2022/6/29

【キリン】大企業が、たった1年で強固な「即戦力採用」体制をつくれた理由

NewsPicks Brand Design Editor
 新卒人材を一括採用し、時間をかけて育成する「新卒中心の採用戦略」から一転。
 180度方向転換し、優秀な即戦力人材を続々採用している企業がある。
 成功のキーワードは、ずばり「攻めの採用」だ。
 連載「『攻めの採用』の時代が来た」第3回は、内定承諾率90%以上という驚異的な数字を叩き出したキリンホールディングスの「採用改革」に着目する。
INDEX
  • 超スピーディーな「採用改革」成功の秘訣
  • 「新卒中心の採用戦略」には限界があった
  • 「社員の人柄」が採用の武器になる
  • カギは「人事部門と事業部門」の深い連携
  • ポイント① 繰り返し「人財要件」を言語化
  • ポイント② 面談や面接の型を随時アップデート
  • たった1年でほぼ全部門に「攻めの採用」が導入された

超スピーディーな「採用改革」成功の秘訣

 従業員3万人超、売上約2兆円を誇る日本の大手メーカー・キリンホールディングス(以下、キリンHD)。
 同社が、新卒を一括で採用し、時間をかけて育成する「新卒中心の採用戦略」から方針を転換し、即戦力採用に力を入れ始めたのは、2020年度のこと。
 それまでも中途採用はしていたが、欠員補充が主な目的であり、採用人数は限定されていた。
 そこから一転、企業自ら候補者に直接スカウトを送るなどの「ダイレクトリクルーティング」を取り入れ、次々と即戦力人材を採用、内定承諾率は90%以上という成果を残すまでに要した時間は、たったの1年
 2021年度に入社した全中途社員の、約40%がダイレクトリクルーティング経由だという。
 なぜ100年以上の歴史を持つ大企業が、ここまでスピーディーに採用方針の転換を叶えられたのか。
 同社で採用や人財開発を担当する採用チームのリーダー・土屋洋平氏は、取り組みの秘訣をこう明かす。
「もっとも大きな成功要因は、『事業部門との密な連携』です。
 人事部門だけでは、絶対にこのスピード感で採用に取り組むことはできなかったと思います」(土屋氏)
 採用担当者にとっては周知の事実だが、特に中途採用がうまくいっていない企業ほど「採用は人事任せ」で事業部門が採用にコミットしているケースは極めて稀だ。
 実はキリンHDも、2020年までは経営の指示や要望を受ける形で人事部門が採用を進めており、事業部門との連携は限定的だった。
 だが、自社にフィットする即戦力人材を採用するには、現場の仕事に精通し、一緒に働くことになる事業部門のメンバーのコミットが必要不可欠。
 そこで土屋氏をはじめとした人事部門は、事業部門とのコミュニケーションの場をとにかく積極的に設け、現場で何が起きているのか、いまどんな人が必要なのかについての対話を重ねた。 
 この、「本質的な目線合わせ」の繰り返しが、現在の成果につながったのだ。

「新卒中心の採用戦略」には限界があった

 そもそも、土屋氏が従来の採用戦略に危機感を抱いたきっかけは、2019年の長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027(以下、KV2027)」の発表にある。
 いわゆる中長期の経営計画だが、「2027年までに『食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる』」という文言を見た土屋氏は、「正直、今のままの採用戦略では目標を達成できないかもしれない」と感じたという。
「たしかに、当社には3万人を超える多様な人財がいます。
 ですが、KV2027で掲げた内容を実現するには、従来の新卒から育て上げていくスタイルでは、到底スピードが追いつかない。
 ビジョンを成し遂げるためには、社外で活躍する即戦力人財も積極的に採用し、さまざまな能力やナレッジが集まる組織にしていかなくては、と考えました」(土屋氏)
KV2027の詳細(出典:キリンホールディングスHP)
 繰り返しになるが、同社はまったく中途採用をしていなかったわけではない。
 ただ、当時の採用チャネルは人材エージェント経由がメインだったため、人財要件を伝えてあとは「待つだけ」の採用しかできていなかったと振り返る。
 エージェント経由の紹介に加えて、もっと自社が求める人財に積極的に出会う方法はないか──。
 そこで乗り出したのが、企業が主体的に候補者にアプローチする「攻めの採用=ダイレクトリクルーティング」への転換だった。

「社員の人柄」が採用の武器になる

 では、いかにしてキリンHDは、ダイレクトリクルーティングを取り入れるにいたったのか。
 そもそも、同社は積極的に候補者にアプローチしたいと考えていたが、どう実践すべきかの具体的なアイデアは持ち合わせていなかった。
 そこで、外部に知見を求めた。その際に出会ったビズリーチの提案が、キリンHDの採用方針を大きく変えることになる。
「ビズリーチさんが、当社の強みを最大限に生かせる採用戦略は、ダイレクトリクルーティングだ、と提案してくれたんです。
 実際に詳しい内容を聞いて、とてもワクワクしたのを覚えています」(土屋氏)
 ビズリーチの担当者いわく、キリンHDの強みは「本質的に人が好きで、候補者に誠実に向き合えるメンバーが揃っていること」
 ダイレクトリクルーティングは、直接候補者とやり取りするのが基本になるため、当然ながら「直接会って一緒に働きたいと思われる人」が多い会社が有利になる。
 ビズリーチは、オリエンテーションなどで事業部門とやり取りをするなかで、キリンHDの「人への誠実さ」という強みをぜひ活用すべきだと考えた、というわけだ。

カギは「人事部門と事業部門」の深い連携

 こうして、ダイレクトリクルーティングに乗り出したキリンHD。ここでのポイントは、先に述べたとおり「人事部門と事業部門の連携」だ。
 ポジションごとに現場で活躍する人物像を設定し、それぞれの候補者に合わせたスカウト文面を送付。
 そこから、カジュアル面談や選考などを通して入社意向を上げていく。
 こうした一連の採用過程において、現場をよく知る事業部門の協力は必要不可欠だ
 ダイレクトリクルーティングは事業部門を巻き込むフェーズでつまずく企業も少なくないが、キリンHDの場合は、事業部門のトップも「従来の採用戦略への危機感」と「即戦力採用への意思」を持っていた。
 そのうちの1人、キリンHD全体のマーケティング機能を統括する、ブランド戦略部長の今村恵三氏はこう語る。
「VUCAの時代と言われるように、昨今は世の中の不確実性が増しています。
 当然、マーケティング活動においても、これまでの成功体験を参考にするだけでは絶対にうまくいきません。
 くわえて、どのような変化が起こっても柔軟に対応するためには、さまざまな価値観、スキル、バックグラウンドを持つメンバーで構成された、多様性のあるチームをつくる必要がある。
 そのためにも、能動的に即戦力人財の採用に取り組まなくてはと常々思っていました」(今村氏)
 今村氏をはじめとした現場トップの深い理解と協力があり、ダイレクトリクルーティングの導入は驚くべきスピードで進行した。
 導入決定後、最初の1ヶ月でオペレーションを設計し、2ヶ月目からは3部門での運用が開始
 このスピード感からも、人事部門と事業部門の足並みが揃っていることがうかがい知れるだろう。
 そして、導入が始まってからもその足並みが乱れることはなかった。これには、土屋氏が冒頭で言及したように、「とにかく対話を重ねたこと」が協働の実現に寄与している。
 どうやって「事業部門との深い対話」を実現したのか。2つのポイントに絞って、さらに具体的に掘り下げていこう。

ポイント① 繰り返し「人財要件」を言語化

 ポイントの1つ目は、「人財要件」の言語化だ。
 部署、あるいはポジションごとにどのような人物にスカウトを送るのかを明確にしなければ、効率の良い採用活動は実現できない。
 そこで、土屋氏と今村氏は定期的にミーティングを開き、人財要件を明確に言語化していった。
「実際に『ビズリーチ』のデータベースを見ながら、求める人財要件の『足し算』と『引き算』をしていきました。
 たとえば、『マーケティングの実務経験3年以上』というワードを入れれば、当然候補者は絞られますよね。
 しかし、こうした複数のワードを盛り込みすぎると、今度は要件が狭まり、そもそも候補者がいなくなってしまう。
 足し算と引き算を繰り返しながら、バランスが取れた検索条件を見つけ、『市場における人財の希少性』を考慮しながら、求める人財要件を明確化したのです」(土屋氏)
 とはいえ、事業部門が、条件設定、スカウト送信、面談というプロセスを進めながら、対話と条件の微調整を繰り返すのはかなり労力のかかる作業だ。
 だが、現場を知る事業部門トップが自らコミットするからこそ、得られる成果がある、と今村氏。
「履歴書や職務経歴書をしっかり読み込むと、見えてくるものがあると感じています。
『この人はこういうキャリアを歩みたいんだろうな』とか『こういう環境であれば活躍できる人なんだろうな』とか。
 もちろん、時間はかかります。でも、そこまで想像できて初めて、いい出会いが生まれる。そう思って、楽しみながら取り組んでいましたね」(今村氏)

ポイント② 面談や面接の型を随時アップデート 

 もう1つのポイントは、 人事部門と事業部門が一丸となって、 面談や面接の型を随時アップデートしたこと
 連載の2回目で紹介したとおり、「攻めの採用」では、まずは「面接」ではなく「面談」の実施が肝になる。
 候補者は企業からのスカウトをきっかけに接触しているのであって、主体的に「応募」してきているわけではないからだ。
iStock:Cecilie_Arcurs
 だが、これまで自社でスカウトを送ってこなかったキリンHDにとっては、スカウトした候補者との最初の接点となる「カジュアル面談」も、当然初めての取り組み。
 ゼロからのスタートなので、土屋氏と今村氏、そしてビズリーチの担当者でコミュニケーションを重ねながら、理想的な面談、そして、その後の面接の型を考えていった。
「一つ一つの面談や面接が終わるたび、『会社について説明する際、こういう言葉を使った方がいいのではないか』『こういう質問から始めた方がいいのではないか』とお互いにフィードバックしあいながら、何度もアップデートしていきました」(土屋氏)
 特筆すべきは、今村氏が自部署のすべてのカジュアル面談に参加していることだろう。場合によっては、最終面接にいたるすべての面接に同席しているという。
 実務も多忙な事業部門のトップのコミットメントから、取り組みへの本気度がうかがえる。
「私は常々、人は『点』ではなく、『線』で見るべきだと考えています。
 緊張で思うように言いたいことが言えなかったって、よくあることじゃないですか。
 最終面接でまったく知らない複数の役職者に囲まれたら、緊張するのは当たり前。
 その時、カジュアル面談から一貫して見ている人がいれば『この方は、本当はこういういいところがある』と言えますからね」(今村氏)
 土屋氏も、「よく『現場主導の採用』と言いますが、キリンHDのブランド戦略部には、今村のような本当の意味での『人事担当者』がいるんですよ」と、付け加える。
 こうした2つのポイントの積み重ねにより、マーケティング部門は強固な「攻めの採用」体制を構築することに成功したのだ。

たった1年でほぼ全部門に「攻めの採用」が導入された

 無論、こうした大きな成果を上げているのは、マーケティング部門だけではない。
 2020年度に3部門からスタートしたダイレクトリクルーティングは、現在25部門が実施するにいたっている。
「新卒中心の採用戦略」を貫いていたころと比較すれば、土屋氏や今村氏の狙いどおり、組織の多様性は格段に高まっている。
 新卒だけではない、新たな才能や多様性を迎え入れる素地も急速に整っていると言えるだろう。
 そして、これらの採用改革のベースとなったのが、「事業部門との密な連携」なのだ。
 こうして、キリンHDの未来を懸けた採用改革は軌道に乗った。今後も、同社は「攻めの採用」を強化し、次々と即戦力人材の採用を強化していきたいと意気込む。
 インタビューの最後に、土屋氏はプロジェクトの副次的な効果をこっそり教えてくれた。
「優秀でいい人財が採用できるのは喜ばしいことですが、なにより事業部門のメンバーに、仲間集めのワクワク感を感じてもらえたのが、人事として一番うれしかったですね。
 応募を待つのではなく、自分たちから一緒に働きたいと思う人を探し、『一緒に働きませんか』と声を掛けるのが、採用の『あるべき姿』だと、改めて実感しました。
 これからも事業部門のメンバーと協力し、ともに期待に胸を膨らませながら、会社の未来をつくる仲間を探していきたいと思います」(土屋氏)