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これからのコンテンツとキャリア

ドワンゴの新世代が示す、正解のない時代の生き方

2014/11/13
「日本が世界に誇るコンテンツを作りたい」。その思いを胸に広告会社の内定辞退からベンチャーへの就職、起業を経てドワンゴの新規事業開発室の立ち上げに携わった稲着達也氏。そこで彼を待ち受けていたのは、「既成の概念を刷新する」というプロジェクトだった。
前編:ドワンゴで目玉事業を担う、28歳のイノベーター

「思い」だけでは人は動かないこともあった

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『思い』だけでは人は動かないこともあったと語る稲着氏

新規事業開発室立ち上げ時のメンバーはわずか数名。稲着氏以外は全員現場のベテランだった。仲間との衝突はなかったのだろうか?

「ありました。元々ドワンゴコンテンツ(現在はドワンゴに吸収合併)という子会社やニコニコ生放送にかかわっていた現場の人たちからすると、ニコニコの現場を分かっていない若手が突然きた印象だったはず」

彼らには彼らなりのコンテンツを作るノウハウや“数字の取り方”があった。

「仕事をこなす力は、彼らのほうが僕よりずっとあった。だから、結果として僕が『これは会長案件だから』といって彼らを押しのけることになってしまった」

つまり、着任当初の稲着氏は孤立無縁状態。そんな状況下で、稲着氏はまず自身の持ち味である「ストーリーを物語る力」を駆使した。

前回でも解説したように、彼は、高校時代には文化祭の実行委員長、大学時代には学生団体の代表を務めていた。そこでの経験から、アツい思いを語り共感を呼ぶことこそリーダーシップだと考えていたのだ。しかし、それも一筋縄ではいかなかった。

「お金が絡まない学生の活動と違い、『思い』だけでは人は動かないこともあるんだと、その時初めて学びました」

そこからは試行錯誤の連続。新規事業開発室と関係のないエンジニアに仕事をお願いしようとしたら、その人の上司から怒られるなど、最初はやり方がわからず、反感を買うこともあった。このような失敗も経て、彼は社内における仕事の進め方も覚えていったと言う。

「そんな時は社内の承認プロセスを組みこむだけで仕事がぐっとやりやすくなることを、知りました」

また、孤軍奮闘では、そもそも仕事が成り立たないことを自覚するのにさほど時間はかからなかった。

「かといって、中心的に立って仕事をしている人は既にたくさん仕事に巻き込まれているため、多くの協力は望めません。そこで、私は横断的に様々な人を協力者として巻き込んでいきました」

生きがいを与えるようなコンテンツを提供したい

まだまだ奮闘中だと語る稲着氏だが、新規事業開発室無事には立ち上がった。詳細は明らかにされていないものの、KADOKAWAとの統合を活かしたコンテンツが次々と出てくるはずだ。そもそも、彼が自分の思考を他者に伝えるときの売り文句も「コミュニケーションよりもコンテンツに向かっていたい」だった。これはどういうことだろうか?

「例えば同世代の人たちは、SNSで互いを褒めあうことが価値となる評価経済の仕組みに乗っかりすぎている、コミュニケーション過多の状態です。これに対して、実際に何かコンテンツを作り出している人が少ない」

それはサービスも同じだ。具体的な事業レベルでいえば、最近はやりのアドテクの分野も、「多くのネットサービスがグーグルに追随しているだけ。作り手は本来、ユーザー視点に立つべきなのに、むしろグーグルにあわせた仕組みを作っている」と指摘する。

一方、ドワンゴはリスティングやSEO対策をほとんどやっていない。

「川上会長は、そういったプラットフォームに阿ることは無駄だし、危険だと。私は、その“思想”に面白みと、共感を覚えました」

ネットの登場により、人々の生活は便利になったと言われる。ただし、「次に行きたいラーメン屋が見つけやすくなった」など不便を解消してくれるものという意味合いが強く、個人の幸せに直結するわけではないと稲着氏は考える。

「一方で、我々はもはや車や時計などモノを手に入れることで幸せになれる世代ではない。そんな時代のユーザーに幸福感を感じてもらうために作り手ができることは、人々に生きがいを与えるようなコンテンツを提供することではないでしょうか」

仕事や私生活が上手く行かない時、ドラマや映画といったコンテンツに勇気づけられ、前向きな気分になる――そんな経験は多くの人にあるはずだ。「娯楽商品にはそれぐらいの価値がある」と稲着氏は語る。

正解のない時代であることを、喜ぶ

キャリア的には紆余曲折は経ながらも、結果として最短距離で自らの野望に近づいてきた稲着氏。大企業か?ベンチャーか?と進路に悩む学生や若手社会人に向けて、何かアドバイスはあるだろうか?

「一般論で言えば、ベンチャーから大企業への転職機会が増えるのでは」と稲着氏は予測する。今までは、大組織からベンチャーに行く人が多かったが、大企業は今、イノベーションに飢えている。他方、大組織だからこそ大きなイノベーションができると考えるベンチャー社員も増えている。両者の思いが一致し、そうした事例が増えるのではないかということだ。

「ただし、大企業だろうがベンチャーだろうが、成功する人も失敗する人もいる。求められる能力も多様化・複雑化・高度化している時代に、こういう企業に就職すべき、こういうスキルを身につけるべき、という正解はありません」

背景には、職務年数と成果の間にある相関が弱くなっていることがあると稲着氏は語る。昔は、企業内で与えられた仕事をこなし、経験を積めば積むほどより多く効率的にものが作れて、ものは作れば作るほど売れて企業は成長した。そうした、企業と結びついた個人の成長物語が存在したのだ。

「残念ながら、現代ではそうした『成長物語』は成り立ちません。だからキャリアにおいて『正解』があると思っている人には、辛い時代じゃないでしょうか。」

ベンチャーか大企業かという軸はその事実を惑わせているという。重要なのは与えられた仕組みに乗っかるのではなく、自分で仕組みを作り、お金を生み出すことだと彼は信じる。

「私はむしろ、正解なき時代が来たことの喜びを噛み締めて仕事に取り組んでいます。我々はやっと、戦後初めて自分の人生を自分で決められるようになったんですよ」

(撮影:須田英太郎)