2022/7/21

【山崎元×スズキトモ】「新しい資本主義」を実現できるか?

 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年につづき、今年も全9回(予定)の放送を通して、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

山崎元×スズキトモ×波頭亮 「新しい経済」を再考する

 Rethink Japan3、第3回は「新しい経済」をテーマに、楽天証券経済研究所・客員研究員の山崎元さん、そして早稲田大学商学学術院商学部教授のスズキトモさんを迎え、日本がこれから目指すべき経済の在り方について議論します。モデレーターは経営コンサルタント・波頭亮さんです。

日本の“資本主義経済”に異議あり

波頭 不名誉なことに、日本経済は「21世紀に最も成長していない国」のワースト3に入っているのが現状です。これはソマリアなどずっと内戦が続いている国と同レベルであり、なぜ日本経済が成長しないのか、真剣に考えていかなければなりません。
 岸田政権が誕生した際、「新しい資本主義」というキーワードが掲げられましたが、これによって経済がどう変わるのか、国民は固唾を飲んで見守っています。お2人はこの言葉をどのように捉え、どのような問題意識をお持ちでしょうか。
山崎 岸田さんはこの「新しい資本主義」という言葉を気に入られているようですが、私は率直に言って、何かの冗談としか思えませんでした。
 というのも、その前に古い資本主義があり、それをアップデートさせるなら「新しい資本主義」で間違いないですが、日本の状況は実質的に資本主義を体現していませんからね。
山崎 たとえば資本主義では本来、労働力も商品として自由に取引される社会であるはずです。ところが日本では、大企業に就職した社員はまず解雇されることはなく、労働力が商品化されているとは言い難い状態です。
 社会経済の動きを決めているのは縁故主義で、郵政民営化が中途半端なところでストップしているのも、全国の郵便局長たちの政治的な影響力、つまり縁故に一因があります。
波頭 確かにそうですね。日本はまだ資本主義にすら至っていない、と。
山崎 ところが一方で、昨今増えているフードデリバリーの配達員などは、スピードや正確性などの能力面を評価されながら、決して高くはない報酬でしのぎを削っている。これは強度な資本主義的で、マルクスが言う搾取されている状態ですよ。
 要は、上流から見た日本と下流から見た日本では、全然風景が異なっていると言えます。
波頭 いくつもの論点を含む重要なお言葉だと思います。つまり、低所得者層が苦労を強いられる格差社会をどうにかしなければという点においては、岸田政権のスタンスは決して間違ってはいないわけですよね。
山崎 そうですね、私も岸田さんの方針に全面的に反対しているわけではありません。ただ、低所得者層だけが資本主義を強いられている不健全な状態は、解消しなければならないと思います。
波頭 スズキさんはこの、「新しい資本主義」についていかがですか。
スズキ 日本ではかつて、三方良しと多くのステークホルダーのためのビジネスがなされていました。
 それが2000年代初頭の小泉政権下において提唱された新自由主義、あるいはサプライサイド・エコノミクス(供給重視経済学)により、企業の生産性を高めることで経済再生を目指すことになり、証券市場を通して直接企業にお金を投じる手法が重視されてきたわけです。
スズキ これは企業の生産性が上がれば、株主である市民にお金がまわるというアイデアで、実際、それから20年を経て、家計資産は約1400兆円から約2000兆円にまで拡大しています。
 しかし、企業にお金がまわっているかというと、そうではありません。むしろ企業から投資家へと、お金がどんどん外部に出ていってしまっているのが実情で、岸田政権の言う「新しい資本主義」は、こうした20年前の政策に対する反省を意味していると考えるべきでしょう。
波頭 ということは、より的確な表現を探すなら、「アンチ・小泉ミクス」、「アンチ・アベノミクス」ということですよね。でも、まさかそんなことを言うわけにはいかないので、「新しい資本主義」という言葉でお茶を濁した。そういう理解でいいですか?
スズキ ここで「はい」と言うのは憚られますが(笑)、過去の施策によって出た結果を見て、このままではまずいと考えたのは事実なのでしょうね。

株主だけが価値を総取りする、日本の非合理性

山崎 この20年、なぜ結果が出ないのかというと、原因の1つは企業が配当などでお金を投資家に返しているからです。それにより資本が縮小しているわけですが、ある意味ではこれでバランスがとれていて、株価はリスク・プレミアムを持つ価格まで下がります。
 そこで左派の人たちは、人口が減少基調の日本では経済成長は見込めないと言いますが、資本は投資対象があれば拡大し、投資対象がなくなれば縮小するのは当たり前のことです。
 その中で資源配分される仕組みは維持されるべきで、低成長に喘いではいても、資本主義自体を否定する必要はないと思うんですよ。
スズキ おっしゃる通りだと思います。資本主義はしっかり機能しているんですよね。
 ただ、実はアメリカもイギリスも、人口は今後100年間まだ伸びると言われています。一方で日本はこれだけ人口減少が進んでいるから、投資家の資本がどんどん海外へ流れていってしまっています。
スズキ 今、日本の上場企業の株主は、3割が外国人投資家で占められていて、とりわけ配当の高い企業に関しては、これが5割に上るとされています。
 すなわち、すべての配当である23兆円のうち、半分が毎年海外へ流出している状況です。でもこれも、資本主義の原理なんですよね。そのお金が中国やインドに投資され、人々の暮らしが豊かになっているのであれば、資本主義の意義はありますから。
波頭 そうですね。ただ、だからこそショッキングだったのが、付加価値の分配状況を示すこのグラフです。世の中で生み出された価値が、どのような経済主体に流れているかを示す図ですが、見事に株主だけに還元されていることがわかります。
波頭 資本主義としては当たり前のことかもしれませんが、なぜ日本だけがこうした非合理を抱えることになるのでしょうか。
スズキ 1991年からの経済の停滞を、いわゆる「失われた30年」と呼びますが、しかし数字でチェックしてみると、過去20年で企業の売上高は止まっていても、利益はちゃんと伸びています。
 つまり何が削減されているかというと、従業員の給与であり、R&D(研究開発費)ということになりますが、これはROE(自己資本利益率)を高めよという行政の方針、それによるプレッシャーがもたらしたものと考えられます。
波頭 ではそこで、なぜ売上高やGDPを伸ばす方向にいかなかったのでしょう。もちろん、少子高齢化という人口動態の成熟化は大きな理由の1つでしょう。
 しかし、韓国やイタリアなど同じ問題を抱えていながら経済成長を果たしてきた国もありますから、日本の場合は政策にもっと大きな瑕疵があるのではないかと疑いたくなってしまいます。
山崎 イーロン・マスクのような、新しいビジネスに投資しようという存在を、日本はあまり許容してこなかったことは見逃せないと思います。
 イーロン・マスクがツイッターを買収することは許容されても、かつて堀江貴文さんがフジテレビを買収しようと動いた際には、全力でそれを阻止しようという動きが生まれた国ですからね。
 堀江さんがフジテレビを買っていたらどうなっていたかはさておき、こうしたトライアルが起こりにくい土壌が、新しい成長分野の誕生を阻んでいるということは言えるでしょう。
山崎 また、金融緩和が不十分であるなど、財政を出し渋ったこともGDPが伸びなかった一因だと思います。
 私はよく、日本経済を駄目にしたのは「貧乏エリート」だと言うんですが、金融緩和で世の中の羽振りが良くなることを好まない人がエリート層に一定数いて、低所得者層はそもそも努力不足であるという彼らの考え方が、環境の改善を拒み、日本経済を停滞させている一面はあるでしょう。

円安と世界の分断はビジネスチャンスか

波頭 郵政民営化もそうですが、日本経済の様々な場面に既得権益構造が残っていることも、由々しき問題だと私は思うんです。つまり、投資によって構造がリニューアルされないほうが有利な人々がいるということですね。
山崎 これはもう、独裁者の存在しない権威主義国家と考えるのがわかりやすいでしょうね。構造としては、独裁者の代わりにアメリカがいる、という。国家の上層部がアメリカにゆるやかに制御されていることは否定できません。
波頭 でも、そのアメリカにしても、日本経済がもう少し活性化したほうが都合はいいはずですよね。
山崎 まさにその通りで、アメリカがそう思い始めたのではないかと感じるのが、今の円安です。
 アメリカがこの円安を許しているのは、ロシアのウクライナ侵攻などもあり、世界のサプライチェーンを再構築し、中国に頼らない製造業を作らなければならない意識があるからではないかと。
 そのためには円安で有利にビジネスができる日本を、もう一度“使う”のがベターなわけです。その意味で、この円安と世界の分断はビジネスチャンスとも言えるでしょう。
波頭 なるほど、興味深いですね。この点、スズキさんはいかがですか。
スズキ やはり人の問題を考えれば、今の日本にやる気を起こさせるのは「分配」なのだと思います。
 ただ、誤解してはならないのは、政府による富の再分配に期待するのではなく、岸田政権が「新しい資本主義」を掲げた際に言ったのは、企業における第一次段階の分配なんです。
 これは通常配当を1%下げて、役員報酬を50%上げたり、従業員の報酬を10%上げたりといったことですね。これをしても、十分な利益はあるわけですから。
 そこで重要なのは、現金で従業員に分配するのではなく、会社の株式を買ってもらうことだと私は考えています。
 たとえば年収1000万円の人が10%分、100万円の株式で分配を受けると、企業の資本が増え、さらに所得が増えることで政府が受ける分配も増え、結果として167%の付加価値になるというシミュレーションがあるんです。
スズキ 実質的に、1000万円が1670万円になるのですから、これは凄いことですよ。
波頭 配当を1%下げただけで生まれる効果としては、確かにものすごいですよね。
スズキ 企業にはそのくらいの資金があるんです。あくまでシミュレーションに過ぎませんが、分配を適正化する重要性がわかると思います。
山崎 従業員にもっと投資をすることが、企業にとって合理的だと周知されれば、社会のためにもなるという好例ですよね。株主にばかり分配することが必ずしも有効ではない、という。
スズキ そうなんですよ。短期的には配当が下がっても、長期的にはこれは株主の利益に繋がるはずです。今のうちにこれをやらなければ、国富は目減りする一方ですから。
波頭 では最後にお2人に、日本をRethinkするキーワードをまとめていただきたいと思います。
山崎 私は「偏差値80超えの人を大切に!」ですね。
山崎 これは学力の偏差値でなくてもよくて、要するに正規分布の端から漏れてしまうような極端な人材こそが、何か大きな仕事をするのではないかということです。
 そういう“はずれ値”の人がちゃんと活躍でき、成功できる仕組みを機能させる必要があるでしょう。そのためにはベーシックインカムを整えるなど、失敗しても食いっぱぐれない状況を作ることも大切で、突出したチャレンジャーに抜本的な日本経済の改善を期待したいですね。
スズキ 私は「付加価値の適正分配」です。
スズキ 約4000社の上場企業がある中で、配当ばかりが膨らんでいる状況はやはり不健全で、利益や付加価値がちゃんと生まれているなら、それを適正分配する制度設計が必要です。
 資源は十分にあるわけですから、山崎さんがおっしゃったような「偏差値80超えの人」が活躍する土壌も、こうした制度が整えられてこそ生まれるのではないかと思います。
波頭 ありがとうございます。格差と低成長という日本の宿痾を解消するために、いずれも有意義なヒントをいただきました。
 分配が株主への配当にばかり偏っている事実を、ぜひより多くの人に受け止めてもらい、その上で誰もが自身の就職行動や消費行動、投資行動を考えるきっかけになれば幸いです。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp)

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私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、

パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2022年4月より全9話シリーズ(予定)毎月1回配信。

世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

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