2022/6/7
【長野】熟練の職人技を大胆DX。「日本一のうなぎ」と好評
長野県岡谷市で1954年に創業したうなぎ料理店「やなのうなぎ観光荘」を営む、有限会社観光荘。3代目の社長・宮澤健さんと妻・玲さんは、観光荘を“うなぎの総合企業”にすべく、さまざまな耳目を引く新規事業で業界をリードしています。
観光荘は2008年に創業以来初めての大赤字を記録し、そこから回復する中で、機械化とDXを進めました。ただやみくもに手をつけるのではなく、人と機械のベストバランスを模索して柔軟かつ素早く実現しているのが観光荘流です。
機械化とDXから始まった変革の波は通信販売のネット化、そして採用と働き方改革にまで波及しました。(全3回の第2話)
観光荘は2008年に創業以来初めての大赤字を記録し、そこから回復する中で、機械化とDXを進めました。ただやみくもに手をつけるのではなく、人と機械のベストバランスを模索して柔軟かつ素早く実現しているのが観光荘流です。
機械化とDXから始まった変革の波は通信販売のネット化、そして採用と働き方改革にまで波及しました。(全3回の第2話)
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
- 苦肉の策から生まれたセントラルキッチン
- 「機械」と「人」の領分を見極める
- 業務を片っ端からDX化
- “高齢化”の衝撃からEC化とテイクアウトに着手
- 採用の見直しは労務にも波及
- 今いる社員の働き方改革へ
- 労務の再構築を後押ししたある体験
苦肉の策から生まれたセントラルキッチン
地元に愛されるファミリー経営のうなぎ屋「やなのうなぎ観光荘」は2008年、初の大赤字と2号店出店という大きな決断を経験しました。
2号店の松本店は席数を25席から40席に増やし順調に推移していましたが、ある問題が発生します。うなぎを捌くスペースがない松本店では、本店で捌いて串に刺したうなぎを運んで、下焼きと仕上げ焼きをしていました。しかし、店が住宅街にあったため、その煙とにおいが理由で住民からクレームを受けてしまったのです。
工程を見直す必要に迫られ、本店で下焼きまで済ませて松本店に持って行くかたちに切り替えました。いわゆるセントラルキッチン方式です。ただ、本店で松本店の分も下焼きするスペースが足りなかったため、苦肉の策として、下焼きを機械化して冷凍することにしました。
うなぎ屋は「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」と言われるほど、長年の熟練と職人技が要求される仕事です。そこを一部機械化してしかも冷凍まですることに、先代やスタッフから抵抗はなかったのでしょうか。
宮澤健さん 「スタッフにはひたすら現場に同行してもらって、機械の現物を見せたのですんなり理解してくれました。一番難色を示したのは父です。下焼きの機械化や冷凍に難色を示したので、食べ比べてもらったんです。『むしろ、裂きたて焼きたてよりもおいしい』という結論になって、理解してもらえました」
「機械」と「人」の領分を見極める
ただ、仕上げとして炭火で焼いてたれをつける工程は、今はまだ機械に任せられないと健さんは言います。
「機械で下焼きして6割がた火を通すんですが、残り4割はうなぎの身のかたさや脂ののり、火加減をみながら最高においしくなるポイントを見つけていかないといけないんです。その点はまだ、人間でないと望む仕上がりになりません。もちろんセンシング(温度などの計測・数値化)やAI(人工知能)の技術が進歩していずれそれもクリアできれば、そちらを選ぶ可能性はあります」
観光荘で仕上げの焼きを担当しているのは、30代の中堅と、新卒3年目の21歳の若手。特に21歳の社員は裂きも串打ちもできませんが、焼かせるとお客さんに「今日のうなぎは日本一だ」と言わしめるほど上手です。それは筋のよさもありますが、「DXによるところも大きい」と健さんは言います。
どこを“DX”、デジタル化しているかというと、うなぎの品質管理表です。毎日Googleスプレッドシートで帳票管理しているのです。
品質はあらかじめある程度基準を設けておきます。そして、その日のロットのうなぎを色分けして、ロットごとのうなぎの身質が視覚的に分かるようになっているのです。従来の職人仕事ならば、ひとりの職人が捌くところから最後の焼きまで手掛けるので、うなぎの状態をスタッフ間で共有する必要はありません。
でも、セントラルキッチン化して大規模化・分業体制になると、情報共有は不可欠です。同時に、うなぎの状態がデータとして蓄積されていくメリットもあります。
「松本店を出したことで、離れていても高い品質を保ち、情報共有もスムーズにやらなければならない状況に追い込まれました。そこでまず設備投資をして、芋づる式にDXも進んだという感じです。売り上げ管理もクラウドにデータをあげるようにして、メニューなどのファイルのやりとりも当時まだはしりだったドロップボックス(Dropbox)を使いました。やりとりは本当にスムーズになりました」
業務を片っ端からDX化
そして、部署ごとに1台ずつiPadを渡して、業務を片っ端からデジタル化していきました。ファイル共有ができる「Googleワークスペース」や「ドロップボックス」。社員間のコミュニケーションのための「チャットワーク」。POSレジにも連動している東芝の売り上げ管理・労務管理ツール「フーディングワークス」。人事・労務・給与では「freee」や「smartHR」といった具合です。
社員の評価制度は「Googleスプレッドシート」で管理してきましたが、社員が増えたことに加え、帳票が複雑化していったことで手が回らなくなってきたので、今後は人事評価システムの構築で定評のある「あしたのチーム」に運用を任せる予定です。
デジタル化で大幅な効率化は実現しますが、観光荘は学生バイトから上は70代のパートさんまでいます。長年働いているベテラン層が、置いてけぼりを食うことはなかったのでしょうか。
宮澤玲さん 「社内講習会を開きました。ちょうどガラケーがなくなるタイミングだったので、スタッフに『スマホ持ってきてね』とお願いして。約10人のパートさんを前に私が講師役で、みなさんお互いに教え合うなどして、ワイワイ楽しい講習会になりました」
どうしてもついてこられない人がいたら、紙で出すなど個別対応すればいいと考えていた玲さんですが、幸いみんなついてきてくれているようです。タイムカードも仕込み表もiPadにして、慣れてしまえばみんな当たり前のように使いこなしています。
「私は、観光荘の(年配の)パートさんはスーパー高齢者だと思っていて、とてもリスペクトしています。あの年齢であれだけ動ける人たちはなかなかいないと思います」
健さん 「この10年で、目上の方は変化の際に丁寧なフォローが必要だとわかったので、そこをどう浸透させて乗り切るかですね。玲さんがやったように、講習会を開いて丁寧に一緒にやっていくのがとても大事です」
部署ごとに渡したiPadは、2021年4月からは社員全員に配ることに。みんながiPadを渡し合っている様子にこれは大変だと思い、「だったらひとり1台あったほうがいいだろう」と即決します。
“高齢化”の衝撃からEC化とテイクアウトに着手
観光荘は2019年には、本格的なシステム導入によるEC(ネット通販)と、テイクアウト事業の拡大に着手します。通販自体は先代からやっていましたが、電話やFAXで注文を受けて発送するという、手間がかかって大量にはさばけないやり方でした。2019年といえば、まだ新型コロナウイルスが出現する前のこと。なぜこの時期だったのでしょうか?
「2018年に人口ピラミッド図を見て危機感を覚えたのがきっかけですね。今、観光荘を支えてくださっているお客様は人口ピラミッドの上のほうにいるお客様です。ご高齢になって外出自体が難しくなった時、お客様にお届けできるのは通販であり、ご家族が持ち帰られるテイクアウトですよね。それで、ECとテイクアウトを本格的に整備しようということになりました」
玲さん 「ECを構築して運用に慣れたころに、コロナが来ました。『これはもう、ECで売るしかない!』と、何をどうやって売っていくか、どういうことを仕掛けていくかを緊急会議で話し合いました。ECもテイクアウトも新しい商品をいくつかつくって、今はそれが売れ筋のひとつになっています。たとえば以前は持ち帰りが難しかったコース料理やひつまぶしも、工夫してメニューに加えました」
緊急会議の時も、経営理念をもとにつくったクレド(行動指針、Vol.1参照)が役立ったといいます。健さんはクレドに沿って「コロナの今も一歩前進して、お客様が元気になるように動いて、みんなで笑顔になるようにするのが自分たちの使命だ」とスタッフに話しました。
そして、2020年の4、5月に地元の新聞に大々的に広告を打ちます。当時、出稿を控える会社が多い中で、観光荘は逆張りと言える動きに出ました。
健さん 「遠方の方はコロナで来店が難しいのと、顧客層とのマッチングを考えて、SNSではなくあえての新聞広告でした。ECはまず認知を広めようと送料無料キャンペーンをやりました。あとは発送ルートや梱包も再構築しました。ECとテイクアウトの体制が整っていなかったら、ここまで攻めたことはできなかったです」
採用の見直しは労務にも波及
健さんは2019年に先代から事業承継しますが、それまでにどうしてもやっておきたかったことのひとつに「採用」がありました。高卒の採用です。
「今風に言うと『リファラル採用』で、知り合いに『誰かいない?』と紹介してもらうかたちでしか採用していなかったんです。お給料の規定も曖昧だったので、いったん整理する必要がありました」
とはいえ、当時の観光荘に採用のノウハウは皆無。そもそも、健さんも玲さんも就職氷河期世代で就職活動をしたことがありませんでした。そこで以前からマーケティング面のアドバイスを受けていた経営コンサルティング会社・船井総研と、今度は採用でタッグを組むことにしました。
船井総研の担当者と、今の採用のトレンド、こちらが求めるもの、高校生がどういうところに就職したいのかを話し合う中で、今は「休みがちゃんと取れるかどうか」が大事だということが見えてきました。そこで生まれたのが「ライフ型社員」という働き方でした。週休2日、残業なし・休憩込みで1日8時間労働という働き方です。
「2016年から、高校生や高校に渡すパンフレットを一緒に作って就職希望者が多い高校に行って配ったり、会社見学会を開いて生徒と直接話せる機会を持ったりしました。それで、2017年に1人入社します。それだけでも嬉しくて仕方なかったんですが、2018年には6人も入社してくれて。この田舎のうなぎ屋に、新卒が6人もエントリーしてくれるなんて、考えられないことですよ」
今いる社員の働き方改革へ
高卒採用のための体制整備は会社全体の働き方改革につながりました。
今自社で働いてくれている社員の中にも、ライフ型で働きたい人がいるかもしれない――。それまでは社員、パートとアルバイトしかなかった選択肢を、ワーク型正社員、ライフ型正社員、パート、アルバイトと広げました。
このうちワーク型は残業ありで休日は年間96日(2023年から105日に増加)。繁忙期は週休1日、閑散期は週休2日というように流動的です。お給料はみなし残業代30時間分込みで支払われます。
「新入社員は最初の頃、ほとんどがライフ型を選んでいました。その様子を見て違和感を覚える既存社員もいましたが、『週休2日だけど1日8時間きっかり入ってくれるアルバイトが来たらどう思う?』と投げかけたら、『それはありがたい』と答えてくれました。要は、考え方次第だなと思いました。
新卒の子たちも、入社してみたらもっと働けると感じたみたいで、入社1年目で全員ワーク型に切り替えました」
玲さん 「今まで働いてくれている社員と新卒社員の働き方をどうバランスさせるかはとても重要でした。働き方を整理するにしても、昔からずっと働いている人を無下にするようなことはしたくない。いろんな入り方で観光荘に関わってくれている従業員みんなが、納得して気持ちよく働けるような労務をなんとかつくりたいと思っていました」
労務の再構築を後押ししたある体験
労務の再構築は、松本店出店の際に健さんが精査した「残っている会社と潰れた会社」(Vol.1参照)それぞれの共通点から導き出されたものですが、もうひとつ強い動機がありました。それは、玲さんが東京で働いていたデザイン事務所での経験でした。
「労務がしっかりしていたんですよ。最初はアルバイトで入ったんですけど、最後は正社員にしてもらえて。残業代がつかないのが当たり前だった当時、その会社は残業代を時給できちんと出してくれていたんです。労務の人に『それって、どういう意味だか分かる?』と聞かれたことがあって。『残業してほしくないってことだよ』とはっきり言われて、納得しました。
だから凝縮して仕事をやるようになったし、残業代が出ているからには意味のある残業をしなきゃという意識を持っていました」
新卒採用と働き方改革は功を奏し、社員定着率は9年連続で90%以上という飲食店としては驚異的な数値で、正社員の平均年齢は26歳(パートなどを含む全従業員で38歳)と若い世代も着実に育ってきています。そして社員の出身地は75%が店舗周辺(岡谷市、松本市周辺)と、地元密着も進んでいます。
※Vol.3に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)
取材・文:くりもときょうこ
撮影:野々村奈緒美
編集:中村信義
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
撮影:野々村奈緒美
編集:中村信義
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
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