2022/5/10

【福岡】5日で100台のヒット。目指せBtoC売上「2億円」

編集・執筆
福岡・柳川の「乗富鉄工所」3代目の乘富賢蔵さんが手がけたBtoBブランド「からくり道具」。

好評だったもののオーダー中心でコストが重荷に。再び模索するなかで、デザイン経営に出会います。

デザインの発想を組み込んだ新ブランド「ノリノリプロジェクト」で、再出発。
プロダクトデザイナーにも加わってもらい、BtoCのプロダクト開発に乗り出します。その中で、職人の新たな魅力にも気づきます。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • ブランディングを本気で考えた
  • BtoC第1号はキャンプ用品
  • 汎用的なプロダクトへの転換
  • 工場見学の顔ぶれが変わった
  • 鉄工所ってめちゃくちゃクリエイティブ

ブランディングを本気で考えた

乘富:町工場のブランディングって何だろうと考え抜きました。職人のマルチなモノづくりの能力こそブランドにできるんじゃないかな、と思ったのです。
私たちの強み、リソースをいかすプロダクトを考えました。量産できて、職人の技が生きるような…。職人にはキャンプ好きが多く、キャンプ道具にたどりつきました。
プロダクトのデザインからYouTube動画、ECサイトや販促物の雰囲気にいたるまでデザインが入り、一本の軸が通ってブランドの世界観が仕上がりました。
BtoCは初めてでしたが、消費者目線のデザイナーによるアドバイスで、効果的なアプローチができるようになりました。営業・広告手法から値決めまで、トータルで相談に乗ってもらっています。

BtoC第1号はキャンプ用品

暮らしを楽しくする道具のブランド「ノリノリライフ」を2020年に立ち上げました。最初の製品は焚き火用の「スライドゴトク」です。コロナ禍でのキャンプブームもあってヒットしています。
乘富:職人のアイデアが詰まった、焚き火の上に鍋を置くためのステンレス製ゴトクです。焼き網と違ってグラグラしないし、幅も58㎝まで伸びるのでいろんな焚き火台に使えます。バス釣り名人の職人が考えました。
「日本の町工場発」「職人の手作業」「頑丈」というのがウリです。フレームと脚だけとシンプルですが、フレームの棒も丸、四角、と試し、スライドのしやすさや持ちやすさ、デザインを考えて六角棒になりました。
耐荷重は15キロなので重いダッチオーブンでも大丈夫です。水門メーカーが誇るステンレス溶接の技もいきています。地元テレビや新聞で紹介されました。台湾でのクラウドファンディングにも挑戦し、目標を達成しています。
2点目も「ありそうでなかった」を職人技で実現させた、メッシュ式の焚き火台です。5日で初回生産分の100台が売り切れる人気でした。
乘富:メッシュ式の焚き火台はあるのですが風に弱く、調理しづらいのが欠点です。そこを克服したのが、うちが開発した「ヨコナガメッシュタキビダイ」。ワンタッチで組み立てられ、メッシュが風よけの役割をはたします。試作品は1年前、職人がつくってきました。
片側がオープンなのは薪が追加しやすいようにという職人のアイデアです。別の女性社員の提案で、最初はスライド式だったのを固定式にして軽量化できました。
メッシュに囲まれた炎が夜、美しいのも自慢です。実用を追求したら「眺める焚き火台」になりました。
3年前に1人で「からくり道具」を始めたころは、社内のだれにも期待されていませんでした(笑)。「スライドゴトク」を発売したら、いろんな業務が増えて社内が混乱しました。
今年になって社内の認知度が上がって、みんなで次のプロダクトを開発しています。
やりたいことも少しずつみんなに伝わってきた感じです。

汎用的なプロダクトへの転換

「ノリノリプロジェクト」で5年後、売り上げ2億円をめざしています。
乘富:デザイナーが入り、オーダーメードだった商品を、汎用性のあるプロダクトに転換できました。これで、顧客がグッと増え、量産の道が開けました。
別の悩みも出てきました。プロダクト化されたとはいえ、職人が1品ずつ製作しているので、生産が追いつかないのです。
メイン事業の水門工事が減る夏の時期に自社製品を開発したい、という当初の目的にも近づいてきました。ただ製作できる職人が少ないので、まだ完全ではありませんが。
社員に作り方を教えたほか、外注も始めました。設備は補助金で増強しました。対応に追われながら、自社だけでは事業を大きくできないし、コンスタントに開発するのも難しいと気づきました。

工場見学の顔ぶれが変わった

ノリノリプロジェクトは、福岡大学商学部の飛田努・准教授のゼミの学生が宣伝・広報活動を担っています。
乘富:アンケート調査や分析をもとに、ECサイトの立ち上げやSNSマーケティングまで、先生や大学生たちとワイワイやっています。ブランドと一緒に育っている感じがします。
社外のメンバーが増えると意見も違いゴールが見えなくなりがちです。少ない予算で売れるのかという不安もありますが、とにかく発売しないと始まりません。
商品開発の道は長いです。製品のかたちが見えるまでも大変で、発売するまでにも重要な工程がいくつもあります。サプライチェーン、パッケージ、値決め、販路、販促ツール、ホームページなどあります。
「町工場から商品開発」なんていう成功企業のストーリーを読むと「挫折や失敗があったから今こうなれた」と、美談になっていますが、リアルタイムで問題があると先が見えないしモヤモヤしています。
社内の風当たりも壁の一つです。「1億円の水門を受注する会社が、1万円のモノを作って何になる」という声もありました。
老舗なので従来の成功パターンを外れると理解を得られません。結果が出るまでは悔しい思いもします。
「何で分かってくれないんだ」と、思いをSNSで発信したら反響があり、社内の空気も変わり始めました。
BtoCのヒットは採用にも効果がありました。図面もなしで棚や台車をつくる職人を見て「鉄工所はクリエイティブ」「職人はDIYの王様」と気づいた乘富さん。職人を「メタルクリエイター」と呼んでいます。
乘富:社員は60人、平均年齢は40~50代です。数年前に職人が大量にやめてしまい、いまは管理と職人が半々ぐらいです。3:7くらいにしたいと思っています。
高校と大学の工場見学を受け入れたのですが、参加の18人中、14人が女子だったんです。「鉄工所はクリエイティブ」「メタルクリエイター」と言い出してからです。

鉄工所ってめちゃくちゃクリエイティブ

乘富:社員みんなが「乗富鉄工所で働いてる」と自慢できる会社にしたいと思っています。大企業もスタートアップも、だれも知らない状況からスタートします。方向性は間違っていないと確信しています。
老舗、インフラ系、役所が顧客という保守的な会社で、あれこれ動くと波風も立ちますが、やらなくてはゆでガエルになってしまいます。
「ノリノリプロジェクト」だけでなく、水門でも新しいことに挑戦したいと思っています。生態系に配慮した水門をやりたいんです。九州の鉄工所の後継ぎ仲間と「次世代の水門」について研究会も開きました。
「鉄工所ってダサイ」。子どものころは、そう思っていました。鉄工所の仕事や職人って、めちゃくちゃカッコよくてクリエイティブな仕事と知ったのは30代になってからです。
プロダクトが人気でメディアでも取り上げられ「ノリノリですね」とよく言われるようになりました。でも商品開発もDXも、悶々としていることも多いです。大きな方向性は合ってても、このやり方でいいのかとか、もっとうまい言い方あったなあとか。
後継ぎとして会社が抱える課題に人生かけてぶつかる覚悟と、「どうにかなるさ」という楽観で、進んでいきます。
(おわり) (※NewsPicks +dの詳細はこちらから)