2022/6/30

【地方創生】なぜ検索結果からは「地域の価値」は見えてこないのか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
コロナ禍で、鉄道会社が苦戦を強いられている。移動制限やリモートワークで利用者が減少し、JRや大手私鉄は軒並み赤字を計上した。
地方の足として欠かせないローカル鉄道の広島電鉄も例外ではない。2020年度には過去最大規模となる32億円の最終赤字を計上し、現在も苦境は続く。

そんな状況下で迎えた2022年3月、同社で新たに地域活性化プロジェクトへの挑戦が始まった。三菱電機が手掛ける地域振興プラットフォーム「ekinote(エキノート)」の実証実験だ。

アフターコロナの世界で、広島電鉄が抱く危機感とは。そして、三菱電機が地域課題の解決に乗り出す背景とは。
広島電鉄株式会社 坂元麻里氏と、三菱電機株式会社 柳沢真広氏に、地域活性化に向けた共創プロジェクトについて聞いた。

交通事業者の“ライバル”はデジタルに

──コロナ禍で移動が制限され、この2年間は多くの鉄道会社が苦境を強いられてきました。広島電鉄にはどのような影響があったでしょうか。
坂元 これまで私たちの競合は他の交通事業者でしたが、コロナ以降はライバルが「デジタル」へと変わりました。まず、“移動すること”を選んでもらうところから始めなくてはなりません。
 広電グループの収益の柱は電車をはじめ、バスや船などの運輸業です。利用客の減少に大きな打撃を受けています。コロナ禍以降は2年連続の赤字、特に2021年3月期の連結決算では、過去最大規模となる32億円超の赤字を計上しました。
 もともとコロナ以前からも、少子高齢化で通勤通学客が徐々に減っていく見通しでしたが、在宅勤務やリモート授業によってその流れが一気に加速した形です。好調だったインバウンド需要もストップし、電車・バスの輸送実績はコロナ以前の約7割にとどまっています(2022年6月現在)。
 この先コロナが完全に終息しても、利用客が以前の水準まで戻るとは考えていません。人々の生活スタイルそのものが変わりましたから。
 戻らない収益分をカバーできるように、収益構造の改善は急務。そこで必要なのは、既存事業の抜本的な「変革」と、運輸業以外の新たなビジネスへの「挑戦」です。この「変革と挑戦」をキーワードに、2021年5月に見直しを行った中期経営計画からは、業務効率化や外部パートナーとの連携などに、これまで以上に積極的に取り組んでいるところです。
 とはいえ、私たち広島電鉄にとって交通は当たり前のもの。三菱電機さんの「ekinote(エキノート)」の実証実験が、自社や広島エリアの対外的な価値について考えるきっかけをくれました。

“情報だらけ”で、地域の魅力が見えない

──ekinoteについて詳しく教えていただけますか?
柳沢 ekinoteは、全国約9,100駅ある鉄道駅を起点に、その駅と周辺の街にまつわる交通や観光、グルメといった情報を一元化したガイドブックアプリです。
 全国各地の交通事業者や自治体へのヒアリングで「沿線の価値をもっと発信したい」という声を非常に多くいただき、新たな情報発信の枠組みとなるekinoteの構想が生まれました。
 単なる街情報の発信の場にとどまらず、事業者や自治体が積極的にリアルかつ最新の情報を発信し、そのユーザーデータを地域活性化につなげられる。そんなプラットフォームとして設計しています。
 街の魅力が伝わることで人が集まり、その行動からさらなる情報が生まれる。そうした循環が、ekinoteの最大の魅力になると考えています。
──なるほど。とはいえ、すでにネット上には地域情報を発信するサイトがあふれています。
柳沢 たしかに検索結果には、すでに情報が乱立しています。それ自体も課題であり、さらにサジェストされる多くは、観光エリアやジャンル、あるいは事業者ごとといった、提供する側の事情で区切られた情報ではないでしょうか。
 ユーザー視点では、本来はエリアのあらゆる情報がまとまっているほうがいい。そして、全国各地の情報が網羅されているのが理想でしょう。その際、観光ガイドのようなエリア分けでは広すぎる。そこで注目したのが「駅」という単位なのです。
 三菱電機は全国に支社があり、交通事業者をはじめ地域の方々と密にコミュニケーションを図っています。そのネットワークを生かせば、全国区で地域情報の発信に特化したサービスが構築できるのでは、と考えています。
坂元 私たちも情報発信のあり方には、ずっと悩んでいました。
 ローカルの小さな事業会社では、発信にかけられるリソースも限られます。実は、広島電鉄に「広報・ブランド戦略室」という広報の担当部署を立ち上げたのは、わずか1年前なのです。
 これまでの公式サイトや駅ポスターなどの一方的な露出から、もっとお客様の生活の中へ出向き、双方向でのコミュニケーションを試行錯誤していきたいと思っていた矢先に、ekinoteの「駅」という切り口は非常に魅力的に映りました。
 アプリ内の「エキガタリ」というタブでは、私たちからブログ形式での情報発信が可能です。現在行っている実証実験では、当社の駅周辺の歴史紹介やイベント告知に活用させていただいています。
原爆ドーム前駅の「エキガタリ」には、1980年に運行した花電車の写真を掲載。広島電鉄ならではの視点で周辺の魅力を伝えている。
柳沢 広島電鉄さんのエキガタリは、弊社内でもすごく好評なんですよ。やはり、その街を深く知る人ならではの情報ですし、「地元の方から見ると、この地域の魅力ってここなんだね」という気づきを得られるのもおもしろいと思います。

三菱電機がなぜ地域活性化?

──そもそも、総合電機メーカーの三菱電機が地域振興プラットフォームを手掛けるのは意外に思えます。
柳沢 ekinoteは、私たちの顧客の声から生まれた新しい共創プロジェクトです。
 三菱電機は全国に支社を持ち、各地の交通事業者や自治体、デベロッパーなどの皆さまとお付き合いがあります。そこで組織や地域にまつわる課題についてヒアリングを行ってきました。
 そのなかで浮き彫りになったのは、地域や事業者間でのデジタル施策の大きな格差でした。
 特に地方においては、デジタルの必要性は感じているものの、リソース不足でなかなか施策を進められずにいるようです。
 今回の広島電鉄さんとの実証実験は、もともと弊社の交通部が広島電鉄さんの車両課に製品を納めていたつながりから、ekinoteを紹介させていただいたんでしたね。
坂元 そうですね。実は、そのときお話を伺った担当者が、偶然にも「アプリを使ったお客様サービス」を検討中だったんです。
 当時、弊社では部署横断でチームを組み、1年ほどかけて課題の解決策や新規アイデアを練る研修を行っていました。
 弊社はMaaSのような取り組みを進める一方で、まだまだアナログな業務が多く、DXは後れを取っている。そこで、研修に参加していた車両課の担当者のチームは、さらなるデジタル施策を考案中でした。ekinoteは、まさにそこに合致するセレンディピティだったのです。
 業務のデジタル化は避けて通れないとはいえ、自社でシステムを構築するとなれば時間もコストもかかる。デジタルのプロフェッショナルである三菱電機さんにプラットフォームを用意いただけたのは大きいですね。
 研修を経てボトムアップで上層部に相談し、私が所属する地域交流事業課での実証実験の推進が決まりました。スタートして3カ月ほどですが、こちらの声をよく吸い上げてくださるので、ますます使いやすくなっていくだろうと確信しています。
柳沢 ありがとうございます。こちらこそ、広島電鉄さんからいただく事業者目線での提案に、非常に助けられているところです。
 たとえば発信の仕方ひとつとっても、社員全員が簡単に発信できるようにすべきなのか、担当者がより詳しく発信できるよう特化すべきなのか、運用次第で開発のアプローチは変わります。アジャイルで開発を進める上で、リアルな現場の声はとても心強いです。

共創の第一歩は「利他の精神」

──広島電鉄は、これまでもさまざまな企業と共創に取り組まれています。今回のekinoteも含め、共創において大事にされていることはありますか?
坂元 まず、いただいたお話はすべて前向きに検討することでしょうか。
 たとえ目先の利益につながらないとしても、共創を通じて「広島電鉄は何ができるのか」を考えること自体が、地域振興の可能性を広げるはずだからです。
 実際に取り組みが動き出してからは、共創のパートナーと同じ熱量で、どんな障壁があるのか、それを乗り越えるにはどうすればいいかを常に考え、社内の関係各所との調整の手間を惜しまないことが重要だと感じます。
三菱電機と広島電鉄のekinoteプロジェクトメンバー。「縦割りだった組織から、部署の垣根を越えた取り組みが増え始めている」と坂元さんらは口をそろえる。
柳沢 新たな施策のために部門や組織を動かすのは、簡単ではありません。今回の実証実験にこぎつけられたのも、坂元さんをはじめ、広島電鉄さんの行動力のおかげです。
 ekinoteプロジェクトでご一緒するなかで、広島電鉄さんには共創の精神が深く根づいているのを強く感じます。
「共創によって、みんなで地域を盛り上げる。その結果は、やがて自分にも返ってくる」という利他的なスタンスは、地域振興のロールモデルだな、と。
──今後のビジョンについて教えてください。三菱電機としては、将来的にekinoteにどのようなインパクトを見込まれているのでしょうか?
柳沢 ekinoteは、地域振興に貢献するという社会的意義に加え、将来的にスマートシティ事業へとつながるプロジェクトだと考えています。
 スマートシティ事業の展開には、地域への深い理解が欠かせません。各地の方々がどのような思いで暮らし、どのような街を望んでいるか知らないままでは、街づくりの入り口には立てないでしょう。
 そうした地域の生の声を聞く仕組みを設けると共に、ゆくゆくはビッグデータにも活用できる基盤を作りたい。その入り口がekinoteという位置づけです。
 中長期的にはekinoteの全国展開、さらにはスマートシティ事業という長期的なビジョンはありつつも、まずは広島エリアのekinoteをしっかりと磨きたいです。
 ユーザーにとっても事業者にとってもベストな形を作りきらなければ、今後いくら拡大しても薄っぺらなサービスになってしまいますから。
坂元 掲載する情報も、もっと充実させたいですね。広島電鉄だけでなく、地元企業や行政なども巻き込んで、最終的に“オール広島”で取り組めるのが理想です。
 私は「移動そのものは目的にならない」と考えています。行きたいと思える場所があって初めて、電車やバスを使ってもらえる。交通手段よりも先に、まずは“目的地としての広島県が持つ魅力”を知ってもらわなければなりません。
 そう考えると、広島電鉄の駅だからといって、私たちだけが情報を発信するのは、もったいないですよね。
 どこかの交通事業者が所有する駅でも、行政や企業、地元メディアといった多種多様な情報が載せられる場となるのが、「駅」を切り口とするekinoteの魅力です。
 ここから生まれる情報の賑わいが、広島電鉄をご利用いただくきっかけとなればと願っています。
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