2022/3/22

起業率全国2位の仙台市を擁する東北。地域に眠る価値の「発掘と発信」の術とは

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
あらゆる情報がコモディティ化する時代。地域に残る独自の文化・自然・産業の中には、世界が求める価値がきっと眠っている。ローカルビジネスを拡張し、地域から成長事業を興していくために必須の視点とテクノロジー活用とは。

2月21日、NewsPicksは地方産業活性化を目的に、「地域を成長させる事業創出」をテーマにしたオンラインビジネスカンファレンス「Re:gion × TOHOKU」を開催した。

その中から、『地域に眠る価値を可視化せよ。ローカルDXの第一歩』を題材にしたスペシャルセッションの様子を紹介する。

Speakers
株式会社ワイヤードビーンズ代表取締役 三輪寛
株式会社MAKOTOキャピタル代表取締役 福留秀基
株式会社セールスフォース・ジャパン 
金融&地域DX営業本部 執行役員本部長 井口統律子

Moderator
NewsPicks Brand Design チーフプロデューサー 久川桃子

起業数が多い東北に足りなかったこと

久川 まず今回のテーマを議論する前に、ここ数年の地方創生の成果と課題、そして東北の状況について教えてください。
福留 東北6県は人口減少が顕著で、少し前まで4桁あった人口が900万人を割り、2040年には620万人になると言われるほど経済圏が縮小していきます。
 日本海側の県を中心に、79の自治体の存続が危ぶまれている。それが東北の現状です。
 一方で、私や三輪さんのように東北に可能性を感じている人がいるのは、チャレンジの余白があるから。
 東北は長らく課題先進地域と言われている場所であり、解決すべきことが多くあります。だからこそ、事業を興すのに最適な場所だと思っています。
 実際、仙台市の起業率(開業率)は福岡に次いで全国2位。東北大学から生まれた優れた技術や特許登録件数は東京大学に匹敵します。
 さらに、会津大学は優秀な経営人材を輩出しており、学生数当たりの起業数は全国1位。
 それでも地域内で小さくまとまっていたのは、「地域の挑戦者を支えるエコシステム」「起業家や既存企業向けの成長に資する取り組み」「支援側の推進力・問題解決力」、この3つが不足していたからなんですね。
 そこで、「地域の挑戦者を支えるエコシステム」として、仙台にスタートアップ・エコシステム拠点都市を形成。
 社会的なインパクトと経済的なインパクトの両立を目指し、挑戦する個人も法人も支援しています。
「起業家・起業向けの成長に資する取り組み」に対しては、今までスタートアップ向けに実施していた仙台市との事業「東北グロースアクセラレーター」に、今年度から第二創業や事業再構築など、DXを進める方を応援するプログラムを追加しました。
 そして、「支援側の推進力・問題解決力」を解決するために、一般社団法人DX NEXT TOHOKUや一般社団法人東北絆テーブルを発足。地域を良くする取り組みや一次産業のDXを促進しています。

地域は「資源」の宝庫

久川 三輪さんも東北の活性化に尽力されていますが、「地域の価値」を掘り起こすためには、何が必要だとお考えでしょうか。
三輪 地域は資源の宝庫で、首都圏にはないものがたくさんあります。その資源を世の中のあらゆる市場に届けるためのコンタクトポイントを作れば、地域の価値が見出されると思います。
 私もそうなのですが、東北の人は少し引っ込み思案で、わかってくれる人だけわかってくれたらいいという傾向があります。
 だから、価値に気づいていたとしても、広めようとはしない。でもそれでは取り残されてしまいますよね。
 今までのご近所付き合いや商流の延長線上ではなく、デジタルで全国に向けて売るスタイルに変えていけば、地域それぞれの強みが認知されるようになると思います。
福留 たしかに東北の人は引っ込み思案ですが、すごく真面目で品質にこだわりが強い。お客様は8で満足するのに、いつも必ず10を目指すような心意気と技術を持っています。
 この高い価値を中の人たちが気づいて外の人に見せていくのがポイントで、自分たちの価値を自分たちで認識して武器にするのが大事だと思います。
井口 地域に眠る価値を掘り起こすために必要な要素として私が感じるのは、「まちの仕組みづくり」「事業者DX」「人材育成」の3つ。なかでも一番重要なのが人材育成だと思います。
 DXを推進するのもリーダーシップを発揮するのも全ては「人」です。地域の資源の価値に気づく人をいかに増やすかは重要だと思います。

自社を客観視する

久川 価値を掘り起こしたら、それを地域内にとどめるのではなく、全国や世界に発信していくことが大切というのが共通見解だと思いますが、そのために必要なことは何でしょうか。
三輪 まずは強みとお客様を知ることです。
 やみくもな発信は一方的な押し付けになってしまうので、最初にやるべきは自分たちの事業を可視化して何に優位性があるのか、その優位性を誰に届けるのか、分析することだと思います。
福留 三輪さんのおっしゃる通りで、自分たちのお客様が誰なのか、意外と特定できていない会社が多い。
 特に大手企業の下請けをしている製造業の場合、依頼されたモノを作る文化が染み付いていますが、これからの時代は市場に対して、自分たちの強みは何かを特定し自ら発信しなければならない。
 そのためには人材を育成し、外部とのいろんなネットワークを作りながらコミュニケーション量を増やす必要があります。自分たちの会社を客観視することが大事ですね。
三輪 言葉を選ばずに言うと、地方ならではの“縛り”みたいなものがあると思うんです。他と違うことをしたら嫌われる、今までの慣習を守る、と言いますか。
 ですが、これからの時代、過去の踏襲では生き残っていけません。
 強みとターゲットを明らかにし、あらゆるチャネルを活用して発信する。そうしたPDCAの活動を徹底的にデータ化して分析することが大事だと思います。

自社の強みをデータで分析

久川 実際に、データの利活用によって成長している地方企業の事例を教えてください。
三輪 宮城県登米市に本社を構えるマルニ食品という製麺メーカーの事例をご紹介します。
 マルニ食品は明治18年創業の老舗企業で、これまでは大きなサプライチェーンへ商品を卸す事業と、OEM事業を主力にビジネスを展開していました。いわゆるBtoBビジネスです。
 ただ、非連続の成長のために、これまでとは全く違う挑戦をしようとBtoCビジネスに参入し、直営のレストランを作りました。
 狙いは「卸売りビジネスの依存」からの脱却。
 既存事業はとてもうまくいっていますが、消費者と直接つながるビジネスを始めることで、将来の商品開発につなげたいと考えて、リアル店舗を出店されたのです。
 そして、この店舗を支えているのがCRMやデジタルマーケティングです。
 セールスフォースのソリューションを活用し、お客様の体験向上・ファン化のための取り組みとして、いつどんなお客様が来店して、どんな注文をされたのか、あらゆるデータを集めて分析することからスタート。
 そのデータを活用して試食会やファン化のための情報発信をし、新しいマーケットに求められている製品作りにつなげています。
 結果、既存マーケット以外の新しいマーケットで戦えるビジネスモデルを生み出しました。
久川 既存ビジネスに縛られず、自分たちの魅力は何だろうという原点に戻って、新たなビジネスを創出した。しかも、お客様データを活用して展開されているのですね。
三輪 そうですね。データを取ることで自分たちのお客様がわかり、単価アップにつながっただけでなく、働いている人たちのプライドにもつながっていると思います。
井口 嬉しい事例ですね。最終利用者にとっての価値を知ることで自分たちの価値がわかり、それに適した売り方やサービス、新商品につながった。
 つまり新しい「稼ぐ力」を身につけた事例だと思っています。

業務フロー図を書いてみる

久川 マルニ食品の事例は、大胆な発想とデジタル活用がカギだと思いますが、中小企業がDXに取り組もうとしたとき、何から始めたら良いでしょうか。
三輪 DXというと何かすごく大きな変革をしないといけないのではないかと思われがちですが、そうじゃないんですよね。
 DXの一歩目は、日々の活動を可視化すること。いわばデータを集めることだと思います。そして、そのデータを分析できる状態にするのが、最初に取り組むことだと思います。
福留 一般社団法人DX NEXT TOHOKUや東北経済産業局のセミナーで話すのが、「自社の業務フローは把握されていますか?」という問いです。
 実は、業務フロー図を明確に書いている企業は少なくて、全体像が見えていない状態で業務を回していることが多いんです。
 だから、全体像を把握するだけでも「なんでこんなに無駄なことをしていたのだろう」という気づきがたくさん出てきます。
 その解決策がDX。だから、業務フローを軸にすると中小企業のDXは始めやすいと思います。
久川 とはいえ、コストがかかって大変なのでは? と思う会社は少なくないと思いますが、その辺りはどうでしょうか。
福留 もちろん、変化の範囲が広くそれを一気に変えようとすれば、それなりの費用がかかるでしょう。でも、DXのポイントはまずは始めること。
 今では数万円のレベルで始められるSaaSがたくさん登場しています。それらをうまく活用することで、安価にかつ簡単にできるものです。
久川 何か大きなERPシステムを導入するのではなく、SaaSのサービスを活用してコンパクトに始める。
福留 レゴブロックのように積み上げつつ、自社に合わないと思えば外して別のブロックを積む感覚で、簡単にデジタル化ができますから。

地域の中小企業こそ、DXで勝つ

久川 最後に、地域の中小企業が世界で活躍しようと思ったら、何が必要になるでしょうか。
福留 そうですね。誇りを持つことでしょうか。地方だからと保守的にならずに自信を持ってチャレンジすることだと思います。
 それと「自分たちには無理」と諦めずに、少しでもいいからDXを始めることだと思います。
三輪 福留さんと同じで、DXやデジタル化は、何か一歩踏み出さないと次に進みません。
 昔のように活用するためのハードルは、時間、コスト、スキルすべての側面で大幅に下がっています。
 大上段に構えずに、業務の可視化によるデータ化、そして分析、改善といったPDCAに取り組んでもらいたいと思います。
井口 デジタルの世界に「国内」や「海外」という枠はないので、販路はいくらでもあるという発想を持つことでしょう。
 デジタルはお客様との距離を物理的にも心理的にもなくせるので、自分たちが見出した新しい製品やサービスを、とにかく幅広いお客様に届けるにはどうすればいいかを考えてほしいと思っています。
 デジタルは地方という壁を取り払いますから。