[リスボン 27日 トムソンロイター財団] - ポルトガルの首都リスボン中心部。6月のある朝、営業スペシャリストのビクトール・ソトさん(33)はカフェのテラスに座り、欧州から米州まで世界中の同僚と連絡を取り合いながら仕事に励んでいた。

英国とペルーの二重国籍を持つソトさんが、いわゆる「デジタル・ノマド(放浪者)」になったのは新型コロナウイルスのパンデミックがきっかけだ。

「このライフスタイルは豊富な選択肢と自由を与えてくれる」。旅行に情熱を傾けるソトさんは、完全なリモートワークを認めてくれる企業にしか勤務しないと決めた。

ソトさんの働き方は、デジタル・ノマドの間に広がるもう一つの潮流にも合致する。仕事しながらせわしなく移動するのではなく、1カ所の滞在期間を長くする「スローマド(ゆっくりとした放浪者)」というトレンドだ。より深い文化体験を楽しみたい人々から、飛行機での移動を減らして環境に配慮したい人々まで、その動機は多岐にわたる。

パンデミックに伴う制限措置が解除されて以降、米民泊仲介大手エアビーアンドビーや米ツイッターといった大手企業の対応に後押しされ、リモートワークや柔軟な働き方が流行している。デジタル・ノマド向けに、最長2年間の滞在と労働を認めるビザを発給する国も増えてきた。

<スローダウン>

パンデミック前、典型的なデジタル・ノマドは20代のフリーランスだった。短パンとビーチサンダル、ノートパソコンだけといった身軽さでリゾート地を転々とする若者たちだ。

だが今、仕事と旅行を組み合わせたライフスタイルは、もっと上の世代にも広がっている。多くは家族連れで1カ所に長く滞在し、安い賃料を享受し、地元文化との交わりを深めている。

フリーランス専門の人材会社フィバーと旅行ガイド出版社ロンリー・プラネットが5月に公表した調査結果によると、ノマドワーカーのうち1―3カ月ごとに移動する人の割合は3分の1で、55%は1カ所に3カ月以上とどまると答えた。

デジタル・ノマドの大半を占めるのは米国人だ。米フリーランス専門人材会社アップワークが2021年に実施した調査では、2025年までにリモートワークを行う米国民は3620万人に達すると推計されている。これはパンデミック前に比べて87%の増加となる。

世界各地の観光地はデジタル・ノマドを誘致してロックダウン(都市封鎖)中に被った損失を取り返すため、素早く行動を起こしている。

カリブ海のバルバドス、アフリカ北西沖のカーボベルデ、クロアチア、エストニア、インドネシア、マルタ、ノルウェーの各国は「デジタル・ノマド・ビザ」を導入した。

ただ一方で、デジタル・ノマドが環境に及ぼす影響への懸念も高まっている。1カ所の滞在期間が延びたとは言え、二酸化炭素排出量の多い飛行機を頻繁に利用することに変わりはないからだ。

元デジタル・ノマドのエマヌエル・ギセットさんは、「私たちは少し罪悪感を覚えている。このライフスタイルの一番の問題は飛行機の利用だからだ」と話す。

ギセットさんは現在、リモートワーカーなどにシェアハウスを提供するアウトサイト社の最高経営責任者(CEO)。ノマドの間では、炭素排出量の削減につながる植樹などの活動に資金を提供することで、気候変動への影響を相殺しようとする動きが高まっていると語った。

しかしこうした活動について環境活動家からは、「ごまかし」に過ぎないとの厳しい言葉も寄せられている。

<共同居住地で環境活動>

一方、リモートワークの普及によって居住や仕事の共同スペースが数多く生まれ、その一部は環境保全のための活動を実践に移している。

アウトサイトは最初に手がけたカリフォルニア州の共同居住物件で、予約が1件入るごとにアンデス山脈からインドネシアに至る幅広い地域で樹を一本植えることにした。

ポルトガルの広大な農業地帯、アレンテージョでは2023年夏、さらに野心的な共同居住スペースがオープンする予定だ。デジタル・ノマドやエンジニア、芸術家、暗号資産(仮想通貨)関連の実業家などがコミュニティーを作り、働きながら土地の再生や自給自足生活にも取り組む構想を掲げている。

プロジェクトを計画するトラディショナル・ドリーム・ファクトリーの共同創業者サミュエル・デレスクさんは元ソフトウエアエンジニアでデジタル・ノマド。「経済価値と環境保護を両立させられなければ、人類は本当に種として滅ぶ定めだ」と力説した。

(Joanna Gill記者)