日本女子 in プレミアリーグ・連載第9回

サッカークラブは「働くママ」が結構多いんです

2014/12/2
イングランドの名門クラブで働く本村由希には、これまで自分の仕事が日本の人たちになかなか伝わらないというもどかしさを感じてきた。そこで「どんな人が働いているか?」、「選手に会える?」、「給料は?」、「女性が多い?」といったサッカークラブの世界を2回に渡って紹介する。
本村由希が働くクラブでは妊娠中の女性を含めて「働くママ」が非常に多い。写真はプレミアリーグで活躍するシアン・マセイ副審(写真:アフロ)

本村由希が働くクラブでは妊娠中の女性を含めて「働くママ」が非常に多い。写真はプレミアリーグで活躍するシアン・マセイ副審(写真:アフロ)

クラブ社員の勤務形態

前回までは私がどのように仕事をゲットしたかをお話しましたが、今回はもう少し、仕事のことについて話をしたいと思います。前回までちょっとくどい話ばっかだったので、今回はスマホでサクッとを目指してなるべくゆる~く。

なぜここにきて内容のユルイ話をするか。今回の狙いはよくわからないサッカークラブの世界を皆さんに少しでも身近に感じてもらうためです。

こうして海外のクラブで働いているとスポンサーシップというのはかなりメジャーなのですが、アジアや日本の方々に私の仕事を説明するとよくわかってもらえないことが多いです。

私がサッカークラブでスポンサーシップセールスに関わる仕事をしていますというと、5秒くらい沈黙になることが多々あります。なので、スポンサーを探す仕事をしていますというと、沈黙が3秒に短縮されます。

普段サッカーを見る人もサッカーを知らない人にも想像しにくい仕事なのかもしれません。サッカーというと、どうしてもサッカーという競技そのものを想像してしまいがち。

恐らく、この世界を外から見ている人って「サッカークラブってサッカーするところでしょ」っていう感じなのではないでしょうか。そこにどういう仕事があるのか、ピッチ外で一体誰が何をしているのかなんてわからないのが一般的な考え方だと思います。

「へ? サッカークラブで働いてるんですか? ってか試合の無い日に仕事あるんですか?」っていう質問もよく聞かれます。「ハイ、私、基本は月~金の9〜17時勤務です」というと、へぇ~って驚いた顔をされます。

どんな人が働いている?

また、働いている人たちのバックグラウンドも様々。

前のクラブの営業社員はほぼ全員がサッカー以外の業界で営業として経験を積んだ人たちでした。金融だったり、ITだったり。

今のクラブは私のように他クラブから転職してきた人、広告代理店でスポーツ関係の取引をしていた人が主。これもクラブによって様々だと思います。

大学や大学院でスポーツビジネスとかサッカービジネスを専門的に勉強してきた人もいますが、そうではない人もたくさんいます。

そういう私も大学院では国際マーケティングを専攻しました。スポーツやサッカービジネスを勉強したわけではありません。

私が大学院で学んだこと

実は最初は潰しの効きそうな国際ビジネスというコースを取るつもりだったのですが、大学院が始まる前の英語コースで知り合った友人が、「ねぇ、マーケティングの方が簡単に卒業できるらしいよ。マーケティングに変えちゃおうよ」というのでギリギリで変えました。結論から言うとマーケティングコースの方が色々と大変でしたけど。

大学院ではマーケティングの授業はほとんどなく、全ての講義を私たち生徒が教授に向けてしなければなりません。全てがグループワークの連帯責任。日本人のクセに和を重んじない私には苦痛でなりませんでした。が、ここは外国。私以上に和を重んじないツワモノばかり。7時集合なのに、6時45分にジョギングを始めるアホウが現れたときは、「これは、今まで和を大切にする日本社会で個人プレーに走ってきた自分への罰に違いない」と思うしかありませんでした。

とにかく、そんな目標意識のカケラもない私が国際マーケティングなんて専攻して、今はスポーツマーケティングに関わる仕事をしてるんですから、人生は何が起こるかわかりませんね。それに、コース期間中はプレゼンを作って発表しまくったおかげで、プレゼンが得意になりました。これが前回書いた楽しい面接に繋がったと思うと結果オーライかな。

逆に、サッカークラブで経験を積んだ人がどういうところに転職していくのかというと、やはりサッカーかスポーツ関係に行く人が多いです。クラブで勤務した間に培った経験や人脈を使って自分でスポーツエージェント会社を起業する人、他のクラブの営業やマーケティングに転職する人、FA(イングランドサッカー協会)に行く人、スポンサー企業のスポーツマーケティングやブランディング部門に行く人(スポンサーを売る側から逆にスポンサーを買う側に回る)、などなど。結構狭い世界なんですよ、この世界って。

サッカークラブの組織図

サッカークラブで働くっていっても普段はどういう仕事をしているのかよくわからないと思いますが、この世界でユニークなのは、私たちが働くコマーシャル部門とサッカーの競技に関わる部門が分かれているところでしょうか。

コマーシャル部門だけを見ればサッカークラブである以前にフツーの会社だと思います。人事部があって経理部があって、私たちスポンサーセールスがあったり、広告や宣伝を扱う部署があったり。

車を製造している会社が車を売るように、サッカークラブのコマーシャル部門はサッカーに関するコンテンツやチケット、商品、サービスを売る…ただそれだけのこと。コマーシャル部門はいたってシンプルです。

サッカークラブっぽいといえば、スポンサーを売った後にスポンサーさんのお世話をする部署があること。あと、クラブによっては自前のテレビチャンネルを持っているので、スタジオがあってテレビ関係の部署があることかな。

ただ、サッカークラブで働いているからこそ聞かれる質問や要望は独特なものかもしれません。

例えば、サッカークラブで働いていますというときまって聞かれるのは「選手のマネージャーとかですか?」という質問。これ、完全に違います。

全てのクラブがそうとは限らないと思いますが、基本的に私たちコマーシャル部門の人間が選手と会う機会というのはありません。選手は練習場に行ってトレーニングしてますから、オフィスに来ることもほとんど無いです。

また、会社のデータベース上でも選手や監督の個人情報は一切載っていません。大切な戦術や移籍の情報が漏れては大変なので、機密情報管理は徹底しています。なので、「あの選手にインタビューさせて!」とか、そういう要望は困ります。一般社員が選手個人のインタビューをアレンジできるなんてことは一切ありません。

あと、選手の仕事を管理しているのは選手のマネージメント側の方たち。クラブの人間が個々の選手のマネージャーになるとか、そういうのは私のクラブでは聞いたことがありません。

選手に会えるのはごくたまに

私自身、ホームで試合がある日はスタジアムで働くこともありますが、まず選手に会って話をするなんてことはありません。たまに選手とすれ違うのですが、自分の仕事に追われていて気づかないことがほとんどです。

あと、ヨーロッパの選手は基本的に背が高くて、私といえば日本人平均よりちょっと小さいくらいなので、お互い視界に入らないという、ちょっと残念な感じ。

クラブの指定スーツを着て、シュッとしていて香水の臭いがプーンってすれば大体選手であることは最近わかってきました。「お疲れ様です」くらい言いたいなぁ。

なので、「有名サッカークラブで働いて、あのスター選手と毎日ハイタッチしたりなんかしちゃって!」とか考えてるそこのアナタ、残念。そういう気持ちで日本を飛び出さない方がいいですよ。規模の小さなクラブではそういうのも可能かもしれませんが、基本的に選手とお友達にはなれませんので。

移籍情報は質問しないでください

もうひとつ面白いというか困るのは、私がサッカークラブで働いているとわかったとたんにクラブの移籍情報をどうにか聞き出そうとする人。

私たちコマーシャル部門にいる人間に移籍情報を聞いても本当にわかりません。私たちも誰が自分のチームに来るのか、そして誰がチームから出て行くのかを新聞やネットの報道で知るんです。夏の移籍マーケット最終日なんて大変。皆、職場のテレビにかじりついて、仕事になりません。

また、「この選手のここがよくないんだよ、パスの精度が…(以下省略)」のように、選手やチーム戦術に対する持論を展開する人もいます。でも残念ながらこういうの全然わからないのです、私。

選手のパフォーマンスやチーム戦術に関しても、それを専門に管理する人がいます。私たちの部門にそれらの情報が入ってくることは絶対にありません。私に熱く語っても、まったく話が通じないと思いますし、何も変わらないですよ。

クラブ社員の給料は高い?

待遇面も皆さんは気になるところでしょうか。選手の推定年俸が報道されることもあってか、「いい給料もらってるんでしょう?」とか言われることもありますが、選手でなければそんなことも無いです。

正直、営業やマーケティングをやるなら、違う業界に行った方が確実にもっといいお給料がもらえるのではないでしょうか。サッカークラブで働くのに、お給料の面で期待はしない方がいいと思います。選手と社員のお給料形態は全く別ものです。

働くママたちへのサポート

実は今のクラブに来て最初にビックリしたのは妊婦さんの数でした。一時期は犬も歩けば妊婦に当たる状態。そして、誰かが産休に入ったかと思えば、誰かが産休から復帰してきます。

産休に入った分の穴埋めは産休カバーを雇うので問題なし。先週も数カ月前にママになった社員が赤ちゃんを見せに職場にやってきてました。こういうの、頻繁に目にする光景です。

それと、働くママもたくさんいます。大体、働くママはパートタイムとして週に2、3回出勤します。残りの日は、会社から支給されたノートパソコンを使って自宅で働いています。

隣の部署にいる働くママは、クラブで11年も働くベテランさん。たまに4歳になる娘さんをオフィスに連れてきます。先月には昇進も果たし、会社にとって欠かせない存在です。部署は違えど、私のことを頻繁に気にかけてくれる彼女は私の憧れでもあるのです。

私の働くクラブで「ワークライフバランス」という言葉は当たり前のことすぎて話題にすらなりません。

こうして職場に妊婦さんや働くママさんがたくさんいるのはとてもいいことだと思います。ただ、どうしても体調がすぐれなかったり、小さな子どもが急に体調を崩して飛んで帰らなければならない日もあります。そんなことがあっても、誰も文句は言いません。当たり前のように仕事をカバーします。

意識を高める特別講義

元々、私が住んでいる地域は優しくて親切な人が多いのですが、それ以上にこういった部分はクラブの社員教育がきちんとしているのも大きいのではないでしょうか。

というのも、クラブに入社するとすぐに特別講義を受講しなければいけないきまりがあるのです。

そのクラスでは差別とは何か、どうして差別をしてはいけないのか、働く上でのチームワークとは何かなどをテーマに講義が行われます。また、講義の後はこうしたテーマに沿ってグループディスカッションをし、最後に自分がどう思うかを発表しなければいけません。

このクラスを受講し、「人種、性別、宗教などによる違いで差別をしてはいけないこと、また、思いやりを持って働くことを理解しました」という一文にサインをしなければ、業務に就くことができないルールになっています。

私がこのクラスを受講した際、司会者の女性が「思いやり」について話をしていたときに、まさに子どもを持つ親のことを例にしていました。

「誰かの大切な家族に何か緊急事態が発生し、急に帰宅しなければいけなくなったらチームがそれをカバーするのは当たり前です。アナタだって家族が大切でしょう?」と。

移民国家ですから、人種や宗教への差別に対する社員教育は徹底してることは予想できました。ただ、こうして家族や子育てにも配慮した社員教育をしているのは驚きでした。

このように社員を大切に扱い、社員やサポーターをファミリー(家族)だと言ってくれる自分のクラブ、大好きですよ。働いていて楽しいです。外国人であるがためにストレスを感じたり、ツライと思ったりすることは正直ありません。もちろん、周りの人のやさしさがあってのこと。同僚には感謝してもしきれないです。

(次回に続く)

*本連載は毎週火曜日に掲載する予定です。