2023/2/13

なぜ“コンサル本”を読んでも「問題解決力」は身につかないのか

NewsPicks, Inc Brand Design
あらゆるビジネスで問われる「問題解決力」。その力を高めたいと願うビジネスパーソンは多く、書店には経営コンサルタントが書いた書籍が数多く並び、セミナーやイベントも多い。
それでも経営者や事業責任者の「問題解決力」に対する探究心は尽きない。
そんな状況下、コンサルティングファームのベイカレント・コンサルティングで常務執行役員を務める則武譲二氏は、「問題解決技法の言語化は道半ば」と語る。
同社が捉える問題解決技法は、何が違うのか。真の問題解決力に迫る。

日本の「問題解決力」はいまだ発展途上

──問題解決に関する書籍は、世の中にあふれていますが、則武さんは問題解決力とそれを支える技法は、まだ発展途上であると指摘しています。
則武 企業経営における問題解決の支援は、経営コンサルタントの役割であり、そのノウハウを説いた書籍が、多く出版されています。
 そこで語られているのは、先人たちが築き上げてきたビジネスシーンで発生する問題に立ち向かう技法であり、最近ではビジネスパーソンの教科書的な位置付けで見られることも増えているのではないでしょうか。
 ただ、言葉を選ばずに言えば、問題解決技法は既に体系化できていると多くの方が認識されていると思いますが、本当に大切な部分が言語化されていないのが実態です。
──言語化できていない部分とは何を指すのでしょうか。
問題解決の技法は、大きく「論点設定」「仮説立案」「検証」の3つで語られます。
 論点設定とは、問題の核心に迫る問いを明らかにすること。仮説立案はその問いについて仮の答えを作ること。検証は、立てた仮説の確からしさを検証することです。
 この3つは、先人たちが築き上げてきた技法であり、ビジネスシーンでの問題解決にも寄与する意義深いものだと思います。
 ただ、それぞれの言語化・形式知化には濃淡があると考えています。例えば、「検証」については、その手法や実際の検証事例から、具体的な手順や検証能力の身に付け方まで、丁寧に言語化されており、問題解決を経験したことがない方でも、容易に理解できるほどに洗練されていると思います。
 一方で、「論点設定」と「仮説立案」は、良い事例と悪い事例の提示に留まり、具体的な手順や身に付け方が述べられていないことが多いのではないでしょうか。特に仮説立案は曖昧な部分が多く、「ひらめきの世界だからアイデアを100個出してみましょう」などといった、半ば精神論に終始するものすらあります。

「悪い論点」と「良い論点」の違い

──では、ベイカレント流の問題解決技法の全体像を紹介していただけますか。
 最初に方法論を話すよりも、ベイカレントが実際に携わったプロジェクト事例を交えながら説明したほうがわかりやすいと思うので、事例をもとに悪い論点といいますか、成果を出せない論点と、良い論点、成果を出せる論点を説明します。
 お話しするのは、あるBtoC企業の新規事業開発の事例です。この企業では、2030年までの利益目標を定めており、その達成のために既存事業に囚われない新たなビジネスを考案する必要がありました。
 では、どう進めていったのか。まず悪い論点設定です。
 一見すると、あまり悪い論点には見えないのではないでしょうか。むしろ正統派の良い論点にも見えてくると思います。
 企業のパーパスをもとに、勝算の高い事業を見つけ出し、市場と競合を分析して差別化ポイントを割り出し、どんなビジネスモデルでどのように利益を創出していくかの順で論点を設定しています。
 ここで、あえて言いましょう。これは論点のように見えますが、実態は作業手順です。問題は、この正統派の手順を進めていった先で起こります。そのときこそ、論点設定の力が求められるのです。実際クライアントは、この手順で検討を進めたものの、半年以上もの間納得いく事業プランを生み出せないという問題に直面しました。
 その問題に向き合い、私たちがクライアントと共に導き出した論点がこちらです。
「ヒトの価値観変容」を軸に設定し直しました。
 少なくとも、教科書に書かれている一般的な手順のようなものではないこと。そして、具体性が高くなっていることはおわかり頂けるのではないでしょうか。
 特に、新規事業で重要な「想い」と「儲かる」から「儲ける」への発想の転換がポイントでした。それが、新規事業を立案する上での、たがを外すことに繋がると思ったからです。

良い論点・仮説はどう設定すればいいのか

──良い論点へとどう転換したのでしょうか。思考のポイントを教えてください。
こちらはベイカレントが考える論点と仮説の立て方について、流れを図示したものです。
 まず伝えたいのは、核心に迫る論点と筋の良い仮説は、表裏一体の関係にあるということです。
 良い問いができれば、自ずと筋の良い仮説を立てることができる。その逆もそうです。筋の良い仮説が、核心に迫る論点を導き出すのです。
 では、それを踏まえた上で、先ほど紹介した悪い例を良い例に変えていった過程を具体的に説明します。
 まずは同質化。これはクライアントの試行錯誤を“追体験”することを指します。例えば、ビジネスマンが新事業の立ち上げや新領域開拓に取り組むときは、業界や業務に関する知識をキャッチアップするところから始めると思います。
 同質化ではこれに加えて、これまで関与してきた人たちの思考や意思決定の過程を“追体験”します。
 プロジェクトに関する資料を全部共有してもらい、それまでの検討や意思決定に関する話を聞き、一つも事業案を創出できなかった経緯を追体験することで、初めて論点設定のスタートラインに立つことができるのです。
 このとき重要なのは、同質化は、論点を立てる前に終わらせておく必要があるということです。
 悪い論点ほど、同質化をするための内容が多く含まれてしまっています。市場や競合、あるいは顧客の変化の現状を問う論点から始めるケースをよく見かけますが、それは論点ではなく最低限知っておくべきことです。答えを出すべき問いはその先にあります。同質化が終わってからが本当の勝負なのです。
では、次の「囚われ探索」に話を移しましょう。これは、視野の固定化や事実認識の不足によって、誤った常識化がなされている部分、つまり囚われを見つけ出すステップです。
 先の事例でいえば、同質化によって、2つの「囚われ」が浮き彫りになりました。
1つ目は「パーパス起点」での論点設計です。パーパスを起点にした議論では満足する新規事業が考案できていなかったのですから、出発点がパーパスであることが間違っているのかもしれないと感じました。そのため、あえてパーパスから距離を取るという思考に至りました。
 2つ目が「新事業案の評価軸」です。例えば、評価軸に利益目標を置くことはもちろん大事ですが、いかに儲けるかにこだわり抜く前に、利益が見込めそうにない事業案を簡単に捨ててしまっていいのでしょうか。その時点でアイデアが浮かんでいないだけかもしれないですよね。
iStock/Melpomenem
──こうした「囚われ」を別の要素に転換する「要素転換」が筋の良い仮説に繋がるわけですね。
はい。誤った常識化がなされている部分を、より筋が良いと見込む考え方へ置き換えることが良い仮説を導くことに繋がります。
 要素転換の話をする前に、その前段にあるメタ知識の説明をしなくてはなりません。メタ知識とは、日頃得たビジネスに関する知識をメタ化して貯めて(抽象的なものに捉え直して)おくことを言います。ここで貯めておく知識が、要素転換の際に「囚われ」を置き換える候補となるのです。
 先の事例では、どのような要素転換が行われたのかを見てみましょう。メタ知識として活用したのはスタートアップにおける事業検討の進め方です。
 日頃の情報収集や起業家との対談から、時代の流れを捉えた伸び盛りのスタートアップはヒトの価値観変容に着目していると感じていました。そこで、事業検討における囚われであった「パーパス起点」という要素を、「ヒトの価値観変容起点」という要素に転換してみることにしたのです。
 2つ目の囚われであった「新事業案の評価軸」についても、スタートアップにおける事業の評価方法を参考にしました。元々の評価軸の中核であった“利益目標への到達見込み”という要素を、“推進するメンバーの想い”という要素に転換したのです。
 大企業における事業評価では収益性が優先される傾向が強いですが、多くの成功したスタートアップは推進するメンバーの想いが先行しており、その想いをどのように儲けに繋げるかは、後から必死に考える、というアプローチが取られているように感じていたためです。
──大企業での囚われを、スタートアップに関するメタ知識を用いて要素転換したということですね。これに続く「初期仮説化」と「核心化」についても教えてください。
まず初期仮説化は、要素転換で導き出した新たな筋について、できるか・勝てるか・儲かるかを評価し、仮説として前に進めるのか、囚われ探索に戻って別の筋を探すかを判断することです。
 この時は、要素転換をきっかけに、できるか・勝てるか・儲かるかをクリアできる新事業案を考案できました。機密保持上、事業案はお話しできませんが、起点となった価値観変容は、「カスタマイズとセレンディピティへの二極化」や「カネより時間」といったものでした。
 最後の「核心化」は、初期仮説を踏まえて、問いを設定し直すプロセスです。初期仮説の成立を左右し得る事柄を、それまで定めていた論点に組み込むのです。そうすることで初めて、本当に答えを出さなければならない問いが明らかになるのです。

センスに頼ることのない手法を広めたい

──一通りの流れを伺ってみて、要素転換が特に難しそうだと感じました。
ほとんどの人は、画期的な思いつきなんてできません。それはコンサルタントも同じです。コンサルタントだって、ものすごい発想ができるなら自分でスタートアップを興しているはずです。
 ただ、世の中で問題解決能力があると言われている人は、この要素転換によってビジネスを確実に前に進めています。凝り固まって停滞している状態を脱し、新しい道を切り開くことはできるのです。
 しかし、それは簡単ではありません。そこでベイカレントでは、問題解決技法を解き明かし、個人が身に付けられるようにしようとしています。例えば現在執筆中の書籍に掲載予定の「囚われのチェックポイント」は、特に効果を発揮すると思っています。
 囚われの「あるある」が列挙されているもので、もし自分が気付かないうちに何かに囚われていたとしても、これを確認することでそこから抜け出せるというものです。弊社の脳科学に詳しいメンバーの知見も交えながら、ヒトが囚われがちなポイントをまとめています。
 例えばこのチェックリストを見ながら論点設定と仮説立案をしていけば、少なくとも要素を入れ替えるべきポイントは見つかるでしょう。このように、問題解決技法やその身に付け方を充実させることによって、センスに頼ることのない手法を広めていきたいです。
──問題解決力の全体像は理解できました。
今回は全体の流れを話しましたが、それぞれの項目についてはまだまだ語るべきポイントがたくさんあります。今後は、各ステップにおける方法論の詳細を掘り下げていきます。
本記事に続き、「問題解決力」を詳説する記事を数回にわたって公開していきます。次回は、3〜4月の公開を予定しています。併せてご覧いただければ幸いです。