2022/4/14

【田口一成】「お金持ち」と「お金を動かす人」どちらになりたいか

NewsPicks Student Pickerがプロピッカーにインタビューを行う連載『素人質問で恐縮ですが』。
さまざまなキャリアを歩んできたプロピッカーの方々が、過去にどんな選択をしてきたのか。現在の活動の背景にはどんな原体験があったのか。そして、どんな未来像を描いているのか。
インタビューについては「素人」ながらも、さまざまな分野のニュースや事象に強い興味関心を持つNewsPicks Student Pickerが、学生の視点からインタビューを行う企画です。
第2回に登場するのは、株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長の田口一成氏。インタビュアーは、第1期Student Pickerの松元まりあ氏、櫃割仁平氏が担当します。

25歳で起業するまで

松元 慶應義塾大学法学部2年の松元まりあと申します。最初の質問ですが、田口さんは大学生のころ、就職するつもりで就活をしていましたか?
というのも、私自身4月から3年生で、就職活動がスタートする身です。私は高校生のころから社会問題の解決に興味があって、就活には懐疑的だったんですが、先輩の話を聞くうちに、「大きな組織に入るのも悪くないのかしら」と思うようになって、悩んでいます。
田口 僕は大学卒業後、2年間会社勤めをしました。当初はまったく就職する気はなくて、卒業したら自分で会社をつくるつもりでした。
途上国の貧困問題を解決することを目的に、自分の会社の売り上げから寄付をしようと思っていた。売上1兆円の会社を作ってその1パーセントを毎年寄付するとしたら、100億円寄付できると考えていたんです。
ビジネスプランも作ってベンチャーキャピタルと話をしていましたが、「社会貢献は儲かってから」と言われて、話が折り合いませんでした。
一方、僕の中でも、ビジネスの現場を知らないまま起業しても、小さく終わってしまいそうな感覚があって、3年ぐらい会社で働こうと思って就活をしました。
就職した「ミスミ」という会社を選んだのは、短期間で経営が学べる場所だったから。3年は勤めようと思っていましたが、2年で行けそうだなと感じて、ミスミを辞めて25歳で会社をつくったというわけです。

大企業から転職するメンバー

松元 ありがとうございます。実はこの質問の背景をお話しさせていただくと、私はもともと大富豪になりたいという人生の目標があります。
安直かもしれませんが、お金があった方が常に選択肢をたくさん持てるし、自分が価値を認めたことに大きなインパクトを残せる。高校生の頃に、メリンダゲイツのようなフィランソロピストに憧れて猛勉強を始めました。
でも大学の先輩方はみんな外資系金融機関などに就職している。その影響で、「まずは金融業界に入ってお金の流れを勉強してから、ソーシャルビジネスに移行すればいいのかな」と考えが変わってきました。
でも金融業界に入ってしまうと、収入が良すぎてなかなか他のお仕事に移行できないという話も聞きます。
田口さんや田口さんのまわりの方々は、どういう経緯やメンタリティでそちらの道に移行したのでしょうか。
田口 大企業をやめてボーダレスに来る人も多いですよ。でも培ったスキルがボーダレスですぐ使えるかと言ったらそういうわけではない。
なぜかと言えば、大企業は事業モデルがしっかりしていて、人が入れ替わっても利益を生み出していける仕組みが出来上がっているから。
若いときはみんなお金もないし、仕事のスキルをつけることに必死になりますが、やがて成熟するにつれて、これでいいのかと考え始めるんです。
大企業で給料がいいと言っても、年収が3000万、4000万と永遠に上がっていくわけではない。
ではその分仕事が楽しくなるかというと、既存の事業モデルがある中で仕事の内容は毎年大きく変わるものでもない。
それでいい人はいいけれど、自分が培ってきた力をもっと社会のために活かしたいと思う人が、フィールドとしてボーダレスを選ぶことが多いですね。
ボーダレスでは常にゼロイチで事業を生み出していて、大企業の出来上がった事業モデルの中で発揮する力とは違います。
最初はみんな苦労していますが、自分の働きで社会が少しでも前進するのを肌で感じられるから、みんな本当に頑張っていますよ。
でもね、松元さんは軽やかにやったらいいですよ。興味の赴くままにやってみたらいいと思います。
一旦やってみる、やってみたら分かることがある。大企業が合う人もいるし、合わない人もいる。飛び込んでみないとわからないです。
半年たって「絶対これおかしい」と思ったら、その時点で自分が一番やりたいことをやればいい。そういうふうにやっていくと、人より多くのことが経験できて、それこそいろんな選択肢を得られるようになります。
一つのアドバイスとして、お金持ちになりたいのか、お金を動かす人になりたいのか、目的と手段をしっかり分けて考えるといいと思いますよ。
松元 ありがとうございます。いろいろな人を見てきた田口さんならではのお言葉で、大変身に染みました。

資本主義とソーシャルビジネス

松元 では次の質問で、現代の「資本主義」について田口さんはどうとらえていらっしゃいますか?
というのも、いま大企業にはCSR(企業の社会的責任)など、エシカルな観点を持ちなさいという潮流はあります。
でも実際問題として既得権益を持っている人たちは、社会課題を自分ごととして捉えていない。
極端に言うとソーシャルビジネスという概念は、現代日本の資本主義と相容れないのではないのかと悲観的に考えてしまうんです。この点に関して田口さんのお考えをぜひ伺いたいです。
田口 もしかしたら少し角度の違う話になるかもしれないけれど、まず僕たちは資本主義やビジネスの話をするとき、大企業を思いがちですが、日本のほとんどの企業は中小企業なんですよ。
また、サラリーマンが出てきたのはわりと最近で、昔はみんな商売人だった。そして今、複業を始めたり、フリーランスになったり、再び自由な働き方が増えてきていますよね。
そうやって自由に働くようになると、ビジネスは自分の人生をどう使うかというテーマになってきます。その視点で見るとソーシャルビジネスは本流なのではと思います。
目の前の困っている人や、地域の困りごとのための仕事を仲間たち数人と取り組みながら、ちゃんと自分たちの生活も賄っていくという小さい事業が増えていくと思うんです。
それがたくさんの課題が解決されているきめ細やかな社会につながっていく。だからソーシャルビジネスが時代と合わないということは、あまりないと思います。
それから大企業においても、社会問題に取り組むことはCSR的な意味合いからもっと本質的な意味に変わっています。
いまや社会に対してマイナスを与える事業は基本的に継続できないし、「その事業は社会をどう良くしていくんですか」と明確な言語化を求められる時代になっている。
こうした動きは欧米が非常に強いですが、グローバル経済のおかげで、そういう潮流が日本にもすぐ伝わってくる。
つまり大企業こそ、先頭に立って本当に社会のためになることに取り組まなければいけない時代になっています。
そういう意味で社会が良くなっていく可能性が出てきていると感じます。
でも一方で既得権益とかしがらみも残っていて、少しずつしかフェードアウトできないところもある。それが現状でしょうか。
松元 ありがとうございます。田口さんの口から、「社会が良くなる条件が整いつつある」と聞いて、希望の光が見えました。
いずれ世代交代が起きたときに日本を良くしていけるように準備をしなきゃ、と身が引き締まりました。

社会課題との向き合い方

櫃割 京都大学大学院 教育学研究科博士課程の櫃割仁平です。
僕は教員の働く環境の向上を目指す学生団体であるTeacher Aideの代表をしていますが、本業である研究が楽しくて、余った力でこの活動に取り組んでいる感覚があります。
それに「これは僕がやらなくてもいつかは解決することだ」と考えると、これに人生を賭けて、ご飯を食べていこうという気にあまりなれない。田口さんやほかの社会起業家の方は、こういうことを考えたりしませんか?
田口 そういう意味では、たぶんすべての社会課題は放っておいてもいつかは解決されると思います。たとえば途上国の貧困問題もどんどん解決に向かっていると言われている。
じゃあ、途上国に行ってみたらどういう景色かというと、まだ物乞いしている人も多いんですよね。
僕が十数年前に初めてバングラデシュに行ったときと比べれば、ストリートチルドレンは減った。でも未だに物乞いしている子どもたちがいるという事実は変わらない。
いずれ解決されるかどうかを考えるより、今の景色を切り取って見た時に困っている人がいて、自分が何とかしたいと思うのであれば素直にやる。
やるべきかどうかと概念的に解釈するより、目の前の景色に対して自分にできることはあるだろうか、それは自分のやりたいことなんだろうかと向き合うことが大切かなと思います。
それに一旦支援を始めたら、その問題が完全に解決するまでやめてはいけないなんてこともありません。たとえ一時期であっても社会課題の解決に身を捧げることは、やらないよりやったほうが絶対にいいわけですよね。
あとは自分がやりたいかやりたくないかだけ。自分の心があまり燃えないなと思ったら、一旦抜ければいい。一度抜けたらもう失格ということもない。
一時期でも経験したことは、次になにかやるときに絶対活きてくる。そのくらいに考えたらいいと思いますよ。
櫃割 ありがとうございます。僕もそうですけど、これには勇気付けられる学生がたくさんいるんじゃないかなと思いながら聞いていました。

「足るを知る」働き方

櫃割 田口さんは「足るを知る」働き方が大事だとおっしゃっていますが、僕はボーダレスで働いている方に「マッチョみ」を感じることもあります。果たして社会起業家に「足るを知る」働き方ができるものでしょうか。
田口 これはソーシャルビジネスか否かに関係なく、スタートアップにはマッチョに働かざるを得ないステージがあるということですね。
起業直後は一定の仕事が来る状態になるまでは、時間との戦い。 起業したとたん銀行口座からお金が毎月減っていくわけなので、それと収入が交差してプラスに転じるところまではハッスルすることが必要です。
ボーダレスではどんどん新しい企業が立ち上がっていて、ほとんどがハッスルしなくてはいけないステージにいるので、全体で見たらマッチョに見えるのかもしれません。
「足るを知る」という言葉は、黒字化した後のステージについて使っています。黒字化した後にどんなふうに事業を展開していきたいのか。
儲かることをはじめたくなったり、社長である自分の給料をどんどん上げようと変な欲が出てきたり。「足るを知る」という気持ちを持っていないと、際限が無くなってしまう。
それは決して幸せな生き方ではないし、社会全体を良くする考え方でもない。だからステージによって必要な考え方かなと思いますね。
櫃割 そうですね。僕もまだハッスルしないといけない時期だと思いますので、頑張ります。

独り勝ちは好きじゃない

櫃割 田口さんの「人生の価値は何を得るのではなくて、何を残すかにある」という、TED Talksでの言葉が僕の指針になっているのです。
この言葉がどこで生まれたか、どういう経験を経て生まれたのかをお聞きしてもよろしいですか?
田口 実は僕はもともと人前で話すのは得意ではないんですね。でもTED Talksに出ることになり、自分が普段思っていること、みんなに伝えたいことは何だろうと考えていた時に、出てきた言葉なんです。
僕は独り勝ちが好きじゃないんですが、それは良い悪いというよりも美意識なんですね。
他人の評価ではなく自分の美意識に沿って生きることが大切だと考えていて、僕としては、何かを得ようとするより何が残せるかなという観点で広く社会を見て、そのために自分の時間や能力を捧げる人のほうが、カッコいいと思うんです。
事業づくりも、儲かるかどうかより、この事業が社会にあったときに美しいのかという観点を持って取り組んでいます。
かといって、自分と異なる意見を否定もしていなくて、自分の基準をしっかりもってやっていきたいなという思いなんです。
櫃割 なるほど。僕も「美しいとはなんぞや」みたいな研究をしているので、それには共感します。
田口さんは2025年に代表を降り、政治分野にも取り組んでいくというお話もありますが、田口さんは何を残していきたいとお思いですか。
田口 まずは、本当に社会課題に取り組みたいという起業家たちがチャレンジできるような仕組みをつくること。一部のすごい人たちだけに頼っていると、社会変革のスピードは早くならない。
たくさんの小さな挑戦者がいるほうがきめ細やかな社会変革を実現できるので、そのための仕組みをつくりたいです。
それは 、僕がいなくても機能する状態になっていないと仕組みとは言えない。まずはそれをしっかりやり切りたい。
僕はビジネスを良くしたいのではなくて、社会を良くしたいと思っているんですね。 その意味で、政治が社会の動きを決めることってたくさんありますよね。
ではいまの政治の世界がダイバーシティに富んでいるか、市民のきめ細やかな要望に応えられているかといえばどうでしょうか。
社会のために立ち上がっていく人、地盤もお金もないけれど志がある人たちが、政治家になれる仕組みが必要だと思っています。
また、そういう人たちが選挙でしっかりと票を獲得する方法として、ビジネスにおけるマーケティングの技術が役立つんじゃないかと思っています。

NewsPicks学生読者の皆さんへ

櫃割 ありがとうございます。「仕組み」を残すという強い思いが伝わってきました。
最後にNewsPicksの学生読者にメッセージをいただけますか。
田口 NewsPicksを読んでいる学生って、「意識の高い人たち」だと思います。そういう人たちに伝えたいのは、競争の世界に入らないでねということ。他人と比較しないということですね。
平和というのは、みんなが幸せな状態であること。そのためには幸せな人たちが増えることが大切で、それはお金持ちになることや、権力を持つことではない。
意識も高くて、ベースのスキルの高い人たちがそれぞれの課題意識に対して素直に行動すればいいことが、人と比べることで一つの判断軸でせめぎあってしまうのはもったいないですよね。
ぜひ学生のみなさんには人と比べずに、自分が信じることをしっかりやってほしい。それが本当の強さだから、そういう道を歩んでいってほしいですね。
松元・櫃割 はい、今日はありがとうございました!