2022/5/10

【福岡】工場長の頭の中をSaaS化。爆進した情報共有

編集・執筆
大手の造船所から家業の鉄工所に戻った乘富賢蔵さん。仕事をラクに楽しくする「からくり道具」を開発する一方、紙・人頼みの自社の業務もラクに楽しくする手だても探っていました。

工場の隅から隅まで仕切っていた工場長の役職定年が、数年後に迫っていました。彼が去る前に、1人に頼る現場から、みんなで情報を共有して前に進む現場に変わらなければ。

「紙ベースもう限界。何かいい方法ない?」。Twitterで方策を尋ねて数分後、フォロワーが勧めてきたアプリが、仕事の進め方をがらりと変えました。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • すべては工場長の頭の中
  • 迫る工場長の役職定年
  • 使い物にならなかったエクセル
  • 工事の予定を「見える化」
  • それでも残した紙の情報共有

すべては工場長の頭の中

水門からプラント設置まで、幅広い工事を年100件以上こなす乗富鉄工所ですが、その工程は「管理されていなかった」と乘富さんは振り返ります。工期が頻繁に変わることもあって、15年ほど、工程管理は工場長1人に任せきりでした。
乘富:職人への仕事の割り振りやスケジュールは工場長が1人で決めていました。社員の性格や職人同士の相性、得意のスキルを見極めながら。仕事と人を知り尽くしていないとできない仕事です。
属人化してしまったのは営業や工事の情報を集約する仕組みがなく、工場長の勘に頼らざるを得なかったという組織上の問題です。
工場長は不確実な状況の中でも、現場のメンバーの様子も見ながら何とか回していました。
とはいえ工場長も、職人出身です。忙しくなると、問い合わせにも「ちょっとは自分で考えろ」と機嫌も悪くなる(笑)。
昭和のころは六畳間の当直部屋だった会議室に、40インチのディスプレイが鎮座しています=乗富鉄工所
例えば、工事の受注の話が来た時。
工場長は現場の仕事がなくなるのを一番嫌うので、確実に無理と分かるまでは外注に出そうとしませんでした。
不確定要素が多いせいもありますが、外注の判断が遅れれば納期に余裕がなくなり、腕のいい職人や実績のある工場に外注できなくなります。
実際ギリギリで外注に踏み切り、ほとんど素人のような職人が現場にやってきたり、あてにしていた町工場に納期の短さを理由に断られたりしました。
仕方なく自社内で残業や休日出勤でこなし、現場に不満がたまることもありました。
情報が複雑すぎるためもあり、情報が知らされていないメンバーからすると「なぜ外注に早く出さなかったのか」とか、反対に「今回は外注に出す必要がなかったのでは」といった感覚があったと思います。

迫る工場長の役職定年

乘富:工場長は2021年春に役職定年を迎えることが決まっていました。工場の隅から隅まで頭の中に入っている彼がまとめ役でなくなると、現場が混乱するのは目に見えていました。
それまでに属人的ではない仕事のかたちに整えなければ。私が入って2年目、「仕事を「見える化」しようと、エクセルの表にし始めました。
まず3~4カ月先までの中期予定をつくりました。営業がとってくる仕事の見積もりをざっくり表にまとめ、いつごろ何人が必要かを、はじき出そうとしました。
当時のファイルを乘富さんに見せてもらいました。すべて自分でイチから入力し、関数も自作。前職の造船所時代に培った、入力を自動化するVBA※を駆使した表です。
※マイクロソフト Officeに含まれるアプリケーションソフトの拡張機能。利用者がプログラミングすることで複雑な処理を自動化できる。そのためのプログラミング言語も意味する。
乘富:VBAとはプログラミング言語のことで、エクセルを自動化する際に使います。前職の造船所で生産管理システムを構築する仕事で覚えました。
当時、業務を改善する社内プロジェクトに携わっていたのですが、担当のシステムエンジニアが忙しく、プロジェクトは1年間も手つかずになってました。「このままじゃ失敗する」と焦って独学しました。
数カ月もすると「VBA職人」並みのスキルが身につきました。部署内のエクセルファイルを片っ端から自動化していました。この経験が家業でも生きました。

使い物にならなかったエクセル

黒い丸が1日に必要な人数。黒丸のバラつきで、外注するかどうかの判断に使っていた=乗富鉄工所
ところが2カ月ごとに社員からヒアリングして2日がかりで表にまとめても、ヘタをしたら1週間後には使いものにならなくなってしまいました。
というのも、工事はハプニングがつきもので予定が変わるのは、しょっちゅうなのに、エクセルにはそれがすぐに反映できないからです。天候に左右されるし、突発工事や現地調査もあります。前もって細かく工程を組んでも、ほどなくその通りにいかなくなって、結局、計画と現実がずれてしまうのです。
やらないよりはよかったのですが、社員たちからはめちゃくちゃ文句を言われて(笑)。何とかならないかと、ずっと思っていました。
「紙ベースもう限界」。Twitterでつぶやいた乘富さん。すると、フォロワーからクラウドサービスのキントーンを紹介されました。
「これは使える」
前職時代、2人がかりで2年かかったシステムと同じようなものが、1人で3週間でできてしまったのです。
乘富:エクセルによる工程管理だけでなく、仕事がいまだに紙ベースだということも、負担でした。公共工事は、いまだに紙の決済が多いお役所の発注です。だから、公共工事の受注が多い鉄工所も紙ベースのままきていました。
書類の回覧も、だれかのところで止まっていたり、後で読み返そうと思っていた書類が見当たらなくなっていたり…こちらも我慢の限界でした。
だからといって、自分が解決方法を知っているわけでもありませんでした。
そこで自分のTwitterでつぶやきました。
数分後にフォロワーからコメントがつきました。
「中小企業にはキントーンが分かりやすいです。業務フローに合わせ、自分でカスタマイズできます。データベースなので同時入力が可能で情報共有できます。モバイル対応もしていて、導入したら紙の回覧がほとんどなくなりました」
その日のうちに「30日間無料でお試し」でキントーンを使い始めました。
翌日にはホワイトボードで管理している工事情報を「見える化」するアプリができました。
「アプリ作成も入力も簡単。これはおもしろい」と思いました。

工事の予定を「見える化」

キントーンの使い方で分からないことがあると、Twitterでフォロワーに尋ねました。
当時のTwitterのタイムラインはフォロワーからのアドバイスで埋まり、「Twitter上にITコンサルタントがいるよう」だったといいます。
乘富:ホワイトボードに赤マジックで書いていた工事の月間予定は、キントーンに入力して日程や工程を「見える化」しました。書類回覧システムを含め、3日で3つのアプリをつくりました。
予定や分担を入力してすぐに使える状態にして各部署に渡しました。
「こんなことができるんだ」と好意的に受け止められました。やはり、情報がまとまっていないストレスは社員にもあったようです。
キントーンが「見づらい」「分からない」と言う人には、使い方を説明しつつ、どこを改善したらいいか尋ねるようにすると「結構よかやん」と、受け入れてくれるようになりました。否定的な声はむしろチャンスだと、まき込んでいきました。
自分1人で時間と労力を注ぎ込んで情報を更新し、表に入力していたのが、アプリを導入したことで、ほとんど作業がなくなり、毎週1回、話のついでに見せるという手軽さに変わりました。
工場長が役職を離れてからは、アプリを見ながら月1回、係長以上で話し合って割り振りを決めています。みんなで共有するから協力もできるようになりました。

それでも残した紙の情報共有

「見える化」2年目。課題はアプリの使い手を増やすことだと乘富さんはいいます。
乘富:「2021年はDXに力をいれます」と社員たちに宣言しました。キントーンで自社向けに作った「営業案件見える化アプリ」は、営業部員にも「便利だ」と好評で、エクセルファイルは卒業しました。
自社が手がけた水門の情報データベースもつくりました。水門事業を始めて約40年、位置や工事の履歴をまとめ、補修や点検の提案に生かせるようになりました。
工場で製造中の水門。乗富鉄工所の主要事業です
乘富:課題は私以外にアプリを作れる人がいないことでした。でも、新し物好きの中堅社員の1人にみっちり伝授しました。
工程情報の入力はすでに担当者に任せたので、より新しく詳しい情報が共有できるようになりました。
おもちゃのブロックを積み上げていくようにたやすくデータベースが組めるので、業務改善の作業が楽しくなりました。
業務改善のDXをどんどん進める一方、乘富さんは紙もあえて残しました。会議では紙の資料を配っています。資料への指摘は赤ペンで紙に直しを書き込み、アプリのデータに反映しています。
乘富:キントーンは紙の印刷を前提にしないシステムでした。
せっかくITを駆使した結果を紙に印刷するなんて、矛盾していないか、とも思ったのですが、うちはパソコンを全員が持っているわけではないし、苦手な人もいます。
やろうとしているのは情報の共有です。情報の取り出し方は目的によって変えればいいですよね。先進的な取り組みがそのまま通用するわけではありません。カスタマイズしながら生産効率の向上ををめざせばいいと思います。
Vol.4に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)