2022/4/28

【NASA小野】大丈夫。チャンスは一度きりじゃなくて、何度もある

NewsPicks Student Pickerがプロピッカーにインタビューを行う連載『素人質問で恐縮ですが』。
さまざまなキャリアを歩んできたプロピッカーの方々が、過去にどんな選択をしてきたのか。現在の活動の背景にはどんな原体験があったのか。そして、どんな未来像を描いているのか。
インタビューについては「素人」ながらも、さまざまな分野のニュースや事象に強い興味関心を持つNewsPicks Student Pickerが、学生の視点からインタビューを行う企画です。
第3回に登場するのは、NASAジェット推進研究所技術者小野雅裕氏。インタビュアーは、第1期Student Pickerの秋山亮氏、前田康博氏、田中湧士氏が担当します。

夢は「そこ」にあった

秋山 立教大学経営学部4年(取材時)の秋山亮です。小野さんのキャリア観をお伺いできればと思います。
まず、ご著書『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)のなかで、夢を最初に決めた瞬間があったと書かれていましたが、そのときのことを詳しくお伺いできますか。
小野 宇宙に興味を持つようになったのは、天文マニアだった父の影響が大きいですね。天体望遠鏡で、土星の輪や、月のクレーターなんかを見せてくれた。だから自分が能動的に「これを夢にする」と決めたわけではないんですよ。
たとえば僕は祖父母の刷り込みで、物心ついたときからタイガースファンでした。自分でタイガースを好きになろうと決めたわけじゃない。
でも、そういうものって消えないんですよね。自分が決めたものなら違うものに変えられるけど。
僕が6歳のとき、「ボイジャー2号」っていう宇宙船が海王星に行ったんです。そのとき父が、これがどれくらいすごいことかを、こんなふうに説明してくれたんですよ。
たとえば地球がビー玉くらいの大きさだったとしますよね。そうしたら飛行機が飛んでいるのはビー玉の表面からわずか0.01ミリの高さです。
国際宇宙ステーションがあるのは0.5ミリの高さ。月までは45センチ。太陽は180メートル先。
木星は接近時で750メートル先で、土星は1.5キロ先。そして天王星は3キロ先。そしてボイジャーがたどりついた海王星はなんと5キロ先なんですよ。これ、すごくないですか?
でも宇宙以外にも生物や人体に興味があったし、中学、高校の暇な時間のほとんどは、どうやったら彼女をつくれるかを考えてましたね。
でも大学進学のときに頭に浮かんだのは航空宇宙でした。
だから夢を見つけたっていう瞬間は特になくて、「スターウォーズ」で、よくヨーダやパルパティーンが“Search your feelings”って言うけど、自分の中を探してみたらそこにあったって感じです。

人の心は玉ねぎに似ている

秋山 なるほど。宇宙に関連するお仕事をしようと決められたのはいつごろですか?
小野 大学のころはいずれJAXAに行きたいなとは思ってました。いま僕がいるJPL(NASAジェット推進研究所)も行ってみたいと思ったけど、まさか本当に働けるとは思ってなかったかな。
秋山 小野さんはご著書のなかで「夢とは渇望だ」とおっしゃっていますが、僕はまだそこまで渇望したことがないんです。そういう人に対して、どう思いますか。
小野 そうですね。何もなかったら自分の内側を探すか、外側に広げるかしかないでしょうね。まず自分が一番ワクワクするものは何か、心の深い部分を自分でよく観察する。
内側を探してもなかったら、本を読んだり旅をしたりして、外側に広げていくしかないのかなと思います。
秋山 内側を探すというのは、おそらく過去の原体験を見つけることだと思うんですけど、わざわざ探さないと見つからないということは、それほど渇望していないものじゃないかと思うんです。そういうものでも、夢になり得るものですか。
小野 あのね、人の心っていうのは、玉ねぎのかたちをしてると思うんですよ。
芯の部分に2歳の心があって、その周りに3歳の心ができて、さらにその周りに4歳の心ができて、と年輪みたいに外側に重なっていくものだと思う。
だから小さいころ心の底に刻まれた気持ちほど強いと思うんです。たとえば僕は転職はするかもしれないけれど、阪神ファンは絶対にやめませんから(笑)。

夢を叶えるために

秋山 ありがとうございます。次に、その夢を叶えるために、その時々のベストな選択肢を見つけるにはどうしたらいいでしょうか。
小野 うーん、やっぱり、成功も失敗も半分が努力で、半分が運だと思います。
僕の敬愛する新庄剛志がなぜチャンスをつかんだかというと、オマリーっていう助っ人外国人がケガで休業したからなんですよ。それでチャンスが回ってきて、第一打席初球でプロ初本塁打を打った。
夢を叶えるって、Google Mapみたいに、目的地を入力すればそこまでの道を逆算できるようなものじゃないと思うんです。それより山登りに近い。
極端にいえば、山って登山道がなくても、上へ上へと登り続ければ、いつかは山頂に着くでしょう。だから今ある選択肢の中で一番夢への距離を縮められるものを選ぶ。
そうやって今できる努力を積み重ねて、いつかチャンスが回ってきたらそれをものにできるように準備しておく。
ぜひ覚えておいて欲しいのは、大きい夢ほど実現に時間がかかるってこと。グッドニュースは、ほとんどの場合、チャンスは一度きりじゃなくて何度もあるってことです。
秋山 ありがとうございます。小野さんの今の夢を教えてください。
小野 人類史に残るような発見の一部になりたいですね。地球外生命の発見があったら、これはもう間違いなく人類史に残る。
昔から人類は地球外生命を探してきましたけど、ようやく最近、どこをどう捜せばいいのかわかってきたんですよ。
「生命とは何か」というのは科学の究極の問いの1つでしょう。その問いの答え、あるいはその有力なヒントが向こう数十年のうちに見つかるかもしれない。それに貢献するのが今の夢です。
秋山 ありがとうございました!

研究と開発の役割

前田 前田康博といいます。早稲田大学の機械系の学部の4年(取材時)で、今度、早稲田の修士課程に進学します。僕はもともと自動車が好きで、日本の製造業へのリスペクトもあって、大学は機械科に入りました。
大学の授業がきっかけで宇宙に興味を持って、宇宙系の研究室に入りました。現在は宇宙研でMMX(火星衛星探査計画)関連のプロジェクトに関わっています。
今、日本の製造業は停滞していると言われていますけど、現場に行くとすごい技術がたくさんあるんです。
だから修士課程のあと製造業に就職してエンジニアになるのがいいのか、それとも博士課程に進んで研究者になるほうがいいのか、悩んでいます。
小野 まずは大学院の各課程の役割を認識されたらいいのかなと思います。僕の認識では、博士課程は研究者養成コースで、修士課程はエンジニアを養成するコース。研究と開発って、全然違う話でしょう。
研究は、まだ誰もとらえてない問題を見つけて、自分で立てた問いを解いていくこと。開発は要求を満たすものをきっちりつくること。どちらに向いているかは人それぞれだと思います。
問題は、日本の博士卒や修士卒の技術者の待遇の悪さですよね。身も蓋もないことをいえば、人の心はお金で動くところがある。
どうして日本の技術職の人気がないかというと、給料が安いからですよ。これがアメリカだったら、マッキンゼーよりGoogleのほうがはるかに年収は高い。
せっかくの理系の優れた才能を生かし切れないのは、損失だと思いますよ。

女性と技術職

前田 ありがとうございます。女性の技術者が少ない問題についてはいかがですか。これは日本固有の問題ですか。
小野 そうだと思います。手元に数字はないけれども、感覚的にはJPLには女性が3~4割はいるんじゃないかな。でも分布は偏ってます。
サイエンスはむしろ女性のほうが多いぐらいだし、マネジメントやシステムエンジニアにも多いし、フライトオペレーションといって、宇宙船を操縦する人も女性が多いですね。
ただ、僕がいるロボティックスとかソフトウエアには非常に少なくて、僕のグループにも10人中1人だけ。
女性が少ない要因は2つあると思います。1つは、男性と女性で得意不得意が違う傾向があること。
もちろん個人レベルでみればどんな分野にも男女問わず優れた人はいる。でも全体的な傾向はあっても不思議ではない。例えば女性の方がコミュニケーションが得意、とかね。
もう1つは社会的要因です。たとえばうちの妻は機械工学科出身ですけど、合コンなどでは学部を隠していたそうなんですよ。
理系だとわかるとモテないから。これって強烈な社会的ノルム(規範)じゃないですか。理系の女性は可愛くない。そんな偏見が意識的にか無意識的にか社会に根を張っている。
これはアファーマティブアクションで修正するしかない。理系分野で輝く女性が増えたら、そういう偏見も消えていくと思いますね。
難しいのは、もしかしたら僕もそうかもしれないけど、無自覚な思い込みがあること。あるとき僕の職場の年配の人に、若い女性のデータサイエンティストを紹介したことがありました。
すると彼が、「彼女はかわいいけど、大丈夫か?」って言うんですよね。
いつもは差別的な発言なんかする人じゃないのに。おそらく彼の深層意識に、「かわいい女の子に技術職は務まらない」っていう固定観念がある。こういうバイアスを取り除くには、意図的な努力が必要ですね。

負けているのは予算だけ

前田 なるほど、わかりました。次に、小野さんのいるNASAから見て、JAXAなどのいわゆる日本のものづくりの技術力について、どう思われるかをお聞きしたいです。
小野 僕の父親は東芝の社内研究室に勤めていたんです。東芝も当時は飛ぶ鳥を落とす勢いで、研究費もそれはもう潤沢だったそうですよ。
それがどうして衰えたといわれているのか。いろいろと分析はされているけれど、本当のところはわからないですよね。
もしかしたら日本は衰えたんじゃなくて、むしろ20世紀が日本にとって特異な時代で、また元に戻ってるだけなのかもしれないしね。
前田 確かに、衰えたというのは相対的な比較にすぎないのかもしれません。日本の製造業も、世間一般で言うほど劣ってはいないと僕は思います。
小野 そうですね。やっぱり技術職って楽しいですよ。ぜひ皆さんが、かっこいいエンジニアになってください。そうしたらロールモデルができて、次の人が続きますから。
前田 実際に僕もMMXに関わっていて、自分がつくっていた潤滑剤が火星に行って地球に戻ってきたのは、すごく楽しいなと思っています。
小野 でしょ、楽しいよね。あとね、失礼かもしれないけど、日本の宇宙研って、NASAに対する反骨心がすごくないですか。
前田 確かに「NASAができないプロダクトをつくって勝ってやろう」みたいな気概があります。
小野 そうそう。「NASAを叩きのめしてやるぞ」感をひしひしと感じます。宇宙研はJPLとやることは似ているけれど、予算はJPLの10分の1。
でも少なくとも宇宙研の先生がたは、自分たちが技術力でNASAに劣るとは思ってない。
負けているのは予算だけだと思っているんですよね。これは嫌味ではなく、そういうスピリットって大事だと思いますね。
前田 ありがとうございました。

宇宙開発の意義とは

田中 慶応大学修士2年(取材時)の田中湧士です。僕は昔から宇宙に憧れていましたが、その憧れが確信に変わったのが2020年のスペースXの有人打ち上げのときです。人間の底力を見たような気がしました。
小野 打ち上げ、見に行ったことがある?
田中 実は1回もないです。
小野 行ったらいいよ。すごいよ、ぜひ見てください。ロケットは予定通りに飛んでくれないけど、1週間ぐらい余裕をもって呑気に待っていれば見られますよ。
田中 ありがとうございます。僕は宇宙開発の意義についてお伺いします。いまいろんな社会問題がある中で、「宇宙開発に大枚をはたいて、どんな意義があるんだ」という意見もある。小野さんのお考えはいかがですか。
小野 そうですね。さっき人はお金で動くと言ったのと矛盾するように聞こえるかもだけど、人間は究極にはお金のためだけに生きてるわけじゃない。
どうして自分が生まれたのかという問いの答えを求めることも無意味じゃないし、人類文明がなぜこの地球に生まれたのか、その意味を問うことも決して無意味じゃないと思うんですよね。
その問いの答えの一つになりうるのが、未知のものを知るためのサイエンスとか、未知の場所を切り拓く冒険。
宇宙だけがそれじゃないけども、人類文明が自らの生まれた意味を追求する一過程なのかなと思います。
田中 ありがとうございます。宇宙関係の仕事につきたい学生は多いと思うんですけど、そういう人はどんな進路を考えればいいですか。
小野 宇宙関連の仕事は、人工衛星をつくるだけじゃない。数学や理科が不得意でも、宇宙に関わる方法はほかにもあります。
でも、すぐにそちらを目指すのは、半分ぐらい逃げてるのかなっていう気もする。まずは正攻法で、数学と物理を死ぬ気で猛勉強してトライしてみて、それで駄目だったら違う方向に目を向けるのもいいのかなと思います。

NewsPicks学生読者の皆さんへ

田中 ありがとうございます。この記事を読んでいる学生に何かメッセージはありますか。
小野 よく言うことですけど、「~~しなきゃいけない」「~~しなさい」っていう外からの力じゃなくて、内側から湧き上がる「自分はこれをしたい」という力ってすごいんですよ。だから夢を持ったほうがいいのは間違いない。
一方で知っておいてほしいのは、大きな夢ほど叶えるのに時間がかかる。
受験や就活に成功したら完了じゃなくて、10年20年30年とコツコツ積み重ねて、少しずつ近づいていくものなんですよね。だから1回の成功や失敗で一喜一憂しないでほしい。
成功しようが失敗しようが、今できることをコツコツやるだけ。それを5年でやめるか、20年30年と続けるかだけの違いなんですよ。だから大きな夢を持ったうえで、長く続けるのが大事かなと思います。
田中 最後に、小野さんご自身が今学生だったら、NewsPicksをどう活用しますか?
小野 NewsPicksは、情報のソースとしてはいいツールだと思いますよ。ノイズは少ないしコメントの質もいい。
ただ一つ知っておいてほしいのは、人の言うこと、とりわけプロマークが付いてるような人の言うことに影響されすぎちゃいけないってことですね。
自分もプロなのに恐縮ですけど。大事なのは人が何を言うかではなくて、自分の心が何をしゃべっているかなんですよ。
だから情報源として活用しつつも、情報の海に溺れて自分を見失わないようにしてほしいと思います。