2022/6/27

ソニー×通信の未来。「web3」への変革に必要なインフラとは何か

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 1990年代以降、インターネットは人類の新たなネットワークを拓き、国家を越えて社会構造を組み替えた。個人が世界に向けた発信ツールを手に入れたweb1.0。発信者と受信者が双方向になり、ソーシャルネットワークが世界を覆ったweb2.0。そして今、ネットワークは次なるweb3の時代に向かっている。

 AIやIoTによってフィジカルな社会がデジタルと接続され、複数のプラットフォームとVRによってさまざまなメタバースを人が行き来する。ブロックチェーンや量子コンピューティングなど次世代の分散型ネットワークを支える技術開発も世界各国で加速している。

 この新たな情報通信革命を支える基盤とは、どんなものなのか。1990年代に誕生し、ソニーグループの一社として通信インフラ事業を担ってきたソニーネットワークコミュニケーションズのトップが、これから先に起こる社会変革のビジョンを語る。

「変革」のためのデジタル基盤

── 渡辺社長の就任から1年、ソニーネットワークコミュニケーションズは「INFRASTRUCTURE of CHANGE」をコーポレートビジョンに据え、「世界の変化のスピードを上げる」と掲げました。渡辺社長はこの先にどんな変化を見ていますか。
 テクノロジーによって人がより自由になり、個人レベルで思い描いたことがビジネスとして世に広まり、社会を組み替えていくような変化が加速していくでしょう。
 かつて人間は空を飛びたいと考え、その欲求はテクノロジーによって実現しました。物理的な技術には制約が大きいけれど、デジタル空間には制限がありません。
 何かを実現したい個人、もしくは、世の中の仕組みを変革したいチームが、やりたいことに挑戦し、次々と現実を変えていく。そのような「自由」は、人や社会の幸福の総量を増やしていくと思います。
── 「NURO 光」のような高速のネットワークインフラを誰もが使えるようにすることで、社会変革を加速させるということでしょうか。
 それもひとつです。個人が使えるより高速で安定したネットワークを提供することは、VRやIoTによって拡張している新しいコミュニケーションやコンテンツ体験の普及に必要不可欠です。そのようなインフラには公共性が求められます。
 ただし、従来の「インフラストラクチャー」という言葉が指していた水道やガスや電気と比べて、デジタルデータを活用する方法は限りなく多様です。現在起こっているようなテクノロジーの進化の最中では、情報通信のインフラは、ただデータを送受信するだけの土管では足りません。
 われわれは情報のネットワークをつなげた先で、より社会に大きなインパクトをもたらす仕組みや、その仕組みを使ってサービスやプロダクトを生み出す人たちを支援するような広義のインフラストラクチャーを提供したいと考えています。

時代はどんなインフラを要求するか

── 情報通信インフラの役割は、従来のインフラとどこが違うでしょうか。
 一昔前には、電気を通して高速道路を建造すれば社会が豊かになった時代がありました。そうやって人やモノを速く動かして供給することが、社会や経済を発展させ、先進国の一員になるためのもっとも効率的なプロセスだったわけですね。
 この時代の大きな原動力となったのは、メーカーの製造力やノウハウ。ソニーという会社も、アイデアと技術力によって新しいプロダクトを生み出し、時代の先頭を走ってきた企業のひとつだったと思います。
 その後、デジタル化が進み、インターネットがインフラになるうえで重要なポイントがふたつあります。まずは誰もが、どこででも使えるという点。この方向に振り切って発展したのがワイヤレス通信、いわゆる「モバイル」です。
 そして、もうひとつは、一度にたくさんの情報を通せる“回線の太さ”。これによって高速・大容量のデータをやりとりできるようになり、行き交うコンテンツもテキストから画像、映像、3DのVRへと進化してきました。
── たしかに、高速で安定した通信がなければ、オンライン会議もサブスクリプションの映像配信も享受できません。今、VRなどより大きなデータを扱うサービスが登場しているのも、回線が整備されたからと言えるかもしれません。
 そうしたリッチなコンテンツの通信を支えたインフラのひとつが、われわれが提供している「NURO 光」だったと思っています。もしかしたらNUROが牽引したのではないか、という自負もあります。
「NURO 光」は、約10年前に下り最大2ギガの高速インターネットサービスとして始まりました。当時はまだ、それだけのデータを通信するニーズは限られていましたが、私たちは、「ソニーグループが提供するコンテンツをきちんと届けるには、少なくとも20ギガのネット速度が必要だ」と話していました。
 その先の変化を見据えると、インターネットのスピードがそのくらい速くならないと、コンテンツやサービスが進化しないと考えていたんです。
 たとえばプレイステーションのゲームがそうですよね。ゲームソフトのダウンロードは時間をかければできるとしても、プレイ中のデータをストレスなくやりとりするには、スピードが重要です。
 この10年の間に、映像が表現できるディテールは段違いに向上し、サブスクリプションを中心とした動画配信サービス、YouTubeなどの新しいプラットフォームも、高速インターネットのインフラ整備と相まって急速に普及しました。
── 今はまた、メタバースなどの新しい体験が盛り上がっています。インフラに変化は必要ですか。
 そうですね。これまでの10年は、クラウドサービスを展開するプラットフォーマーが、ユーザーのデータやコンテンツを中央集権的に管理する時代でした。そこで重視されていたのは、ほとんど“下り”のトラフィック。アップロードよりもダウンロードされるデータ量が圧倒的に多かったんです。
 しかし、今起こっているのは、中央集権型の「web2.0」から分散型「web3」への構造的な変化です。これまで巨大プラットフォーマーのクラウドで一元管理されていたデータも使う人たちに近い場所で管理され、エッジ(端末)の重要性が増していきます。
 このような中心のないネットワークでは、情報がますます双方向で行き交うようになり、通信回線にはこれまで相対的に弱かった上り(アップロード)のスピードも要求されるようになっています。
 これから先、セントライズされたクラウドを使わないユーザーやサービスが増えると、従来はプラットフォーマー側にあったサーバーのかわりになるものをどこかに準備する必要が生じます。
 私はふたつ選択肢があると思っていて、まずは個人のユーザーが、それぞれにサーバーを用意し、ネットワークにつないで各自でデータを管理する方法。各家庭にクラウドサーバーがあるようなイメージで、これが分散型ネットワークの究極の形だと思います。
 もうひとつのやり方は、家よりも外側に、われわれのようなインフラ事業者がデータを置ける場所を作ること。プラットフォーマーに集中していた情報を分散させつつ、もう少しローカルな中間地点にユーザーがアクセスできるインフラを整備するんです。
 たとえば住所でいうと「○丁目」くらいの範囲にひとつコンテナを置いて、その地域のデータを置いておくようなイメージです。もちろん、オフィスビルにひとつでも、マンションにひとつでもいいんですが、巨大サーバーにデータを集中させて処理するのではなく、より小さな単位で分散処理し、必要な情報だけをネットワークでつなげていく。
 ブロックチェーンなどの技術は、このような自律・分散型情報社会の可能性を多くの人に見せてくれたと思います。私はすべての領域にブロックチェーンを実装できるとは思いませんが、ハードもソフトも含めてさまざまな仕組みを合わせることで、社会的な全体最適が可能になると考えています。
── われわれの生活は、どんなふうに変わるでしょうか。
 奇しくもコロナ禍以降にリモートワークが進んだことで想像しやすくなったと思いますが、人が移動する必要がより一層減っていくでしょう。
 家の中にいながら、ヘッドマウントディスプレイを装着してメタバースで過ごす時間が増えていく。そうやってネットワークを通してさまざまなサービスを享受できるようになると、家に必要な機能が変わってきますよね。
 たとえば、1カ所にとどまったままさまざまな体験ができるので、家自体が通信機能を備えたデバイスのようになる。メタバースがあれば、現実世界での居住スペースの広さは気にならなくなるだろうし、機能性を追求すると家は極端に小さくなっていくかもしれない。
 リビングと自分の部屋を物理的に区別する必要もなくなり、「そもそも家の中に壁っているんだっけ?」という話になってくると思うんです。

変化には、スピードが必要だ

── そうした体験を実現するには、新しいデバイスやアプリケーション、通信環境などが必要です。ソニーネットワークコミュニケーションズとして注力する領域は?
 これまでにない体験を生み出すわけですから、われわれもさまざまな領域に挑戦し、トライ&エラーを繰り返していきます。
 ソニーネットワークコミュニケーションズは、もともと「So-net」として誕生し、自社で「NURO 光」などの新規事業を育ててきた会社でもあります。ソニーグループの中では通信インフラ事業を担っていますが、それと同様に重要なのが、「新規事業のインキュベーター」としての役割です。
 web3のキーワードである「分散化」は、ネットワークシステムだけの話ではありません。経済を見ても、巨大企業に一極集中したビジネスが再び分散化され、小さなビジネスの比率が上がってくる。
 B to Bと、B to Cの境界もさらに曖昧になり、事業主体が企業か個人かも問われにくくなっていくでしょう。
 われわれは、ネットワークやツールを通じて、誰もが挑戦できる環境をつくり、世界を変革する新しい事業の成功確率を、少しでも上げることに貢献したいのです。
── どうすれば、その成功確率を高め、事業を育てることができるでしょうか。
「成功する」には、まず「やらなければいけない」というのは当然ですよね。そのチャレンジは、できるだけ早く、速いスピードで行ったほうがいい。
 もっとも、私は失敗をいくら増やしても、成功確率は上がらないと思います。
 失敗のバリエーションは無限にありますから、仮に一度失敗して、その轍を踏まないように次の挑戦に移ったとしても、違うパターンの失敗を繰り返すだけかもしれない。
 それに比べて、成功には再現性があります。
 事業が世の中の変化を捉え、加速度的に広がっていくときの感覚には、共通するものがある。そこに至るまでにどのような過程があり、さまざまな課題をどう克服してきたかを経験知として持っている人や組織がつながることで、次の挑戦の成功確率を上げることができます。
 私たちが実現しようとしている「INFRASTRUCTURE of CHANGE」とは、変化を望む人や企業を支え、社会全体の挑戦の数を増やすことで、変革を加速させるための社会基盤です。
 そうして変化を加速させた先には、個人の自由も、社会全体の幸福の総量も増大させていけると信じています。