2022/6/23

AIはブームの先へ。30年後、確実に訪れる未来を語ろう。

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 AIは魔法の杖ではなかった──。2010年代から一気に巻き起こったAIブーム。「AIでビジネスを変革せよ」という大号令のもと、その活用を目指したものもなかなかうまく進まない現実を前に大きな期待はしぼみ、AIは“幻滅期”に入ったとも囁かれる。
 そんな時代のうねりの中に身を置きながら、「AIは、すべての産業と生活を変えるテクノロジーだ」と断言する人物がいる。2016年創業のAIスタートアップ・Laboro.AI(ラボロエーアイ)代表の椎橋徹夫氏だ。
 Laboro.AIは、自らを「顧客が抱える大きなビジョンをテクノロジーでともに実現する“イノベーションの共創パートナー”」と位置づける。
 そしてもう一人、AIによる社会変革を確信するのは、大阪大学産業科学研究所の鷲尾隆教授
 シンクタンクを経て研究の道に入った鷲尾氏は、AIの基礎研究を行うとともに、民間企業と手を取り共同研究を進める。日本がグローバルで勝てる領域を熟考し、テクノロジーの社会実装に取り組む希少な存在だ。
 ビジネスとテクノロジーに精通した両氏は、AIの本質をどう捉え、大きな社会変革への道筋を描くのか。時間いっぱいまで盛り上がった対話の射程は、30年先にまで広がった。

AIとは、何を叶えるものなのか

──AIブームが落ち着き、「幻滅期」に入ったと言われています。お二人は現況をどう捉えていますか。
鷲尾 たしかに「AIブームのピークは過ぎた」とおっしゃる方もいますね。しかし、実際はテクノロジーの社会実装は加速しています。私自身が企業と取り組む共同研究も、近年、数が増えています。
「AIは実用段階に到達し、すでに定着している」、これが私の認識です。
 第1次・第2次AIブームの頃の技術はまだまだ未熟で、データ収集のコストもかなり高く、なかなか社会実装までいたらなかった。しかし、第3次AIブームにいたり、とくにここ数年でAIの技術は大きく進化しています。
 また、センサーや、Wi-Fi、5Gなどワイヤレス接続の技術が発展し、AI活用の基盤となるデータ収集のコストも劇的に下がった。AIは産業界で実装され、ますます社会で使われるフェーズに到達したと言っていいでしょう。
椎橋 先生がおっしゃるとおりだと思います。しかし、社会全体のAIに対する反応には、本当に大きな振れ幅があると感じますね。
 少し前までは「AIは魔法の杖だ」とみんなが賞賛していたのに、今は「単なるITの一種でしょう」と冷めた視線が注がれている。
 私はこの評価は、どちらも間違っていると思います。
 AIは魔法じゃないし、単なるITのツールでもない。
 誤解を恐れずに定義すると、AIは「自律化」のテクノロジーです。
 ITが、人間が決めたことを決めたとおりに行う「自動化」の技術だったのに対し、AIは自らが状況を認識して、最適なアクションを取ることができる。そして、よりよい方法を自ら学習していく。
 AIは、ITとはまったく違う新しいタイプのソフトウェアだと私は捉えています。
鷲尾 なぜ、みなさんがAIに幻滅してしまったのかと考えると、一つに椎橋さんが説明したようなAIの特徴を適切に理解したうえでの導入ができていないからだろうと思います。
 とくに現時点での限界が正しく意識されていない。
 技術は大きく進歩していますが、今のAIはまだ、常に100%正しい答えを出すものではありません。これが叶うのは、将来、何十年先かわかりませんが、現時点では難しい。
 たとえば、近年、AIは製造業の品質検査、異常検知によく使われるようになっていますが、「ほぼ間違いなく故障だ」という製品をAIが識別できても、残り数%は異常かどうかわからないものが残る。ここは人間が目視でチェックするしかありません。
 つまり、10人の現場を1人に減らすことはできても、すでに1人で回している現場をゼロにすることはできないわけです。
 もちろん省人化自体には大きな価値がありますが、この現実を正しく理解したうえでビジネスに実装しないと、AIに対する過剰な期待とのギャップが生まれてしまう。
 加えて、よく言われることですが日本では多くの場合、「AIの導入」それ自体が目的になっている。
 AIはツールにすぎません。AIの特性を踏まえ、ビジネスの構造自体を再設計して、どこに技術をはめ込んでいくか。
 こうしたプロセスを経て研究開発を行うのが正しい姿ですが、まだまだ日本の企業ではそこまで踏み込めていません。

AIがビジネスの構造を変革する3STEP

──AIの特性を正しく理解したうえで、ビジネスの構造自体を変える。適切なプロセスでAIの社会実装が進むと、何が起こりますか。
椎橋 AIによって、大きく3段階の変化が起こせると私は考えています。
 AIの導入でまず変わるのは「サービス・製品の形態」。企業の活動は、突き詰めるとなんらかのサービスや製品を売ることですよね。
 たとえば、食品メーカーならば「家庭の食を豊かに簡単に」といった目的を掲げ、現在は冷凍食品やレトルト食品などを販売しています。
 この食を扱うビジネスにAIが実装されると、販売する製品は形ある食品ではなく、アプリを通したアドバイスになるかもしれない。
 今、冷蔵庫に何があり、その方の調理スキルがどれくらいで、今どんな物が食べたくて、年齢や行動パターンに照らすとどれくらいの栄養が必要か。
 そんなデータや情報をもとに、「こうすれば簡単に美味しい、好きなものが作れますよ」と献立やレシピをパーソナライズして提案するサービスが生まれていく。
 もし、部分的な業務プロセスを変えたいのであれば、ITでも十分です。サービス・製品の形態を根本から見直す、そこにこそAIを使う意味があります。
 次の段階では「ビジネスプロセスの全体設計」が変わります。企業がビジネスを営むには労働力が必要ですが、これまで労働を担っていたのは「人間」と「ITを含む機械」の2タイプでした。
 しかし、AIは現状まだ人間と同じ精度を発揮できないし、自律的には動くことができないITとも違う。
 つまり、これまでにない特徴を持った「第3の労働力」になるわけです。
 この新しい労働力を最適に活用するためには、人間とITに最適化されているビジネスプロセス全体を再設計する必要が出てきます。
 最後に変わるのは「組織やビジネスモデル、経営のあり方・手法」です。
 人間ともITとも種類の違う労働力が出てくると、経営全体が大きく変わります。
 よく「モノからコトへ」と消費形態の変化が語られますが、モノを売って対価を得ていた製造業において、売ったモノからデータが継続的に取得できるようになると、そもそもの収益構造が変化します。
 つまり、ビジネスモデルが変わる。これに伴って、組織の部門なども再編成されていくでしょう。
 もちろん、この大きな変化は、数ヶ月・数年で起こるものではなくて。私は30年後ぐらいのスパンで訪れると考えています。

本気のビジネス変革にはパートナーが必要だ

鷲尾 こうした動きは、部分的にはすでに始まっているかもしれないですね。
 私の知っている機械メーカーは、中国に工場があります。コロナ以前は毎月現地に赴いて、機械のメンテナンスをしていた。しかし、コロナ以後は、Zoomで機械の様子を見て、現地の作業員に指示しているというんですね。現地に行かずとも、日本からすごい職人さんが細かな指示をしたり、遠隔で操作したりできる。
 一部業務のIT化だけでも、すでにこれだけの変化が起きています。ここから製造業の細かいチューニングや監視にAIの技術が入ってくると、製造は外部の工場に委託し、自社のエンジニアが遠隔で監視・指示をするかたちでファブレス化が進むのではないでしょうか。
椎橋 私もAIの社会実装とともに、外部との連携の仕方がさらに大きく変わると考えています。
 製造業では、戦略立案のためにコンサルのような外部の人間を入れることがありますよね。けれど、ビジネスの根幹である商品開発や製造は自前でやるのが基本だった。
 しかし、AIの技術を商品開発に取り入れようとすると、自分たちですべてをやるのは難しい。
 商品開発・製造も、AIに関する深い知識を持った専業プレイヤーと連携しながら共同で開発するやり方に変わっていくのではないでしょうか。
 我々、Laboro.AIが目指しているのは、その時のパートナーです。
鷲尾 AIスタートアップというと、パッケージソフトやSaaSとして拡販するやり方が目立ちます。
 しかし、Laboro.AIでは、それぞれの顧客のビジネス課題をヒアリングしたうえで、それを解決するAIをカスタムで開発している。ある意味、泥臭いやり方ですね。
椎橋 そうですね。AIをパッケージ化して展開すれば、短期的な利益は出やすいかもしれません。ですが、そのやり方だけでは、既存のビジネスを大きく変革させることはできない、と私たちは考えています。
 それぞれの企業の変革を見据えたうえで、必要なAIを開発し、ビジネス全体のプロセスを再設計して、経営のあり方を変えていく──。
 先ほどお話しした3つの段階を経て社会全体のビジネス構造を変革するためには、きっと20〜30年はかかるでしょう。
 自分たちはAIの社会実装に本気で取り組むスタートアップとして、ここをやっていきたい。
──「ビジネスをAIで変革する」という時、学習のもとになるデータの存在は見過ごせません。各企業が蓄積してきたデータ量によって、進化のスピードに差が生まれますか。
鷲尾 過去数十年分のデータを蓄積している企業は、実は日本ではそれほど多くありません。仮にそういう企業があったとしても、データには「陳腐化しやすい」弱点があります。
 新しいセンサーが出てきたり、それまでとは異なる分析の仕方が登場したりとデータに関する技術が進めば、結局取り直しが必要になってくる。
 この時、古いデータ資産を持っている企業ほど「これまでうまくいっていたのだから、新しく取り組む必要はない」と考えがちで、最新の手法にシフトしづらい傾向があります。
 むしろ新興企業のほうが新たなテクノロジーへの対応が早く、技術を駆使することで同業種の老舗が数十年かけて取得したデータ量に数年で到達するでしょう。
 つまり、老舗企業が潰れ、新しい企業がそれに取って代わる下克上が起こり得るわけです。いくつかの業種では、この先30年でこの流れが加速していくと思います。
椎橋 おっしゃるとおりですね。私の仮説も、この先、AIの競争力の源泉はデータではなくなるというものです。
 先ほどお話したように、食品メーカーがこれまでのデータをもとに、食をパーソナライズする新しいAIサービスを作るとしましょう。
 この際に重要なのは、まだ無いデータも含めて「どう活用し、価値に変えるか」という知見です。
 つまり、コアな価値はデータそのものではなく、お客様にとって最適な献立、最適なレシピは何かを考え、予測・提案する力にある。
 今後は、予測・提案力が企業の資産になると考えています。

「探索」の先に長期的な成長がある

──壮大な話にワクワクする一方、AI活用を睨む企業にとっては、何から手をつければいいのか。進化するテクノロジーの先の未来をどう捉え、自社の変革を進めるべきか。新たな悩みが増えそうです。
鷲尾 まずは現在起きている現象を冷静に分析し、そのまま進んだ場合、将来の社会や自社のあり方がどうなっていくのか、地道に考える姿勢が大切です。
 そして社会の大きな動きに合わせ、半歩先取りするかたちで事業を変えていきましょう。
 では、どうすれば有望な事業領域が見つかるのか。
 私自身は研究者として、ブルーオーシャン戦略を採っています。
 今、私が基礎研究に取り組むAIという領域は、世界を見ても完全に血みどろのレッドオーシャン。しかし、ここでの研究は筋トレだと思って深掘りします。
 ただし、技術を社会実装する時は「異分野融合」でブルーオーシャンを見つけるのです。計測装置の研究者や民間企業との共同研究でネットワークを広げると、まだ誰も手をつけていないけれど、「これを私がやらなければ絶対に世の中は発展しない」と心が熱くなるテーマが見つかるんですよ。
 たとえば、製造業ならどこでも使うセンシング装置やアクチュエーター装置へのAI導入は、世界的にもほとんどまだ手がつけられていない領域です。境界領域をうまく見つけ、研究テーマに設定するよう意識していますね。
 私の場合は研究ですが、おそらくビジネスでも同じではないでしょうか。
 将来伸びて発展の核になるけれど、まだどこも参入していない領域は、探せば必ずあります。嗅ぎ分けは非常に大変ですが、経営者ならばここに本気で取り組むべきです。
椎橋 私も先生と似たことを考えていました。
 最近よく「両利きの経営」という言葉を聞きますよね。既存のビジネスを深める一方で、新規領域を探索する──。この考え方は今後のビジネスの進化を捉えるうえで、非常に重要です。
 日本では、「探索」にお金をかける企業が少ないと思うんですね。今のビジネスの延長であればリターンが予測でき投資しやすいのですが、探索からはリターンが見えにくいですから。
 でも、長期的に成長していく道を探るのだとしたら、探索への投資は不可欠だと思います。
 新たなテクノロジーや未来への知見を持つ外部の人たちと仲間になり、一緒に考えてみる。
 自社の商品形態、ビジネスプロセス、組織のあり方を含む経営全体は、30年後にどう変わっているのか。戦略やアプローチは、各社で違ってくるはずです。
 もし探索の仲間に選んでもらえるのであれば、我々がパートナーとして一緒に考え、手を動かしていきますよ。