2022/3/23

【BNPL】日本に後払いを根付かせた“しびれる戦略”の正体

NewsPicks Brand Design Senior Editor
「BNPL(Buy Now, Pay Later)」というキャッチーな言葉と共に今、“後払い決済”が盛り上がっている。
 この市場の可能性にいち早く着目し、20年も前から日本に新しい決済の選択肢を根付かせてきた先駆者が、ネットプロテクションズだ。
 同社のサービスの年間取扱高は約4381億円(2021年3月31日時点)。国内シェア40%超を占める業界最大手であり、昨年12月には東証一部上場を果たした。
 市場を切り拓き「つぎのアタリマエ」をつくり続けてきたネットプロテクションズの事業・組織の強さはどこにあるのか。
 その謎を解き明かすべく、同社の柴田紳代表のもとに、一橋ビジネススクール・楠木建教授、今治. 夢スポーツ・岡田武史会長が集った。

ネットプロテクションズの強さは「戦略」にある

楠木 ネットプロテクションズは、私にとって「観察対象」なんです。
 私の専門は競争戦略です。企業がどのような戦略で市場における競争優位性を構築していくかを研究しています。
 逐一、説明するとキリがないのですが、ネットプロテクションズの戦略は本当に興味深いものがあります。
 2017年には、柴田さんと対談の機会があり、同年、ネットプロテクションズは私も運営に関わる「ポーター賞」を受賞しています。
 この賞のポイントは、業績が良いといった「結果」を表彰するのではなく、その「原因」となる戦略を称えるところ。
 ※ポーター賞…2001年に一橋大学が創設した賞。製品・プロセス・経営手腕においてイノベーションを起こし、これを土台として独自性がある戦略を実行し、その結果として業界において高い収益性を達成・維持している企業を表彰する。
 しっかりお話しするのは4年ぶりですね。その後の競争や戦略の進化を思っていたので、楽しみにしてきました。
岡田 私のネットプロテクションズとの出会いは、2018年です。
 2014年、58歳のときに初めて会社を経営することになりました。
 右も左もわからなかったため、有名な経営者を訪ねては企業理念やビジョン・ミッションの大切さを学びつつ、なんとかやっていました。
 そのうち、もっと社員が自律的に考えて動く組織をつくれないものかと考え始めたんです。
 サッカーの監督時代も、選手が主体的に考え自律的にプレーする「生物的組織」を目指していましたから、会社も同じようにできるのでは、と。
 ちょうどその頃、ネットプロテクションズが自律・分散・協調を実現する「ティール組織」で成長していると聞いて、柴田さんに会いに行きました。
 組織づくりやマネジメントについて、すごく勉強させてもらいましたね。
 2020年には、ネットプロテクションズと「次世代育成パートナーシップ」を締結し、今治. 夢スポーツの「次世代育成パートナー」として社員や若者向けのワークショップを共同運営しています。
 ただ、「後払い」というビジネスについては、正直、すぐには理解できなかった。
 クレジットカードがあるのになぜ後払いを選ぶのか、後払いを希望する人はどういう人なのか、払わない人からどうやって回収するのか、謎だらけでした(笑)。
 けれども、あれよあれよという間に急成長して台湾にも進出、2021年には上場を果たした。
 柴田さんには先見の明があったんだな、と感心して見ていました。

競争優位の源泉「与信」

岡田 楠木先生は、ネットプロテクションズのどこにおもしろみを感じたんですか。
楠木 戦略の肝である「与信」のとらえ方が他社と違うところです。
 決済は、お金が動けばダイレクトにフィーが取れ儲かるまでのステップが短い商売です。後払い決済においても成長市場だと認識されると新規プレイヤーがどんどん参入しました。
 後発組はプロモーションに莫大な金額を投資し、ユーザーを増やす戦略をとっています。
 一方、ネットプロテクションズの戦略は後発組とはまったく違う。
 創業時から今にいたるまで、与信問題の解決を最優先にしてきた。
 与信では、ユーザーの情報を事前になるべく広く多く取ることが大切だと考えられてきましたが、後払いでこれをやると消費者にとっては面倒で利用されない。
 そこで、初回利用時の与信通過の基準をゆるくして、ユーザーにまず後払いを利用させる。
 すると、きちんと支払う人とそうでない人に分かれます。そこで初めて未払い者のリストをつくる。
 払わないユーザーに次はありませんから、残るのは善良な人ばかりです。リピーターが増えるほど与信通過率が上がり、未払いは減っていく好循環が生まれます。
 優れた戦略はやればやるほど、競争優位性が累積していくものです。
 もちろん、後払い決済事業を手掛ける企業にとって、与信問題は解決しなければならない共通の課題です。
しかし、ネットプロテクションズと競合企業では、与信問題を解決する順序が違った。
 周りが、アプリだ、FinTechだ、と言っているときに、与信を「クレンジング」のプロセスと再定義して、オペレーションを地道にやってきた。
 その過程で、自動審査だけでは得られない、泥臭い目視での審査で得られたノウハウやデータも積み上げている。
 それこそがネットプロテクションズの最大の強みだと思います。

EC物販から役務、実店舗、デジコン、BtoBへ。市場可能性は無限大

岡田 いろいろな企業が後払いに参入してきて、柴田さんは不安じゃなかったんですか。
柴田 むしろチャンスだと思いました。
 多数の企業が参入したおかげで、後払いという市場に競争が生まれて盛り上がり、メディアがこぞって取り上げてくれたんです。
 おかげでプロモーション費用をかけずに、当社の認知度も向上した。
 BtoCの大手企業が通販やECでどんどん「NP後払い」をはじめとする当社決済を導入してくれるようになりました。
岡田 新規参入による市場の盛り上がりが、いい方向に働いた。
柴田 おっしゃるとおりです。
 サービスをしっかり比較してもらえれば、当社の積み上げてきたサービス品質の優位性に気づいていただけるので、市場認知が向上した分、むしろプロモーションや営業には追い風でした。
楠木 最近はスマホで会員登録して使うサービスもあるんですよね。
柴田 「atone(アトネ)」ですね。
 後払いのユーザー数は年間1580万人で、そのうち490万人が「atone」の会員になってくださっています。会員登録すればポイントが付くサービスです(※2021年3月期実績)
岡田 FC今治でも、「atone」を来場者にご利用いただくことを前向きに検討しています。
柴田 ありがとうございます。
「atone」は会員登録制にすることで、物販ECだけでなく、サッカーの試合のようなイベントやコンビニ等の実店舗といったリアル領域、モノを伴わないデジタルコンテンツまで後払いの提供を可能にしたものです。今後さらに拡大を予定しています。
 またここ数年では、電気・ガス、各種修理・メンテナンス、家事代行といったサービス・役務の領域でも当社の後払いの導入が広がっています。
 さらに、蓄積したノウハウを活用し、BtoCだけでなくBtoBも急成長しています。
 たとえば、卸業者の方は飲食店に食材を納入したあと、請求書を送り、一軒一軒お店を回って集金していた。
 未払い分の回収の手間もある。尋常じゃない時間と労力がかかっていました。
「NP掛け払い」を使えば、販売後の請求業務はいっさい不要です。
 未回収分はうちが100%保証しますから、入金を待っていればいい。その分、本業にリソースを割けます。
 BtoCもBtoBも「買い手」より、「売り手」の負担を軽減するサービスです。
 売り手の負担を軽減して、本業の生産性を向上させることがネットプロテクションズの存在意義だとすれば、業種も国も関係ありません。
市場の可能性は計り知れないと考えています。
楠木 海外発のBNPLプレーヤーは主に「買い手」のペインに注目して伸びている。
 一方、ネットプロテクションズは「買い手」だけでなく、さまざまな「売り手」ごとに固有のペインも解消するサービスづくりをしているので、いわゆるBNPLプレーヤーよりも解決できる課題と対象市場が大きくなる、というわけですね。

「無謀すぎる」と言われる中で見つけた勝算

岡田 そもそもなぜ、柴田さんは20年も前に後払いに着目したのでしょうか。
柴田 実は決済分野に興味があったわけではないんです。
 当時勤めていたVCがネットプロテクションズに投資した流れで、送り込まれたのがそもそもの始まりです。
 ところが入社してみると、あると聞いていた事業は名ばかりで実態がなかった(苦笑)。
 転職したばかりでしたから、ここで逃げるとキャリアダウンになってしまう。事業を立ち上げるしかない状況に置かれて、必死でやってきただけなんです。
楠木 当時は成長市場でも何でもなかったというのがポイントですね。
 柴田さんはネットプロテクションズに入り、死にものぐるいでやらざるを得なくなった。文字通り「なりゆき」です。
 もがく中から優れた戦略が生まれた。最高の起業のあり方だと思います。
柴田 正直なところ、後払い決済の事業化は無理だと思いました。
 与信審査も会員登録もなしに、不特定多数の人に後払いをさせるなんて常識的に考えるとありえない。
 誰に相談しても「無謀すぎる」と。
 ただ、チャンスがあるとしたらここしかない、という思いもありました。
 創業した2002年当時はECの勃興期にあたります。各社がEC事業を拡大するなら、多様な決済手段が必要です。ここで使われるようになればビジネスとして成立する。
 後払いがECの決済手段の一つとして認知されれば、のちにBtoBへの展開も、海外進出もできるし、会員化も可能ですから。
 事業展開の順序は珍しくもなんともありませんし、誰でも思いつくことです。
 実際、今やっている戦略はすべて2001年当時のメモに書いてありました。
楠木 基本的な戦略はずっと変わらないんですね。しかも、そのとおりに事業を展開している。
柴田 難易度はかなり高いと思った。でも、勝算があったんです。
 後払いはカタログ通販ですでに使われており、通販会社が自社でリスクをコントロールしていた。自分たちにできないはずはない、と。
 それに日本で通販を利用する人の大多数は、善良な、ごく普通の人たちです。
 きっと払ってくれるだろうと「性善説」で後払い決済の事業を立ち上げました。
 もちろん、初めから踏み倒すつもりの人もいます。ただ、そのような一部のユーザーの排除を優先して審査を厳しくしすぎると、善良なユーザーまでNGになってしまう。
 だから最初は、リスク承知で与信通過率を高くしました。ほぼすべてのユーザーを受け入れたんです。
 とはいえ、なるべくリスクを減らすために市場は吟味して、健康食品のような未払い率の少ない市場からスタートはしたのですが。
楠木 この順序に僕はしびれたんです。
 最初から「不届者」を排除するのではなく、まずは全員受け入れてあげる。
 そこで思い切ってリスクをとる。誰にでもできることではありません。
柴田 2008年までは赤字だったのできつかったですね。株主だけでなく、社内や社外からも責められ続けました。
 ただ、クレンジングに膨大な時間とコストをかけたこの時期があったからこそ、現在の競争力の源泉である与信の土台ができあがったと考えています。

「競争優位は揺るがない」確固たる自信

柴田 近年、市場に新規参入が増え、どう戦っていくのかとよく聞かれます。確かにプレーヤーは増えましたが、実は他社とはそれほど競合していません。
 なぜなら、利益がしっかりと出るファッションや健康食品といった市場はすでにほぼ押さえているから。
 競争優位は揺るがない自信があります。
楠木 20年にわたって磨き上げた与信が今まさに強みを発揮している。そう簡単には追いつけない。
柴田 どのクライアントさんも、圧倒的にネットプロテクションズの与信通過率が高いと言ってくださいます。
 実際、うちは業界で与信通過率が一番高く、未払い率は一番低い自信がある。
岡田 それはすごいですね。
柴田 リスク回避だけを考えれば、あやしい買い手は全部はねてしまえばいい。しかしそれをすると、買い手が減ってしまう。
 買い手をなるべく減らさないのがネットプロテクションズのポリシーです。そのために与信を磨いてきた。
 だからこそ、高いサービス品質を維持したまま、粗利もここ数年落ちていません。
岡田 確かに、売り手にしてみれば買い手がたくさん残るサービスのほうがいい。
 それが可能なのは、やはり長年蓄積したデータのおかげなんですか。
柴田 20年分の個人・企業の取引や支払歴のビッグデータは確かに強みではありますが、それだけではありません。
 AIをフル活用していますし、日々の取引を目視するチームもあります。
 20年前は私が毎日すべての取引に目を通して審査していたんですよ。当時からCTOと「これがうちの強さの鍵だよね」と話していました。
楠木 どんなAIも根本にあるのは「HI(Human Intelligence)」です。
 データで機械的に処理するだけではなく、人が介在して20年分の知見を与信に注ぎ込んでいる。
 だからテクノロジー“一本槍”のところには真似ができない。模倣障壁は高いと思いますよ。
岡田 データだけでは与信はできない。まさに「魂のこもった与信」なんですね。

すでに海外展開も。つぎのアタリマエをつくり続ける

楠木 今後、ネットプロテクションズが目指すところはどこでしょうか。
柴田 BtoCだけでなく、BtoBもまだまだ伸びると思います。
人力で請求・回収業務をしていた卸売業の方など、さまざまな企業の方からものすごく感謝されるんです。
 BtoBの決済業務代行は社会的意義もニーズも大きい。いっそう注力していきます。
岡田 すでに台湾で成功していますが、今後も海外進出を進めていくんですか。
柴田 若手のメンバーが次なる国を開拓し始めています。
 当社の決済が幅広い市場・領域に多様な提供価値をもって参入できている背景には、自律・分散・協調型のティール組織のあり方が奏功していると思っています。
 ネットプロテクションズには「上申」の概念がありません。
 各部署で企業理念に合う取り組みを自発的に進めている。うまくいったらそれがアメーバ状に広がって、会社の戦略になる。海外戦略なんてまさにそう。
 トップダウンだと私に見えている範囲のことしか実行できませんから、こうはいきません。
 私からすれば、当社の持つ真の競争力の源泉はこの組織のあり方だと考えており、メンバーには本当に感謝しています。
 あえて当社のビジネス上の弱点を挙げると、これまでは投資制約があったこともあり、資本を絡めた打ち手がとりにくかった点。
 実際に、20年以上やってきてTVCMなどはあまりしてきませんでした。
 ただ上場したことにより、大資本を使ったプロモーションやシステム投資ができる環境も整ってきています。そういう意味で、我々の戦略の強さが本当に花開くのはここからという気持ちもあります。
岡田 今治. 夢スポーツは「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念を掲げて、サッカーだけでなくさまざまな事業を展開しています。
 個人が主体的に考え、自律的に動く組織を目指すという、根底理念が近しいネットプロテクションズとは、引き続き連携を続けていきたいですね。
柴田 ネットプロテクションズのミッションは「つぎのアタリマエをつくる」です。
 私たちも次世代のために、今より少しでも良い社会を残していきたい。
 今治. 夢スポーツと業種は違いますが、目指す世界は同じだと思っています。
楠木 後払いに参入する大半の企業は、市場の「オポチュニティ(好機)」に注目しています。
 しかし、そこに機会があるのはどの企業にとっても同じこと。経営の本筋は「戦略」にあります。
 ネットプロテクションズは、市場がなかったところからまさに戦略で勝負し成長を続けている企業で、僕の脳内にある「しびれる戦略オールスターズ」リストのうちの1社。
 後払い決済のパイオニアとして、これからの動きに注目しています。5年後くらいに市場をぶっちぎってくれていたら、戦略の勝利としてうれしく思いますね。