2022/5/10

【福岡】期待の新製品が空振り。再起で学んだデザイン発想

編集・執筆
「カイゼン」を追求する大手造船所から家業の鉄工所に戻った乘富賢蔵さん。

閑散期の新たな収入源として「ノリノリワークス」という新製品のプロジェクトを始めます。

ちょっとした工夫で仕事をすごくラクにする。そんな職人の技を生かした製品を「からくり道具」と名付け、売り出しました。

世界中の現場をラクに、ノリノリで働けるようにカイゼンしたいという思いを込めたのですが…。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • 職人は「DIYの王様」
  • 「ノリノリ」でカイゼン
  • 補助金採択、テンション爆上がり
  • 「いける!」はずが…
  • 取り入れた「デザイン」視点

職人は「DIYの王様」

乘富:メイン事業の水門は続けつつ、閑散期に自社製品をどんどん開発していこうと考えました。
何ができるのか、どんなリソースが生かせるのか。開発のコンセプトの核となったのが「職人」でした。
職人は一人何役もこなすジェネラリストで、鉄やステンレス製品づくりのプロです。ハイテクなし、図面さえなしで、あまった資材で棚や台車をつくる「DIYの王様」です。その「勘」と「経験」「こだわり」を生かしたプロダクトをつくろうと思いました。
本社のある福岡・柳川は有明海に面しています。ノリの養殖業者が多く、つきあいもあります。この養殖作業で生じるムリやムダ、ムラを数値で「見える化」し、作業をラクにする道具を職人のアイデアでつくれば、需要はあるのでは、と考えました。
まず最初に考えたのが、ノリ養殖の網を張る支柱を立てる道具でした。
乘富:有明海では9月、支柱を立てる作業が始まります。残暑の中、10m前後ある支柱を1本ずつ手で刺して建てるという、過酷な仕事です。
いまは漁師2人と船頭で、船の上から3人がかりで作業しています。漁師の動きを分析し、もっとも負荷がかかる「支柱起こし」と「海への立て込み」を助ける道具があれば、2人でラクにできるのではないかと考えました。
地元の高専と共同開発したのですが、技術的にあと一歩で実現しませんでした。支柱を立てるための動力を使う道具を私たちが作るのは難しく、ターゲットをノリ業界に絞るには採算が合わない、と自己分析して開発をあきらめました。
実用化できなかったノリ養殖のための道具
振り返りの結果、業界は絞り過ぎず、動力を使わない道具の開発に専念するプロジェクトに切り替えました。コンセプトは「仕事をラクにたのしくしよう!」。職人のアイデアで生まれた商品を「からくり道具」と呼び、モノづくりの現場に広めようとしました。

「ノリノリ」でカイゼン

乘富:職人はもともと、ちょっとした工夫で仕事をすごくラクにしています。シンプルなつくりなので製作費が抑えられ、壊れにくいのが「からくり道具」の魅力です。見ていて楽しいのもポイントです。
AIやIoTがいくら普及しても、すべての仕事が自動化されるようなことはないだろう、と前職のころから感じていました。
最後は人の手が必要な仕事って、たくさんあります。そこで生じるムリやムダを職人の知恵と技でなくしたいと思いました。
この「からくり道具」で、世界中の現場をもっとラクに、ノリノリで働けるようにカイゼンしたいと「ノリノリワークス」というプロジェクトの名前にしました。
ノリ漁師から「まとめてコンテナを吊り上げる道具を作ってほしい」という注文を受けて製作したのが「まとめてUFO」。ノリノリワークスの「からくり道具」1号になりました。
乘富:ノリ養殖は秋と冬の二期作です。11月、冬に使うノリの芽を冷凍するために、秋の収穫後、海から網を引き上げ、コンテナにしまいます。このコンテナが全部で重さ30キロもあるものなので、ラクに運ぶ道具が欲しいと相談されました。
最初の試作品が3週間でできたので、この速さならビジネスになるかも、と思いました。
ふわっとアームが開いて魚箱をつかみ宙に浮かせて運ぶ仕組みです。ゲームセンターにあるUFOキャッチャーみたいでかわいい。だから「まとめてUFO」と名づけました。
それまでは手作業で1つか2つのコンテナをバケツリレー式に軽トラックに積み替えていました。「まとめてUFO」ができてからは一度に6個ずつ運べるようになり、作業時間が半分になりました。特許も取りました。

補助金採択、テンション爆上がり

複数のコンテナを吊って運べる「まとめてUFO」。ノリ養殖の省力化につながりました
乘富:コンテナに入ったアサリを砂抜きのため水槽に沈める作業の省力化にも、「まとめてUFO」を作りました。10キロの箱を1つずつ手作業で沈めていたコンテナを、24箱まとめてつかみ、投入できるようになりました。作業時間は3分の1でラクになったと大好評でした。
みそ屋さんからの注文もありました。重さ40キロのみそだるを女性1人でも動かせ、ひっくり返せる「ラクルリン」という道具です。開発に2カ月かかりました。
「からくり道具」のシリーズ化をもくろみました。でもおカネが足りません。国や福岡県の補助金に片っ端から申請しました。商工会議所などから指導を受けて書類を出したら応募した3件がぜんぶ通ったんです。
もうテンション爆上がり(笑)。「いけるのでは」と思い始めました。
補助金を使って「まとめてUFO」「ラクルリン」を売り込むため東京の展示会にも出ました。「ラクルリン」の反響は大きく、エクセルで急きょ、パンフレットを作りました。業界紙でも紹介されました。
第2の課題だったブランディングは、デザイン関係の本を読みあさったり、デザイン事務所に何軒もコンタクトしたり。プロジェクトのロゴを作ってもらい、TwitterやYouTubeもスタートさせました。

「いける!」はずが…

「ノリノリワークス」は絶対にヒットする!と確信していた乘富さん。でも、なかなか売れませんでした。量産を見込んでいたのに、注文がくるのはカスタマイズが必要なものばかりでした。
乘富:いい線いっていたんですが…。
夏の閑散期にやりたいのに、見込み生産も量産もできない「1点もの」ばかりなんです。
「バキュームクリーナーの取り外し式のバケツ部分のゴミを、回収箱に直接投入したい」なんていうのが典型例。ニッチ過ぎますよね。
近所なら職人を連れて行って作ることもできますが、業界紙で紹介された後は千葉など遠方から問い合わせが増えて対応できませんでした。
「まとめてUFO」にしても、需要のあるコンテナのサイズも現場によってまちまちで、ほとんどオーダーメードになりました。それぞれの容器のサイズや作業に合わせたアームを作らないといけません。
容器のサイズや作業の状況を見に現地に行くだけで費用がかかります。「道具」自体の価格は15万円程度。ぜんぜん見合わない。コロナの時期に重なり現地調査すらできず、商談がまとまらないことも多くありました。
乘富:「ノリノリワークス」で打ち出した「からくり道具」は補助金やコンテストで、採択されたり受賞したりしていたので有頂天になっていました。
でも、プロダクトデザインを競う「福岡デザインアワード」は予選落ちという結果。なぜだ!とショックを受け、デザイン開発のワークショップに参加しました。
「からくり道具」について、大学の先生やデザイナーから「コンセプトはすばらしいけれど、デザインは専門家に頼んだほうが」「商品にノリノリ感が足らないのでは」などと言われました。

取り入れた「デザイン」視点

このワークショップで、乘富さんは「デザイン経営」を学びました。「よいデザインは商品やサービスの質を上げるだけでなく、企業そのものの価値を高める」と考える経営手法です。デザイン担当者が経営チームに加わり、事業戦略や製品開発の上流から、デザインの視点を取り入れます。
乘富:コンセプトの作り方といった、デザイナー的な考え方などを独学し、実践していたつもりでした。でも経験がなく、考えたコンセプトを販促物やプロダクトに表現しきれていなかった。だから、全体的には統一感を欠く状態になっていたと知りました。
デザインの視点は常に「使う人」に置かれているといいます。デザイン経営は売り上げといった数字ばかりにすがらず、顧客を中心に見据えることで、新しい価値を生むのが狙いです。
乘富:セミナー講師の一人だったプロダクトデザイナー・関光卓さんと、新規事業のブランドを再構築することにしました。
ものづくりの現場にいると、製品の性能やコストにばかり気をとられて、ユーザーがどう感じるかという視点が抜け落ちてしまうことが往々にしてあります。
私にとってデザイン経営とは、自分たちの会社やプロダクトの価値とは何かを考え、カタチにしていくためのパートナーとしてデザイナーを迎え、二人三脚で進むことでした。
閑散期にフル稼働できる製品をつくるために、何をしたらいいか。彼と半年くらいかけて自分たちの価値から見つめ直しました。
「溶接の技を生かし、手作業を入れる」「デザイナーや職人の発想による工夫がある」「鉄やステンレスならではの、やや無骨なデザイン」という、BtoCのプロダクトをつくろうと考えました。
職人は1人でモノを作れる分、「なぜデザインがいるのか」という抵抗感があったようです。1人2時間ぐらいかけて話しました。職人の技を認めつつ、会社としてデザインを重視していると伝えました。
その結果、無動力で作業をラクに楽しくする仕事の道具「ノリノリワークス」と、暮らしの道具「ノリノリライフ」の2本立てにすることにしました。このふたつをまとめて「ノリノリプロジェクト」と総称しています。
「ノリノリワークス」を、あきらめたわけではありません。「町工場はクリエイティブ」を世に浸透させるその日まで! 挑戦しますよ。
Vol.3に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)