2022/5/17

【中島健太】瀬戸内寂聴さんの肖像画を描いてわかったこと

ライター
プロの画家になって16年。700枚以上の絵を完売させてきた中島健太さんの山あり谷ありのキャリアは、ひとりのビジネスマンの生き方としても参考になります。画家として軌道に乗り、年齢も30代に。多くの出会いから見えてきた新たな目標とは? ロングインタビューの最終回。
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INDEX
  • 写実絵画は1通の手書きの手紙
  • やりきって人生を終えたい
  • そんなのはアートのエゴです
  • バタフライエフェクトを信じて

写実絵画は1通の手書きの手紙

プロの画家として絵を描いていく上で、「売れるかどうか」ということが自分の評価軸の中で大きいことは、間違いありません。売れなければ描けないし、描き続けることもできない。ただ、16年続けてきて最近すごく感じるのは、自分が感動できるかどうか、ということ。結局のところ、それが「売れる」という結果にも繋がっている実感があります。
絵画って、1つの作品を買うことができるのは、ひとりだけですよね。ある意味非常にシンプルです。1枚の絵が多くの人に評価されるということはありますが、販売ということに関して言えば、その絵をひとりでも気に入って買ってくれる人がいれば、商売としては成立するわけです。
その際に重要になってくるのが、その絵に何がどう描かれているかよりも、画家自身が作品と誠実に向き合ったかどうかということ。
僕はよく、自分の写実絵画を手紙に例えます。写実絵画って写真のように描かれてるので、「写真と何が違うんだ」って言われるんですよね。合理性という観点で見れば、写真のほうが速いし正確だし複製もきく。絵画は遅いし複製もできないし、人間が描いているからムラッ気もある。
でも、手紙に置き換えて考えてみるとどうか。パソコンで入力してプリントアウトされた、均質でミスがなく、何枚でもコピーできる手紙と、内容は同じでも、手で書かれた世界でたった1通の手紙。どちらのほうが思いが伝わるか、ということだと思うんです。
その1枚の重さ、存在感こそが、写実絵画の魅力です。だからこそ、誠実に向き合ったかどうかは、鑑賞者にダイレクトに伝わってしまう。でもこれはきっと、どんな仕事にも言えることですよね。

やりきって人生を終えたい

プロの画家として必死で絵を描いてきた20代を経て、最近、思うことは、いつか自分の人生を振り返った時に、何もなかった、となるのは嫌だなと。
そんなことを考えるようになったのは、瀬戸内寂聴さんの肖像画を描かせていただいたのがきっかけです。いろいろとお話を伺いました。先生は「私はもうやりきった。食べたいものも食べたし、会いたい人にも会ったし、やりたいことも全部やった、あとは小説家として机に突っ伏して死ねたら幸せだ」というようなことをおっしゃっていて、非常に感銘を受けました。
僕も、いつか自分の人生は振り返るときが来る。自分の人生を評価する段階になる。人生は不可逆であるということに強烈に向き合わされるわけです。そのときに「生ききった!」という思いで人生を終えたいと。
今は、あらゆるサービスが時間を奪っていく時代です。ネットニュース、ゲーム、動画にマンガと、ちょっとした時間の隙間もあっという間に埋められてしまう。自分に向き合う時間をつくること自体が難しくなっている。
そんな時こそ、芸術なんです。描くのでもいいし、観るのでもいい。僕自身、経済的な基盤もできて、ようやく自分とものづくりについて、考えられるようになりました。寂聴さんをはじめ多くの人たちとの出会いから学ばせていただいています。
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そんなのはアートのエゴです

自分の心に向き合いたいときに、アートはとても便利です。ただ、残念なことに、今やアートは「向き合うもの」ではなく、「背景に映し込むもの」になりつつあると感じています。
人気のストリートアートがそうです。背景で映すとすごくおしゃれなんですが、いざ向き合ってみると、意外と何も感じなかったりします。バンクシーの作品も僕にとってはそうです。世界一有名なアーティストだけど、世界を変えたわけではない。印象的だった「高額で落札された作品がその場でシュレッダーにかけられ裁断される」というのも、アート界があまりに資本主義に染まりすぎているということに対するアンチテーゼでしたが、結局はそのコンセプトまでひっくるめて、資本主義が飲み込んでしまった。
アーティストやアート自体が世界を変える。そんなの、エゴだと僕は思っている。僕も日本の芸術界や美術教育にいろいろともの申してはいますが、それは、旧態依然としたシステムを根本から壊す、とかではないんです。ただ、誰かの気づきとなって、世の中がよい方に拡張していけばいいなと。
僕が絵を描き続けるのもそうです。誰かの人生を少しだけ豊かにすることはできるだろうという思いがあるからです。そして、そう感じてくれる人をひとりでも増やしたい。そのために自分に何ができるのか、これからも考え続けなくてはいけないなと思っています。

バタフライエフェクトを信じて

バタフライエフェクトという言葉があります。蝶の羽ばたきのようなささやかな変化でも、その変化がなかった場合と比べれば、その後が大きく違ってくるという現象です。巨匠と言われるような桁違いのエネルギーを持つ画家の作品を見たり、社会にインパクトを与える大きな仕事をしている人の話を聞くと、すごいなあ、と憧れます。でも僕はいつも、バタフライエフェクトを思います。僕が描いた何かが、実はどこかで世界に影響してるかもしれないというリアリティを、常に持って筆を動かしています。
それは芸術に限ったことではないと思います。どんな仕事をしていても、人の行動は、誰かに何かの影響を与えていく。その人にとってはなんでもない一言でも、相手は気持ちが晴れて、笑顔で眠りにつけることもあるかもしれないですよね。
僕は最近、強く思います。人間は、ピュアなものに惹かれるのだと。僕もそこを目指していきたい。そのためには、やりたくないこと、嫌なことはやらない、というのも、基本的なことですが、大切なことだと思っています。そもそも僕が美大を進学先に選んだのも、「好きじゃない」ことを消していった結果の消去法だったんですよ(笑)。
「芸術は育てるも」のという意識の希薄な日本で、僕の20代30代は自分を経済的な問題から自由にするために必要な時間でした。
これから40代に向けて、どれだけピュアな作品を残していけるのか。画家としての人生を振り返ったときに、納得できるように、誠実に描き続けていきたいと思っています。
中島健太(なかじま・けんた)
1984年東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。大学3年でプロデビューし、現在までの制作作品は700点を超え、その全てが完売。瀬戸内寂聴やベッキーの肖像画なども話題に。「#画家として生きるために」というハッシュタグでのツイッター投稿も反響を呼んでいる。2021年8月に著書『完売画家』を出版。現在はフジテレビのドラマ『元彼の遺言状』絵画担当として制作に参加中。
オフィシャルウェブサイト:https://www.nakajimakenta.com/
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