2022/8/25

3,000台のVRゴーグルを用意して検証。メタバース×ビジネスの可能性

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 ゼロ年代に登場した仮想空間ゲームや、2010年代半ばに相次いで発売されたVRゴーグル。VRはこれまで何度かのブームを経てハードとソフトを進化させ、少しずつユーザーを増やしてきた。

 そして、2020年以降のコロナ禍により急速に進んだDXや、「メタバース」という新しいコンセプトとともに、いよいよビジネス活用のフェーズに入ろうとしている。

 この先さまざまな技術やアプリケーションをつないで拡張していくメタバースには、どんなマーケットや活用法が考えられるか。VR空間におけるユーザー人口が爆発的に増えていくなかで、ビジネスサイドはどんな課題に行き当たるのか。

 事業開発の先端領域であるメタバースやNFTなどのコンサルティングを手がけ、VR活用のPoC(概念実証)として約3,850人の社員を対象に大規模イベントを企画・実行したPwCコンサルティング合同会社の仕掛け人に聞く。
INDEX
  • メタバースは、ビジネス空間になるか
  • 企業が新しいコンセプトに期待すること
  • わからないから、やってみた
  • 3日間のイベントで、なにを検証できたのか

メタバースは、ビジネス空間になるか

── 今年は「メタバース」という言葉が広まって、ビジネス領域でもVRのさらなる活用が期待されています。ただ、ずいぶん前にも「VR元年」って聞いた気がするんですよ。
長嶋 VRなどの先端技術やコンテンツは、新しいデバイスやサービスが低廉化するなど、一般ユーザーにも触れやすくなるタイミングで盛り上がります。そういう波を何度か繰り返しながら、実際にVRを体験した人たちが少しずつ増えてきました。
 もっとも、これまでゲームやコンテンツなどのエンターテインメント領域以外では、ビジネス活用はさほど広がらなかった。活用アイデアはあるものの、市場や業務運用、技術などのさまざまな課題があって、企業が仮想空間のなかで本格的に事業を展開する事例はそれほど増えなかったんです。
大手システムインテグレーション会社を経て、2012年にPwCコンサルティングに入社し、IT/デジタル領域のコンサルティング業務に従事。データ戦略、ガバナンス、ロードマップの策定やシステム開発、業務改革などのテクノロジーコンサルティングが専門。近年はおもにメタバースやXR(現実と仮想の融合)、IoTやデジタルツイン、ブロックチェーンなどの先端技術を活用した新規事業の計画や展開に携わる。
 しかし、現実と仮想空間を融合させるような技術やデバイスは加速度的に進歩しています。
 私はこの3〜4年ほど、先端テクノロジー領域のコンサルティングに携わっていますが、その間にもXR、IoT、デジタルツインなどのデジタル空間を拡張する技術は、ゲームなどエンタメ色の強い領域からより広義のビジネス領域へと活用の幅を広げています。
── いわゆるメタバースに隣接する技術ですよね。でも正直に言うと、まだメタバースとVRの違いもあやふやです。本当にビジネス活用は進むのでしょうか。
長嶋 現時点では定義があいまいですが、「メタバース」というキーワードはVRやARだけではなく、IoTやデジタルツイン、ブロックチェーンやNFTなど広範な技術や概念を取り込んでいく抽象的なものだと捉えています。
 まだまだ黎明期とはいえ、一定の体験を提供するために必要な技術や環境は、社会実装に近いところまで成熟しつつあります。

企業が新しいコンセプトに期待すること

長嶋 社会的側面からいうと、COVID‑19の影響もあります。リモートワークが定着し、自宅で過ごす時間が増えるなかで、よりリアリティのある接触や、新しい自己表現の場が求められています。
 これは個人だけでなく、企業サイドも同じです。これまで現実の空間にあったサービスと顧客とのタッチポイントが失われ、従来のやり方が立ち行かなくなった。こうした背景から、メタバース領域への期待が高まっています。
 PwCコンサルティングが2022年3月に行った大規模調査では、企業におけるメタバースの認知率は約半数。メタバースに興味がある日本企業1,085社のうち38%がビジネスでの活用を検討しています。
 まだ兆しに過ぎませんが、この先、具体的なプロジェクトを進める企業は確実に増えていきます。そして、なんらかのブレイクスルーが起こったときに、メタバースのビジネス実装は爆発的に広がっていく可能性があります。

わからないから、やってみた

── PwCコンサルティングは6月に3,000人以上の社員を対象としたメタバースイベントを開催しました。これは、ビジネス活用の成功モデルをつくるための試みですか。
長嶋 というよりも、「まずはやってみよう」という感じですね。PwCではメタバースのコンサルティングチームを立ち上げており、グローバルでは申請すれば用途に応じた仮想空間を使用できるプロセスも整いつつあります。
 しかし、BtoB領域で参加者3,000人以上を想定したメタバースイベントは、まだ社内の誰も手がけたことがありません。
大竹伸明 代表執行役 CEOが「Design(新しい姿を描き、作る)」「Disruption(従来の概念を覆す)」「Dimension(多次元から考える)」の頭文字を取った3カ年計画「3つのDによる変革プラン」を語る。
 当社の全社員、約3,850人が参加できる規模のイベントをやるには、なにから始めればいいか。実際に運営するとどんな課題にぶつかるか。クライアント企業に先駆けて、まずは社員限定にして確かめてみよう、と。
 私と田中裕子が中心となり、最終的にはコアメンバー30人ほどのプロジェクトとして、メタバース活用のPoC(概念実証)を行ったんです。
── 田中さんは今回、メタバース空間やアバターのデザイン、コンテンツ面を担当されたとか。
田中 そうですね。もう少し広く捉えると、このイベントに参加するまでの動線を含めて、ユーザー体験やコミュニケーションをデザインしました。
九州大学卒業後、大手人材サービス企業入社。法人営業を3年半経験したのち、大手広告代理店へ。行政から流通、エンタメ、金融など幅広いクライアントを持ち、デジタルプラットフォームを基軸にTVCM、雑誌など各種メディアを横断的に活用する商品・サービスブランディング・マーケティングを企画・実施。現職では主に企業ブランディングや広報領域におけるDX推進やweb3領域のコンテンツ開発を担当。
 というのも、これから企業がメタバースを活用するフェーズに入るとき、新しいものにいち早く飛びつく人たちだけでなく、メタバースとなじみが薄くVRゴーグルを使ったことがない人たちを呼び込む必要があります。
 そのときに大事なのは、テクノロジーやシステムよりもエンドユーザーの気持ちをちゃんと動かせるか。企業にビジネス上の思惑があったとしても、それを体験する方の気持ちを動かせないとユーザーは集まらないし、そのプラットフォームに大きなポテンシャルがあったとしても、先端にいる人だけで盛り上がって、定着せずに終わってしまいます。
 これは新しいテクノロジー全般に言えることですが、すでに洗練されたUIを持つスマホで展開されるSNSなどと比べて、VRゴーグルなどの新しいデバイスを使うメタバースは、参加の障壁も大きい。
 私たちコンサルティングファームは社会課題を解決するアイデアを出し合って形にしていくのが仕事ですから、社内でもできるだけたくさんの人を巻き込み、アイデアの種やUI / UXに対する意見を広く募ることを意識していました。
同イベントは、PwCコンサルティング社内のお祭り。3カ年計画「3つのDによる変革プラン」とVR空間内の世界観を連動させるアイテムをゴーグルとともに配布し、参加意欲を高める工夫も。
長嶋 いま田中が言ったことは重要で、やはりテクノロジー領域の人間だけでつくってしまうとうまくいかない。そういう人たちはリテラシーやスキルがあるから、UIが多少複雑で操作や設定が難しくても、わりと使えてしまったりするんです。
 そもそも、SNSも使い慣れていなかったり、「アバター」のような言葉がわからなかったりする人たちにも使えるようにしないと、どんなによい技術やサービスも、社会に広まっていきません。今回はそういったクライアントやその先にいる顧客を想定し、社内でアイデアを出し合って実証しました。
 このような考えは、本イベントに限りません。当社では、BXT(Business、eXperience、Technology)を掛け合わせる独自のアプローチで、組織を横断するソリューション開発を推進しています。
── 今回のイベントの空間やアバターのデザインには、ビジネスらしからぬかわいさがありますよね。子どもに読み聞かせる絵本みたいな。
田中 とにかく、「ヴァーチャルへの苦手意識を払拭したい」と思っていましたね。たとえるなら、親が小学校に入る子どもに「算数を好きになってほしい」と願うような気持ち。
 PwCコンサルティングは中途採用において「やさしさが生む、強さがある。」というブランドメッセージを展開していて、このイベントでもデジタルの世界だけどあたたかく、エモーショナルであることを意識しました。
“VR”というと、多くの人がオンラインゲームのような刺激の強い空間をイメージされると思いますが、私たちが目指したのはもっと落ち着いた心地よさを得られるような空間です。
 そのうえで、呼び水になるようなイベントや出し物を企画し、参加することで新しい発見や学びを得られるような場所にしたかった。「怖くないよ、おもしろいよ」と呼び込んで、その先に楽しさがあれば、ほうっておいても使ってみたくなります。さらには、使い続けてくれる人も現れると思うんです。
── まさに、子どもに計算ドリルを解かせるような。
田中 そうですね(笑)。シンプルなメタバース空間なら、数時間体験すればおよその機能を使いこなせるようになります。
 新しいことができるようになると大人でも楽しいし、物足りなくなって「もっとこんなことがしたい」「こんな機能があればいいのに」と欲が出てくる。それが、新しいコミュニケーションデザインの種になると思います。
メタバースイベントには、5種類のアバターから1体を選んで参加。身振りで感情を表現するエモート機能なども付いていた。
── アバターを人の形にしなかった理由は?
田中 PwCが重視しているインクルージョン&ダイバーシティの考え方もあり、特定の外見に似せたくなかったのと、経営層から新入社員までフラットな関係でコミュニケーションできるようにしたかったからです。
 それに、よくわからない比率で全身が構成された、普段とはまったく違う存在になれることは、それだけで楽しい。伸びたり縮んだり、人間ではない奇妙な動きができるのも、ちょっと心地よかったのではないかと思っています。

3日間のイベントで、なにを検証できたのか

── 空間やイベントを設計し、実際に運営してみて、どんな気づきがありましたか?
田中 準備や運営の細かいところでは、問題はいくつか出ましたね。VR会場に入る手前でデバイスの設定に手間取る人が予想よりも多かったり、準備した機能を使わないまま離脱した人もそこそこの割合でいたり。
 ただ、1回やっただけでも運営サイドには結構な知見がたまりましたし、ユーザーの慣れによって改善されていく部分もあります。
 今後、メタバースをビジネスで使うといっても、数千人規模のイベントはそうそうないと思うので、まず最大規模でテストしたことで、次回になにをやるべきかが明確になりました。
長嶋 「セキュリティの担保」は今回検証したかった項目のひとつであり、メタバースをビジネス展開するうえでの課題だと改めて感じました。
 大企業がSaaSなどの外部サービス利用する際はセキュリティチェックを行うことが一般的ですが、プラットフォームによってはセキュリティ機能が十分に備わっていないケースもありえます。
 今回は秘匿性の高い情報は扱わず、万が一外に情報が漏れたとしても問題が起こらないような設計にしましたが、今後、ビジネスカンファレンスやマーケティング目的で活用するなら、セキュリティの強化が求められると思います。
 そのセキュリティ機能をプラットフォームに依存するのか、別に準備するのか。企業のセキュリティ部門の方もまだXR関連に取り組まれたケースは少ないでしょうから、まずその課題を認識していただくところからソリューションを考えていくことになります。
── いまはメタバースといえば、エンターテインメントが中心だと思いますが、どんな領域に広がっていきそうですか?
長嶋 現在のところ、営業や顧客サポートなどの新たなチャネルとしての期待が大きい。ただ、多くの企業が自社のビジネスとつながる新規事業の創出を考えていて、どこから芽が出てもおかしくありません。
 今回PwCコンサルティングが行ったようなインナーコミュニケーションや組織マネジメントの新たなツールにもなりますし、マーケティング、ブランディング、広告は、すでに実装に近いところにある印象です。
 金融や旅行、自治体などでもメタバース活用に取り組まれているので、そうしたところから新しい発見があってブレイクスルーが起こる可能性もあると思います。
── 田中さんがメタバースの普及やUX向上に必要だと思うことは?
田中 なにより、デバイスの進化ですね。現状のデバイスはまだ仰々しい。10年後に振り返ると、いまの私たちがガラケー以前の巨大な携帯電話に対して感じるような「過渡期のデバイス」という印象を受けると思います。
 小さくて軽くて低価格なデバイスさえ普及すれば、アプリケーションも一気に広がります。シニアの方や小さい子どもも使えるようになったときが、メタバースがマスに広がるタイミングだと思います。
── ビジネスとして考えると、メタバースがマスに普及して、市場ができてから事業開発に取り組む手もありますよね。PwCコンサルティングは、なぜいまのタイミングで大規模な概念実証を始めたんでしょうか。
長嶋 メタバース事業を検討するうえで、市場に参入するタイミングは重要な論点のひとつです。
 メタバース領域の市場を創出するポジションを取るのか、フォロワーのポジションを取るのか、企業における戦略次第というところもありますが、少なくとも現状を正しく把握することは必要です。
 特にメタバースの場合は、まず体験してみてみないとわからないことが多々あります。そのため、お客さまであるクライアント企業に先んじて私たち自身が大規模な社内イベントを体験することにより、論点や課題を整理し、コンサルティング活動に生かすことができると考えました。
 この領域にどんなプレイヤーがいて、誰がパートナーになりうるか。社内においてもセキュリティや法務の問題は誰に相談すればよいか。誰がメタバースのような新しい試みをおもしろがって、協力してくれるのか。
 今回のメタバースイベントを実行したことで、現状の課題や可能性の解像度を高めることができました。次にイベントを実施するとしたら格段にうまくできるでしょう。
 実際にクライアント企業やカスタマーを巻き込むときにはまた想定外の問題が次々と出てくるでしょうが、それを繰り返すことで事業は理想に近づいていきます。
 あれこれ考えるより、まず小さなチームからでも体験し、輪を広げていくことが重要です。