小さいからこそできることがある
なぜメッシは猫背でも超一流なのか?
2014/11/3
本連載ではアスリートの姿勢の良さに注目してきたが、一見その基準に当てはまらない選手がいる。アルゼンチン代表のメッシだ。身長169cmの体をさらに小さく屈めてドリブルをし、いわゆる猫背でプレーしている。この体の使い方には、どんな秘密が隠されているのか?
一流選手に共通する姿勢の良さ
今回はバルセロナのエースであり、ブラジルW杯ではアルゼンチンを準優勝に導いたメッシ選手の動きを分析します。
この連載で私が繰り返し強調しているのは、人間のあらゆる動作には「骨盤から背骨の部分にかけての姿勢の良さが大きく関係している」という事実です。
体の裏側、背中に位置する「広背筋」が正しく収縮することで、骨盤が後上方に引き上げられ、股関節を自由に動かせ、体のあらゆる方向への移動をスムーズにしてくれるばかりではなく、サッカーにおけるボールを蹴る・止めるという動作にも大きく貢献してくれます。
これまで取りあげた野球、サッカー、テニスの一流選手の動きは、例外なくこの姿勢が基本となっています。たとえばクリスチャーノ・ロナウド選手やFC東京の武藤嘉紀選手を見ると、まさに私の視点に合致した「骨盤から背骨全体がきれいに反って見える姿勢」がわかります。生活様式の影響か、この広背筋は日本人が最も使えていない筋肉のひとつでもあります。以下に武藤選手の原稿で掲載した広背筋の図を再録します。
ところが今日取り上げるメッシ選手は、日本的な言い方をすると、ドリブルやシュートの体勢でも、いわゆる体を前傾した「猫背」に見えます。
ならば私の言う「正しい姿勢」ではないメッシ選手が、なぜ世界ナンバー1プレーヤーとして君臨し続けているのか、その秘密を探っていきたいと思います。
無理に姿勢を良くしてもダメ
まずはサッカーを離れて、ゴルフの話をしましょう。
ゴルフを楽しまれている方は、専門雑誌や指導書を参考にしている方も多いと思います。そういう記事や本を手に取ると、「年齢とともに飛距離が落ちてくる」原因の1つに、アドレスでの姿勢の悪さや、背中を丸めて猫背になっていることがよく指摘されています。
背中を丸めるとスイングアークが小さくなりますから、結果として飛距離が落ちる――これも1つの考え方です。
この問題に対して、レッスンプロや上級者は「もう少し胸を張って背筋を伸ばして構えましょう」とアドバイスすることが多いのではないでしょうか。するとゴルフ愛好者の方々は、柔軟性を失ってしまった体にムチ打ち、何とか背筋を伸ばそうとします。
しかし、これは逆効果です。無理して作った背骨の反りは、スイングにいい影響を与えません。反りすぎた背骨が窮屈になり、テークバックで肩を回すことができなくなり、さらに飛距離が落ちるどころか、体を痛める原因になります。
背骨全体を反らすわけではない
ではどうすればいいのか? 骨盤のすぐ上、腰椎の部分にはしっかりとした反りを感じ、その上の胸椎や頸椎の部分は、自然に丸まったくらいでちょうどいいのです(編集部注:大雑把に言うと、背骨は首部分の「頸椎」、胸部分の「胸椎」、腰部分の「腰椎」、骨盤上方の「仙骨」でできている)。
「背骨を反らせ」と言ったじゃないか、と思われるかもしれません。そうです、確かにそう言いましたが、25個の背骨の椎骨すべてを意識して反らしてくださいとは言っていません。
立っていればもちろん全体が反って見えますが、ゴルフのようにクラブをもって足を開いて前傾すれば、当然肩甲骨は両側に開き、背中が丸くなるのが普通の状態です。
だからこそ背骨を中心として、背中側の筋肉がうまく働いて、力まなくてもクラブが振れるのです。
メッシも骨盤は起きている
メッシ選手の話題から離れましたが、もうお気づきの方もいると思います。
メッシ選手は常に敵陣内でプレーすることが多く、基本的にゴールに対してまっしぐら。獲物を狙う猛獣のように、意識も視線もゴールを目指しての直線的な動きとなります。
ゲームを作るエジル選手やイニエスタ選手のような視野の広さよりも、いかに早く相手のゴールに近づくか。メッシ選手の考えていることはそこに尽きると思います。
だから見た目には前傾して猫背になっているように見えるのですが、ポイントとなる「腰椎」部分、ちょうど背番号10番の下側の部分には、きちんとした反りが常に見えています。
ここが今回の一番重要なポイントです。
日本人選手が猫背になると、骨盤が後倒し、まさに背骨全体が猫背になってしまいます。だが、メッシ選手は違う。確実に骨盤が起きています。単に前傾しているのではなく、骨盤の位置をキープしたままゴールに向かって飛び込んでいくというイメージです。
密集地帯では小さい方が有利
では、なぜメッシ選手はこういう体の使い方をするのか? 答えは簡単です。ゴール前の密集地帯をすり抜けるには、体が小さい方が有利だからです。
自動車を例にしましょう。高速道路を走るときにはスポーツカーの方が有利ですが、入り組んだ裏道を走るのには小型車の方が向いています。
ゴール前の密集地帯には、もはやスペースはありません。求められるのはいかに相手に捕まらないかです。メッシは169cmの体をさらに屈めて小さくし、それでいて骨盤を立てることで、あのプレーを可能にしているのです。
メッシは腕の使い方もうまい
さらにメッシ選手は、このプレースタイルの長所をさらに強めるために、実にうまく腕を使っています。
ポイントは2つあります。
まず1つ目は、腕による骨盤の操り方。
以前にも書いたように、広背筋は人体において下半身と上半身をつなぐ役割を担っています。「骨盤」から始まって、「二の腕」(正確に言うと、上腕骨の小結節部分)で終わっており、この連動をうまく使うと、腕によって下半身の動きを助けることができます。
具体的には、二の腕を後方に小刻みに引くように動かすことで、骨盤も小刻みに引き上げられ、スピードに乗った状態でも、細かいステップを踏むことが可能になります。
それによって、タックルをかわしながらバランスを保ち続け、小さなモーションで鋭く正確なシュートを放つことができます。
2つ目は、相手の押し方。
メッシ選手のドリブルで驚かされるのは、密集地帯に飛び込んでバランスを崩しそうになると、自分から相手の肩や腰を手で押すことで、体勢を立て直しているように見えることです。
相手が踏み込んできた瞬間であれば、相手の足は地面をしっかり捉えていますから安定しています。その足の付け根の股関節や骨盤のあたりを押せば、相手はバランスを崩すことはありませんから、押したことで反力をもらい自分の体勢を立て直すことができます。
逆に、地面についていない方の腰や肩を押せば、相手はバランスを崩しやすくなります。極端に言うと、そこを軽くポンと押すだけで、相手は倒れる。実際、メッシ選手がドリブルすると、相手が自分から倒れて行くように見えるシーンがよくあります。
反則行為と紙一重ですが、一瞬の動きの中で相手の動きを予測し、相手の重心位置まで計算したうえで手を使っていたとしたら、相手はどうすることもできません。合気道や柔術で、ほとんど力を使っていないのに相手が倒れたり、投げ飛ばされる状況と似ています。
メッシは表情も強ばらない
前回のテニス選手の分析では、「力み」や「踏ん張る」ということに注目しました。フェデラー選手は、踏ん張らないでスイングができていると。それはメッシ選手にも同じことが言えます。
メッシ選手は踏み込んだ足にも蹴り足にも、いわゆる力感がありません、「表情」にも余裕があり、クリスチャーノ・ロナウド選手やルーニー選手に比べて、最も柔らかさを感じます。
そのせいでしょうか、ユニフォームを脱いだ上半身は、今どきのアスリートとは程遠いぽっちゃり体型で、思わず笑ってしまうのですが……。
見た目はそうであっても、基本となる体の使い方、もって生まれた体をいかにして効率的に使うか、という点においてメッシ選手はずば抜けています。それほど体格に恵まれてはいない日本人には、メッシ選手こそ大きなヒントを与えてくれる存在だと思います。
*本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。