記者クラブの外から見る

球数制限だけでは守れない

投手の肘を壊す日本野球の構造的欠陥

2014/11/7
今年、大リーグの舞台で田中将大やダルビッシュ有が肘の故障に悩まされ、1シーズンを通して活躍することはできなかった。国内も例外ではなく、巨人の菅野智之は肘を痛めてクライマックスシリーズに登板できなかった。なぜ一流投手たちはケガに泣かされ続けるのか? その原因を突き詰めると、日本野球の構造的問題が見えてくる。
楽天からニューヨーク・ヤンキースに移籍した今年、田中将大は肘の故障で2カ月半の離脱を余儀なくされた(写真:アフロ)

楽天からニューヨーク・ヤンキースに移籍した今年、田中将大は肘の故障で2カ月半の離脱を余儀なくされた(写真:アフロ)

一流投手に故障者が続出

2014年シーズンを振り返ると、日本人エースたちが肘の故障に悩まされた。メジャーリーグではヤンキースに移籍して1年目の田中将大が右肘靭帯の部分断裂で2カ月半戦線離脱し、レンジャーズのダルビッシュ有は右肘の炎症により8月9日を最後にマウンドから遠ざかっている。

日本では巨人の菅野智之が10月2日、右肘靭帯の部分断裂と診断され、クライマックスシリーズで登板できないまま今季の戦いを終えた。同じく巨人のセットアッパーとして08年から7年連続で60試合以上に登板してきた山口鉄也は、今季終了後、左肘靭帯部分断裂でPRP療法を受けている。ヤンキースの田中も行ったPRP療法は自分の血液を採取し、患部に血小板を注射することで自然治癒力を促進させる保存療法だが、科学的根拠はまだないのが実情だ。

ファンにとって、選手の故障ほど胸を痛めるニュースはない。それならば、メディアはもっと原因を突き詰めて論考していく必要がある。肘を痛める要因には投げ込みや酷使、高校野球での過度な連投が関係しているのだろうか。あるいは、ほかの問題が潜んでいるのか。

4人の専門家に独自取材

そう考えた筆者は、4人の専門家に話を聞いた。ひとりは巨人や西武の守護神として1980年代から90年代まで活躍し、現在は侍ジャパンの投手コーチと15U代表(15歳以下)の監督を兼任する鹿取義隆氏。明治大学時代は島岡吉郎監督(故人)の下で過酷な投げ込みを行い、同時にメジャーリーグの育成法も身をもって知る理論家だ。

ふたり目は筑波大学体育系准教授&同大学硬式野球部監督で、野球科学や運動動作解析の第一人者として知られる川村卓氏。整形外科医で筑波大野球部のチームドクター&部長を務める馬見塚尚孝氏には「野球医学」の見地から、元プロ球団のトレーニング・コーチで現在は高崎中央ボーイズで中学生に教える倉俣徹氏には現場指導者の立場から語ってもらった。

根本的問題は小中学校時代にある

4人に話を聞くうちに共通見解として浮かび上がったのが、小中学校期の問題だ。現在の日本の指導法を考えると、甲子園やプロ野球で投手たちに肘の故障が続出するのは必然的だと言える。川村氏が説明する。

「実はいま、高校生以上になってから初めて肘を痛める確率は本当に低いんです。実際は、小学生のときに痛めていたものが、高校生以上の大人の体になったときに発症する。再発すると言ったほうが正しいと思います」

その理由は、人間の身体が年齢とともに発達していくことにある。川村氏が続ける。

「子どもの頃は出せる力が低いので、痛めても、少し黙っていればまたプレーできるようになる。実はそのとき、肘の筋や腱に異変が起きています。でも放っておけば、そんなに出力もかからないので、『大丈夫』ということになる。それが大人になって筋力が上がり、力が出るようになると、古い傷がバンと顔を出してくる。プロ野球の投手で30〜40球まではいいパフォーマンスを出せるけど、50球になると急激にグーンと力が落ちるのは、ほとんどが小学校くらいの頃に何かやっているだろうと考えられます」

日本臨床スポーツ医学会が2005年、四国で過去13年間、5768人の少年野球選手を対象に行った調査で、約50%が野球肘(野球の投球動作を繰り返したことで起こる肘の痛み)を患っていることが判明した。X線検査で骨に異常のある選手は約20%に達している。

先述の馬見塚氏によると、少年野球の投手に限った場合、70%が肘痛を発症しているというデータがあるという。

衝撃的な数字だが、逆に考えると、少なくとも現在の方法論で行っている限り、投手には肘の故障が高確率でつきまとうと言える。

1球ごとの大きな負荷

原理的に言うと、ピッチングとは利き腕の肘と肩に大きな負担のかかる行為だ。整形外科医の立原久義氏は自身のHP「肩と肘とスポーツの整形外科Virtual Clinic」で、成人投手の場合、「投球する度に約100kgの負荷が(肩関節に)かかっている」としている。

また、横浜南共済病院スポーツ整形外科部長で横浜DeNAベイスターズのチームドクターを務める山﨑哲也氏は、ジャーナリストの神保哲生氏が主宰するインターネット番組「ビデオニュース・ドットコム」で、「野球のピッチャーが1球投げる度に、(肘の)靭帯が切れるくらいのストレスが加わっているというデータもある」と語っている。

ただし、ピッチングは肘だけで行っている動作ではない。下半身で大きな力を生み出し、軸足(右投げなら右足)からステップする足へと体重移動しながら上半身、腕、指先へと力を伝えていく。その過程で地面反力を自身の力に加え、身体をひねる動きもボールへの力として伝達される。ピッチングは複雑なメカニズムであるため、故障の問題が表立って議論されることが少ないのかもしれない。

問われる指導者の倫理観

野球肘を考えるには、倫理的な側面も考慮することが不可欠だ。野球科学が進化することで、投球メカニズムの解明もかなり進んできた。たとえば前述の川村氏は動作解析を研究してきたことで、「球速を上げるためのトレーニングもだいたいわかっている」。そのメニューを大学生に実施させると、すぐに10kmくらい速くなるという。

しかし1、2週間後、その選手は決まって肘痛に襲われる。肘の筋や腱に、負荷に耐えられるだけの強さが伴っていないからだ。トレーニングを行う際には、「漸進性の原則」(身体の発達に合わせて、徐々に負荷を上げていかなければならないというトレーニング理論)を考慮する必要がある。

指導者がこうした知識、そして倫理観を持っていないと、選手を故障のリスクから守ることは難しい。投手の球速が上がった場合、川村氏は投球数をセーブさせるように配慮しているという。

ファンにも求められる理解

今回から考えていきたいのは、「どうすれば投手たちは成長できると同時に、故障のリスクを下げることができるか」だ。ある意味で相反するふたつを両立するには、さまざまな視点からの論考や知識が欠かせない。少しマニアックな話になるが、選手が故障するリスクを下げるには、ファンもピッチングという行為を理解することが大事だと思う。

筆者は高校野球での球数制限を主張してきたが、単純に投げる数を少なくするだけでは、投手の肘や肩を守れないことが今回の取材でわかった。球数制限の是非は時折、ネット上などで目にするが、そこには欠けている視点がある。

次回は、“全力投球幻想”を中心に考えたい。

*追記 11月12日から始まる日米野球のプレスパスを取得できたので、存分に取材してきます!

*本連載は隔週金曜日に掲載する予定です。