、国内外でビジネスを展開する急成長医療スタートアップ・Ubie (ユビー)代表の阿部吉倫氏と、独立行政法人 国際協力機構(JICA)でスタートアップを含む民間企業の途上国進出支援を行う片井啓司氏が意見を交わす。
INDEX
  • 可能性を秘めた途上国の「保健医療セクター」
  • 途上国進出を試みるも撤退、その理由とは
  • 途上国進出を支援する「民間連携事業」とは
  • コンサルタントとの協業で精度の高いPDCAを
  • コストを下げ「事業に集中できる環境」を作る
  • ポテンシャル高き途上国市場をどう攻略するか

可能性を秘めた途上国の「保健医療セクター」

── 数ある途上国の課題のなかでも、「医療」は特に解決すべき課題や障害、いわゆるペインが大きい分野だと思います。途上国支援と医療ビジネス、それぞれに詳しいお二方から、まず所感をお聞かせください。
片井啓司(以下、片井) 私たち独立行政法人 国際協力機構(以下、JICA)は、開発途上国の課題解決に向けて設立された機関で、都市開発や交通、エネルギー、農業、教育など、ありとあらゆる途上国の問題に向き合っています。
 中でも特に課題が大きく、早急な解決が求められている分野の一つが「医療」です。
 WHO(世界保健機関)の報告によると、今この瞬間にも35億人が十分に医療にアクセスできておらず、さらに約8億人が医療によって家計を圧迫されている、とわかっています。
阿部吉倫(以下、阿部)私も、医療スタートアップを経営する身として世界の医療についてリサーチする機会も多いのですが、まったく同感です。
 一方で、途上国そのもののGDPの成長を考えると、国民一人当たりの所得が上がって医療費に回す余裕が出て、国全体の医療費が増大する可能性も高い。
 つまり、ビジネス的な「伸びしろ」も非常に大きい分野であります。
 私たちUbieは2017年に創業したスタートアップで、医療機関向けにAIを活用して問診業務を効率化するプロダクト「ユビーAI問診」や、生活者向けに症状に関する質問に答えるだけで、病名や近隣の医療機関が調べられるサービス、症状検索エンジン「ユビー」を展開しています。
 ありがたいことに、国内では「ユビーAI問診」は約1,000件以上の医療機関、症状検索エンジン「ユビー」は月間約600万人以上にご利用いただいています。
 最近では「人々を適切な医療に案内する」というミッションのもと、新たに製薬企業との連携にも取り組むなど、事業の幅を広げています。
片井 特に、昨今は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、さらに医療分野への注目が高まっていますよね。
 JICAでは2020年7月に「JICA世界保健医療イニシアティブ」を立ち上げ、課題解決に向けた取り組みを行っています。
 イニシアティブの一環として、私たちは同年、「ポストコロナ時代の革新的なビジネスモデル・テクノロジーを生み出すスタートアップを支援すること」を目的に、アフリカで現地のスタートアップ向けのビジネスコンテストを実施しました。
 応募があった2,700社のうち、首位に輝いたのはウガンダの医療課題を解決するテクノロジー系企業です。
 阿部さんのおっしゃるとおり、医療分野はペインが大きいと同時に、ビジネス面での成長ポテンシャルもまた大きい、と感じました。
阿部 ウガンダの例も然りですが、医療分野でデジタルソリューションの急速な普及は、コロナ禍でのエポックメイキングな出来事だったと思います。
 私たちUbieもちょうど同じ2020年に、海外拠点としてシンガポールに法人を設立しました。
 まさに、コロナ禍での医療危機を目の前にして、どうにか世界中に「適切な医療へのアクセス」を展開できないか、と考えた次第です。

途上国進出を試みるも撤退、その理由とは

── 海外展開の布石として、Ubie は創業初期に途上国でテストマーケティングを実施されたと聞きました。手応えはいかがでしたか?
阿部 はい。実はシンガポールに海外拠点を作る前、創業から1年経った2018年のタイミングで、インドでテストマーケティングを行いました。
 海外展開の足がかりとして、「折角日本を出るならば、まずは人口が圧倒的に多くて、ペインが大きい国で挑戦しよう!」と、シンプルな発想で踏み切ったかたちです。
 インドは保険の加入率が非常に低く、金銭的な理由で医療機関の受診を控える人も多い。
 また、医師免許を持たない人が診察を行っていたり、薬を処方したりするケースも少なくなく、テクノロジーで改善できる余地が多いのでは、と考えました。
 ですが、結果的に半年ほどで「今はインドで事業を本格展開するタイミングではない」と判断しました。
── その判断には、どんな背景があったのですか?
阿部 現地で事業を続けるには、当時の私たちの体力が足りていなかった、というのが正直なところです。
 医療機関や患者さんからのフィードバックを聞く限り、プロダクトのニーズは必ずあると確信していましたが、日本とインドとでは、医療提供体制のギャップが大きすぎました。当初に想定していた何倍も、です。
 冒頭で申し上げたとおり、私たちの強みは、症状検索アプリやAI問診を介して「人々を適切な医療に案内する」ことにあります。
 ですが、インドの場合は、そもそも「適切な医療」を提供する医療機関や薬局を特定するハードルが高い。
 さらに、保険適用の有無を考慮した受診の案内が求められるなど、「その地ならでは」の機能も新たに追加する必要がありました。
 そこで、まずはリソースを国内事業に絞り、もう一度体力をつけてから再チャレンジしよう、と考えたのです。
片井 阿部さんのおっしゃるとおり、開発途上国は複数の問題が複雑に絡み合っていますからね。
 開発途上国のビジネスに携わる身として、状況はとてもよくわかります。
 医療へのアクセスが改善されたとしても、「そもそも医師が少ない」「適切な治療が受けられるかわからない」など、別の問題が発生する。
 抜本的な解決を目指すには、さまざまなソリューションを組み合わせながら、一つひとつ問題を解消していく必要があります。
 これは医療に限らず、さまざまなビジネス領域で見受けられる課題で、それゆえに途上国進出に難しさを感じている日本企業も少なくありません。

途上国進出を支援する「民間連携事業」とは

── JICAは、Ubieのような途上国進出を考える民間企業の支援もされているとお聞きしました。今、お話しいただいた途上国進出の難しさを踏まえ、片井さんが現在取り組まれている民間連携事業について教えてください。
片井 私たちが提供する民間連携事業は、「開発途上国のさまざまな課題を『ビジネス』を通じて解決していこう」という趣旨の事業です。
 開発途上国には多くの課題がありますが、そうした課題に向き合うビジネスにとっては、非常に大きな市場でもあると考えています。
 具体的には、民間企業から途上国の課題を解決する事業提案を募り、途上国での事業化に向けた支援を行う民間提案型の「中小企業・SDGsビジネス支援」。
 また、課題解決に向けたインパクトが大きい事業を行う民間企業等へ出資・融資を行う「海外投融資」もあります。
 私が主に担当している「中小企業・SDGsビジネス支援」の具体的な支援内容は、主に3つです。
①開発途上国のニーズと企業が有するソリューションの適合性を検証する「ニーズ確認調査」
②現地パートナー確保や収益性の検証等によりビジネス運営の準備を行う「ビジネス化実証事業」
③技術・製品やビジネスモデルの検証を行う「普及・実証・ビジネス化事業」
 先ほど阿部さんのお話であった「複数の問題が複雑に絡み合っている」時も、こうした、一つひとつの調査や検証を通して現状を把握し、解決策につなげていく場合が多いのです。
 JICAには、これまで60年以上にわたる途上国の人材育成、政策・制度支援、インフラ整備等の協力を通じて培ってきた人的ネットワークや信頼関係、そして世界100カ所近い拠点で働く所員や現地に精通した外部有識者の知見などのアセットがあります。
 これらをフル活用し、現地でのビジネス展開に必要な情報やネットワーキングを提供できるのが、私たちの民間連携事業の強みです。
 対象国やビジネスの種類によって、数ヶ月から複数年の支援を提供します。
 民間連携事業には10年ほどの歴史があり、大企業・中小企業・スタートアップなど、事業者の規模を問わず、1,400件程度の採択実績があります。
 分野は不問なので、環境やエネルギー、水道、教育、農業などさまざま。
 企業の海外でのビジネス展開に向けた調査を支援することに加え、JICAが途上国向けに実施している技術・資金面での協力事業との連携も図っています。
阿部 実は、今日の対談までJICAさんがこうした支援をされているとは存じ上げませんでした。
 医療分野での支援事例にはどのようなものがありますか?
片井 医療でいうと、神戸市にある遠隔ICU(集中治療)システムを展開するT-ICUと連携し、世界15か国の途上国でどのように活用できるかの調査を行い、アジア・アフリカ・中南米11か国で技術協力プロジェクトを実施中です。
 昨年からはJICAの出資するバングラデシュの病院で運用が始まりました。
 大手医療機器メーカーのテルモがメキシコでカテーテル事業を拡大するのと並行して、医師向けの研修を実施した事例もあります。
 また、胎児をモニタリングするデバイスを使って「遠隔での妊婦ケア実現」を目指す香川県のスタートアップ、メロディ・インターナショナルとは、日本発売に先駆けてタイでプロダクトを導入する際の支援を行いました。

コンサルタントとの協業で精度の高いPDCAを

── 途上国への進出経験がある阿部さんから見て、JICAの民間連携事業について感想や質問はありますか?
阿部 現地の方にプロダクトを使ってもらったり、医療機関に導入したりといったハード面から、医師への研修などのソフト面まで、幅広いご支援をされているのが、印象的です。
 特に、資金や人的リソースが限られているスタートアップであればなおさら、市場調査からプロダクトの仮説検証までご一緒いただけるのであれば嬉しいな、と。
 私たちもインドに進出した時は現地のコネクションがなく、ビジネス系SNSのLinkedInでひたすら医療関係者に直接メッセージを送っていました。
 ですが、そもそも返信がなかったり、言語の問題で意思疎通が取れなかったりして、困った経験が多々ありまして……(苦笑)。
インドでテストマーケティングをしていた当時の様子。左が阿部代表(提供:Ubie)
 プロダクトに新たな機能を追加するにしても、検証フェーズで「本当にこれがクリティカルな打ち手なのか」と確信を持ちきれず、断念したこともありますので、仮説検証までご支援いただけるのであれば、ありがたいですね。
片井 まさに、市場調査やビジネスの仮説検証のサポートは、今後これまで以上に強化しようと考えています。
 特に、今年からは、JICAだけでなく、開発途上国のビジネスを熟知した外部のコンサルティング企業とタッグを組み、企業が精度高く、仮説検証のPDCAを回せるような支援体制を整えたいと準備しています。
阿部 心強いですね。ちなみに、本プログラムに採択された場合、ゴールはどこになるのでしょうか?
「プロダクトの仮説検証が終わるまで」「事業化に至るまで」など、目安があれば、お聞きしたいです。
片井 もちろん、プログラムなどによりそれぞれですが、一旦は「企業のビジネスが立ち上がるところまで」を想定しています。
 そして、最終的なゴールはその先にある「開発途上国の課題解決」です。
 企業の皆様とは、このゴールに向かうパートナーとして、インパクト実現に向けた道筋を、一緒に考えていきたいと思っています。
 もちろん、ビジネスの観点では、JICAはあくまでビジネスを軌道に乗せるサポートをする役割であり、事業そのもののイニシアティブは当然企業にあります。
 だからこそ、プログラム終了後の事業化は基本的に企業に委ねていますし、これまで採択企業のうち7割ほどが引き続き、自社主導でビジネスに取り組んでいます

コストを下げ「事業に集中できる環境」を作る

阿部 もう一つお聞きしたいのですが、JICAさんとご一緒する場合、継続的に発生するコストなどはありますか?
片井 実はこれまでは、公金を使用いただくということもあり、経費支出や精算、報告といった手続きが存在していて、民間企業の方々にとっては、少なからず負担となっていました。
 ですが、現在は制度を見直し、こうしたコストを下げる努力をしています。
 たとえば、今年から導入する新メニューではJICAが配置するコンサルタントがビジネスアドバイザリーに加えて、経費管理なども実施。
 企業の皆様には、現地での調査やビジネスモデルの構築、また、ビジネスの立ち上げ準備といったビジネスの本丸に集中していただく予定です。
 なので、現在は①ビジネスモデルの概要の作成と可能な範囲での公表と、②ビジネスモデルによる課題解決に向けたインパクトの道筋のご共有、そして③支援後に、ビジネスの状況や課題解決に関して定期的なヒアリング等へのご協力。
 主にこの3点をお願いしています。

ポテンシャル高き途上国市場をどう攻略するか

──ここまでのお話を踏まえ、それぞれのお立場から、途上国進出について意気込みをお聞かせください。
阿部 医療分野でビジネスを展開している以上、ペインや市場の大きさはもちろん、我々の企業ミッションに照らしても、途上国に進出しない手はないと考えています。
 ということは、「いつ行くか」というタイミングの問題なのですが、ビジネスとして利益が出るまで、10年、20年と腰を据えて、事業に貼り続ける体力がスタートアップである我々にあるかというと、残念ながらそうではない。
 だからこそ、途上国に進出する前、そして進出してからも、ポテンシャルとリスクの両面を、できるだけ正確に把握しながら、適切な事業投資を行っていく必要があります。
 そしてJICAさんのような、途上国に精通している事業者のサポートがあるかないかで、その投資判断の精度は一段も二段も変わりそうだ、と改めて感じました。
 我々も、目的やフェーズごとに最適な外部のパートナーの方々とタッグを組みながら、スピード感を持って、着実に、途上国を含めた国内外の市場を攻め続けたいと思います。
片井 Ubieさんの挑戦、とても楽しみです。
 JICA自身も60年以上にわたって途上国を対象とした国際協力に取り組んできたわけですが、我々の力だけですべてを解決するのは到底不可能です。
 そこで、スタートアップをはじめとした、爆発的な成長力を持つ民間企業のみなさんと手を取り合いながら、途上国の課題解決に一層貢献できればと考えています。
 目下取り組みたいのは、途上国の課題を解決する「エコシステム」を作ること。
 もちろん、民間企業に向けたビジネス立ち上げの支援はその中核ですが、その実現に向けて持続的で、影響力の大きな仕組みをもっと模索していきたいと思っています。
 たとえば、ビジネスを検討する際に必要な現地情報の発信、企業のパートナーとなる現地企業の発掘、他にも、金融機関と連携したファイナンスの促進などが考えられます。
 ファイナンスの観点では、経済的なリターンと並行して社会的・環境的インパクトを意図する「インパクト投資」の動きも重要です。
 昨今、インパクト投資は世界的にも注目されており、投資規模も右肩上がりで伸びています。
 この潮流を受け、JICAは金融機関21社が発表した「インパクト志向金融宣言」に賛同機関として署名しました。現在33機関が署名し(2022年7月現在)と日々広がっています。
 私たちJICAは途上国の課題解決を目指す組織であり、そのゴールに向け全スタッフが日々奮闘しています。
 そして、膨大な途上国のニーズを前にしたとき、民間企業との連携や、それに伴うファイナンス面でのスケールアップが不可欠であると痛感します。
 民間企業や金融機関など、さまざまなプレイヤーと協力し、かつJICAが持つアセットを最大限活用しながら、途上国の課題を解決する「エコシステム」づくりに一層邁進していきたいですね。