2022/7/21

「Zoom」が描く、ビデオコミュニケーションの民主化とは

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 2020年以降のコロナ禍で急速に普及したリモートワークやオンライン会議。それを牽引したのが、ビデオコミュニケーションサービス「Zoom」だった。

 今やビデオ通話の代名詞になっているが、多くの企業が新たなコミュニケーション手段を模索した時期に、なぜ後進だったZoomが選ばれたのか。

 そして、オンラインのコミュニケーションに必要不可欠なチャネルとして認知された今、Zoomはどのような未来を描いているのか。

 ビデオ通話の使いやすさを追求してユーザーを獲得してきたZoomが構想する拡張の方向。そこから生まれるBtoB、BtoCのプラットフォーム像を、Zoomの日本法人であるZVC JAPAN社長の佐賀文宣氏に聞く。
INDEX
  • Zoomはなぜ、シェアを獲れたのか
  • プライベートユースにこそ「安心」を求める
  • ビデオプラットフォームの拡張性
  • 「機能」が連携し、広まっていく

Zoomはなぜ、シェアを獲れたのか

── なぜZoomは、多くのユーザーからコミュニケーションのハブとして選ばれたのでしょうか。
佐賀文宣 圧倒的につながりやすく、切れにくかったからです。Zoomは従来のビデオコミュニケーションツールと、グランドデザインがまったく異なっていました。
 今使われているほとんどのビデオコミュニケーションツールのコードは、20年以上前に書かれたものです。当時はクライアントサーバの時代でした。
 サーバに高性能のコンピュータを置いて重い作業を行い、処理された機能やサービスをユーザーのクライアント端末で利用する。たとえば映像と音声をサーバで合成し、端末に送って動画として視聴する。そのようなデザインが一般的だったんです。
 一方、Zoomが製品開発を始めたのは11年前のこと。iPhone 4Sが発売され、デバイスの性能が急激に上がった時代です。そこでZoomは、映像と音声を合成し、動画として表示する作業をすべて端末側で行うなど、新しいグランドデザインを採用しました。
── それが、つながりやすく切れにくい性能を支えているわけですか。
 そうです。サーバに情報量の大きい処理が集中するかつてのデザインの場合、会議の参加者が10倍になれば、サーバの負荷も10倍になり、スピードは10分の1になってしまう。
 しかしZoomは、参加者の端末のCPUにも、ミーティングを開催するうえで必要な処理を分散させながら動作します。そうすると、参加者が増えてもその数だけ端末台数が増えるので、通話のクオリティに影響が出ないんです。
── コロナ禍で会議や商談がすべてリモートになると、それまでのビデオ会議と比べて参加人数が格段に増えました。それでも話しやすかったことには理由があったんですね。
 上で説明したのはグランドデザインの違いの一例ですが、ほかにもさまざまな独自技術によって、多人数が同時に接続しても通話が途切れないようになっています。
 これが、Zoomの最大の強みです。過去にも似たようなビデオ通話のサービスはありましたが、実用性は低かったと思います。
 私も前職ではいろいろなツールを使いましたが、4〜5人がビデオ会議に入ると音声や映像が途切れたり、固まってしまったり。最初の挨拶だけを顔出しで行って、あとは画面をオフにして電話会議のようになるケースもよくありましたよね。
 リモートワークが普及したことで各社のサービスも改善が進みましたが、既存のグランドデザインはなかなか変えられない。Zoomは後発だったからこそ、新しいグランドデザインを設計し、大人数がオンラインで顔を見ながら、対等にコミュニケーションできる環境をつくれたのだと思います。

プライベートユースにこそ「安心」を求める

── Zoomも以前より使いやすくなっていると感じますが、コロナ禍以降でもっとも進化した点はなんでしょうか。
 ソフトウェア面の細かなアップデートは無数に行っています。たとえば「Zoomは遅延が少ない」と言われますが、ユーザーの通信環境によって、遅延は発生しているんです。
 でも、遅延した分だけ映像と音声を圧縮し、声と口の動きを合わせる技術によってそう感じさせない。オンラインでいかに自然なコミュニケーションができるかという点には腐心しています。
 それに加えて、急速に進化させてきたのは「セキュリティ」です。以前はビジネスユースが主でしたが、コロナ禍において個人の利用が爆発的に増えました。
 企業なら各社のセキュリティポリシーに基づいてZoomが使用されますが、一般のご家庭や学校などでは、会議のURLやパスワードをSNSに載せるなど、無防備に使用されるケースが出てきました。
 そのような利用状況も踏まえ、個人の方でもより安全にお使いいただけるようセキュリティ機能を徹底的に強化してきました。
 コロナ禍でオンラインコミュニケーションが一般化し、ビジネスとプライベートの境目もあいまいになった。それまで用途によってアプリを使い分けていたのが、より汎用的に利用されるようになり、広い層が気軽に安心して使えるように管理機能を進化させてきた、という感じですね。

ビデオプラットフォームの拡張性

── これだけ多くのユーザーを得たZoomは、この先、どんな構想を持っていますか。
 2年前に「キラーアプリケーションからキラープラットフォームに」という宣言を出しました。それまでウェブミーティングに特化して行ってきた機能や製品の開発も、より広い領域への拡張へと軸足を移しています。
── ビデオコミュニケーションツールであるZoomがプラットフォームになるというのは、どういうことでしょうか?
 グローバルからこの戦略を共有されたとき、私自身も社員も、日本の社会や経営環境を前提に、その概念を真に理解することから始めました。
 Zoomが日本の働き方を変えたといっても、実際には在宅勤務の普及はオフィスワーカーが中心で、日本の労働者の4分の1程度の方々に使っていただいたに過ぎません。現実を見ると、お店や工場、行政、市民サービスなど、Zoomが貢献できていない職種の方々が大多数です。
 プラットフォームになるためには、一部の人だけのためのソリューションであってはいけない。誰もがその恩恵を受けられるようにしなければなりません。
 Zoomは簡単に使えますが、まだオフィス用アプリケーションの延長です。PCやスマホなどのデバイスとeメールアドレスが必要で、パスワード入力の手間もあります。しかし、カメラやAIによる画像認証によって、こうした制約を乗り越えることは可能です。
 我々の営業戦略として、企業の中で使っていただくビデオコミュニケーションツールとしての基本は変わりません。
 そのうえで、まずは企業がビジネスの先でつながっている一般消費者に対して、Zoomを用いたサービスを提供できるようにすること。
 そして、これまでのビジネス・生活環境でZoomを利用できなかったユーザーにも圧倒的に使っていただくこと。この3つを柱に考えています。
── 企業による一般消費者向けサービスとは?
 たとえば「Zoom Contact Center」というサービスがあります。これはコールセンターやヘルプデスクなどのコンシューマーとの窓口でZoomを活用します。
 従来は電話やチャットが一般的でしたが、企業のコマースサイトにZoomを埋め込むことでビデオコミュニケーションが可能になります。
 併せて、従来使われていた電話やチャットも同じアプリに一元化できるため、これまでさまざまなサービスに分散していた対コンシューマーのコミュニケーション情報を集約して管理しやすくなります。私たちはこの領域を、「Unified Communications」と定義しています。
 このようなプラットフォームは、一般消費者の体験や、個人による発信、D2Cなどのビジネスの可能性も広げていくでしょう。
 今は「Zoomする」「Zoom会議」などと呼ばれるコミュニケーションも、さまざまなサービスに組み込まれることでより自然に、Zoomであることさえ意識されないような形で浸透していってほしいと考えています。

「機能」が連携し、広まっていく

── Zoomの機能を拡張するだけでなく、外部のサービスに機能を組み込んでいくんですね。
 ええ。Zoomのコアは、あくまでビデオコミュニケーションです。さまざまなサービスをすべてZoomでつくるつもりはありません。
 業種や業態ごとに、すでに業務プロセスやフローが確立されていて、それぞれに最適化されたソリューションを提供する企業があります。そうしたところにZoomの強みであるコミュニケーション機能を提供することで、より大きな価値をともにつくることができるでしょう。
 たとえば、コールセンターの機能やプロセスを熟知してサポートしている企業、多くの人に利用されているECサイト、医療や行政の課題に向き合いテクノロジーで解決しようとしている事業者たち。
 そうした既存のビジネス構造のなかでフローを構築している企業とパートナーになることで、Zoomの技術やソリューションもより広く使っていただけるようになります。
── 今後、とくに活用してもらいたい業態や職種はありますか?
 たとえば人材不足などの課題を抱えている行政や医療の領域で、ソリューションのモデルをつくりたいですね。地方公共団体の窓口や、遠隔医療に取り組む事業者からZoomを使ったリモート化ができないかというお声がけを多くいただいています。
 それに、お年寄りも含めてさまざまな方に対応する銀行や保険の窓口業務。ビデオにつながる手順がシンプルで、顔を見せて行うコミュニケーションが円滑であれば、お客様は安心感を得られます。
 こういった対人コミュニケーションをサポートする機能も拡充していきます。Zoom IQというテクノロジーは、画面越しの相手の表情をAIが認識し、「どの程度理解しているか」「何を提案するとより伝わるか」「話すスピードは適切か」といった分析と提案を行います。
 こういう技術を組み合わせることで、リモートのデメリットを減らすだけでなく、オフラインのサービスよりも行き届いたものにできると考えています。
── Zoomのアプリケーションには、どんなデベロッパーが参画するでしょうか。
 グローバルでは、APIとデベロッパーズキットを公開することで、Zoomが持っていない機能をサードパーティに開発していただくマーケットプレイスがあります。いわば、製品としてのZoomに足りないところを、皆さんに埋めてもらっています。
 一方、日本では、よりBtoBで貢献できる部分が大きいという実感がありますね。
 先ほどお話ししたように、各分野のソリューションを得意とする企業があるので、新しいサービスをつくるよりも、ZoomのAPIとデベロッパーズキットを使って既存のシステムに組み込んでいただくことで、より大きな価値を提供できる。
 さまざまなSIer(システムインテグレータ)やメーカーの方々と、そうした形でソリューション開発に取り組んでいます。
── メーカーやサービス提供者が自社で機能を開発するのではなく、Zoomを活用するメリットってなんでしょうか。
 単純に、機能や性能というわけじゃないんです。一般消費者が利用するためには、すでに使い慣れているサービスであればあるほど、とっつきやすいんですよね。
 Zoomが法人だけでなく、個人のお客様にも広く使っていただくようになったからこそ、異業種や他社の皆さんから「使いたい」と指名でお声がけいただくケースが増えました。ここから先は、新しいフェーズだと思っています。
── これまでとどう変わっていきますか。
 私のイメージは明確にあって、日本人全員が毎日、知らない間にZoomを利用していることです。特別にZoomであると意識することなく、オフラインとオンラインの違いさえ忘れるくらいシームレスに。
 それがつまり、ビデオコミュニケーションの「民主化」です。
 今、開発・構想している技術が実装されると、もっと多数の方が同時に話せるようになったり、これまでリモートワークを行えなかった職種の方にも活用していただきやすくなったりと、少しずつ理想に近づいていきます。
 その延長線上に、もっと体温とか、臭いとか、空気みたいなものを感じられるコミュニケーションを夢見て、日本での事業を進めています。