2022/3/17

【なぜ】おもてなしの国日本の顧客体験はアメリカより悪いのか

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消費者のニーズが多様化した今、「顧客体験=CX(カスタマー・エクスペリエンス)」を高めることが企業の価値、事業の成否を分けるとされる。すると、カスタマーサービスもかつてのような「問い合わせ窓口」として機能だけでは不十分。GAFAMのようにカスタマーサービスを戦略的に捉え直した企業だけが、次の時代に生き残っていくのだ。
「今はCX3.0®からCX4.0への移行期にある」と語るのは、『デジタル時代のカスタマーサービス戦略』(著ジョン・グッドマン)の訳者であり、自身もCXを推進するNTTマーケティングアクトの米林敏幸氏だ。では、2030年に訪れるとされる「CX4.0」に、企業はどのようにして備えるべきか。そのヒントを探る。

「コールセンター=コストセンター」はもう古い

 「カスタマーサービス」という言葉を聞いて、何を連想するだろうか。
・質問やクレームを受け付けるコールセンター
・商品、サービス購入後の導入サポート
・自動で問い合わせに応じるチャットボット
 どれも正解だが、もしあなたがビジネスをしているなら、今日から認識をアップデートすべきだろう。
 かつては「カスタマーサービス=コールセンター」であり、マニュアル化されたトラブル対応やクレーム処理を行う、収益に貢献しない「コストセンター」だった。
 しかし、消費者のニーズが多様化した今、「カスタマー・エクスペリエンス(CX)=顧客体験」を高めることが企業の価値、事業の成否を分けるとされる。同時に、カスタマーサービスの役割も変化しているのだ。
 「カスタマーサービスを戦略的に捉え直した企業だけが、次の時代に生き残っていく」とは、ホワイトハウスを皮切りに、コカコーラ社などビジネス誌「フォーチュン」が選ぶ成長企業100社中約半数の企業に自身のCXマインドを叩き込んできた伝説のコンサルタント=ジョン・グッドマン氏の言葉だ。
 マーケティング畑の人なら、「グッドマンの法則」には聞き覚えがあるかもしれない。
 グッドマン氏は、半世紀近くも前に、クレーム対応とカスタマーロイヤルティの関係性、さらにはクチコミによるマーケティング効果など、今で言うところの「CX」がいかに収益にインパクトを与えるかを可視化するロジックを開発したのだ。
 これは当時のアメリカでも革新的で、それを機に多くの企業がカスタマーサービスの重要性を認識し、フリーダイヤルの普及にもつながったという。
 では、現代の「カスタマーサービス」とは何を指すのだろうか。

なぜ「カスタマーサービス」の定義は変わったか

 グッドマン氏の著書である『デジタル時代のカスタマーサービス戦略』の訳者で、自身も企業のCXを推進するNTTマーケティングアクトの米林敏幸氏は、カスタマーサービスを「顧客の体験価値を左右する接点すべてにおける一連の対応」と定義する。
 「カスタマーサービスの再定義が起きたのは、この10年ほどのことです。もっとも大きな要因は、スマホの普及を背景にしたオムニチャネル化。
 現代の企業は、ECサイト、SNS、メール、アプリなどのオンライン、店舗などのオフラインと、チャネル横断でのシームレスな顧客対応を求められます。すると、当然コールセンターだけで『すべての顧客接点』をカバーすることはできません」(米林氏)
 さらに、モノからコトへの消費シフトが加速。顧客は継続利用を前提に、製品やサービスが持つ機能的価値ではなく、店舗やWEB等をまたがって蓄積される自身の経験的価値を重視するようになった。BtoCでもBtoBでも同じことが言える。
 これも、カスタマーサービスのあり方に変化をもたらした要因のひとつだという。
 「抜け落ちがちなのが外部パートナーと顧客との接点です。たとえば、家電製品の『配送』、インターネットの『設定サポート』は、自社で行わず外部パートナーに委託することも。
 しかし、『運んできた人が無愛想だった』『サポートの説明がわかりにくかった』という顧客の感想は、どちらも家電メーカーであり、通信会社のイメージにつながります」(米林氏)
 顧客が商品・サービスを購入する前から購入後までのすべてシーン、チャネルが、現代のカスタマーサービスには含まれるのだ。

かつて日本はCXの先駆者だった

 このように、カスタマーサービス及びCXのあり方は、時代の変遷と共に進化する。グッドマン氏は1970年代を「CX1.0」と置き、およそ20年スパンでCX2.0、CX3.0®が起きてきたと発表している。
 こう聞くと、常にアメリカがCXの先端を走ってきたかのようだが、同じく『デジタル時代のカスタマーサービス戦略』の訳者であるラーニングイット代表取締役の畑中伸介氏はそれを否定する。
 「CX1.0の特徴は、企業が顧客の声『=VOC』に耳を傾け、経営に取り入れていくことの重要性に気づいた点です。
 当時のアメリカでは、車をはじめ日本の製品が非常によく売れていた。それは、トヨタなり、ソニーなり、日本のメーカーが顧客のニーズを捉えていたからです。それで『日本に負けていられない』とアメリカがVOCを積極的に取り入れるようになった。
 つまり、かつては日本が世界のCXのお手本だったのです」(畑中氏)
 その後、銀行、証券、保険等の壁がなくなる世界的な規制緩和の流れにより、顧客の囲い込み能力が企業の競争優位性になった90年代に、CX2.0が起きた。その特徴は、CRM(顧客関係管理)へのIT投資の積極化。
 「製品力で勝てなければサービスで勝とう、というわけですね。その頃登場したのが、Amazonやスターバックスです」(畑中氏)
 日本にも10年ほど遅れて規制緩和の波が訪れ、いわば外的な要因から、辛うじてCX2.0は達成したかたちだ。
 しかし、事情が変わるのはその後だ。GAFAMやスターバックスなどサービスを競争力に急成長した企業を見て、アメリカの先進的な企業は「カスタマーサービスこそが収益強化のための手段である」と気づいていく。これがCX3.0®に通底する考え方だ。
 「2000年代に入り、すぐにビジネスモデルの見直しを講じたか、出遅れたか。その結果が2010年頃から明らかになります。
 規制緩和のような外圧がなかったこともあり、多くの日本企業がこれに出遅れました。
 私の解釈ですが、ひとつは製造品質への自信がサービス軽視につながった。リーマンショック後の消費増税への対応などで、経営者がコストコンシャスになりすぎたのも一因でしょう」(畑中氏)
 これは戦後、長く隆盛を誇った日本企業の衰退が囁かれはじめた時期とも重なっている。
 「おもてなし」の国としてのイメージも強く、かつてはCXの先駆者だった日本は、半世紀かけて世界の後塵を拝することになったのだ。

CXとDX、EXの意外な関係性

 CX3.0®から、2030年に来るとされるCX4.0への移行期である今、多くの日本企業は後れを取り戻すためにAIなどのテクノロジーの活用、つまりはDXに必死だ。
 しかし、「DXが逆にCXを後退させることもある」と話すのは、NTTマーケティングアクトの井上雅博氏だ。
 たしかに、WEBサイトが煩雑でわかりづらく時間を奪われた、「チャットボットで対応します」としながら、永遠にほしい答えにたどりつけない。誰かに聞きたいのに問合せ先は載っていないなど、DXの結果生じた不具合に泣かされることは少なくない。
 「企業のDX推進者に目的を聞くと、『業務効率化』や『コスト削減』という答えが返ってくることも多い。ですが、企業側が効果を感じやすいというだけの理由で業務効率化やコスト削減を目的にすれば、顧客を満足させるどころか、顧客を維持することすら難しくなります。
 成功するDXの共通点は、『顧客と従業員にどんな価値を提供するか(CXとEX)』を明確にし、それを目的にすること。
 多くがそうなっていないのは、顧客の期待に応える仕組み作りが収益につながる、というCX3.0®の考え方が理解されず、それが可視化できることも知られていないためでしょう」(井上氏)
 たとえばチャットボットで顧客にどんな価値を提供するか。
 即座に回答が得られる、知りたい情報にスムーズにアクセスできる、さらに、質問内容によっては有人チャットやコールセンターでの応対にスムーズにつなげるなど、顧客の期待や要望に合わせた対応がベストなCXになる。
 一方で、意外に見落としがちだが、従業員が仕事にやりがいをもって取り組めば、顧客に良いサービスが提供することができる。この相互作用が継続的なサービス向上には欠かせない。
 「顧客からの問い合わせに必要な情報が自動でレコメンドされる仕組みが作れれば、従業員は『どんな問い合わせが来るのだろう、質問に正しく答えなければ』という不安や緊張感から解放され、顧客とのコミュニケーションに集中できる。
 すると、問い合わせ対応の質が向上し、ひいてはCXの向上につながります。このように、CXとDX、そしてEXは相互に関係しあっています。現代の企業はそれを理解して、戦略的に設計していく必要があるのです」(井上氏)

コンタクトセンターがプロフィットセンターになる日

 グッドマン氏も、これから起こる「CX4.0」の体系的なモデルをまだ明らかにしていない。しかし、2030年まで残り10年を切った今、CX3.0®に乗り遅れた日本はいち早くその兆候を捉え、ピンチをチャンスに変えていく必要がある。
 CX4.0では何が起き、企業と顧客の関係をどう変えるのか。畑中氏の予想はこうだ。
 「『テクノロジー活用』は間違いなくCX4.0のカギとなるでしょう。CX3.0®の目的も限界も『顧客の要望に応える』ことでしたが、AIやICTとの組み合わせによって、サイレントカスタマーに対しても能動的・予知的なサービスを提供できるようになります。
 CX4.0は『顧客に先回りして問題を解決する』のです。
 また、今後はさらにレビューサイトやオンラインコミュニティといったSNSの影響力がより強くなる。それらをうまく活用することも求められるでしょう」(畑中氏)
 では、「顧客に先回りして問題を解決する」ために、企業は今、何をするべきか。井上氏によると、ポイントは下記の4点。
①チャネル横断での顧客理解
②タイムリーでパーソナルな能動的・予知的アプローチ
③価値の共創
④VOCの全社フィードバック
 最初の2点は、畑中氏の言う「テクノロジー活用」に通じる外向きのアクションだ。
 「現在、顧客はオンライン・オフラインの意識なくチャネルを横断しています。テクノロジーの進化によって、企業はさまざまなチャネルに溜まる声や行動データ(VOC)を取得できるようになりました。
 データを取得するだけでなく、1箇所に蓄積・統合し、顧客とのエンゲージメント構築に活用することが重要です。
 ②は、VOCから顧客を理解し、顧客の行動に合わせて、必要なときに必要な情報提供を積極的に行うということです。
 たとえば、過去にトラブル体験をした顧客のVOCを活かせば、同じトラブルを未然に防ぐことも可能です。それが『顧客に先回りして問題を解決する』ことにつながります」(井上氏)
 VOCの精緻な分析による顧客理解は、「ONE CONTACT」として国内最大規模のコンタクトセンターを運営してきたNTTマーケティングアクトの得意とするところでもある。
その運営のなかでVOCがいかに貴重な経営資源であるかに気づき、VOCの分析とコンサルティングを専門特化で実施するセンター「奏色」を開設したのだ。現在、20名を超えるVOC専門のアナリストが起業の伴走支援を実施している。
残りの2点は、そうした活動を通して明らかになった「顧客の期待を超える」企業の姿勢とも言える。
「コト消費への加速に加え、SNSの発展により、企業と顧客、もしくは顧客同士が気軽に交流できる環境が整いました。これからは、いい体験はクチコミとして広まり、悪い体験は企業が能動的にキャッチして解決していく時代。
企業には『③価値の共創』をする姿勢が求められます。
そのためにも、『④VOCの全社フィードバック』は欠かせません。顧客の声は、いまや顧客と接する部署だけが活用するものではありません。
組織の壁を越え、直接触れ合わない部署であっても、自分たちの業務はカスタマーサービスの一部だという意識を持ち、顧客の期待や要望を業務改善に反映する必要があるでしょう。この積み重ねこそがカスタマーサービスの向上に繋がります」(井上氏)
このように聞いていくと、CX4.0の世界においては「カスタマーサービスこそが企業の成長ドライバーである」ということが実感を持って響いてくる。その中心にある、価値の源泉とも言えるのがVOCなのだ。
「私たちはこれから、顧客体験の何がどんな影響を及ぼすのかといったロイヤルティ影響因子のCX調査や、大規模な業界別の日米比較調査を実施し、日本の『CX経営』とも呼ぶべき顧客視点経営の底上げに寄与していきます。
まずはカスタマーサービスやコンタクトセンターの将来像を正しくデザインすることです。
コンタクトセンターを企業の中核に位置付けて、VOCを大量蓄積し、徹底分析・活用する。そうすることで、コンタクトセンターは間違いなくプロフィットセンターになります」(米林氏)