夏野剛女性イノベーターと語る

ファッションの常識をくつがえし

おしゃれを「理論化」した女性イノベーター

2014/12/10
iモードの生みの親でありドワンゴ取締役の夏野剛氏が、既存のビジネスや価値観に新風を吹き込んだ女性イノベーターと、イノベーションを実行する上での難しさや面白さを余すところなく語りあう対談企画。第一弾は、読者にトレンドや美の追求を促すのが一般的だった女性ファッション誌において、「少ない服で着回しOK」「9号のパンツが入らなくても似合う服はある」といった革命的な価値観を打ち出し、多くのファンを獲得した大草直子氏が登場。著書は出すたびにベストセラーとなり、自ら立ちあげたブランド「HRM」も好調、さらに2015年1月から始動する講談社のデジタルメディア『mi-mollet(ミモレ)』の編集長に抜擢されるなど、当代随一のスタイリストとして活躍中だ。そんな大草氏の“イノベーティブな仕事ぶり”の源泉とは何なのか?

夏野:大草さんは、女性たちに「別に9号の服が入らなくたっていい」と言った初めてのスタイリストなんですね。

大草:ええ、「11号だっていいじゃない」、「歳を重ねたら多少お腹や背中に肉が乗ったっていいじゃない」って。

夏野:そういう優しいことは、あまりうちの奥さんには言わないでほしい(笑)。自分に甘いたちなので。

大草:そうなんですか?(笑)。でも、女性ファッションの世界は本当に厳しかったんです。「真冬でも素足でハイヒールを履きなさい」だとか「この服はこれに合わせなくてはいけない」とか。

ファッション界のマルチン・ルター

――それこそ「全員痩せなさい」「若くなりなさい」という具合に、まるで何かの信仰かのような厳しさでした。ですから、大草さんが提案する“トレンドやコンプレックスに振り回されず自分らしさを大切にする”スタイリングによって、多くの女性が解放された。

夏野:そんなに厳しかったんだ。いうなら、大草さんはファッション界のマルチン・ルターだね。

大草:「プロテスタント」ですから(笑)。

夏野:聞いた話によると、大草さんは、それまで感覚的だったスタイリストの世界に初めて理論を持ち込んだ人でもある、と。服の合わせ方や体型を活かした着こなしを理論的に説明してくれるので、“理論派スタイリスト”として知られるそうですね。

大草:ええ。たとえセンスがなくても、考える力=知性があればおしゃれは誰でも楽しめるということを知ってほしいんです。

一般的に、おしゃれな人=センスのいい人と決めつけられがちですよね。でも、おしゃれとはすべての人が享受できる権利であり、考える力、すなわち知性があれば楽しむことができる。センスがなくたって、おしゃれはできるんです。

夏野:なるほど。しかし、大草さんはなぜ、若くて痩せた女性にしかスポットが当たっていないファッションの世界を変えようと思ったんですか?

大草:私の場合、仕事では20代後半で会社を辞めてフリーランスになったり、プライベートでは出産や離婚、再婚したりと、いろんな人生経験を重ねましたので。

人は、離婚したからダメ、会社を辞めたからダメではなく、全員の人生がそれぞれに素晴らしい、と。それはおしゃれも同じ。ファッション誌には、スリムで美人なモデルばかりが登場しますが、我々普通の女性は40歳にもなると、顔がくすんで黒のタートルネックが似合わなくなるのが普通です。胸だって垂れるし、シミだってできます。

それに、中年になると、子どもの教育などにお金がかかり、自由になるお金も独身時代ほどはなくなります。それだって、いいじゃない。服がいっぱい買えなくたっていいじゃないかと。自分の経験から、そう、心の底から思いました。だからこそ、その思いを伝えていきたいのです。

これまでは、体型や肌質の変化などにより、服選びに悩み始める35歳以上の女性たちに向けたおしゃれを提案してきましたが、これからはもっと上の、中年や壮年のおしゃれも提案していきたいですね。

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夏野剛(なつの・たけし) 株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

50代でおしゃれな男は1%

夏野:いいですね。僕、思うんですけど、ファッションってある一定の年齢になってからのほうが差がつきますよね。

大草:そうかもしれません。特に男性のほうが落差が激しいですよね。

夏野:そうなんですよ。女性の服は安くてもいいものがあるけど、男性の服は安くてデザインがきちんとしているものがほとんどない。だから落差が見えやすいんです。

大草:なるほど。

夏野:男は、10代の頃は「モテたい」という強い動機があるので、誰だって頑張っておしゃれするんですよ。鮮やかな羽をワーッと広げてメスを誘うクジャクと一緒。でも20代になると、10%諦める人が出てくるんです。「もう彼女がいるからいいや」って。で、30代になると50%が諦める。会社で「俺もう同期の中で負けているな」となると、服装がまず適当になってくる。その調子で40代になると諦めていない人は10%しかいなくなり、50代になるとついに1%しか残らなくなる。そして、その1%がメンズファッション業界や夜の銀座を支えているわけです。

大草:99%は離脱ですか (笑)。

夏野:でも、残った1%はそれ以上、年をとっても減りません。60代になっても70代になってもずっと1%のままなんですよ。

大草:面白い理論ですね。女性についてはどう思います?

夏野:女性は比率で簡単に言えないですね。だって、昨今の女性は子どもを産む時期もそれぞれ違うし、キャリアチェンジする人も多い。女性のキャリアや志向は男性より多様でバラバラです。

大草:そうですね。でも、女性はホルモンの変化や体型の崩れという問題があるので、43歳くらいで「女の舞台を降りるか降りないか」っていうのが決まる気がするんですよ。「私は絶対に降りない」という人と、「私はもう降りていいや」という人の差が、43歳くらいから非常に顕著になるのではないかと。

夏野:ほう。

大草:で、降りてない人の中にはいわゆる、若返りを狙う人も当然いるわけです。「時計の針を10年元に戻したい」「24時間美容にかけます」という人たちが。でも、これから立ちあげる新メディアでは、「まだ舞台を降りたくない」と思っているごく一般的なすべての女性たちに向けたコンテンツを作りたいと思っているんです。

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大草直子(おおくさ・なおこ) 大学卒業後、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社。『ヴァンテーヌ』編集部に勤務し、編集者として、スタイリングのキャリアを積んだ後フリーランスのスタイリスト、編集者に。 『「明日の服」に迷うあなたへ』『大人のおしゃれ練習帖』など著書多数。2015年1月から始動する講談社のデジタルメディア『mi-mollet(ミモレ)』の編集長に就任予定。

おしゃれとセックスレスの相関性

夏野:なるほど。話はそれますけど、セクシャルな意味で「降りる・降りてない」のと、ファッションの世界で「降りる・降りてない」は、意味が違うんですよね? 実際、女性は子育て中は、おしゃれはしたいけどセクシャルなことは面倒くさくなる人多いでしょう? もう旦那とはできないって。

大草:うーん。でも、本当にそう思っているか疑問ですね。残りの人生何十年、何もなくてもいいなんて。私は子どもが生まれたらセクシャルな方面は終了っておかしいと思いますよ。

夏野:でも、夫婦間の問題はともかく、現代はいろんな問題がありますからね。厚労省の統計だと、今、30代独身男性の3割以上が女性経験ないんですよ。

大草:そうなんですか。

夏野:なんでこういう状況が起こったかというと、今はネットで美人でスタイルもいい女の子のいやらしい画像がいくらでも手に入るから、それでマスターベーションしているほうが満足度が高いと。僕たちから見ると、そんなおかしなことが、あるところでは、当たり前になっている。それに、東京では40代男性の3割近くが独身ですしね。

大草:そうですよね。

夏野:我々の想像を絶することが起きているんですよ。それでね、若い男は女性にモテるためにおしゃれすると言ったけど、そういう欲望がまったくファッションとリンクしてない連中もいる。セクシャルに貪欲だけど服装にも食にも無頓着。ビジネスで成功している人でも多いですよ。

大草:本当ですか?

夏野:彼らはおしゃれをしたり美味しいものを食べたりするよりも、とにかく女性を口説きたいんです。つまり、欲望のはけ口を求めているだけ。もちろん、女性に嫌われないよう多少はいい服を着ていますが、おしゃれではない感じ。

大草:そもそも、おしゃれに興味がないんでしょうね。

夏野:そうなんです。

大草:そんな文化があるとは驚きですね。私は今の日本は、人とのコミュニケーションを密にとって豊かに過ごす“スモールラグジュアリー”な時代になりつつあると思っていたので。

夏野:一方では、そういう文化も育ちつつあるんですよ。ギラついてる人とか全然ギラついてない人とか中性的な人とか、もうめちゃくちゃに混在している時代なんですよね。

大草:それはそうですね。だから私、そういう多様性の時代に女性誌が女性の生き方を型にはめるのは古いと思っているんです。ところが、既存の日本の女性誌ってすごく読者をセグメントしますよね。35歳で白金に住んでいて…みたいな綿密なペルソナ(想定読者)を作って。

夏野:そんなの絶対数、少なすぎるでしょ(笑)。

大草:ちょっと視野が狭いかな、と。(笑)。

夏野:そうした狭い枠組の中で競争をあおっている。

大草:女性って、もともとコンピートしてコンペアする人種じゃないですか。ファッションでも、隣に座っている人と自分を見比べて、「へえ、あなたはこういう服にこういうバッグね」みたいな。自分と競争して比較するみたいなところがある。

夏野:そうなんだ?

大草:ありますよ。ファッション業界はそれで成り立っているようなもの(笑)。ですから、私、その息苦しさを打破したいとずっと思っているんです。

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※本連載は毎週水曜日に掲載します

(構成:持丸千乃、撮影:遠藤素子)