2022/7/28

【提言】就活生も採用人事も、もっと「好き嫌い」を大事にしよう

NewsPicks Brand Design Editor
 就職活動でよく耳にするエピソードに、「サークルの部長の大量出現」がある。
 面接で、次々と就活生が「サークルの部長や副部長をやっていた」と口にする。だが、そのほとんどが「企業ウケ」狙いで、本当に幹部をやっていた学生は一握りしかいない、というものだ。
 笑い話のように語られるが、「個」の重要性が叫ばれる時代になってもなお、「『企業ウケ』のいい話をしないと、内定がもらえないのでは」というプレッシャーを感じる就活生は少なくない。
 結果、学生は選考でなかなか「素の自分」を出すことができず、また企業は着飾った学生を見極めることに終始する。
 そして、互いに理解が深まらないまま採用が進み、早期離職などにつながってしまうのだ。
 一体、どうすれば学生・企業が互いに「自己開示」し、より良い関係が築けるのか。
 日本企業の経営に詳しい一橋大学の楠木建教授と、学生一人ひとりの「根源=ルーツ」に着目した新卒採用サービスirootsエバンジェリストの小笠原寛氏が意見を交わす。
INDEX
  • 採用市場を蝕む「HR戒厳令」にご注意
  • キラキラした自己PRより「ありのまま」を
  • もっと、仕事は「好き嫌い」で選んでいい
  • 「君の夢は何だ?」と唐突に聞いてくる面接官
  • 「着飾った」就職活動は、もう終わりにしよう

採用市場を蝕む「HR戒厳令」にご注意

小笠原 本日はお時間をいただき、ありがとうございます。
 新卒学生向けのダイレクトリクルーティングサービス「iroots(アイルーツ)」でエバンジェリストとして活動している小笠原と申します。
 早速ですが、楠木先生は現行の新卒採用に対して、どのような所感をお持ちですか。
楠木 企業によってさまざまで一概には言えませんが、仕事をする組織である以上「合理性を追求すべき」というのが原理原則のはずです。
 たとえば、「新卒一括採用」。もちろん、新卒採用自体は何の問題もありません。
 ただ、長年続く「学生を決まった時期に、決まった数採用しなくては」と、慣行を理由なく続けているだけなら、それは再考したほうがいい。
 歴史的に言えば、新卒一括採用、終身雇用、年功序列に代表されるカギカッコ付きの「日本型雇用」はある種の経営イノベーションでした。
 年功序列は、「組織に所属している期間」をベースに報酬や職位を決めることで、「評価コスト」を極小化しますし、一括採用もシンプルで効率の良い人事制度だったと言えます。
 ただ、この「日本型雇用」は戦後の高度成長期に最適化された、いわば「戒厳令」のようなもの
※戒厳令:戦争や内乱などの緊急事態において、政府が発する超法規的な措置のこと
 高度成長期が終わって数十年経つにもかかわらず、戒厳令を出しっぱなし。これはヘンな話です。明らかに合理性を欠いている。
 外資企業やスタートアップが、いわゆる「一括ルール」に則らずに優秀な学生を採用していたり、そもそも少子化で学生が今後減っていく状況を考えると、従来のままで本当にいいのか、と思います。
小笠原 共感します。学生の視点から見ても、一括採用にはシビアな側面があります。
 というのも、企業も一斉に大量の学生を見極めなくてはならず、学生一人ひとりに時間を割けない。
 そこで、エントリーシート(ES)に「学生時代に頑張ったこと(=ガクチカ)」を書いてもらったり、面接で数分程度の自己PRをしてもらったりして、選考しています。
 ただ、このガクチカの文字数上限は400文字前後。
 なので、どうしても「大学時代、○○サークルの部長をやっていました」といった局所的なエピソードしか盛り込めない。
 すると、みんなうまくいった先輩のESを見て、「テンプレ的」に自分のガクチカを書くようになるんです。
「就活期になるとサークルの部長が大量発生する」と揶揄されますが、本当に笑い話じゃなく、面接の場でも「ありのままの自分」をさらけ出せない、という就活生は少なくありません。
 そんな状態で採用されるから、いざ入社してみると、「思っていたのと違う」とギャップが生まれるし、結果的に離職につながってしまう
楠木 情報が少ないから、ミスマッチが起こっても仕方ない構造になっているわけですね。
 ただ、企業も学生もそれなりのコストをかけて就活や採用に臨んでいることを考えると、取り繕った状態で話すのは、シンプルに「コスパ」が悪い
 終身雇用が前提だった今までなら問題になりにくかったのでしょうが、若手を含めて人材の流動化が進んでいる今、あまり合理的なやり方とは言えません。

キラキラした自己PRより「ありのまま」を

小笠原 こうした課題に着目し、「もっと学生たちの個性や価値観を知ってもらえる場を作りたい」と立ち上げたのが、新卒学生向けのダイレクトリクルーティングサービス「iroots」です。
 2011年に複数の学生が自ら企画・開発したもので、7年前にエン・ジャパンが事業を引き継ぎ、サービス開始時から続く、「学生ファースト」の理念のもと運営しています。
 特徴は、ESよりもはるかに多い、「最大6000字を書き込める自己プロフィール」。
 さらに、プロフィールは自然言語処理によって、キャリア志向や行動特性としてデータ化され、企業はそのデータをもとに自社にマッチしそうな学生にスカウトを送ることができます。
楠木 自分がどういう人間なのかを会ったことがない人事に伝える方法として、6000字のプロフィールを書かせる、と。
 一体、どういう内容が書かれているんですか。
小笠原 幼少期からの個人史を書き出し、一人ひとりに根付いた性格、人となりを表現してもらっています。
 このプロフィールを、私たちは「ルーツ(=根源)」と呼んでいます。
 ルーツを書いてもらう上で大切にしているのが、「『ありのまま』の自分を表現してもらう」こと。
 無理に取り繕わず、自分の人生について、時系列でそのまま書いてくださいと伝えています。
 日々サービスのヒアリングをしていると、6000字を書くのが「大変だ」と言う人と、「大変じゃない」と言う人に明確に分かれるんです。
 そして、「大変だ」と言っている人に理由を聞くと、字数が多いことではなく、自信がないのがネックだと口をそろえる。
「だって幼少期から大したことをやっていないし、そんなに書くことないです」と。
楠木 先ほどのESの話を鑑みると、「優劣を評価されている」と思う学生が多いんでしょうね。
 本来、これは優劣を測るものでなくて、あなたがどういう人なのかを知るためのものだけど、どうしても、評価を気にしてしまう。若い時であれば、なおさらそうなります。
小笠原 おっしゃるとおりです。なので、学生には「大したことである必要はないんだよ」と繰り返し伝えています。
 それから、参考として私自身の経験も例文にしています。というのも、私は幼少期にいじめられていた経験がありまして。
 今となっては、いじめを受けていた話も僕の価値観や性格を形成する重要なピースだと思っているのですが、就活生のときは「もっとキラキラした経歴を書かなくては」と不安でした。
 履歴書の文字数上限を考えると伝え方が難しいですし、ともすればネガティブに解釈されかねないエピソードですから。
楠木 このプロフィール、6000字ではなく2万字あってもいいくらいですね。
 これはつまり、「自分とは何者か」を言語化していく作業だと思うのですが、二十数年生きてきたのなら、きっと6000字に収まらないいろんな経験や感情があるはず。
 そして、書き出してみると、意外と自分でも気づかなかった一面に出会えたりするものです。
 逆に、「質問に答えると自分の強みを特徴診断してくれるツール」みたいなのを使って、自己分析をした気になっている人がいますが、それだけで自分を理解したなんて思うのは大間違いです。
 元来人間は複雑なもの。出来合いの問診票みたいなもので測って「これが自分だ」と断定してしまうのはもったいない。
 もちろん、そういったツールも補助にはなりますが、まずは自分の言葉で具体的な経験を抽象化し、そこから強みや価値観を引き出す。
 それが、自分を知る一番の近道だと思います。
irootsのプロフィール画面を見て、「僕だったら6万字くらい書きたいな」と楠木氏。

もっと、仕事は「好き嫌い」で選んでいい

楠木 僕は常々、「好き嫌い」で仕事を選ぶべきだと考えています。「好きこそものの上手なれ」というように、結局好きなことをやっている時が、一番仕事の生産性が高い。
 ここでの「好き」とは、「たくさんの人と話すのが好き」とか、「一人でコツコツ作業をこなすのが好き」とか、そういうものを指します。
 ですが、これまでの人事制度は、個人の好き嫌いをほとんど生かすことができていなかった。
 企業の論理だけで、「君はこの部署に向いているよ」とか「この仕事をやったら成長するよ」と、配属や仕事の割り振りが決まっていたわけです。
 irootsのようなツールがあれば、その人の個性や「好き嫌い」がわかるので、もっと解像度高く、仕事の割り振りができそうだと思いました。
小笠原 まさに、irootsは入社後の配属を考えたり、人材育成のヒントになったりする、というお声も企業からいただいています。
 プロフィールの文面から「この学生は○○部署に合いそうだな」と見当をつけて、「○○部署配属を確約します」と学生にメッセージを送るケースも多くなっています。
 他にも、入社後に頑張りすぎて体調を崩してしまった社員がいた時に、リファレンスでirootsを見返してみたら、「頑張りすぎて、周囲から心配される」と書かれていた、など。
 それ以降、その企業では他の社員も含め、irootsを参照したマネジメントをされているそうです。
楠木 その意味では、採用の時はもちろん、入社後も毎年6000字書いてもらったほうがいいんじゃないですか。
 自分を定点観測で振り返って、「これができた」「これはできなかった」「それに対してこう思った」を蓄積していくのは、自分の好き嫌いや、得意不得意を見極める上ですごく大事なことです。
小笠原 まだそういった構想がありませんが、楠木先生のおっしゃるとおり、入社後の経緯を見るのも面白そうですね。
 定点観測といえば、大学1年生から会員に登録して、毎年6000字のプロフィールを変更して精度を上げている学生もいますし、「プロフィールを書き直すたびに、どんどん自分自身が見えてくる気がする」と感想をもらうこともあります。
 もちろん、自己理解を深める機会は社会人にも必要ですし、企業にとっても、社員の特性をデータで蓄積していくのは、人事戦略を考える上で重要な示唆を得られそうです。

「君の夢は何だ?」と唐突に聞いてくる面接官

楠木 一つお聞きしたいのですが、企業側は詳細なプロフィールを書かないんでしょうか。
小笠原 もちろん、人事の方にもプロフィールを書いていただいています。
 学生と企業のマッチング精度向上を目指すのであれば、学生にも企業の個性や価値観を伝えるのはマストだと思っています。
楠木 学生と人事が「就活生と人事」ではなく、人間として、同じ目線に立って話せるようになりますね。
「個」を見るのであれば、見定める側も「個」をきちんと表現するべきだと思います。
 というのも、僕はもともと学者になると決めていたので、学生時代ほとんど就職活動をしなかったんですが、一度だけある企業の面接に行って、それが非常に嫌な思い出として残っているんです。
 ある日、学校のOBに「ちょっと来てみなさい」と呼ばれて、人生経験として面接に行ってみた。
 すると会って早々に「君の夢は何だ?」と言われたんです。で、僕は「先輩の夢は何ですか?まずそちらから話してください」と返したら、すっごく嫌な顔をされて。
 僕は「個人」と「個人」の会話だと思っていたのですが、「選ぶ側」と「選ばれる側」になっていて、コミュニケーションが成立しなかったんですよね。
 これではマッチングも何もないな、と思って、それ以降、ほぼ面接には行っていません。
小笠原 すごい猛者ですね(笑)。
 ただ、楠木先生がおっしゃっている感覚、irootsを運営してすごく感じるようになりました。
 実は、運営をはじめて間もないころは、企業の方から「irootsの学生は生意気だ」とクレームをいただくこともありました。
「おたくの学生って、私たちと対等だと思っていませんか?」と。
 私たち自身は、企業と学生は「対等」だと思ってサービスを運営していたのですが、そういうご指摘をいただいてハッとしました。
  そうか、まだ、これほどまでに学生と企業の間に立場のギャップがあるのか、と。
楠木 非常にもったいないですよね。コミュニケーションが対等だと感じられないと、学生は自己開示ができなくなりますよ。
 僕が面接を受けた時なんかはまさにそうですが、結局それでミスマッチにつながってしまっては、元も子もありません。
小笠原 まったく同感です。
 そこで、私たちはHMP(Honest Mutual Preview)という独自の採用理論を構築し、企業にも「事実性」「率直性」「改善性」を事前に開示してください、とお願いしています。
 学生が「ありのまま」を書くからには、企業もネガティブなことも含めて公開してもらう。
 irootsと企業口コミサービス「ライトハウス」を連携させているのも、それを担保するためです。
 ここまでして、はじめて企業と学生の対等な関係ができると思っています。

「着飾った」就職活動は、もう終わりにしよう

楠木 お話をしていて思ったのは、総じて今の採用市場は「嘘が多すぎる」ということです。
 企業、求職者がお互いをよく見せようと、着飾っている状態ですよね。
 もちろん、それは新卒採用に限ったことではないですが、働いたことがない学生相手と考えると、より深刻です。
 学生は自分をより優れているように見せて、企業も自社のことをきちんと開示できないまま話が進んでいく。
 そして、「お前はどう活躍できるんだ?」と値踏みをする、と。
 繰り返しになりますが、マッチングの原則はお互い正直かつ率直になることだと思います。
 そして、今お話しいただいたように、学生と人事が詳細なプロフィールを交換するのは、「ありのまま」で話すための、有効な方法だと感じました。
小笠原 ありがとうございます。irootsを運営していて感じたことがもう一つあります。
 それは、埋もれた「才能」を発掘する活動でもある、ということ。
 たとえば、地方や海外に住む学生。従来の採用方式だと、関東なら東京の学生、関西なら大阪の学生ばかりに機会が集中していますが、もっと広く見回せば面白い学生がたくさんいます。
 彼らの人生ストーリーやルーツを可視化して、企業とのマッチングにつなげられるのも、「6000字のプロフィール」の大きな役割だと思うんです。
irootsでは、リアルでも学生と企業の「ありのまま」の出会いを提供しようと、先日温泉旅館を貸し切り、企業と学生と共同でイベント開催。学生からは「参加者同士で湯船に浸かるとお互いに身構えず、正直に議論を交わすことができた」と好評だったそうだ。
 中には、「正直従来の採用より手間がかかりそうだ」と感じる方もいるかもしれません。
 ですが、やっぱりお互いのことをきちんと知り、それによって入社後も活躍してもらえるとすれば、それは必要な「投資」だと言えるのではないでしょうか。
楠木 よく、「採用コストを下げよう」と「採用を効率化しよう」と呪文のように唱える人事がいますが、コストダウンや効率化そのものが目的になっていないか、見直す必要がありますね。
 それよりも、経営視点から「良い採用を行うために、どう人材と向き合うべきか」について、今一度問い直すほうが、結果的に「コスパ」がいい。
 一人ひとりがモチベーション高く働くことで、組織全体のパフォーマンスが上がり、成果にも直結します。
 結局、採用は「個」と「個」のマッチングですから、ある程度のコストがかかるのは当然のこと。
 それに気づき、「HR戒厳令」から抜け出せる企業が一社でも増えるといいですね。