2022/7/19

ジェンダー格差是正の一歩目は「偏見の自覚」と「自己開示」

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
経団連は2021年、「2030年までに役員に占める女性比率を30%以上にする」と掲げた。しかし実際の日本の上場企業における女性役員比率は、わずか7.5%(2021年7月時点)。

ジェンダーギャップ指数が世界156カ国中120位の日本。このまま格差が解消されなければ、ビジネスにはどのような影響を及ぼすのだろうか。

NewsPicks for WEが国際女性デー2022年3月8日に開催したオンラインイベントでは、企業がジェンダー格差を解消する方法について、実例を交えつつ徹底議論。その一部をダイジェストで振り返る。
INDEX
  • “無意識の偏見”が、日本の生産性を下げている
  • 同質性の高い組織には「盲点」が現れる
  • トップの自己開示がもたらすインパクト
  • 男性育休がマミートラックを解消する理由

“無意識の偏見”が、日本の生産性を下げている

──女性が労働人口の半分を占めるようになった今なお、日本社会、そして企業にはジェンダー格差が存在します。なぜ解消できないのでしょうか?
佐々木 日本のジェンダー格差の根本には、2つの問題があります。
 まず長時間労働を前提とした働き方。そして、ジェンダーや年齢、人種にまつわるアンコンシャス・バイアスです。
 これらが絡み合い、解決を難しくしています。
能條 私はデンマークに留学したときに初めて、日本のジェンダー課題が長時間労働と関連していることに気づきました。労働時間の差に驚いたんです。
 デンマークには男性も女性も等しく子育てや介護、家事などをする前提があるから、社会全体に労働時間を短くしようというムードがある。
塩野 デンマークやスウェーデン、私が2年ほど住んでいたフィンランドのような中小国は、性別を問わず労働市場に参加してもらわないと、国際社会でプレゼンスを示せませんからね。
 こうした国々と同様に、日本でも働き方を“時間ベース”から“付加価値ベース”へとシフトせざるを得ないフェーズに来ているはずです。
青野 レガシーな日本企業には、長時間労働とアンコンシャス・バイアスが染みついています。
 いまだに受付やお茶汲みを女性にやらせている企業は、日本という国そのものの生産性を下げていると気づいてほしい。アメリカ西海岸のIT企業では、そういう仕事はもう当たり前に機械化されていますよ。
佐々木 コピーや電話番は女性に、営業や経営企画は男性に……と、無意識に機会を振り分けて提供してしまうマネジメント層も珍しくありません。
能條 世代で意識は変わってきているはずですが、23歳の私自身にも、自分の中にアンコンシャス・バイアスがすり込まれていると気づくことがあります。
 たとえば中学時代に、クラスでも部活でも、声の大きい男子がリーダーにつき、私がサポート役を買って出ていました。そのほうがクラスや部活がうまく回るから、と。
佐々木 非常によくわかります。男女混合チームと女性だけのチームでディスカッションを比較すると、女性の振る舞い方がまるで違うんですよ。
 女性だけのチームではリーダーシップを発揮し、活発に発言した人たちが、男女が混ざった途端、一歩下がってサポートに回ろうとしてしまう。
 女性自らそう振る舞えば、それを見た人は「女性はサポート役を望んでいる」と勘違いしてしまう。バイアスはこうして強固になっていくのです。
青野 僕は最近初めて「バイアスは意識的に手を入れないと直らない」と気がついたんです。
 先日サイボウズでは、女性社員の声に応える形で、男女の給与格差について社内調査をしたんです。
 すると、責任ある仕事に就くようになるにつれて、男女の給与差が開いている事実が判明しました。恥ずかしながら、僕たちは「おかしい」という声が上がるまで、それに気づけなかった。
 アンコンシャス・バイアスは、アンコンシャスだからこそ難しいのです。

同質性の高い組織には「盲点」が現れる

──ジェンダーギャップが解消されないと、ビジネスにどういった影響が出るのでしょうか。
佐々木 業種や職種を問わず、多様性のあるチームと同質性の高いチームを比較すると、個々人の能力は同程度でも、前者の方が圧倒的にパフォーマンスが高いという調査結果が出ています。
 同質性の高いメンバー同士は経験値も似通っています。だから、同じ情報を同じようにしか処理できず、どうしても盲点が生じてしまうのです。
 それではイノベーションも起きないし、世の中の変化に付いていけなくなる。企業であれば、成長も見込めなくなるでしょう。ひいては、経済成長にも影響するはずです。
塩野 多様性によるレバレッジの大きさは、スタートアップや若い世代の人たちが見本を見せることになるのかもしれませんね。組織に多様性が必要だと理解できない企業は、どんどん潰れていくでしょう。
能條 古い価値観の企業には、人材も集まらなくなると思います。
 私は就職活動のとき、受付に若い女性がいるような企業は候補から外しましたし、優秀な友人たちは「日本企業はもう無理だ」と外資系企業に移ったりもしています。
 周囲の20代は性別を問わず、仕事一辺倒ではなくプライベートも大切にしたいと望む人ばかり。すべての人が自分のありたい姿で生きられる価値観へ、世の中がシフトしていく必要がありますよね。
青野 社会の空気を変えるには、「女らしく」と同様に、「男らしく」も封印して、男性に背負わせてしまっている“鎧”を外す必要もあります。
 たとえば、「男たるもの仕事に邁進すべきだ」というバイアスは、男性を家事・育児から引き離していく。僕自身、3回育休を取得しても、すり込まれた古い価値観との葛藤がいまだにあります。
 漫画やテレビ、先生にかけられた言葉……子どもの頃からの積み重ねでできあがった思い込みから脱却するのは、性別にかかわらず難しいな、と。
佐々木 日本ではおよそ95%の人たちに、「男性は仕事、女性は家庭」という思い込みがあるといわれています。
 専門家によれば、こうしたアンコンシャス・バイアスは6歳ぐらいまでに形成され、一度形成されると完全に消すのは難しい。脳が処理しやすいような“回路”を作ってしまうからです。
 そこを修正するには、青野さんがおっしゃったように、自分のバイアスを自覚して、意識的にコントロールし、新しい既成事実を作る。この繰り返ししかありません。
 バイアスを意識するトレーニングは、禁酒や禁煙と同じぐらい難しいと聞きます。

トップの自己開示がもたらすインパクト

──サイボウズでは、「100人100通りの働き方」を掲げています。短時間勤務や育休の延長といったさまざまな制度は、どのように整備されてきたのですか?
青野 サイボウズでは、「新しい制度は社員からの声からしか作らない」と宣言し、育休に限らず、副業や在宅勤務など、すべてボトムアップでできた制度です。
 ボトムアップで制度を作るメリットは、社員に自分ごと化された状態でスタートできることです。「社長の思い付きで作った制度だ」という意識では、浸透していきません。
──佐々木さんは、さまざまな企業でアンコンシャス・バイアスの解消研修を行っています。どんな企業が成功していますか?
佐々木 経営層が「自分にはバイアスがあった」と自覚するかどうかが最大のポイントですね。
 ある企業では、全社員向けの研修動画に、経営層が自分たちのバイアスを吐露する映像を盛り込んで、大きな反響を得ていました。
 経営層が自らの誤りを自己開示できたのは、「誰しも絶対にバイアスを持っている」という話からスタートしたからです。経営者だけ、男性だけではなく、全員の課題なのだという共通認識が生まれたのでしょう。
青野 トップの自覚と自己開示の重要性は、非常に共感しますね。僕も社内の給与差を自覚したことで、積極的に自分たちのアンコンシャス・バイアスについて社内で発言するようにしたんです。
 この前は「次の取締役を選任する際、アファーマティブ・アクションをやりたい」と伝えたんです。社内では賛否の声が巻き起こりました。今回は見送ったのですが、そうした議論が起こったこと自体に手応えを感じました。
能條 トップや管理職が変わってくれないと、年齢や職位が下の人たちは声を上げづらいですよね。
 女性には非正規やパートタイムで働く人も多いですし、正社員だけのためのジェンダー平等では一面的という気もします。
佐々木 年功のバイアスを取り払って、マネジメントを若手の女性メンバーにチャレンジさせている企業もあります。
 その結果、女性が自信を持ったりマネジメントの楽しさを理解したりできる。ひいては、社内の「やればできるんだ」という空気の醸成につながっていく。
──女性に多い「インポスター症候群」を乗り越えるために、メルカリのように昇進の打診を男性には1度のところ、女性には3度するという企業もありますね。
佐々木 「リーダー=男性」というバイアスから、自らリーダーシップをとるのに躊躇する女性は男性よりずっと多いんですよ。だからこそ、誰かが「やってみなよ」と声をかけて、組織みんなで成功体験を積んでいってもらいたいです。
塩野 男女問わず、やればできる。いっそのこと、制度として管理職比率を男女半々としてみてもいいと思うんですよね。
 男性だって「能力があるかわからないけど、あいつに任せてみよう」とポストを与えられてきたのに、女性が候補に挙がると「前例がない」と反対されるのは不平等ですから。

男性育休がマミートラックを解消する理由

──現在、上場企業の女性役員比率は7.5%。なぜ比率は上がらないのでしょうか? 「従業員の女性比率が低い」「管理職を目指す女性がそもそも少ない」を理由にする企業は多いそうですが……。
青野 女性役員比率が上がらないのは、女性の問題ではなく、構造の問題です。
 長時間労働をしたり上司に忖度して働いたりと、管理職の仕事が楽しそうに見えないから、性別を問わず管理職になりたくない人が出てくる。
佐々木 私自身、部長クラスの人たちからも、転勤や長時間労働がつらいという声はよく聞きます。
──女性活躍の課題として、産育休から復帰した女性が責任ある仕事を任されなくなる「マミートラック」もあります。これはどうしたら打破できるのでしょうか?
佐々木 マミートラックは、「身軽な立場のほうが子育てしやすいだろう」という思い込みからくる過剰な配慮だと感じます。能力もやる気もある女性が、そのせいでトーンダウンさせられるのは、機会損失ですよね。
塩野 マミートラックの改善には、まず男性育休が必要だと思います。男性たちが女性の視点を獲得することで、気づきを得て、それが組織の記憶になっていく。
能條 現状、男性育休の取得率は上がっています。ただ、出産立ち会いの数日の休みまで男性育休としてカウントされてしまっている現実を見ると、本当に女性の視点を手に入れられるのか疑問です。
青野 男性の長期育休が一般的になるまでには、それこそ組織の記憶を重ねていく必要があるでしょうね。
 僕自身は過去3回の育休を取得しています。12年前に初めて2週間の育休を取ったときは、社内の空気は変わりませんでした。
 でも5年後に3人目が生まれた際、育休は取らずに、時短勤務を半年間続けたんです。保育所のお迎えに間に合うように、毎日夕方4時になったら社長がダッシュで帰っていく──これが社内の空気をガラリと変えました。
 男性の育休取得が当たり前になり、今では3カ月や半年と長期で取ってくれる人も増えています。
──男性が長期の育休を取れない背景には、男女の給与格差の問題もあるといいます。
青野 そうですね。それに不満を感じる人こそ、給与面などでジェンダーギャップがない環境に転職してほしい。歯を食いしばって我慢するほど、進化できない経営者がのさばり続けてしまいます。
佐々木 経営層が女性たちの声を聞きたいと思っている今こそ、女性たちの望む働き方を実現しやすい好機です。パートタイマーの方々が声を上げたことで、働き方改革が進んだ企業もあります。
 いずれ大手企業で、ジェンダーギャップ解消が生産性向上に寄与した実例が出てくれば、世の中は大きく変わるはず。そこにつなげるためにも、小さな実例を絶やさないでいきたいですね。