2022/3/18

【一休】エンジニアと人事の“密連携”が組織を動かす

日本の未来を担う実践者たちが交わり、「知」の化学反応を起こすNewsPicks主催のトーク番組「NewSession」。

今回は「CTOとCxOの連携」をテーマに、株式会社一休の経営陣によるセッションが行われた。本記事では「エンジニアと人事の壁」にフォーカスし、CTO(最高技術責任者)の伊藤直也氏とCHRO(最高人事責任者)の植村弘子氏の対談を実施。

「組織内で最も遠い職域」ともいわれるエンジニアと人事部門。両氏も就任当時は頻繁に意見が対立し、歩み寄りの糸口が見えない状態だったという。

しかし、現在は社内向けラジオ『IKYU RADIO』を2人で担当するなど積極的に連携を図り、強固な信頼関係を築いている。深い溝を埋めるため、どんな努力があったのか。そこに組織活性化のヒントがあった。

6年前、鎖国状態だったエンジニア部門

──CTO・CHROに就任された6年前、おふたりのコミュニケーションは順調とは言えない状態だったそうですね。当時を振り返っていかがですか?
植村弘子(うえむら・ひろこ)。一休執行役員CHRO管理本部長。
植村 そうですね。この3年くらいで、ようやく足並みがそろってきたという感じです。今だから思うのは、6年前の当時は私自身が固定概念にとらわれすぎていたということ。「エンジニアは私たちとは違う世界観だから」と決めてかかっていたと思います。
伊藤 お互いに線を引いている感じでしたよね。当初は人事と会話しても、なかなか分かってもらえないと感じることが多くて、その結果僕はエンジニアのことは自分で全部やらなくちゃいけないって意識が強くありました。こっちが「エンジニアのことはエンジニアで」「分かってもらう必要はない」という態度だから、植村さんの「エンジニアたちが何考えてるか分からない」という思いも強くなる。会社の中で、僕と植村さんは一番“遠い”存在でした
伊藤直也(いとう・なおや)。一休執行役員CTO。
──具体的には、どんな対立があったのでしょうか?
伊藤 細かいことですが、たとえば勤怠管理について。一休は元々営業から出発した会社で、業種もホテルや飲食店といった時間に厳しい業界。みんな、遅刻なんて当然ありえないんですよ。一方でエンジニアは、大変申し訳ないんだけど時間に少しルーズな人も多かったんです。他の経営陣からはいつも「エンジニアの勤怠、なんとかならないの?」と言われていました。
植村 「小学生からやり直せ!」って怒ったこともあるよね(笑)。私からすると当たり前のこともせずに、要求ばかり言っているように感じて、ふに落ちなくて。エンジニアに対して「これで会社として強くなれるの?」という腹立たしい思いがありました。それを許す直也さんにも不満があって、「オアシス作りたいの?」なんて非難したこともありました。
伊藤 僕は遅刻がいいと思ってなかったし、むしろエンジニアに過剰な自由を与えるのは避けたいと考えていました。だけど、エンジニアの主張も分からなくもない。「どうしてそんなに時間に厳しいんですか? その合理的理由は何ですか?」と問われると答えに窮することもありました。結果として、僕が厳しくなりきれない姿勢に、植村さんやCEOの榊さんからは、僕もルールを「ゆるくしたいと思っている側」だと思われていたんです。この頃は自分の思いを分かってもらえないことが、すごく苦しかったですね。
そうして、ますますエンジニアは“閉じて”いきました。植村さんに相談することが全くできないから、内側で解決しようとする。どうにか解決するけど、より独自の世界観が強まってしまう。さらに他部署との距離が生まれていく。そんな悪循環でした。
植村 当時は歩み寄りの糸口すらも見えない状態でしたね。

エンジニアの“生態”を理解する

──そんな状態から、どのように改善されていったのかが気になります。
植村 私は「このままじゃまずい」って気持ちが強くありました。本来は同じゴールを目指して事業や組織を強くしたいのに、異なる理由で人事制度が別になったり、ともすれば大事にしたいカルチャーすらも別になったりする可能性もある。もしそうなったら、CHROとしての役割が全うできません。全ては自分の責任だと思っていました。
遅刻の例で言うと、そもそも私からすれば、目覚ましをかければ絶対に起きられるわけです。だけど、彼らはそうじゃない。ということは、私が知らない何か別の常識があるんだなと思ったんです。言ってみれば、私とは“生態”が違う。まずはそれを認識して、エンジニアはどういうタイプの人たちなのかを細かく理解することを自分に課しました。
まずは直也さんたち、身近なエンジニアとコミュニケーションを増やして、いろんな視点を教わりました。それから、一番理解するのが難しそうな、“ザ・エンジニア”なタイプの人にも助けてもらいました。人に無頓着で、超合理主義者、食事は完全食だけ、みたいな私とは真逆の人です(笑)。「新しい完全食出てたよ!」とか話題を見つけては、彼と会話して、Slackでも連絡を取って。そういうことをひとつずつ積み重ねて、エンジニアの“生態”を理解していきました。
──伊藤さんは、そんな植村さんの変化を感じていましたか?
伊藤 そうですね。一番変化を感じたのは、3年前に植村さんがテックキャンプ(プログラミング学習)に参加すると聞いた時です。しかも夏休みを使って参加していたので驚きました。
就任から3年がたっていて、エンジニアと人事の関係性は少しずつ改善しつつありました。それにもかかわらず、テックキャンプに参加する。この人は本気でエンジニアを理解したいと思っているんだな、と感じました。
植村 この話は美談になりやすいので本当は話したくない部分なのですが、実はこの時期が一番苦しい時期でした。エンジニアが使っている言語や世界を知らないまま話している状態で、本当に彼らを理解しているとは言えない。
直也さんの言う通り、たしかに関係は少しずつ前進していましたが、自分の中では最後の一手が見つからなくてもがいている状態でした。300人ちょっとの組織で人と向き合える仕事をしているのに、エンジニアのことは理解できていない。情けなくて悔しかったです。苦しんでいた時に目の前にあった手段が、テックキャンプへの参加だったんです。弱い気持ちを打ち消すために、説明も何も聞かずまずお金を振り込み、夏休みを1週間取るという行動に出ました。
──実際に参加してみて、いかがでしたか?
植村 もう、「めちゃくちゃ」つらかった!(笑)
伊藤 覚えてますよ、植村さんが「1文字違っただけで動かなくなる! みんななんで間違わないの!?」って言ってたの。
植村 そう、難しかったです。昔は、エンジニアの人が「集中したいから」とヘッドホンをつけていることに対して、コミュニケーションの阻害だと思っていたんですよ。でも、自分も毎日やってみると「集中させてくれ!」って気持ちになって(笑)。たしかにヘッドホンをつけていたくなるんですよ。途中で話しかけられると、ド素人の私は混乱してやり直すことになってしまった。たった1週間でしたけど、「エンジニアのみんなはこう思っていたのか!」という気付きがたくさんありましたね。
そして何よりも一番強く感じたのは、エンジニアのみんなへのリスペクトです。私には一緒に働いている仲間へのリスペクトが足りていなかった。それは自分の弱さだったな、とすごく反省しました。

エンジニアも、ビジネスにコミットする姿勢を示す

──伊藤さんの中では、ご自身の考え方が変わるターニングポイントはありましたか?
伊藤 それよりも少し前だったと思うんですが、ある時、榊さんと植村さんとランチに行って、榊さんから「直也さんって“エンジニア労働組合”の組合長みたいだよね」って言われたんです。榊さんは多分、悪気はなかったんだと思いますけど、僕にとっては結構ショックでした。僕は経営者でありたかったし、植村さんと同じように現状をなんとかしたいともがいていた。エンジニアに対してはむしろ厳しい態度を取っていたつもりなんだけど、それを守る側の人だと評価されている。今のままのスタイルじゃダメだな、と強く意識した出来事でしたね。
それからもっと経営的な視点を持って「ビジネスにコミットする」ことを強く意識するようになりました。たとえば、エンジニアにとってスケジュールの遅延は何よりも致命的なことなので、僕も計画を立てるときは、少しバッファを取って長めにスケジュールを組む癖があったんです。心の中では6月までにはできるかなと思っていても、突発的なリスクを考慮して、とりあえず8月って言っておこう、みたいな。
植村 私たちはそれを聞いていつも「またエンジニア側が遅く言ってるよ」と思ってました(笑)。こちらはユーザーのことを考えてローンチベースで話しているので、直也さんのスケジュールに対しても「いや半年前倒しで!」とか言ってたんだよね。
伊藤 そうそう。僕はそれを聞いて「こいつら何も分かってねぇ」ってカチンときてた。
でも、経営に携わることが増えて、榊さんや植村さんの考えを少し理解できるようになり、前のめりにスケジュールを設定するようになりました。スケジュールに関する考え方も、ビジネスとエンジニアリングでその常識が違ったんですよ。ビジネス側は、遅れないようにスケジュールをセットするんじゃなくて、まずセットしてみる。それで進めてみて予定通りにいかなそうならその段階でどうするか検討する、そういう順番なんです。僕はそういう常識の違いがあるのを無視して、自分たちの常識で物事を考えていたんですね。だからかみ合わない。植村さんがエンジニアの常識を知って景色が変わったのと同じで、僕もビジネスの常識を知る必要があったんです。みんなが「遅れてもいい」と言ってくれたことも大きかったですね。エンジニアからは戸惑いの声もありましたが、やり始めるとむしろその攻めたスケジュールで進行できるようになりました。バッファありきの時よりも、むしろパフォームするようになりました。
植村 実際に、遅れたとしても誰もとがめない。前倒ししてがんばってくれているってちゃんとみんなが理解しているからです。
伊藤 そうですね。僕たちがビジネスにコミットする姿勢を示すことで「最近エンジニアの人たち変わってきたね」と認識してもらえるようになりました。それから、事業がうまく回るようになると、経営陣の間でお互いに対するリスペクトも強くなっていった。そんなふうに、本当にゆっくりと信頼関係が構築できていったのかなと思いますね。

“余白”の中に最善がある

──お互いの変化を経て、現在、おふたりのコミュニケーションはどのようになったのですか?
植村 2人で話す中で、一番変化を感じるのは“余白”ができたということですね。前はそれぞれのルールを押しつけ合っているような感じだったけど、今はお互いに考えに“余白”があるから、許容し合って最善の策を探すことができている感覚があります。
伊藤 たとえば、エンジニアとビジネス(エンジニア以外の部門)では評価制度がよく問題にあがりますよね。エンジニアのことはエンジニアにしか評価できない、と言う人もいる。そこで評価制度を分けるという解決策を取る企業も多いと思いますが、植村さんの中では「2つに分けるのはよくない」という考えが強くあった。僕もそこには賛成でしたが、昔の植村さんは、あらゆることをビジネスのいちルールに納めようとしていたので、それはそれでやりづらいなと思っていました。
でも“余白”ができたことで「2つ目のルールを作らなくても、互いの気持ちを吸収できるはずだ」という前提を共有するようになったんです。勤怠の例をとっても、もちろん「遅刻するのはよくないよね」というコミュニケーションは取り続けながら、だからといって、その人の仕事の全てを否定することはない。
どちらか一方に振り切ったり、ルールを変えたりせずに、柔軟に双方がやりやすい方法に着地できるようになったと思います。
植村 衝突って、CTOとCHROの仲が悪いからじゃなくて、お互いに会社をよくしようと思っているから起きているんですよね。だからこそ、ただコミュニケーションを増やせば解決するわけじゃない。この“余白”作りは、すごく大変なことだと思います。
伊藤 物量的なことじゃなくて、精神的な大変さですよね。人事のやっていることに興味を示すとか、事業にコミットする姿勢を示すとか、日々の“事実”の積み重ねでしか乗り越えられないものだと思います。

人材定着につながったCTOからCHROへの“パス”

──2人の関係性が変化したことで、社員のみなさんへの影響はありましたか?
植村 そうですね。昔は、エンジニアにとって私は「一番理解してくれない人」「喋っちゃいけない人」だったと思います。それが今、エンジニアから私宛てにダイレクトに連絡がきて相談を受けることも増えました。普段会わないメンバーも気軽に連絡をくれるようになったのはすごくうれしいですね。
伊藤 そんなふうに、エンジニアのメンタルケアや組織イシューをサポートしてもらえるようになったのは、大きな変化でした。昔は、僕がメンタルケアも全部やらなくちゃいけないと思っていて。全員と1on1 の面談をしたり、すごく時間をかけていたのですが、やっぱり1人で全部のサインをキャッチするのは無理なんですよね。自分のチームメンバーのことなら小さな変化にも気が付くけど、隣のチームになると問題が顕在化しないと気付けない。
植村 エンジニアの人たちって、相手に踏み込まない文化があるし、自分からサインを出すことも少ないから、特に問題を未然に防ぐのが難しいですよね。
伊藤 そうなんです。だから、僕が察知した時にはもう手遅れ、なんてことも多かった。でも今は、人事の人たちがエンジニアのあらゆるサインを早くキャッチしてくれていると感じます。僕からも「あの人ちょっと落ち込んでいるっぽいからサポートしてもらえますか」って素直に人事にパスできるようになりました。
植村 直也さんだけじゃなくて、マネージャーからも「僕はどう話を聞いたらいいかも分からないんで、話してあげてくれませんか?」みたいな連絡がきますね。
メンタルケアやコミュニケーションは私たちの得意分野です。持ち場だとも思っているので、相談してもらえるようになってありがたいですね。社員みんなが心身共に健康に最大限のパフォーマンスが発揮できるように、目を配っていたいなと思います。
伊藤 そうやって人事の人たちが聞き出してくれたことを、僕らエンジニアのマネージャーに戻してもらって、対応するという流れもできてきています。エンジニアと人事部で密な連携できるようになったことは、エンジニアの人材定着にも大きく影響していると思いますね。

企業を強くするCTO×CHROの連携

──社内向けラジオ番組『IKYU RADIO』をおふたりで担当されているとうかがいました。
植村 約1年前から社内向けに毎週配信しているラジオです。私と直也さんがDJをし、ゲストと3人で、ただゆるーく雑談しています。
伊藤 最初は誰が聴くんだ、って思っていたんですが(笑)。今では「いつも聴いてます」「続けてほしい」と言われたり、支社の人から「本社の雰囲気が分かってうれしい」と言われたりすることもあって、反響の大きさに驚いています。
植村 直也さんと私はまずタイプが全然違う。だから反応が面白いみたいです。そこに職種も年代も異なる社員ゲストがきてくれることで、社員一人一人の人となりが自然と伝わるところがいいんじゃないかな、と。
伊藤 6人の役員のうち、僕と植村さんだけが事業の責任者ではなく、間接的に全社にコミットメントする立場です。なので会社の運営や組織のカルチャーなど、社員のみんなにダイレクトに関わるようなアジェンダを持っていることが多いんですよね。そんな2人だから、僕や植村さんが何を考えているのか、何を話しているのか、どんな関係性なのかっていうことにみんな関心があるんだと思います。
植村 そう思うと、会社の裏側のキーになるのが私たちなのかもしれないですよね。CTOとCHROってすごく“遠い”存在で連携が不十分になりやすい関係だけど、逆に、会社組織をギュッと強くできるのもCTOとCHROなんです。ここが信頼関係を築くことで、事業側の人たちを最大限サポートできるし、組織に大きな影響を与えることができる。とても難しいけれど、企業にとっては一番大事にしなきゃいけない結びつきなんじゃないかなと思います。