記者クラブの外から見る

「投手の肘を壊すのは誰だ?」第3回

中学生年代の球数制限は育成にも貢献する

2014/12/5
今年、大リーグの舞台で田中将大やダルビッシュ有が肘の故障に悩まされ、1シーズンを通して活躍することはできなかった。なぜ一流投手たちはケガに泣かされ続けるのか? 肘という視点から日本野球の構造的問題を追求するシリーズの第3回は、中学年代にクローズアップする。
大野倫は1991年夏の甲子園で、決勝までの6試合すべてに完投。右肘を疲労骨折し、決勝戦がキャリアにおける最後のマウンドとなった。大学卒業後、野手として読売ジャイアンツ、福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)でプレーした(写真:岡沢克郎/アフロ)

大野倫は1991年夏の甲子園で、決勝までの6試合すべてに完投。右肘を疲労骨折し、決勝戦がキャリアにおける最後のマウンドとなった。大学卒業後、野手として読売ジャイアンツ、福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)でプレーした(写真:岡沢克郎/アフロ)

連投で肘が「く」の字に曲がった

名門高校野球部の監督から、衝撃的な話を聞いたことがある。

エースが甲子園で登板中、足に違和感を覚え、治療のためにベンチ裏に戻った。監督が「続投は難しい」と感じた一方、エースは「まだ投げたい」と訴えた。アドレナリン全開の選手が、何としてもグラウンドに戻ろうとするのは当然の話だ。監督が決断を迷っていると、歩み寄ってきた高校野球関係者に続投を勧められたという。

高校野球が数々のドラマを生み出してきた反面、過酷な日程や起用法、“大人の事情”により、多くの故障者が出ているのも事実だ。

とりわけファンの記憶に刻み込まれている1人が、1991年夏の甲子園で準優勝を果たした沖縄水産の投手、大野倫だろう。春から右肘の痛みを抱えたまま投げてきた大野は1991年夏の大会で、決勝までの6試合すべてに完投。3回戦以降は4日続けて行われた日程のなか、意識朦朧となりながら投げ続けた。大野の熱投は高校野球ファンに語り継がれている一方、肘が「く」の字までしか曲がらない姿で閉会式の行進に臨んだ右腕投手にとって、この年の決勝がキャリア最後の登板となった。

「僕がエース、意地の773球 右ひじ痛に耐えた沖縄水産・大野」

 決勝翌日、朝日新聞は上記の見出しを打ち、大野を称えた。後に日本の野球界からスポーツ科学の道に進んだ草分けとなる倉俣徹氏は、この記事に強烈な違和感を覚えた。

「新聞では『痛みに耐えて頑張った』というような美談にされていましたが、18歳までに投げすぎて肘や肩を壊すと、後に草野球もできなくなる。投手は20歳、22歳と歳を重ね、もっと成長していくのに……。プロの場合はピークが28歳くらいで、そこから4、5年続けて32、33歳くらいまでやれば、プロスポーツとして生涯設計の糧にできます。だけど甲子園で燃え尽きて、ケガで潰れたら、何のための野球なのかというところがブレてくる」

中学時代に何をすべきか?

東京学芸大学を卒業して1980年代半ばに群馬県立下仁田高校定時制の教師となった倉俣氏は、同大学の大学院に通いながらスポーツ障害の研究を進めた。将来、高校野球の監督としてどうすれば子どもたちを甲子園に連れて行けるかと考え、「いまの監督が持ち合わせていないスポーツ医学や科学、トレーニングの知識が必要」だと行き着いた。

倉俣氏は4年間、定時制で働きながらラジオで英会話を学び、アラバマ州にある米国スポーツアカデミーの大学院に合格した。30歳までの3年間でスポーツ科学の修士号やトレーニングコーチのライセンスを取得し、帰国後は企業スポーツでトレーナーとして活動を始める。数年後からプロ球団で通訳、トレーニングコーチとして計11年間働き、以降は高崎中央ボーイズなどでジュニア世代の育成に携わっている。

スポーツ科学を学んだ倉俣氏は、選手を効果的に成長させ、かつ故障のリスクを下げるために、年代に応じた指導の必要性を指摘する。

「子どもの成長には特定のサイクルがあります。8歳から12歳くらいまでがゴールデンエイジと言われ、脳神経系の能力が一番発達する。スポーツでも勉強でも一緒だと思いますが、サッカーならボールタッチ、野球ならスピードや遠投力ではなく、ボールやバットをコントロールする技術を習得させてあげるのがベストだと言われています」

子どもの頃に何をして、パワーやスタミナはいつから鍛えればいいのか。指導者には育成の設計図を正しく書くことが求められると、倉俣氏が続ける。

「中学生の頃は心肺能力が伸びるので、スタミナ系のトレーニングメニューを多くする。同時に身長の伸びが著しい時期なので、肘痛や肩痛、俗に言う成長痛がなるべく起きないようにしてあげる。高校生になると身長の伸びがひと段落して、食べたご飯が筋肉を太くしてくれるのでパワー系を身につけさせてあげる。指導者がそう考えていくと、肘痛などのリスクは自ずと下げられると思います」

ボーイズリーグにおける球数制限

指導者が知識を備えることはもちろん、環境設定による予防も重要だ。中学の硬式野球として行われているボーイズリーグやリトルリーグなどでは今年、投手のイニング制限が厳格化された。土日のように連続した日に2試合行われる場合、計10イニングまでしか投げられないと定められたのだ(1試合は7イニングで実施)。土曜日に7イニングを投げて完投したエースは翌日、3イニングしか登板できないため、少なくとも2人以上の投手による継投が必要になってくる。

投球制限には、故障を予防する以外のメリットもあると倉俣氏が言う。

「1人の負担を下げられるだけでなく、指導者は多くのピッチャーを育てないと勝てるチームがつくれません。そういう意味で、2、3番手のピッチャーにも試合で投げるチャンスが生まれる。試合で投げるチャンスがあれば当然モチベーションが上がるし、それに伴って努力する子どもが増えてくる。一石二鳥だと思います」

中学年代の軟式には制限がない

一方、同じ中学でも軟式野球にはこうしたルールが存在しない。高校野球では一部の大会でタイブレーク制の実施こそ決定されたものの、球数制限は導入されていない。

甲子園における球数制限の是非は別の機会に考えるとして、さまざまな年代の各連盟が「効果的な育成」や「故障の予防」について一体となって考えることができない理由のひとつは、サッカー界にある「日本サッカー協会」のように全体をとりまとめる組織が現状、野球では効果を発揮していないからだ。そして“大人の事情”もある。

新聞社によって主催され、NHKが全試合を全国放送する高校野球はその色が顕著だ。新聞は美談を書いて売り上げを伸ばそうとし、テレビは青春物語をつくって視聴者の共感を得ようとする。「200球熱投」「5試合連続完投」「鉄腕」などとすべてを感動ストーリーに仕上げ、投げすぎによる故障のリスクは見て見ぬフリだ。

腰を痛めたら生活にも影響

高校野球連盟にも、同様の姿勢を見て取れる。たとえば元プロ野球選手が球数制限を提案した際、「全員がプロを目指しているわけではない」と否定されたという。これは彼らの常套文句だが、倉俣氏は反論する。

「高校で燃え尽きて、その後、草野球ができなくなってもいいんですか? 肘や肩を痛めるのは、2本ある腕の1本だからまだマシかもしれない。でも腰を痛めて脊髄分離やすべり症、椎間板ヘルニアになったら、歩くことにも支障が出て草野球どころではなくなる。あなたはそういう選手をつくっているんですか? それが教育ですか? 高校野球で精神論を重視して、それで腰を犠牲にしていいのか。ダメに決まっています」

高校野球に心を動かされるのは事実だが、観る者が美しい涙を流すためには最低限、倫理観が不可欠だ。指導者やメディア、高野連は自分たちの責任を改めて鑑み、天秤にすべての材料を置いたうえで議論し、総合的に判断する姿勢が職業倫理的に求められる。

“大人の事情”でつくられた感動ストーリーや美談は、まったく美しくない。少年たちの肘や肩、腰には、もっと大事なものが懸かっている。

*本連載は隔週で金曜日に掲載する予定です。