2022/8/1

【新】ハンズ、五輪、万博…知られざるクリエイティブ集団の秘密

NewsPicks 執行役員CXO
「ハンズについて、今、どう思いますか」
2021年12月、世間をあっと驚かせたカインズの東急ハンズ買収劇
発表の翌23日、ベイシアグループのオーナーにして、カインズ会長の土屋裕雅が朝一で向かったのは、都内のとあるデザイン事務所だった。
nendo。
世界的デザイナー、佐藤オオキ率いるデザインオフィスだ。
nendoのデザイナー、佐藤オオキ氏(写真:AP/アフロ)
カインズは今年3月末にハンズ買収を完了し、9月末までには社名やロゴの変更を控えている。いま、その重大なミッションを背負い、準備を進めているのがnendoなのだ。
これも表になっていないが、実はカインズ自身もまた、水面下でnendoとの協業を進めている。
カインズといえば、急ピッチでデジタル化を進め、いまや非上場にしてホームセンター業界1位となった優良企業である。
そのカインズが次なる非連続な成長を目指す上で頼った相手こそが、nendoだった。
なぜ、土屋はnendoに白羽の矢を立てたのか。
佐藤オオキさんとnendoのことは、お会いする前から知っていたんです。

海外のデザインショーに足を運ぶと、オオキさんの作品だけ、浮かび上がって見えた。

なぜなんだろうって。非常に興味を持ち、nendoという名前を覚えました。

初めてお会いしたときは、気難しい大先生が出てきたらどうしようと不安だったんですが(笑)、犬と共に現れて、博士みたいなね。変わった人が出てきちゃったなって。

話すと、大先生どころか、非常に気さくで。

カインズのSPAの考え方であったり、将来の話を、軽くした気がします。

何週間か経って、早くも絵コンテみたいなものが出てきたんです。

僕は、あくまで概略しか話していない。なにかプレゼンしてくれとも言っていないのに、あれだけの話から、デザインに落とし込むとこうなる、という本質的な絵を見せられましてね。

その不思議さっていうのかな。ちょっと魔法を見ているような感じだったんですね。
カインズ会長の土屋裕雅(写真:NewsPicks)
以来、土屋はnendoとの協業を楽しんでいくようになる。土屋は続ける。
今までは、僕の中だけで、どんな会社になりたいかを決めていました。

誰かに未来のことを相談して、壁打ちで打ち返されるとかいうことは、経験したことはないんですよね。

オオキさんとの対話の中では、新たなコンセプトの話であったり、それによって世の中がどう変わるんだろうと話ができる。

それが、すごく楽しいなと思っています。

謎多き異端児

カインズやハンズだけではない。気づけば今、日本のあらゆるトップ案件が吸い込まれる先がnendoだ。
TOKYO 2020の聖火台。そして、2025大阪万博で、開催国たる日本政府がメインの「日本館」のデザインをオファーした先もそうである。
しかし、このnendoという企業を理解するのは容易ではない。
というのもこの集団、日本よりも先に、海外でトッププレイヤーとなったデザイン界の異端児なのだ。日本でこうしたトップ案件が舞い込むようになったのは、ここ数年のことである。
カナダのインテリアデザインショー「ゲスト・オブ・オナー」に選出され講演するnendoの佐藤オオキ氏(2013年)
深澤直人(66)、片山正通(55)、森田恭通(54)、吉岡徳仁(55)……
1990年代の日本のデザイン界では、何十年に一度の逸材が同時に多く登場した。日本市場という池の底には、案件という名の餌が落ちてくることはほとんどなかったはずだ。
こうした才能たちは、日本でトップに上り詰めてから、満を持して欧米市場に入っていくのが王道だった。プロ野球で活躍した野茂英雄やイチローがメジャーに行くようなものである。
これに対し2002年に創業したnendoは、まるで地下水路のようなルートで、最初からデザインの本場、欧州リーグにたどり着く。
当時、日本人で参戦する者などいなかったデザインの祭典、ミラノ・サローネ(世界最大の家具見本市)に出展し、立て続けに賞を獲って、この肥沃な欧州市場でのし上がっていった。
英デザイン誌Wallpaper*による2015年世界のトップデザイナー20人。1位がAppleのジョナサン・アイブ、4位にnendoが位置している(出所:Wallpaper*)
今、欧州で評価される日本人デザイナーといえば、深澤直人、吉岡徳仁、nendoの三つどもえであり、この構図は実に10年、変わっていない。
一方、上世代のスターデザイナーたちがひしめく狭き日本市場では、nendoはただ生き残るためにどんな案件でもこなした。それこそ、飴玉から建築まで──かくしてnendoの異質さはさらに際立ってゆく。
日本のデザイン業界は縦割りな世界だ。空間、グラフィック、プロダクト……nendoはこうした境界線をまたいで活動し、これが旧来の縦割りなデザイン業界から理解されにくい理由でもある。
そんな幅広い作品たちをはじめ、組織の秘密から、売上高や驚異の利益率まで。
第一話では、デザイン界の異端児nendoの現在地を、インフォグラフィクスで紹介していく。

聖火台、ローソン…その舞台裏

第二話と第三話は動画編だ。
nendoと協業してきた経営者や関係者たちのインタビューを重ね、nendoの輪郭をよりくっきりとさせていく。nendoですら知らないnendoの姿を映し出していこう。
そして、これらの証言を後日、nendoにぶつける形で、佐藤オオキその人のロングインタビューを実施した。
前編のクライマックスは、なんといっても東京五輪の聖火台だろう。協業の相手はあのトヨタ自動車である。
意思決定のプロセスや目標が不明瞭なプロジェクトとあって、現場がすっかり疲れ果ててしまったのは想像に難くない。パンデミックも相まって、以来、一切互いに話したり振り返ったりしてこなかったという。
開会式前に聖火台を確認する野村萬斎氏(右)と佐藤オオキ氏(左)
佐藤自身、予定していたTVドキュメンタリー取材もすべてキャンセルしてしまった。あのことを誰かに話すのに、臆病になったのだろう。
NewsPicks上で、いま、初めてその舞台裏を明かしてくれた。
後編では、ネット上でも話題となったローソンのプライベートブランド(PB)リニューアルにも迫る。
というのも、日本のデザイン界では「nendoといえばローソン」と広く知られる一方、リニューアル当初から「わかりにくい」といった意見が消費者から寄せられ、物議を醸したからだ。
ローソンとnendoは、果たして何を狙っていたのか。
ローソンのL basic / daily foods(写真:Akihiro Yoshida)
そして、足元のハンズ再生から、仕事の選び方、デザイン組織のあり方まで……決してこれまで明かすことのなかった内情にも迫っていく。

「2人で1人」の天才

「オオキさんって言っていますけど、本当は2人で1人の天才なんだろうなと」
丸井グループの総帥、青井浩CEOはnendoについてそう語る。
nendoと年間契約を結ぶ丸井は、これまでエポスカードのリニューアルやシェアハウスなど数多くの案件をnendoに依頼している。
その青井が例えるのが、ソニーの盛田昭夫と井深大──。そんなPOWER OF TWO(2人で1人の天才)というケースのほうが実は世に多数あふれており、nendoはその典型だ、というのである。
そう、nendoには、デザイン以外のすべての意思決定を担ってきた、もう一人の共同創業者がいる。第四話では、佐藤の右腕、伊藤明裕COOの独占インタビューをお届けする。
佐藤オオキという天才のマネジメントから、世界のデザイン界の現状まで、彼にしか見えない景色を明らかにする。
そして、nendoという企業が成長してきた理由が、別の角度から見えてくるはずだ。

アートとnendo

2022年1月、京都の清水寺。その西門階段が、鏡面で覆われる圧巻のインスタレーションが登場した。
nendoが他のデザイン事務所と違う一つが、採算度外視で定期的に展覧会やアート作品たちをつくっていることだ。額にして数億をかけることもある。
最終回は、アート界とnendoに注目する。
なぜnendoはアートに“設備投資”するのか。アートとデザインの違いは。そして、アート界におけるnendoの評価について、NYのトップギャラリストにもインタビューを試みた。
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かつてAppleのスティーブ・ジョブズは、ジョナサン・アイブというデザイナーと共にiPhoneを生み出し、ファーストリテイリングの柳井正はジョン・ジェイというクリエイターを経営の要職に据えて躍進してきた。
デザインへの理解は、ビジネスパーソンにとって今や不可欠に違いない。その一端が垣間見える、秘密のデザイン企業に迫っていこう。
(文中敬称略)